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勇者パーティの荷物持ちの俺は、仲間が一人ずつ喰われていく旅を、最後まで見届けた  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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第14話 お前見てると、あいつを思い出すんだよ




油の壺は、1つで子ども1人分くらい重い。


それを、俺は6つ運んだ。


16日目の夜。


日が落ちた途端、門の鉄格子が鳴った。


勇者さまが城壁の上から言った。


「ガルド、門」


「エルマ、塔」


「セレナ、門の内側」


最後に俺を見た。


「荷物持ち、油と矢を運べ。止まるな」


理由は言わない。


ガルドさんが動いた。


大剣が横を走った。


門の隙間を刃が一度に通った。


重い音がした。


肉が裂ける音じゃない。


乾いた薪を割る音だ。


3体が同時に崩れた。


腰から上が腰から下と別々に落ちた。


中身が見える。


乾いた肉が粉みたいに崩れてる。


黒い汁が石の床に垂れる。


匂いが立ち上がった。鉄と腐った水だ。


ガルドさんが剣を引いた。


刃が錆びた格子を擦って火花を出した。


「来やがる」


声が低い。


門の外に白い目が並んでる。


数えようとした。無理だ。


切っても増えてる。


セレナさまが門の内側に立った。


ロザリオを胸に当てた。


《聖域》


空気が変わった。


目に見えない壁が門の内側に広がる。


屍鬼の腕が格子の隙間から突っ込まれた。


《聖域》に触れた。


焦げた。


皮が縮んで肉が黒くなる。煙が出た。


腕が止まった。


でも引っ込まない。


焼けた腕の奥からもう1本が伸びてくる。


白い目が格子の向こうで俺を見てる。


瞬かない。


俺は油の壺を2つ抱えてた。


地下から階段を登ったところだ。


壺の縁が肩に食い込んでる。


子ども1人分×2の重さ。


足が止まった。


見てる。


屍鬼が壁をよじ登ってる。


門を迂回してる。


爪が石に食い込む音が上から降りてくる。


キリキリと。


ガルドさんが上を見た。


「壁まで登りやがるか」


セレナさまの《聖域》は門にしか届かない。


腕が震えてる。


壺を門の脇に置いて、走った。


次を取りに。


地下の階段が暗い。


……帰りたいな。


塔の上でエルマが杖を振った。


《火球》


赤い塊が夜空を裂いて落ちた。


右の壁に掛けた梯子ごと屍鬼3体を焼いた。


火が衣を舐めて肉を焦がす。


臭いが壁の上まで届いた。焼けた獣脂みたいな匂い。


でも登ってくる。


燃えながら手足を動かす。


爪が石を削る音が止まらない。


「止まんないでしょ」


塔の上からエルマの声が降った。


悔しそうだ。


俺は矢束を背負子ごと抱えて城壁を駆け上がった。


矢筒3つ。


石段を3段飛ばしで上る。


5年分の階段を毎日走った足だ。


王都の荷揚げ場の階段より急だ。


でも慣れてる。


矢束を勇者さまの足元に置いて振り返った。


下を見る。


油の壺がまだ3つ残ってる。


走った。


階段を駆け下りる。


膝が笑う。


足がもつれる。


転んだら死ぬ。


転ばない。


壺を抱えてまた駆け上がる。


油の匂いと自分の汗の匂いが混ざる。


セレナさまの《聖域》が門の内側で揺れてる。


腕を伸ばしてる。支えなきゃ。


でも俺にできるのは運ぶことだけだ。


階段を下りて、壺を抱えて、また上る。


3往復目。


息が喉で焼ける。


荷馬1頭分くらいは走った気がする。


ガルドさんが門の下で吠えた。


大剣が乾いた音を立てる。


切っても切っても増える。


塔の上から声が降ってきた。


「荷物持ち、油! 右の梯子!」


右の梯子まで走った。


壺が2つ。両腕に1つずつ。


肩が抜けそうだった。


梯子の下に屍鬼の爪がかかってる。


上から順に登ってくる。


乾いた爪が石を削る。


キリキリ、キリキリ。


息を吸って、片方の壺を足元に置いた。


城壁の縁から身を乗り出した。


見下ろす。


白い目が5つ、こっちを見上げてる。


瞬かない。


「……っす!」


壺の口をひっくり返した。


油が滝みたいに落ちた。


黒い筋が梯子の骨を伝って爪を伝って、白い目を濡らした。


匂いが一気に立ち上がる。


塔の上で声がした。


「赤く、細く、貫け――《炎槍》」


エルマの声だった。


低くて、はっきりしてた。


赤い線が空を横切った。


梯子の真ん中に刺さった。


油が火を拾った。


火が上へ走った。


下へも走った。


梯子ごと屍鬼が燃え上がる。


白い目が黒く焦げた。


爪が縮んで剥がれた。


燃えながら手足を動かしてたのが、途中で止まった。


塊になって落ちた。


石の床で崩れた。


臭いが来た。焼けた獣脂と鉄だ。


「坊主、いい運びだ!」


門の下からガルドさんの声が飛んだ。


「がはは!」もついてきた。


俺は城壁の上で息を切らしてた。


膝が笑ってた。


塔の上で、エルマが燃える梯子を見下ろしてた。


帽子のつばが揺れてた。


「……どうも」


ぼそっと言った。


俺のほうは見てなかった。


でも聞こえた。


……エルマ、褒めるときも顔そらすんだな。


夜明けまで、同じことの繰り返しだ。


壺を運ぶ。矢を運ぶ。階段を駆け上がり、駆け下りる。


ガルドさんが門を切る。切っても増える。乾いた薪を割る音が何度も響く。


セレナさまの《聖域》が腕を弾く。腕が震えてる。


エルマが塔から《火球》《炎槍》を落とす。


俺は運ぶ。運ぶだけ。


壺が空になる。矢筒が空になる。また走る。


4往復目か5往復目か。数えてない。


誰も怪我しなかった。


東の空が白んだ。


屍鬼が一斉に止まった。


顔が森のほうを向く。


灰の中へ、じりじりと退いていく。


白い目が1つ、2つ、消えていく。


全部、森の際の灰に埋もれた。


静かになった。風の音だけだ。


勇者さまが聖剣を下ろした。


「この砦に昼は来ない」


俺は石の柵に背中を預けた。


空を見上げた。灰の空だ。


白くはなった。太陽は出ない。灰が天井みたいに居座ってる。


昼が来ない。この砦には。


「……荷札に返品不可って書いてあったんすね。見落としました」


◇


17日目の明け方。


スープを2杯温め直して、城壁に上がった。


ガルドさんが大剣を抱えて座ってた。


石の上に刃を乗せてる。柄頭が膝からはみ出てる。


寝てない目だ。


「飲んでください」


俺は1杯をガルドさんの前に差し出した。


もう1杯は自分の横に置いた。


「……後で食います」


ガルドさんが俺の横を見た。


スープの湯気は、もう細い。


「後でって、もう冷めてんぞ」


大剣の上に顎を乗せた。


「……じゃあ半分もらうからな」


俺は黙った。


ガルドさんが俺の横の椀を取った。


両手で包んだ。


飲んだ。


飲んだ。


飲み干した。


椀が空になった。


「わりい。全部いっちまった」


「がはは」


笑い声が城壁に響いた。


俺は首を振った。


笑ってた。


……腹は減ってない。全然。


中庭を誰かが通った。


見下ろした。


エルマだった。


ローブの裾が灰を蹴ってる。


上を見た気がした。


紫の目が、空の椀と俺を1回だけ見た。


何も言わなかった。


過ぎていった。


ガルドさんが左手の薬指をいじった。


細い指輪だ。銀に錆びが浮いてる。


親指で輪の縁をなぞる。


動きが止まった。


「騎士団にいた頃な、子どもがいた」


「へえ」


「男だ。10歳で死んだ」


俺は息を止めた。


ガルドさんは空を見た。灰の空だ。


「遠征中だった。城塞都市ベルクの防衛戦だ」


「帰ったときはもうな」


指輪をくるりと回した。


「流行り病だってよ。顔見る前に冷たくなってた」


「がはは」


笑い声が小さかった。城壁にはじけた。


「元気だったんだ。剣振り回して、俺の背中に飛び乗ってきて」


「重いって言ったら、『もっと大きくなったら父ちゃんみたいになる!』って」


ガルドさんが口を閉じた。


風が灰を巻き上げた。


指輪の縁をもう1回、なぞる。


「この指輪は女房の形見だ」


「翌年、女房もな。後を追った」


「がはは」


また笑った。


でも声が掠れてた。


「坊主」


「はい」


「食えよ。ちゃんと食えよ」


俺は頷いた。


言葉が出なかった。


ガルドさんが空の椀を膝の上に置いた。


風が灰を巻いた。


「生きてりゃ、ちょうど坊主と同じ17だ」


俺は椀を見てた。


空の椀だ。何も映ってない。


灰が縁に乗ってる。


「お前見てると、あいつ思い出すんだよ。あいつも、荷運びの真似が好きでな。俺の大剣の鞘を背負って、家ん中歩き回ってた」


声が掠れてた。


俺の目が熱くなった。


痒い。熱い。


涙が出てきた。


「なんで俺が泣いてんすか……」


口から勝手に出た。


自分でもわかんない。


ガルドさんの顔が滲んでる。


無精ひげがぼやけてる。


「いや、俺なんかは」


言いかけて頭に手が来た。


大きな手だ。


髪をぐしゃぐしゃにされた。


力が強い。痛いくらいだ。


でも振り払わなかった。


「この旅が終わったら、息子の墓に連れてってやる。紹介してやるよ」


俺は唇を噛んだ。


歯が震えてる。


「……はい」


それだけ出た。


◇


17日目の昼。


薪を背負って、回廊を通った。


書庫の戸が半開きだった。


中にエルマがいた。


黴びた本の山から、黒い革表紙の手帳を抜き出した。


立ったまま、数頁めくる。


指が止まった。戻した。もう1頁戻した。


ぱたんと閉じた。


周りを見回した。


俺と目が合った。


エルマの手が止まった。


手帳が鞄の奥に消えた。


革の縁がローブの裾に飲み込まれた。


「……見た?」


エルマの声は低かった。


帽子のつばの下から紫の目が俺を刺してる。


「な、何も見てないっす」


声が裏返った。荷車の積荷が崩れるときみたいな裏返り方だ。


エルマは俺を見た。


3秒。いや5秒。


地下の壁の文字を見たときと同じ目だ。


何かを確かめてる。


確かめてるけど、答えが出ない目だ。


「そ。じゃあ見てない」


それだけ言って、エルマは俺の横を抜けた。


肩が触れないように、大きく避けて。


ローブの裾が回廊の石を拭っていった。


杖の音が遠ざかる。


俺は書庫の戸を閉めた。


金具が錆びついてて、きしむ音が石壁に響いた。


……何も見てない。


見てないんすよ。


でも、見た。


エルマの顔は、紙みたいに白かった。


薪が重い。


背負子の肩紐が食い込む。


あの手帳に、何が書いてあったんだ。

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