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勇者パーティの荷物持ちの俺は、仲間が一人ずつ喰われていく旅を、最後まで見届けた  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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第15話 最後に何を食べた?




18日目の朝。


大広間の暖炉に火を入れた。


灰が舞う。


鍋を火にかける。


粥だ。


水を足して、麦を入れて、かき混ぜる。


木べらが鍋底を擦る音が広間に響く。


5つの椀を並べた。


1つずつ、均等によそう。


手首で重さを測る。


5杯とも同じだ。


椀を配る。


セレナさまに1つ。


ガルドさんに1つ。


エルマに1つ。


膝の上で手帳を読んでる。


手帳の横に置いた。


エルマが「は?」という顔をした。


「行儀悪いぞ、ちび」


ガルドさんが先に言った。


エルマは手帳を膝の下に隠した。


勇者さまの前に1つ置いた。


勇者さまは黙って受け取った。


最後の1つは自分の分だ。


荷の上に置いた。


「後で食います」


エルマの目が、荷の上の椀に行った。


ガルドさんが俺を見た。


「またか」


「あ、はい」


勇者さまが立ち上がった。


椀を持って、輪から離れる。


階段の陰だ。


背を向けて座った。


黒い外套が石の床に垂れる。


ガルドさんが粥をすする。


「大将はいつもあれだ」


「人に食うとこ見られたくねえらしい」


「へえ」


勇者さまが階段の陰から戻ってくる。


空の椀を持って。


エルマの膝の上で、ススが毛を逆立てた。


「シャッ」


小さな威嚇だ。


黒い毛が逆立って、体が倍に見える。


勇者さまは止まらない。


通り過ぎる。


ススがエルマの膝にしがみついた。


金色の目が勇者さまの背中を追ってる。


エルマがススの背を撫でた。


「……なんであんたまで」


小声だった。


俺は自分の椀を荷の上に置いたまま見てた。


ススって、勇者さまにも怒るんだ。


俺だけじゃないんだ。


ススがまた小さく鳴いた。


エルマがその頭を押さえた。


エルマが椀を床に置いた。


膝の下から、また黒い手帳が出てくる。


開いた。


頁をめくる。


指が止まる。


読んでる。眉が寄ってる。


セレナさまが椀を持ったまま、エルマの隣に近づいた。


「エルマさん、隣よろしいですか」


エルマの手が止まった。


手帳がぱたんと閉じる。


閉じた手帳がローブの下に滑り込む。


一瞬だった。


「いいけど」


エルマの声が短い。


帽子のつばをちょっと下げた。


セレナさまが隣に腰を下ろした。


「お祈りの前に、少しお話をと思いまして」


「ふうん」


エルマは膝の上のススを撫でた。


撫で方が早い。


ススが小さく鳴いた。


俺はそれを見てた。


……あ、また隠した。


そう思った。


手帳を。


セレナさまにだけは、見せてもいいんじゃないか。


俺はそう思う。


でもエルマは隠した。


隠す相手を、増やした。


朝飯が終わった。


俺は椀を集める。


4つの椀を重ねる。


重さを手首で測る。


……空だ。


全部、空だ。


椀を集めて井戸へ向かう。


水を汲んで、砂と灰でこする。


洗い終わって、大広間に戻った。


昼になった。


日が高くなっても、空は白いまま。


太陽は出ない。灰の天井が厚い。


俺は荷の整理をしてた。


ロープの結び直し。


背負子の肩紐の調整。


空の壺を数える。


油はあと3つ。


矢は半分。


……足りるか。


いや、足らせるしかない。


荷の上に、朝の椀が置いたままだった。


片づけた。


◇


18日目の昼。


薪を取りに回廊へ出たところで、杖が俺の行く手をふさいだ。


杖の先が、俺の胸の真ん中を押さえた。


石突きだ。


冷たい。


エルマが、回廊の柱の影から出てきた。


帽子のつばを上げる。


紫の目が真っ直ぐ俺を刺してる。


「ねえ」


声が低い。


「最後に何食べた?」


俺は迷わず答えた。


「え、昨日のスープっす」


エルマの目が細くなった。


「嘘」


言葉が短い。


「あれ、ガルドが飲んだ。あたし見てた」


中庭から見上げてた。


空の椀と俺を、1回だけ見た。


あの目だ。


今も同じ目をしてる。


「いや、その後で、残りを、こう……」


声が早くなる。


「鍋の底にちょっと残ってて」


「それ、あっためて」


「夜の見張りのあとに」


「す、すくって」


言い訳が継ぎ接ぎになってく。


荷崩れした積み荷を慌てて直してるみたいだ。


どこから手を付けても、形にならない。


「じゃあ一昨日は?」


エルマが一歩詰めた。


杖の石突きが、まだ胸を押さえてる。


「その前は?」


「トビの構え、どこで覚えたの」


俺は答えるたびに言葉が細くなる。


「一昨日は、その、粥を」


「半分、残して」


「朝に食ったっす」


「トビさんのは、構えなんて、全然」


「見よう見まねで」


「つま先だけ、ちょっと」


声が掠れて、最後は息になった。


杖の石突きが、まだ胸に当たってる。


息が細いまま、俺は後ろに下がれなかった。


「エルマさん。やめましょう」


声が横から来た。


低い。


セレナさまだ。


敬語のまま、声だけが低い。


白い法衣の裾が、回廊の石を滑って止まった。


エルマの肩がぴくりと跳ねた。


「聖女さまはお人好しすぎ」


杖は下りない。


紫の目が、俺からセレナさまへ移る。


「こいつ、変なんだって」


「疑いで人は救えません」


短かった。


セレナさまは、続けなかった。


ロザリオを握ってもいなかった。


ただ、立ってた。


エルマが舌打ちした。


「ちっ」


杖が下りた。


石突きが床を叩く。


乾いた音が1つ。


帽子のつばが、俺の顔をかすめて過ぎた。


ローブが風を起こして遠ざかる。


杖の音が、回廊の奥へ消えていく。


俺は口を開いてた。


「俺、エルマに嫌われてても、いいっすから」


声が出た。


自分でも驚いた。


「……でも、俺、なんもしてないっす」


背中は振り向かなかった。


杖の音が、少しだけ速くなった気がした。


セレナさまの手が、俺の背に触れた。


軽かった。


叩いた、というより、置いただけだ。


「ノアさん」


「はい」


「ちゃんと食べてくださいね」


俺は頷こうとして、頷けなかった。


「……私の分、少し分けましょうか」


「いや、ほんと、腹減ってないんで」


口が先に動いた。


セレナさまは何も言わなかった。


手がもう1回、背に触れた。


◇


18日目の夕方。


大広間の暖炉に火が入っていた。


橙の光が石の壁を這って、骸の列を浮かび上がらせる。


エルマが暖炉の前で膝を抱えて座っていた。


膝の上にあの黒い手帳。


頁をめくる指だけが動いてる。


俺は荷の番をしながら、その背中を見てた。


近づいてくる足音があった。


革靴の音だ。


勇者さまだった。


無言だった。


外套の裾が灰を払って、まっすぐエルマの前に立った。


エルマが顔を上げた。


紫の目が一瞬で細くなる。


エルマが手帳を鞄に押し込んだ。


「何」


勇者さまは答えなかった。


手が伸びた。


エルマの肩から提げた鞄ごと手帳を掴んだ。


革がきしむ音がした。


「ちょっ」


エルマの声が跳ねた。


勇者さまは鞄の口から手帳だけを抜いた。


黒い革表紙が暖炉の火に照らされて、つやっと光った。


次の瞬間。


火の中に放り込んだ。


乾いた革が火を舐められて、縮れていく。


頁が開いて、燃えながらめくれる。


「余計なものを読むな」


低い声だった。


理由はなかった。


エルマが立ち上がった。


帽子が落ちた。


「何すんの!」


悲鳴に近い声だった。


エルマが暖炉に飛びついた。


両手を火の中に突っ込んだ。


指が燃える手帳を掴む。


皮が焦げる匂いがした。


肉の焼ける匂いだ。


「エルマ!」


俺は駆け出してた。


腰に腕を回して、後ろへ引き倒すように抱えた。


軽かった。


米俵半分くらいだ。


エルマが暴れた。


「離して!あれあたしの!」


指先が赤い。


皮がめくれて、白い中が見えてる。


俺は離さなかった。


エルマの腰を抱えたまま、床に尻をついた。


暖炉の中で手帳が燃えてる。


黒い表紙がめくれて、内側の白い頁が赤く透ける。


燃えていく表紙に、紋章が見えた。


俺は息を止めた。


荷役ギルドの紋だ。


俺の左腕に巻いた青い腕章と同じ紋。


その下に、焦げながら文字が浮かんでる。


『荷役ギルド サイラス』


黒い革がめくれて、文字が赤い縁取りに変わっていく。


なんで、あの手帳に。


俺の腕の中で、エルマが震えてた。


指先が痙攣してる。


「何隠してんの」


エルマの声が低かった。


震えてた。


でも、はっきりしてた。


勇者さまは答えなかった。


火を見ていた。


燃える手帳を。


やがて背を向けた。


階段のほうへ歩いていく。


黒い外套が灰を蹴った。


足音が遠ざかる。


俺はエルマの腰を抱えたまま動けなかった。


セレナさまが駆け寄った。


法衣の裾が石の床を滑る。


エルマの手を取った。


「動かないで」


ロザリオが揺れた。


《祝福》


淡い光が指先を包む。


すっと赤みが引いた。


めくれた皮が戻る。


水を吸った革みたいに、ゆっくりと。


3秒もかからなかった。


エルマの指は、もう綺麗だった。


……他の人には、普通に効くんだ。


俺のときは、ひりひりするだけなのに。


傷も半分しか塞がんないし、ひりひりして熱いし。


俺の体質が変なんだ。


わかってる。


わかってるけど、こういうの見るとちょっと凹む。


エルマが腕を振りほどいた。


俺の腕だ。


まだ腰に回したままだった。


「……読み終わってたから、いいけど」


吐き捨てるように言った。


帽子は拾わない。


ススが足元で小さく鳴いた。


俺は何も言わなかった。


ガルドさんが暖炉の前で立ち止まった。


大剣の柄に手を置いたまま。


「大将、なんだってんだ……」


声が低かった。


勇者さまはもう階段のほうだ。


振り返らない。


俺は火かき棒を取った。


灰になった表紙をつつく。


黒い縁が崩れて、白い灰になった。


紋章の跡も、もうわからない。


「30年前にも、荷物持ちがいたんだ」


口から出た。


◇


18日目の夜。


城壁へ上がる階段の下で、勇者さまが足を止めた。


振り返らずに言った。


「今夜の見張りは、俺とセレナだ」


理由は言わない。いつもと同じだ。


ガルドさんが俺の肩を組んだ。


重い。米俵を担がされたみたいだ。


「明日の晩は俺と坊主で見張りだ。大将、文句ねえな」


声がでかい。石の階段に響く。


勇者さまは一拍黙った。


氷の薄青の目が俺を見た。


何も言わない。


何も言わないけど。


「……好きにしろ」


それだけ言って、階段を上がった。


黒い外套が闇に溶けていく。


足音が遠くなる。


俺は息を吐いた。


肩がまだガルドさんの中にある。


「……俺なんかは、いいんすかね」


口から出た。


ガルドさんが肩を1回だけ叩いた。


「坊主がいねえと、誰が油運ぶんだ」


「がはは」


笑い声が石壁に跳ねた。


「続き、話してやるよ。息子の話」


俺は息を止めた。


目が熱くなった。


……なんでだろ。


ガルドさんの声がでかいだけなのに。


「はいっ」


声が出た。


腹の底から出た気がした。


明日の晩は、ガルドさんと見張りだ。


楽しみだった。

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