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勇者パーティの荷物持ちの俺は、仲間が一人ずつ喰われていく旅を、最後まで見届けた  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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第17話 昨日は、持ち上がらなかった




セレナさまの《祝福》が、止まらなかった。


20日目の朝。


大広間の長卓に、ガルドさんの上半身が寝かせてある。


淡い光がガルドさんの断面を包む。


光は傷口に触れると、すっと吸われていく。


何も起きない。


肉が盛り上がらない。


傷口が閉じない。


白い肋骨の先が光の中で黒いまま。


それでもセレナさまは手をかざし続けてる。


唇が動いてる。


祈りの言葉だ。


声はない。


息だけが白く漏れてる。


光が強くなる。


大広間の石壁が淡く浮かび上がる。


干からびた兵の骸まで、白く照らされた。


勇者さまは壁際に立ってる。


見てるだけだ。


セレナさまの鼻から血が垂れた。


細い赤い筋が唇を越えて、顎を伝う。


それでも手を下ろさない。


ロザリオが光を受けて揺れてる。


俺は声を出せなかった。


何度ももういいですって言いたかった。


でも喉が張り付いたみたいに動かない。


セレナさまの肩が震えてる。


光が弱まった。


また強くなる。


弱まった。


それでも手は下りない。


「誰も死なせないって、言ったのに」


声がようやく出た。


祈りでもなく、独り言でもなく。


まるで割れた瓶の底から漏れる音みたいに、細い。


セレナさまの指先が白い。


血が法衣の袖に染みてる。


俺は動いた。


半歩、踏み出した。


両手で、セレナさまの手首をつかんだ。


細い。


折れそうだ。


米袋の口を縛る麻紐より、細い。


「セレナさま」


声が震えてる。


「もう、いいっす」


セレナさまが俺を見た。


琥珀色の目が涙でふやけてる。


焦点が合ってない。


「ノアさん」


「死んだ人には、もう効かないんです」


声が泣き声に変わる。


「効かないって、わかってたのに」


「私、わかってたのに」


セレナさまの手から光が消えた。


指先がだらりと下がる。


俺の手の中で、冷えていく。


ロザリオが止まった。


大広間がまた暗い灰の色に沈む。


ガルドさんの顔が白い。


光が消えたぶん、白い。


俺はセレナさまの手首を握ったまま、動けなかった。


鼻血がセレナさまの顎から落ちる。


石の床に、小さな黒い染みができた。


エルマの杖が石の床を鳴らした。


「見張りはまたあんた」


声が低い。


「トビの時も、あんただった」


杖の石突きが俺の胸に当たる。


冷たい。


俺は首を振った。


「俺、覚えてなくて」


声が掠れた。


「途中から、なんにも」


エルマの紫の目が細くなる。


唇がわずかに笑った。


「ふうん」


笑ってない。


「都合よく眠るんだ。人死にの夜はいつも」


杖が胸を押す。


一歩下がった。


背中が長卓に当たった。


ガルドさんが横たわってる。


冷たい板の上に。


「あんたが来てからだよ」


エルマの声が震えてる。


怒りで震えてる。


「トビが死んで。ガルドが死んで。手帳は燃えるし。荷物持ちのくせに、トビの真似までして」


俺は何も言えなかった。


言えば言うほど、言葉が荷崩れになる。


「死体を運ぶのが仕事だから、なに?」


エルマが詰めてくる。


「自分で作った死体、運びやすいんでしょ」


その言葉が胸の奥で鈍く刺さった。


言い返せない。


言い返す言葉が見つからない。


「エルマさん」


セレナさまの声が横からした。


でもエルマは止まらない。


「聖女さまは黙ってて」


杖が俺の顎の下に入った。


冷たい石突きで、上向かされた。


「なんであんただけ無事なの」


「なんで」


紫の目が間近で俺を睨んでる。


「《封縛》」


詠唱が始まった。


杖の先に、黒い光が集まる。


セレナさまが俺の手を握った。


指が冷たい。


勇者さまはまだ動かない。


勇者さまが動いた。


音がしなかった。


黒い外套が石の床を滑る。


杖を持つエルマの横に立っていた。


手が伸びる。


杖の先をつかんだ。


黒い光が指の間で弾けた。


詠唱が途中で切れた。


エルマが目を上げた。


紫の目が間近の薄青とぶつかる。


「こいつではない」


低い声だった。


短かった。


理由はなかった。


エルマの口が開いた。


閉じた。


開いた。


「……は?」


杖を引こうとした。


引けなかった。


勇者さまの指が杖を握ったまま離れない。


「ねえ、レイド。なんで庇うの」


エルマの声が跳ねた。


勇者さまを名前で呼ぶのは、エルマだけだ。


勇者さまは答えなかった。


「ねえ、なんで」


答えなかった。


俺は長卓に背中をつけたまま、動けなかった。


勇者さまの背中を見てた。


黒い外套の肩のところに、灰が積もってる。


なんで。


言葉が喉に詰まった。


出てこない。


出るわけがない。


勇者さまが俺を庇うなんて。


あの人が理由を言わないのは知ってる。


知ってるけど。


「……あんたら、2人で何か隠してんでしょ」


エルマの声が低くなった。


勇者さまは杖を放した。


エルマがよろけて、杖を胸に抱えた。


勇者さまは振り返らなかった。


歩き出した。


大広間の戸を開ける。


閉まる。


足音が遠ざかる。


エルマが唇を噛んだ。


ススが足元で鳴いた。


エルマは振り返らずに歩き出した。


ローブの裾が灰を引っ張る。


階段を上がる音が消えた。


大広間に残ったのは俺とセレナさまと、ガルドさんの上半身だ。


セレナさまの手がまだ俺の手を握ってる。


冷たい。


震えてる。


涙がセレナさまの顎から落ちた。


石の床に染みが増えた。


俺は握り返せなかった。


手が動かなかった。


……なんで、庇ったんすか。


その一言が喉の奥で固まってた。


◇


20日目の昼。


中庭の隅に、穴を掘った。


井戸から一番遠い壁際。


灰が積もって、土が黒く湿ってる。


シャベルを握った。


柄が重い。


刃を踏み込む。


土が重い。


灰を吸った土は王都の路肩の泥よりずっと重い。


1掬い、2掬い。


腰を落として、膝で担ぐ。


背負子の紐と同じ場所に力が入る。


穴は横に長い。


ガルドさんの肩幅を測って、それより少し広く。


深さは胸が隠れるまで。


それ以上は掘れない。


セレナさまがそばに立ってる。


何も言わない。


銀の髪が灰を吸って、重そうに揺れてる。


俺は掘った。


黙って掘った。


土が黒い。


灰が混じる。


1掬いごとに、土が重くなる。


ガルドさんの外套を敷いた。


あの熊の毛皮みたいな厚い外套だ。


半分、俺の肩に掛かってたやつ。


大広間からガルドさんを運んだ。


背中に腕を回して、胸に抱いた。


軽い。


重さは、考えないようにした。


穴の底に下ろした。


外套の端を折って、胸の上で重ねる。


顔には触れない。


触れたら、もう動かない。


指輪は外さなかった。


奥さんのところへ、持っていく物だから。


土をかけた。


1掬い。


また1掬い。


土が重い。


腰が軋む。


セレナさまが祈ってる。


声はない。


唇が動いて、ロザリオの木の玉を指で繰ってる。


俺は土をかけた。


止まらなかった。


止めたら、立てなくなる。


全部かけた。


盛り土を手のひらで叩いて固める。


石を置いた。


墓標の代わりだ。


セレナさまの祈りが終わった。


俺は墓の前に立った。


膝が笑ってる。


土で、手が真っ黒だ。


「息子さんの墓、連れてってくれるって言ったじゃないすか」


声が出た。


掠れて、最後が消えた。


埋めた。


◇


20日目の夜。


眠れなかった。


今夜のことは、全部覚えてる。


ランプを手に、大広間を出る。


石の廊下が冷たい。


足音がひとつ、ふたつ。


自分の足音だけがやけに大きく響く。


外に出た。


灰が降っている。


空は黒い。


星はない。


月の位置でしか、夜だとはわからない。


雲の向こうに、白い暈だけがある。


ランプの灯りが足元の灰を舐める。


油の量を指先で確かめる。


まだ7分はある。


朝までは持つ。


中庭を横切る。


井戸の前を通る。


縁の黒い染みが灯りに浮かんだ。


目を逸らす。


逸らした先に、東の塔がある。


井戸から一番近い塔だ。


30年前から崩れたままで、瓦礫が中庭まで流れ込んでる。


足音が変わる。


灰の上から、砕けた石の上へ。


音が硬い。


こつ、こつ。


自分の足音がやけに遠い。


塔の根元に着いた。


瓦礫が山になっている。


崩れた壁が、積み荷をぶちまけたみたいに重なってる。


ランプを掲げた。


橙色の光が黒い石の隙間をなぞる。


一段、また一段と、目を這わせる。


そのとき。


光の先で、何かが揺れた気がした。


赤い。


赤茶の布だ。


俺は息を止めた。


足を進める。


石を跨ぐ。


膝をつく。


瓦礫の隙間に、布の端が見える。


擦り切れた赤茶の布。


ガルドさんの大剣の柄に巻いてあった布だ。


手を伸ばす。


指先が布の端に触れる。


ざらついて、冷たい。


湿気を含んで、重くなってる。


石をどける。


ひとつ。


またひとつ。


崩れないように、荷を下ろすときみたいにそっと。


指が震えてる。


自分の息の音がうるさい。


石の下から、鉄の色が見えた。


黒い。


鈍く光らない、黒い鉄。


大剣だ。


横たわってる。


誰かに押し込まれたみたいに、瓦礫の奥に。


米俵3つ分の重さが、石の下に埋もれてる。


俺は動けなかった。


ランプの火が風もないのに揺れた。


ランプを石の上に置いた。


両手で、柄を握った。


冷たい。


湿った布の下で、鉄が軋む。


腰を落とした。


足を踏みしめた。


……軽い。


指が白くならない。


力が入ってないのに、鉄が上がる。


「……え」


声が出た。


切っ先が石から離れる。


1寸どころじゃない。


肩の高さまで、すっと。


昨日は切っ先も浮かなかった。


「なんで」


誰もいない。


声は瓦礫に吸われた。


体が勝手に動いた。


鉄を担ぐ。


肩に乗せる。


米俵を担ぐときと、同じ場所に重みが乗る。


右足が前に出た。


腰が沈む。


腕じゃない。


担いで、腰で落とす。


ガルドさんの声が耳の奥で鳴った。


刃が落ちた。


瓦礫の塊の真ん中を、まっすぐ通った。


音が遅れて来た。


ごり、と短い音が1つ。


石が半分に分かれて滑った。


切り口が白い。


ガルドさんでも、1寸だった。


灰が舞って、灯りを濁らせた。


俺は大剣を握ったまま、立ってた。


息が止まってる。


自分の手を見た。


柄を握ってる。


指は震えてない。


掌に、鉄の匂いが染みてる。


……ガルドさんが貸してくれてるみたいだった。


ランプを拾った。


火がまだ細く揺れてる。


油の重さが指に伝わる。


あと5分。


大剣を背負い直す。


背負子の肩紐と同じ場所に、柄を渡す。


手を離す。


肩が沈む。


米俵3つ分のはずだ。


腰を落として踏ん張る。


背筋に力を入れる。


……軽い。


重さがない。


肩に食い込むはずの重みが、するっと抜けてる。


背負子に空の木箱を括り付けたみたいだ。


俺は立ち止まった。


肩を揺する。


鉄が背中で、こつん、と鳴る。


なんで。


声に出さなかった。


出したら、何かが崩れる気がした。


瓦礫を跨ぐ。


足元の灰が舞う。


大剣の重さが背中でふわふわ揺れてる。


重いはずのものが重くない。


俺は歩き出した。


大広間へ戻る。


足音がひとつ、ふたつ。


自分の足音だけが妙に軽い。


勇者さまが寝起きしてる部屋は、井戸へ下りる階段の脇にある。


その扉の前で、何かを踏みかけた。


俺は足を止める。


ランプを下げた。


灰の上に黒いものが落ちてる。


革の手袋だ。


片方だけ。


拾い上げる。


指先から手首まで、ごわごわに固まってる。


黒い。乾いた血だ。


縫い目が銀色に光ってる。


勇者さまの手袋だ。


いつもはめてるのを見てる。


もう片方はどこにもない。


廊下は静かだ。


誰の足音もしない。


俺は手袋を持ったまま、扉を見た。


細く開いてる。


隙間から、暗いのが覗いてる。


ランプをかざす。


寝床がある。


人の形がない。


毛布が崩れてない。


「勇者さま」


声が小さかった。


返事はない。


ランプの火が揺れる。


俺は手袋を懐に入れた。


革が冷たい。


胸のところが少し重くなった。


手袋は勇者さまのだった。


井戸は勇者さまの部屋の階段のすぐ下だ。


大剣は瓦礫の下に隠してあった。


……犯人は、レイドだ。


そう思ってから、首を振った。


まだ、分からない。

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