五 お屋敷
「どうした小娘、妙な顔をして……。む、怪我をしてるじゃないか。おい、治療班見てやれ」
そう言えば、この人たちにやられた傷が鱗を剥がして痛かった……。
それにしてもこの団長さん? ぶっきらぼう過ぎる。
なんか、こんなに甲冑の男の人に囲まれてるとやっぱ恐いなぁ。治療班て言ってたけど、この人たちにさっきの首のとこ、触られるのヤなんだけど。
「さあ。お嬢ちゃんちょっと見せてね」
て、やっぱ扱いが雑。掴まれた腕が痛いし。
「ちょ、いたいってば」
振りほどけない~! けっこう本気でやってるのに。
竜なのに~!
「おいおい、俺は団長みたいに怖くないぞ。じっとしてくれ」
「……いい。マジ触んないで」
そんな皮手袋で傷に触られたらバイキン入りそうだし。
「団長~。俺、嫌わてるみたいです」
「なんとも強情な小娘だな。かすり傷程度なら屋敷で見させるか。このまま連れ帰るぞ」
え、やば。
ガチで見過ごしてもらえない感じ?
連れてかれるのは想定外なんだけど――。
「わっ」
一瞬で馬に乗せられちゃった。どうやったん?
うわー、馬って背たっか!
でも明かりの魔法だけだと、足元見えづらくてなんかちょっと恐いし。
「さて、小娘。名は何という」
「あっ……エル…………。なんだっけ」
エルなんちゃらかんたら……? いやあんなの一回聞いただけで覚えられんて。
「ふん、名は教えられぬと? まあいいだろう。エルと呼ぶぞ」
「えぇ……?」
まぁいいけど。あ、そういえばオレの名前……前世の時何だっけ。
……あれ?
なんで思い出せないんだろ? てか、何で今まで気にしなかったんだろ。
「全員、騎乗したか!」
「はっ! 総員準備良し!」
「ではこれより街に戻るぞ! 順次照明投げるのを忘れるな! 出発!」
「了解! ライトボール!」
おお……キビキビ動いてまぢ軍隊じゃん。この辺は木が割とまばらだから、馬で整列までしてるし。馬に乗った騎士みたいでちょっとかっこよ。
あとこの明かりの魔法便利過ぎ。オレも使えるかな。
……ライトボール、でいいんだよね。
出ろ!
いつもなら念じたら出来るんだけど。
……ライトボール!
あれ、出来ないんだけど。
ぬううううおおおおおおおらいとぼおおるうううう!
どぉだ!
「小娘。いやエル、怖いか。だがそんなに身を強張らせずとも落としたりしない。安心して俺に身を預けておけ」
いや団長さん、違うんだけどね。
あれ~……。明かりの魔法出ないなぁ。
なんで?
オレには使えない系のやつとかあるのかな。それとも、人化の術で体力切れとか?
ていうか、馬ってけっこうお尻痛いんだ……。跳ねる時の突き上げヤバ。これなら自分で飛んだ方が楽だけど。
人の体って不便なんだなぁ。って、オレめっちゃ竜みたいじゃんウケる。
**
「ひゃ~……でっっっか!」
高級な背の低いマンションあるじゃん? それのヨーロッパ建築バージョンだよマジ。
てか庭? めちゃくちゃ広かった。公園に寄ってくのかと思ったくらい。正直ビビってる。
でも旅行でさ、行ってみたかったんだよね。働くようになったら、友達と行こうぜーって。
……あれ、友達の名前とか顔とか出て来やんのだけど? 記憶喪失かよ。
「俺の屋敷だ。これからお前も過ごす事になる」
「え。マ?」
保護するって、どっか施設に預けられるもんだと……。
「降ろしてやるからじっとしてろ」
おぉ、颯爽と馬から降りる団長さん。
こういうのって、なんでかカッコよく見えるよね~。
「って、そう持つ?」
「お前が手を差し出すのを待っている時間が無駄だからな。こうしてすぐに降ろせただろう」
この人がヤバいのは分かった。まさか、腰に手、回されたと思ったら荷物みたいに肩に担がれるとか予想してなかったし。
この人の肩の鎧、丸みがあって良かった……。地肌に冷たいのはもう黙っててあげる。
てかオレ、団長さんの汗臭いマント一枚なんよね。これ、まくれててお尻丸見えじゃね?
「あのさ、ちゃんとマント被せてくんない? このまま家に入られても困るワケ」
「小娘の尻など誰も気にせんだろう」
「デリカシーゼロとかサイアクなんですけど」
担がれてるせいで手が上手く回んないし、マントがどうまくれてんのかも見えないし!
「急にずいぶんとお喋りじゃないか。まぁ、元気ならいい」
「は……はあ? そんなことで誤魔化さないでくれる? って――」
聞けよ。
このままでドア開けないで~!
「お帰りなさいませ。旦那様」
あーあ。やっぱ屋敷の人が居るじゃん……。女の人の声だからまだいいけどさぁ。
尻からご対面したのなんて初めてだよチクショウ。
「マリアン、丁度いい。これを保護する事になった。世話を頼む」
「は……はぁ。この子……どちらでお拾いに? というかお尻……旦那様、子どもとはいえそんな抱え方がありますか。早く降ろして差し上げてください。可哀想に」
「ふん。どいつもこいつもうるさいものだ。何か食うものはあるか。腹が減った。こいつにも同じものを食わせてやれ」
あぁ、やっと降ろしてもらえた。
あっかんべ~、だ!
ふっふっふ、バレてない。
「もう、酷い目に遭いましたね。綺麗な黒髪……十才くらい? お名前は何ですか?」
おお、屈んでくれて優しい人だ。マリアンさんだっけ。ガチメイドじゃん!
頭のヘッドドレスって言うんだっけ。実はメイド服とこれ付けるの憧れだったんだよね!
よく見るとコジワがあるけど、めっちゃ綺麗な人だ。この世界の人は皆金髪なのかな。
青い目って初めて直接見たわ、不思議な感じする~。てかメイド服めっちゃ似合う~!
「えっと。エル……なんとかなんだけど。長くて忘れちゃった」
「忘れた……?」
あー、名前忘れるとかおかしいですよねぇ。
「この小娘、名を隠したいらしい。適当に呼んでおけ」
「いや隠したいとかじゃなくて」
あれ、そういえば前世の名前も思い出せないんだけど。
え、うそマジで? え何だっけ!
……いやいやいや。はぁ? 自分の名前忘れるとかある?
「まぁ、預かる以上はそれなりの名が必要か。エル……。そうだな、ここではエルフィオラとでも呼んでおけ」
え~、意外と良さげ。ちょっと気に入ったかも。
「まぁ、素敵な名前。さすが旦那様」
「チッ」
あらら、照れてる? 横顔赤っ。
あ、そだ。一応お礼は言っとかないとね。
「団長さん」
これしか呼び方分かんないや。
「何だ。俺はもう構ったりしないからな。用ならマリアンに言え」
振り向き様の捨て台詞が酷い。
あれ、この人は赤い目だ。こんなのもあるんだ……。てか、エラそうだからもっと年上かと思ってたけど、意外と若そう。二十半ばくらい?
「いや、ちがくて。殺さないでくれてありがと」
「殺す? 俺を蛮族のように言うか。お前の民族は訳もなく人を殺すのか?」
「あ、違う違う、ほんと間違い!」
あっぶない! 竜だって自分でバラしちゃうとこだった~!
「ごめん、助けてくれてありがとう」
「ふん。そういえばそやつ、首に怪我をしているから手当もしてやれ。それと、口の利き方を教えておけ。では俺は着替える」
そうだった。ヒリヒリに慣れて忘れてた。ていうか、本気でタメ口だめなタイプだった?
「お食事はお部屋にお持ちいたしますね」
「そうしてくれ」
あ~、怒っちゃったのかな。淡々と階段上って行っちゃった。
てかほんとにおっきい家だなー。玄関ていうか、高級ホテルのロビーじゃん。カウンターが無いだけで。
左右に続いている廊下も広々~だし、正面の階段も豪華な赤絨毯敷いてあるし。
「ねぇエルフィオラちゃん。傷の手当の前に、お腹減ってるかもだけど先にお風呂入ろうか? それから傷の手当とゴハンね」
「あっ……」
マントで全然見てなかったけど、手も足も森の土で汚れてる、よね。
真っ裸なのは感覚で分かってたけど、改めて人の前でコレはちょっと、恥ずかし過ぎる。
「あの、お風呂と……服がほしい」
「フフ。だよね。それじゃ洗ってあげるから、ついてきて」
――って連れて来られたのは、広いお屋敷の奥を抜けて別館の銭湯だった。
さす屋敷……。さすが過ぎて言葉も出ないわ。
ちゃんと脱衣所があって……でも入り口一つだけだったような。混浴?
「ここはね、夕方からしばらく、侍女が仕事終わりに入る浴場なの。一緒に入ろうね」
って速攻で脱ぐじゃん。
金髪美女のハダカだ……白人ってほんとに肌シロ~……そしてカクレきょにゅうな上に腰ほっそ。チート過ぎん?
白ギャルのピンチなんだが?
「エルフィオラちゃん? ここでそれ脱ぐのよ?」
ガン見しちゃった――。
「あ、いや、洗ってくれるって言ってたけど、自分で洗えるよさすがに」
「まぁまぁ遠慮せずに。ほら旦那様のマント外しましょ、うっ……これ洗わないとダメね」
ですよね~。
「さ、滑るから手つないでね」
「いやほんとに、だいじょうぶ――」
「子どものうちだけよ、こんなこと」
手も早い!
気付いたらいつの間にか手繋がれて、お風呂の中に居るんだけど?
あぁ、湯気がもう、あったか~い。
「さ、洗いましょうね~」
てか口調は柔らかいのに強引だなこの人……油断ならない。
「ってちょっと、もう洗ってるし!」
お風呂広~い、とかの感動も束の間過ぎた!
ほんとなら、こっちの初お風呂だし――。
温泉みたいな石造りのでっっかい湯船。
銭湯でも温泉でも、この広さはなかなかないでしょ。洗い場もゆったり広々してるし。壁は前世みたいな正方形なタイルじゃないけど、何か陶磁器っぽい物を壁材にしてる。
異世界のお風呂もすごいな……。
――とか、もっと感動したかったんだけど。
「フフフ。実は、こうして奥さまやお嬢様のお世話をずっとしたかったの。でも、旦那様はご両親も早くに亡くされて、ご兄弟もいらっしゃらない独り身なのよ。だから……ここの侍女たちは皆、エルフィオラちゃんみたいなカワイイ子のお世話に……ふふふふ。目が無いのよ?」
いや、キラーン、じゃないのよ!
「いや……いやいや。オレそういうのいいから。ね?」
「オレ? エルフィオラちゃん。こんなに可憐なお顔してるのに、オレとか絶ッッッッ対に駄目よ?」
「オッフ……目ぇ恐いんだけど」
「駄目。いい? わたくし。分かった?」
「わ、わたくしぃ?」
オレって呼ぶことにこだわりはないけどさ。単にオスだと思い込んでただけだから。
でも、わたくしは無い。
ない無いナイ!
「それは、ちょっと……。あの、あーしじゃだめ?」
とか言ってる間におまたもお尻も違和感無く洗われてしまった……。何者なの?
「あーし? なぁにそれは。エルフィオラちゃんの周りではそういう呼び方があるの?」
あ。イイコト思い付いた。
「そ、そう! そうなんだよね。あーしの国だと、わたくしよりも上品で格式高い呼び方なんだ」
あ~……でも、ウソついちゃうのは……どうかなあぁぁ。
だけどあーしがわたくし、なんて似合わ~ん絶対無理!
「ふ~ん? あーし……ねぇ。どこの国なの? 聞いたことないわ。旦那様も、森に行ってらしたことしか分からないし、どういう経緯でエルフィオラちゃんを拾ってきたのかしら」
これは……背に腹は代えられないということで、ウソついちゃうか。
転生系の話って、日本のことを大体が東の遠い島国って言って誤魔化してるもんね。
「ずーっと遠くの島国で、東の方にあると思うんだけど……」
「まあ! 東の異境、ヒノモトという国? 本当にあるのね!」
あるんかーい!
「……たぶん」
「たぶん? まぁ、いいわ。エルフィオラちゃんはしっかりしてるけど、こんなに小さいんだものね。あまり知らなくてもしょうがないわよねぇ――わぁ、髪も洗うとますますキレイ」
ここでザバーっと、頭からお湯をかけられて喋れなかった。熱過ぎず、ぬるくもなく、いい湯加減で気持ち良くて。
自分の長い黒髪が、お腹にも腰にもぺったり張り付いてる。あ、十才じゃおなかぷにぷにだなぁ。
ていうか、あっとゆー間に髪の毛までシャンプーしてもらってた。こんなに長いの大変じゃなかったのかな。
正直気持ち良くて、成されるがまま過ぎたよ……。
「首の傷、痛かったわよね。でもよく我慢できてたわ。エライのね」
って、優しさの緩急ヤバ。
「あ、いや、このくらい、だいじょぶ」
ちょっとヘンにコワイとこもあるけど、基本優しい人なんだ。
こんな風に丁寧にお世話してもらうとか、きっと生まれて初めてな気がする。
「さ、お湯に浸かったらちゃんと手当てもするからね。ゆっくり浸かりましょ」
「うん。ありがとう」
めちゃ素直にお礼言えた。
こういう、お世話されるのって怖い感覚しかなかったけど……マリアンさんにしてもらったのが、ほんとの愛情あるお世話なんだろうな。
……前世の生活のことあんまり思い出せないのに、嫌な感覚だけはしっかり覚えてるっぽい。
なんだろなー、モヤモヤする。
「エルフィオラちゃん? ……のぼせてなーい?」
「あ。うん。大丈夫」
お湯に浸かるのって、この程良い熱と圧が……やっぱ最高で考え事してた。前世でもお風呂大好きだったなぁ。
「でもそろそろ上がりましょうか。子ども用のドレスが無いから、私たちが着るのを簡単に繕ったものになるけど、しばらく我慢してね?」
そっか。大人しかいないお屋敷だから。
「何でもいいよ。服があるだけで十分。団長さんのマントみたいに布があればそういうのでもいいから」
「まぁ……一体どんな生活をしてきたら、そんな……。いいわ、旦那様には優しくするようにキツく申し上げておきます。ちなみに、旦那様はレオナイル様といいますよ」
「レオナイル……。そういえば聞きそびれちゃってたんだ。教えてくれてありがと」
「様。ですよ?」
「う。わかった。レオナイル様って呼ぶ」
お屋敷にお邪魔するんだもんね。郷に入れば郷に従えだ。ここに居る間はそう呼ぶよ。
ってことは、あーし呼びは何とかなっても、キチンと敬語とか使わないとか。
ま、あーしなら何でもやってみせるし。
「さあ、上がってゴハンにしましょうね」
「やったー! ご相伴にあずかります!」
「ふふ。エルフィオラちゃんはやっぱり、しっかりしてるわね」




