二十八 ごめんしか言えない
レオナイル様がクソデカ猫討伐に向けて、精鋭だけで出陣した次の日。
あーしはやきもきしてる。
撤収作業が、わりとのんびりしてるから。
見張りだった人が仮眠を取って、その間に朝ごはんと撤収作業。そんな感じだし、たぶんレオナイル様が居ないからちょっと気が抜けてるんだと思う。
かといって、みんなはあーしを取り囲むようにしてるから、こっそり野営を抜け出す事も出来ない。
街に戻るために動き出してくれなきゃ、あーしも身動き取れない。
なんとなくだけど、レオナイル様は予想よりも早くに、クソ猫を見つけそうな気がする。
精鋭だけで行ったからこそのスピード感ていうか、なんかそういうの。
こっちに残った人たちの動きが遅く感じるのは、きっとそういうことなんだと思う。
「ピエラ。わたしちょっと、トイレしてくる」
「私もご一緒します」
「いや、ちょっとそこまで離れるだけだし」
「ダメです。どんな魔物が潜んでいるか分かりませんから」
「……やっぱり止まったかも」
「あら。ではまたその時は、お声掛けくださいね」
「うん」
……やっぱりダメだ。
移動で隊列が伸びた時に、なんとか引き離さないと抜け出せない。
馬が急に走り出したことにして、その場から離れる?
う~ん、それだけだとピエラの馬に追い付かれちゃうな。
この体でも、魔法が使えたらなぁ。
足止めした隙に隠れて、人化の術を解いて……竜になったら空を飛べるのに。
「エルフィオラ様。出発しますので馬に乗りましょう」
「はーい」
やっとだ。
もう、太陽がほとんど真上に来てる。
荷運びを含めた三十の騎士たちが列を前後に伸ばしながら、あーしを真ん中に、なるべく二列の形を維持するように進み出した。
こういうのって、すでにみんな馬に乗ってるから……今逃げるのは捕まっちゃうよね。
あ、てことは?
次に野営する時はどうだろ?
半分くらいが足を止めて馬を降りて、本当ならあーしが皆の真ん中に行ってじっとしてるわけだけど。半分が馬を降りた時なら?
……残り半分が追いかけてくるだけか。
無理過ぎる。
こんなに護衛が付くなんて知らなかったし!
「きゃっ! へび!」
急に何かと思ったら、ピエラはへびが苦手らしくて速攻で剣を抜いてた。
おっきいアオダイショウくらいのへびが四つに分断されて、しかもピエラの両脇に落ちるように払い斬るみたいな剣捌き。
「さすが、お見事だね」
「いいい、い、いいえ。で、でも本当に、へ……びが嫌いで……」
「そうなんだ。まぁ、わたしもそんなに好きじゃないから、そうなるのも分かる気がする」
「ですよねですよね!」
ピエラはそのまま、いかにへびが気持ち悪いかを語ってくれた。
絶対に近寄りたくないことと、その理由をたくさん。
そんなに語れるなら、実は好きなのでは……。
でも、あーしは今そんな場合じゃないのよ。
かといって、何か妙案が浮かぶわけでもなく。
後ろの騎士たちはもちろん、しっかりあーしを見てるし……。
逃げ出す隙がない――。
――そのまま、帰りの二日目になっちゃった。
レオナイル様なら、もう見つけてるかも……。
それなのに、お昼の休憩が終わっても逃げ出せてない。
気が気じゃなくなってきて、イライラしてくる。
トイレって言ったら、ピエラが全体止まれの合図するし。
なんでこんなに、あーしに付きまとうんだよ。
……違う。ピエラもみんなも、あーしを守ってくれてるんだ。
でも……クソ猫がピンチなんだよ。
「あの岩……裏に魔物が居るかもしれません。気をつけましょう」
「え? あぁ……」
来た道とちょっとズレちゃったのか、行き道だと見なかった三メートル四方くらいの岩があった。
たしかに、後ろに何か居ても分かんないよね。
「皆もちゃんと、警戒してくれていますね」
レオナイル様が居る時よりは緩い感じではあるけど、見るところはちゃんと見て、警戒してる。
「……トイレ。あの裏でしたい」
「え? エルフィオラ様、あと少しガマン出来ませんか?」
「むり。もれそう」
「では反対側のあちらで――」
「やだよ。せっかく見えないところで出来るのに」
「それは……そうですよね。では先ず私が安全を確認して参ります」
ピエラは全体止まれの合図をして、馬に乗ったまま岩の裏に回った。それからものの数秒で戻ってきて、あーしにコクリと頷いた。
……ごめんね。
こんなチャンス、もう無いだろうから。
岩の裏で人化を解いて、速攻で飛んだら逃げ切れる。
「こっちに来ないでね? 見られるとか、音を聞かれるのも嫌だから」
「わ、分かっております。でも何かあればすぐに声をお出しください」
「うん」
あーしは馬を降りて、いつもよりせわしない感じで岩の影に回った。
もれちゃうっていう体だからね。
あとは、何かツタとかがあれば……。
へびだって言って投げ付けようかと思ったけど、そこまで都合よくはないか。
――ピエラ、みんな、ほんとごめん。
「おっきいへびが出たぁぁぁ!」
力いっぱい叫んだ。
これで一瞬でも、へび嫌いなピエラを足止め出来るはず。
ほんと、ごめんね。
――人化を解除。
念じるだけで出来るのが分かる。
そういうものだから、としか言いようがない感覚。
ほら、出来た。
懐かしいくらい久しぶりな――分厚い包丁を三日月型にしたような――真っ黒い爪。
「エルフィオラ様ぁぁぁぁ! いいいいい! いまいきます!」
ヤバ。
そんなすぐ動けるの?
ピエラが大嫌いな、絶対に近付きたくないへびが出たって言ったのに?
戻ったら、ちゃんと怒られるから。
ほんとごめん。
「ぎゃるるるぉおおおお!」
今行くからね、クソデカ猫。
死んだりしてないでよね。
「エルフィオラ様ぁぁぁ!」
「ドラゴンの咆哮だ!」
「何だと? 総員突撃ぃ!」
「何としてもお嬢様をお護りしろ!」
ピエラが最初に悲痛な声で叫んで、他の誰かも次々に叫んだのが聞こえた。
みんな、ちょっと気の抜けた感じで平和だったのに。
戦う準備なんてしてなかっただろうに。
命懸けで、助けに来てくれるんだね。
――まじで、ごめん。




