二十三 考えるのは難しい
「あれがお前の母親だと?」
馬車に入るまで急かされて、座るやいなや詰め寄られた。
「レオナイル様、近い……」
おでこが当たりそうなくらいで、ママ竜とおでこコッツンしたのを思い出した。
「です、だ」
その勢いで喋られたら、ツバがかかりそうでイヤなんですけど。
それを見かねたマリアンが、前の席から身を乗り出してレオナイル様の太い腕を掴んでくれた。
そのまま引き剥がして~!
「旦那様、落ち着いてください。あの……先ほどの女性は何だったのですか?」
「それを今聞いているところだっ!」
「めっちゃツバが、かかってるんですけど!」
「知るか! 早く話せ!」
「話せば長く……も、ならないんですけど。母でした」
「お前、最初は見知らぬという態度だったろうが!」
手で防いでも手にかかってるんだよツバが。ばっちぃよぉ。
「あ~、なんか、雰囲気が違ったから。普段その、あんまりお顔を見ることもなかったし……」
ウソは言ってないもんね。
「ぬう……辻褄は合うが」
納得はいかない、みたいな顔してる。
でも、やっと座ってくれた。隣で腕を組んで睨んでるけど……。
「わたしのこと見つけて、元気そうだから安心してくれたみたいです」
「それらしい事は一緒に聞いただろうが。他の事を話せ」
「でも、あんまり覚えてなくて……」
「都合のいい記憶だことだ。そういえばお前の母は金髪だったな。目は黒かったが」
「そ、そうですねぇ……」
いろいろ疑ってるんだろうな~。
「お前の国は……いつ頃滅んだ」
えっ、そんなのママ竜の作り話だろうし、そもそも東の国なんてあーしの出まかせなんだよぅ。
「わ、わかんない。です。わたし、あんまり賢くないし」
「はぁ。それは知っている」
あ~! 今ため息交じりに言った!
「む~。何を聞かれても、難しいことはわかんないです」
「あれが、一国の女王だったと……? そも、あれが人であるかも疑問だがな」
「え、じゃあわたしは?」
「どこかで拾ったのだろう。不憫なことだ」
「ちょっとぉ!」
「はぁぁ。まぁいい。現実は何も変わっていないからな。一応、賓客扱いは正しい判断だったという事か」
「そ、そうですよ?」
「なら、なぜ最初に言わなかった? 一国の王女であると」
あ……。
え、これ、誘導尋問的な?
ズルくない?
「そ、そんなの知らなかったし」
「言葉遣い」
「知らなかったですし」
「お前には何も伝えず育て、逃避の旅をしていたと? 物心付く前からとすれば、七、八年は旅をしていたという事か。いつからどんな記憶があるか話せ」
……ダメだ。
あーしが考えるウソなんてソッコーで見抜かれるだろうし。
かといって、前世が終わったらここで黒竜になってました、って言う?
無理だよそんなの。竜の時は殺そうとしてたんだし、言った瞬間に殺されそう。
「……わかんないです。わかんない」
もう、首を横に振って、そう言うしかできない。
「はぁぁぁぁ。くそ。マリアン、席を代われ」
すでに腰を浮かしながら、レオナイル様はマリアンの隣に行った。
そしたらさり気なく手を差し出して、マリアンが馬車の揺れでコケないようにフォローした。
そういうところはカッコいいのに。
「もう。いじわるし過ぎですよ旦那様。気が済まれましたか? エルフィオラちゃんが何者であれ、保護したんですから。こんな素直でいい子が、王女様だったならもっと素敵じゃないですか」
「話がややこしくなるだろうが」
「国が滅んだって、今仰ってましたけど。仮にそうなら、その国への気遣いも無用ということでは? 不都合どころか、こちらに都合が良すぎるくらいですから、咎めるみたいに尋問しなくても。そうでしょう?」
「……俺は事実が半端にぶら下がっているのが嫌いなんだ」
「嫌いでも、我慢なさったらいいじゃありませんか。実害はないのですよ? それに、エルフィオラちゃんには王宮魔導士を遥かにしのぐ力を持っているんですから。ね~? エルフィオラちゃん」
そのまま、むぎゅ。ってされた。
レオナイル様はマリアンに言い負かされて、気まずそうにあーしを睨んでるけど……。
マリアンに守られてるから、あーしもベー、ってベロ出してやった。
「きさまっ!」
「レオナイル様!」
あーしを怒ろうとして、マリアンに怒られるレオナイル様。
「くっ……」
ふっふっふ、悔しそう。
でも、ここで権力をかざして激昂しないあたりは、大人な人なんだよね。
大人げないところもあるけど、わりとそういうとこは、安心できる。
「旦那様。今日はもう、テストをやめてお屋敷に戻られますか?」
そういえば、あーしのマナーとかのテスト中だった。
「……いや、予定通りに進める」
「フフッ。素直じゃないんですから」
何のことか、この時は分からなかったけど……。
半時間もしないうちに意味が分かった。
この人、またあーしにドレスとアクセを買ってくれたんだよね。
これ、ドレス一着でいくらすんの?
その分さっきの教会にもっとあげたらいいのに。
それを馬車の中でうっかり口にしちゃったら、そこは優し……くはないけど、普通に話してくれた。
「施すだけでは、堕落する。本当なら仕事になる事を教えてやれたらいいんだろうがな。教会の孤児院で、その子らが出来るようなものはそうはない。そこまで手が回らん」
子どもたちが大人になって孤児院を出ても、自分の生活でいっぱいだから支え合いの循環も起きないみたい。
お店を出てからレオナイル様はまた隣で、どこか諭すように、じっとあーしの目を見てる。
コクンと頷いたら、その視線が外れた。
「分かったみたいなことを言って、すみませんでした」
「構わん。現状を知るのも必要だからな」
「……ありがとうございます」
世の中って、いろいろとままならないんだなと思った。
そんな感じでちょっとしょげてたら、ポン、と頭におっきな手が乗ってきた。
もちろんレオナイル様の手で、そっぽ向いてるから表情は見えないけど、もう一回ポンと撫でてくれた。
びっくりして正面のマリアンを見たら、にこにこしながらウンウンと頷いてた。
「旦那様は、エルフィオラちゃんと違って素直じゃないの。ですよね、旦那様」
レオナイル様はそれには答えなかったけど、機嫌は悪くなさそうだった。
難しいことをいっぱい考えるのが大人なら、あーしは大人になれるんだろうか?
でも、考えようにも頭が追い付かない気がするんだよね。
ネイルとか好きなことだけ考えてられたら、いいのにな~。
ま、それしかできないんだし、明日もネイルの練習しよ。




