七 お出掛け
「んあっ」
なんか……めっっっっちゃ寝た。
昨日、マリアンから「簡単なものしかなかったんだけど」と、晩ゴハンを部屋に運んでもらって、コーンポタージュみたいなスープと、甘辛いお肉と野菜のサンドイッチを食べてからの記憶がない。
食べてる時は本当にここは異世界なのかなってくらい前世に似た味の、さらに高級ぽい上品な味わいに舌鼓をうって……竜の時と違って人の姿だと滅茶苦茶小食でおなかいっぱいになって……。
寝たのか、あーし。
ベッドに入った記憶もないのに。
あと、人化の術がそのままでよかった。勝手に竜に戻ったりしない、のかな?
それにしても部屋、かなり明るいけど……。
窓のカーテン開いてたっけ? 入ってきてる日差しが昼くらいな気がする。
外から男の人の声がする。仕事してる感じの。
「あ~っ!」
ダメじゃん!
早起きして掃除とか手伝おうと思ってたのに!
急にここを出て行くのも、何か違う気がするし。なら働いてちょっとの間だけ、居候しようかなって。
でもこの、天幕付きのベッドが……昔、寝具売り場のウン十万するお高いやつにお試しで寝転んだ時よりも、ふっかふかでさ……。
人生で一番気持ち良く寝たわ。
「完全に寝坊した……初日からやらかしちゃったか……」
――コンコン
「エルフィオラちゃん」
マリアンの声だ。
昨日の晩ごはん運んでくれた時に、今日から手伝うって言ったのに。ごめん。
豪華ベッドの上から返事するのはヤだし、せめて降りてから――。
「うわわ。はーい!」
――この体、前世よりちっさいから感覚がなんか違う。ベッドから降りるだけでコケそうになったじゃん。
「入りますねぇ」
はい、立てましたっ。
「どぞっ!」
寝坊したの、めちゃ気まずい~。
「おはよう、エルフィオラちゃん。よく眠れた?」
あぁ、ばっちりメイド服姿のマリアン。明るいとこで見るとさらに、ほんっと美人だわ。
てかめっちゃ笑顔なんだけど、怒ってないの?
「ほんとごめんなさい! 今日からお仕事手伝うって言ってたのに、寝坊しちゃいました!」
きをつけして、ちゃんと頭を下げるっ!
「あら~。いいのよ、気にしないで。一応、どっちでも大丈夫なようにしてあるから。だってエルフィオラちゃんはまだ子どもなんだし。でも、あなたが本気だっていうのも分かるから、ゆっくり慣れてもらいたいの」
優し過ぎる……こんなバ先の先輩には全力で応えなきゃだったのに。
「ありがとう。でもやっぱり、ごめんなさい。今からでも何か手伝えますか?」
「まぁまぁまぁ……。丁寧語も使えるのね……。あ、ごめんなさい見くびってるとかじゃないのよ? でも、ほんとにしっかりしてるから驚いちゃって」
そりゃまあ、バイトもしてたからね。だからなおさら、初日のミスが余計にキツいんだよね。
「見かけによらないのはよく言われるから、だいじょーぶ。でも、ミスは取り返すんで。何でも言ってください」
せっかくサイズ調整してもらったメイド服着て、働きたいし!
「フフ。分かりました。それじゃあ、今日のお仕事を伝えるわね」
「うん! ――じゃなかった。はい!」
炊事洗濯掃除、何でもこい!
「コホン。今日のエルフィオラちゃんのお仕事は……」
ごくり。
え、なんかちょっと緊張するじゃん。異世界初のお仕事だし?
「私と一緒に、ドレスを買いに行くことでーす! なので今からゴハンを食べて、それから街に行きましょう」
マリアン……。ルン♪ じゃなくてさ。
え? どゆこと?
「ふふふ、びっくりしたお顔もかわい~! あ、ちゃんと旦那様から仰せつかってますからね?」
「あぁ! わかった、子ども用のメイド服!」
マリアンのを直してもらったけど、一着買ってくれるとか公爵って気前がいいなぁ。
ドレスとか言うから、まじ何事かと思ったじゃん。
「ハズレでーす。ちゃんとした可愛いドレスを買いに行くのよ? 楽しみ~。エルフィオラちゃんも楽しもうね?」
「えぇぇ……? え、わかんない分かんない」
お客さん扱いしてくれるにしても、そこまでしないでしょ普通。
「エルフィオラちゃん。旦那様は、身寄りのない小さな子を預かった以上は家ぞ――コホン。えっと、大切な親戚の子、くらいにはきちんと面倒を見てくださるから。安心してね? エルフィオラちゃんが居てもいいと思ったら、ずっとここに住んでいても構わないの」
そ……そんなに?
見ず知らずの子どもを拾って、そこまでしてくれる?
「あの……気持ちはうれしいんだけど……逆に怖いっていうか」
あーしなら森で暮らせるし、チュンたちのことも気になるし。
ていうか、孤児院みたいなとこに預けられるなら分かるけどさ。
「……そっか、そうよね。知らないから余計に怖いかもしれないわね。えっと、この街だけじゃないんだけど、子どもって攫われやすいの。貴族の子どもだって狙われる時があるわ。親を亡くした家の子や、捨てられた子どもは……もっと危ないの。悪い大人も居るってわけ。エルフィオラちゃんみたいなとびきり可愛い子どもが、キョロキョロしながら街を歩いてごらんなさい? どうなるか分かるでしょう?」
え、こっっっわ!
「ムリ無理むり。怖すぎ」
全身ゾワーって、鳥肌立ったよ。
腹の底から、無性にイライラもするし。
それから、どうにもならないんだ、っていう諦めた気持ちも。なんだこれ?
あーし、前世で何かあった?
「でしょ? だから、旦那様が面倒を見ていますっていうお披露目じゃないけど、この子に手を出したらどうなるでしょうね。っていうのを世間に見せておく必要があるのよ」
そこまで考えてくれるなんて……あーしも本気で応えないとだ。
「はいっ。お世話になりますっ」
何が出来るかは、わかんないけど。お手伝いは絶対する。
「それじゃあ、ゴハン食べましょう。慣れるまでお着替えも全部お世話するけど、気にしないでね。もっと甘えて欲しいだけだから。エルフィオラちゃん、何するにも遠慮がちなんだもの」
そりゃあ、ね。中身はもう大人なんだし余計にだよ。
でも……こんなあったかい人に甘えさせてもらうなんて、初めて。なんかいいなぁ。
「ありがとう。ちょっとだけ、甘えちゃうかも? なんて」
ちょっと恥ずいけど……素直にうれしい。
信じても大丈夫そうって、あーしにはなんとなく分かるんだ。
**
「うわー。馬車なんて初めて乗った!」
マリアンと横並びで座ってるのに、さっきからあーし、窓の外ばっか見てる。
馬車から見る景色って、バスに座った時のと同じくらいかも?
ちょっと上から見下ろせて、いくつになってもなんか楽しいんだよね。
石造りの家も道路も、海外旅行に来たみたい。行ったことないけど!
めちゃ風情あるし、青空も空気も澄んでるんだよね明らかに。街なのに車の排気ガスがないのって、なんかいいな~。
道路が歩道と別れてないのが、ちょっと危ない気がするけど……みんな、普通に馬車のこと察して端っこ歩いてる。道の真ん中歩いてる人も、割と手前から避けていってくれるんだよね。
カッパカッパ馬の足音してるし、馬車のガラゴロ言う音もしてるし分かりやすいから平気っぽい?
すれ違う時に、あんまり馬車の中を見て来ないのは異世界も同じでおもろい。こっちもジロジロ見ないけどね。
タイヤが固いのか、割と揺れるけど。馬に直接乗るよりは断然いい!
「フフ。喜んで景色を眺めてる姿は年相応なのにね。不思議な子ね、エルフィオラちゃんは」
そう言うマリアンは、やっぱり大人びて凛としててキレイ。
マリアンもあーしもメイド服なのに、着こなしは断然マリアンの方がカッコいい。こう、ビシっとしてるのに裾のヒラヒラする感じが色っぽいというか。
あーしのはサイズが合ってないから、しょうがないかもだけど。
「え、恥ずかし。でもそう。景色見るの好き」
竜の時みたいに空飛んでて流れてく風景も好きだけど、やっぱ乗り物から見る方がいいかも。
でもほんとに、中世みたいな感じなんだ……。
街の人みんな、ふつーにドレスみたいなワンピ着てるし。ちょっと地味な色が多いのかな。お洒落ってより、家事とか用なんだろうなぁ。アクセも、付けてる人いなさそう。ネイルは完全に無だわ。誰もしてないじゃん。
それに外国人ばっかだし。って、今はあーしの方が外国人か。
でも、言葉は通じるんだよねぇ。異世界マジ意味フ。
……字は読めないけど。看板の絵しか分から~ん、ウケる。
あれはパン屋さんでしょ、焼き立てのイイ匂いがした。あっちは何だろ、宿屋?
さすがにあーし、元の世界じゃ日本語は読めたよ。こっちでも勉強しないとか……。
「楽しい? そうだ、エルフィオラちゃん読み書きは出来る?」
「あ、ちょーどあーしもそれ思ってて。勉強しないと生活できないよね」
「……その呼び方、旦那様の前ではしちゃダメよ? わたし、って言うようにしてね?」
わ。笑顔だけどこれ、逆らったらダメなやつ……。
「は、はい。レオナイル様には、わたしって言う」
「ふふ。よろしい」
って言っても、普段から慣れとかないと、咄嗟の時にふつーにあーしって言いそう。
……郷に入れば郷に従え、か。
むぅぅ……。ま、いっか。言いやすいだけで使ってただけだし?
「うん。やっぱ今からちゃんと、わたし、って言う」
変に突っ張って、マリアンのこと困らせたくないしね。
「……やっぱりエルフィオラちゃんて、どこか大人びてるわよね。ごめんなさいね。ほんとは故郷の慣れた呼び方をしたいでしょうに。こっちに合わせてくれるのよね」
「え、いやそんな、大袈裟な感じじゃないからさ。へーきへーき」
「でもそうなると、欲が出ちゃうのよね……。貴族社会に出しても恥ずかしくないように、英才教育したくなっちゃう」
あ、なんかマリアンの目がマジなやつ……。ギラっとしてるんだけど。
「お、おてやわらかに……おねがいします……」
ヤバ。さすがに高級ホテルでバイトしたことはないですけど。
「あ、着いたわよ。エルフィオラちゃんに似合うドレス、私がバッチリ選んであげるわね」
めっちゃ張り切ってるじゃん。
ま、あーし――じゃなくて。わたしも街のおねーさんたちを見て、大体こんな感じのがあったらいいなーって目星はつけてるけどね。




