三十一 クソデカ猫の名は
〈時にお前、さっきの男に逃げて欲しかったのだろう?〉
クソデカ猫が、あごをあーしの頭に乗せたままで念話を使うからうるさく聞こえる。
〈そうだよ? ていうかこのあご、どけてよ〉
〈なぜ念話を使わなかった?〉
〈はっ……! え、なんで途中にでも言ってくんなかったの?〉
てか、言われてみれば思い付きそうなのに!
〈なんだ。アレをおちょくって遊んでいるのかと〉
〈あんたみたいな性悪なことしませんけど?〉
〈ハハハハハ! 頭は悪いのだな!〉
はぁぁぁ?
〈笑い過ぎ!〉
そこでやっと、あごをどかしてくれた。
〈お前の角が、ちょうどかゆい所に心地よかったな〉
勝手に人の角使ってからに。
振り返ってクソ猫を見上げたら、やっぱり白くて綺麗な毛並みでモフりたい。
でも、レオナイル様の魔法で森が辺り一面吹き飛んでて、ちょっと場所が似合わないか。
メインクーンを巨大にしたみたいな、長毛の白猫。家みたいにデカいけど。
トラ柄とは違った、稲妻みたいな青白い模様がカッコイイ。
出来れば、ペットにして連れて帰りたいけど……。
〈ねぇ。人化できる? あと、あーしはエルフィオラ〉
〈出来ると言ったら? だが、弱体化するから人化などしない〉
あ、弱体化するんだ。
じゃあ、あーしが魔法使えなくなるのも、そのせい?
〈実はさぁ。あーしの護衛が出来るメイドさんが必要なんだよね。あんたが護衛してくれたら、心強いんだけど。やってくんない?〉
〈……お前、人の話を聞かないな。人化はしない、と言ったんだよ〉
そんな呆れた顔で見下ろさなくても。
〈そこをなんとか! 弱体化しても強いんでしょ? 人間より〉
〈当然だろう? 私を誰だと思っている〉
〈レオナイル様にやられそうになってた森の主〉
〈ケンカを売っているのか?〉
一瞬で眉間に皺が……。
〈ケガ、治してあげたじゃん!〉
〈……たしかに、借りはあるが〉
今度は困り眉。表情豊かでおもしろ~い。
〈でしょ? だからお願い! あと、女の人だよね? 人化したら絶対、美人さんだと思うんだよね。見て見たいし〉
〈お前の護衛ということは、お前の下に付けというのだろう? 嫌だね〉
顔を背けてもカワイイ。
〈そんなの肩書きだけじゃん? 実際は関係ないんだからさぁ。お願い! ね?〉
〈私にメリットがない〉
〈ゴハン美味しいよ?〉
クソデカ猫の耳が、ピクって動いた。
野良猫がエサの匂いに反応した時みたいで面白いんだけど。
〈……好きなだけ食べられるのか?〉
〈あーし、毎日食べきれないくらいのごちそう出してもらってる〉
〈本当に美味しいのか?〉
めっちゃ顔近付けてくるじゃん。
おっきくて鮮やかな青い目。その縦長だった瞳孔を、今はまんまるくしてる。興味持ってるってことだよね?
〈公爵様のお屋敷で出されるお料理だよ? 美味しいのしか、出ない〉
〈…………だが、その程度ではな〉
今、めちゃくちゃ間があったけど?
絶対に悩んでたヤツじゃん。
〈ピンチのとこを助けてあげたんだけどなぁ。あんたは恩を返さないんだ〉
〈くっ……。良いだろう。お前が人化してまで人と過ごしているのも、興味がある。退屈しのぎにはなるだろう〉
あ、まじ?
〈やったぁ! ありがとう! えーと……〉
もっと何かねだられるかと思った。
〈ミリィだ。エルフィオラ〉
〈ミリィ! 可愛い名前!〉
〈ふん。おだてても無駄だからな。それで? 今から人化するのか?〉
〈あ~……。そだねぇ。空飛んで戻りたいから、その大きさじゃあーしが飛んで運ぶなんてムリだし、今からしてもらうしかないね〉
〈ならば、服はどうする。まさか裸で居ろとは言わないだろうな〉
あ~っ!
〈ごめん。そのためにベッドシーツを持ってきてたんだけど……馬に持たせたままだった〉
〈やはり、なかったことにしようか〉
〈そこは、ほら。あーしも裸だし、二人一緒ならよくない?〉
ていうか、人化を解いた時にあーしの訓練服も破けてるんだよねぇ。
……ビリビリに破かれた服を残して、あーしは居なくなったわけか…………ヤバくない?
〈それよりもさ、あーし、黒竜に攫われたみたいになってると思うから、そっちのがヤバくて……〉
〈お前、自分で自分を攫った体で、どうやって戻るつもりだ?〉
〈今から一緒に考えてよぅ〉
すんごいイヤな顔された。
なんか、めっちゃ引かれてるのと哀れみみたいな、究極に冷めた顔されたんだけど。
〈なんとなく察したが、お前……本当に馬鹿だろう〉
〈一応は服の用意もしてたんだし、ちょっとは否定したいけど……色々考えたらほんとに、みんなにめちゃくちゃ心配かけてる……〉
どうしよう。とにかく謝らないとだけど、どうやって戻ろう?
〈はぁ……。お前を咥えて、仲間の所まで運んでやる。すぐに私は引き返すから、お前は、まだあっちにも人が居る、とでも言って拾いに来い。私をメイドにする理由はお前が考えろ〉
うわー、賢い。
めっちゃ助かる~。
〈じゃあさ、あーしの昔の護衛だった。ってのでどう? あーし、滅んだ東の国の王女ってことになってるから、護衛してくれてたって言えば問題なくない?〉
って、なんでまたさっきの覚めた顔すんのさ。
〈私は、お前の考えた東の国がどんなものか、そこでお前とどんな暮らしをしていたのか、全く知らんが。その設定にどう合わせろと?〉
あ~……ね……。
〈あ、あじゃ、こうしよ? 困った時の黙秘権! それは言えない。って言い続けてくれたらいいから〉
〈……まぁいい。私に不利なことになれば、出ていくだけのこと。後は知らんぞ〉
〈うんうん。あんまり考えても、レオナイル様にバレちゃいそうだしね〉
〈今までよくバレなかったな。黒竜を屋敷で保護しているなど、滑稽でたまらない。が、本当に退屈しなさそうだ〉
よかったぁ。仲間になってくれそうだったのに、そっぽ向かれるかと思った。
ここまで一応、あーしの大作戦通りに……今のとこイケてるよね。
もしかして、あーしって運がいい?
って、まだ何か、クソ猫――じゃなかった――ミリィに、冷めた目で見下ろされてるんだけど。
〈早く人化しろ。そのまま咥えて行ってやろうか〉
〈あっ! ごめごめ! すぐ人化するから!〉
よろしくね、ミリィ!




