二十二 意外な出会い
マリアンを馬車に残して、踏み荒らされたあとのデコボコした地面を進んだ。
教会の見た目はこじんまりとしていて、少し古そうで、中もそのまま、小さな礼拝堂だった。
三人掛けの長椅子が左右に三列ずつ、その正面の床は一段高くなっていて、小さな聖壇がある。壁の上にある縦長のステンドグラスから、光がやわらかく差し込んでほんのりと明るい。
……こんな派手なカッコで来るんじゃなかった。
ヒールが床を鳴らす音が響いて、場違い感がものすごい。
「ここには誰も居ないが、常に堂々としていろ。俺達が引け目を感じたら、彼らこそみすぼらしさが際立つこととなる」
「どういうことですか?」
「同情か何か知らんが、お前の今の態度が半端に侮辱しているのと変わらん。ということだ」
「……わかりません」
「分からなくても、俺と同じように振舞え」
意味が全く分かんない。
睨んでやりたいけど、今は態度には出さない。
「あ……」
――それと同じようにしろって、言われたのは分かった。
慈善活動って言ってたから、きっと、相手に恐縮させたり妬ませてしまうような、そういうのを生まないような振舞いをしなきゃなんだ。
「来ることは伝えている。正面の女神像に祈りでも捧げておけ」
レオナイル様にその気はなさそうなのに、あーしには祈れと言う。
聖壇の後ろ、ステンドグラスの真下あたりに台があって、手彫りらしい女神様が手を差し伸べてる。
祈り方は自由でいいらしいから、あーしは両手を合わせてお祈りした。
こういう場所って、不思議と神聖な感じがするから、自然と頭が下がるんだよね。
「済んだら奥に行くぞ。あぁ、これをお前から渡すんだ」
レオナイル様から手渡されたのは、革の袋だった。そこまで重さは感じないけど、金属の擦れる音がした。
たぶん、金貨だと思う。
礼拝堂の奥には、正面から見えない側面にドアがあって、レオナイル様は勝手にずんずん進んでく。
その向こうで、「こうしゃくさま、こんにちは!」という子どもたちの声が聞こえた。
あわてて追いかけようとして、でも走っちゃダメだったと思ってゆっくり歩いた。それでも、ヒールの音がうるさい。実際にはそこまで強く踏んでないけど、静かだから余計に響いて聞こえるんだと思う。
小さい窓が二つしかない廊下が少し続いて、その奥のドアを抜けると食堂だった。
十何人かの子どもたちが食事してるのに、もうみんな静かに食べてる。
二つの長テーブルに背もたれのない長椅子。そこに、ぎゅっと身を寄せ合うようにして子どもたちが座ってた。
身なりは、やっぱりあまりよくなくて、清潔だけど何度も繕ったシャツとズボンばっかりだった。
男の子も女の子も、まだみんな小学生くらいに見える。
テーブルの端に若いシスターが一人と、少し離れて奥の机に、見るからに異質な女性……が、座ってみんなと同じものを食べてる。
「あっ! しらないおんなの子!」
「こらっ。お行儀が悪いわよ。それに、きちんとごあいさつが先でしょう?」
レオナイル様を見ても騒いでなかったのに、その男の子はあーしに興味津々で声をあげたっぽい。
それを若いシスターが、困り顔で叱った。
でも男の子は元気いっぱいで、無邪気に満面の笑みを向けてくれてる。
――年上のあーしが、元気さで負けてどうする!
「こ……。こんにちは!」
「こんにちは~!」
男の子に言ったつもりが、向こうはみんなで挨拶してくれた。
もういっかい。こっちも負けてちゃ駄目だから。
「こんにちは! みなさん元気いっぱいですね!」
「は~い!」
このやり取りで、あーしが元気をもらっちゃったんだと思う。
自然と背筋が、シャンと伸びた。
堂々としていろ。そう言われた意味はちゃんと分かってないかもだけど、あーしが勝手に引け目を感じたり、卑屈になるのは違う。
「おい、シスターに渡してこい」
スッと隣に来たレオナイル様からの耳打ち。
目を見ずに小さく頷いて、壁沿いに歩いてシスターの元で止まった。
「こちらをどうぞ」
あーしは、これがお金だと思ったら上手く渡せないと思ったから、手紙だと思って渡した。
昔からの友達に渡すつもりで。
「いつもありがとうございます。公爵様には、本当に感謝してもしきれません」
「元気を、分けていただきました」
「この子たちが、健康に過ごせるように誠心誠意努めます」
……これ以上は、あーしが何か言える立場じゃないと思って言葉が出なかった。
だから、会釈で逃げちゃったんだ。
何か気まずくなったのは、顔には出てないと思う。
堂々とした姿勢のままだったはずだし、歩き方も崩れてなかったと思う。
でも、気持ちは逃げてた。堂々とするにもどんな顔をすればいいのか、やっぱり分からない。
このあと、食後にみんなで遊んだりするのかと思ってたけど、革の袋を渡したらすぐに帰ることになった。
レオナイル様がシスターに向かって、「また来る」とだけ言って、入ってきたドアからさっさと行ってしまったから。
せめて手順くらい教えててくれたら良かったのに。
あーしは振り向き様にみんなに会釈をして、同じように出て行った。
めちゃくちゃ敗北感。
不完全燃焼。
あと、自己嫌悪。
……最初に街に連れてこられた時、あーしは今みたいな所に預けられるんだと思ってた。
それなのに、レオナイル様に保護されて、あれよあれよと大事にされて。
知らない間に、甘やかされることに慣れ切ってた。
「駄目だなぁ……」
ほんとなら、あーしもここに居たはずだったと思う。
礼拝堂を出ると、レオナイル様がまた、腕を少し出して待っててくれてた。
「足元に気をつけろよ。マリアンはここでよく足を挫く」
だからマリアンは馬車でお留守番してたんだ。
そう思ったら、ちょっとだけ気がまぎれた。
でも、一歩進むごとに、徐々に気が重くなる。
「レオナイル様……」
「なんだ。一々立ち止まるな」
「わたし、ここで暮らします」
「……はぁ?」
こわごわとレオナイル様の顔を見上げたら、心底から面倒臭そうな顔をしてた。
「何を思ったかは知らんが、お前はもう国家レベルで匿うような存在なんだ。忘れたのか?」
「あっ……。そうでした……」
「向こう見ずな所も追い追い直せよ?」
「はい……すみません」
あーしの突発的な覚悟なんて、何の意味もなかった。
ほんとにもう、穴があったら入りたい。
入ったまま出て来たくない。
「チッ。行くぞ」
エスコートのはずの腕を、じれったそうに引っぱるみたいにされた。
地面のでこぼこに足を取られそうになって、ほんとに惨めな気持ちになったその時。
「お待ちなさい」
と呼び止められた。
綺麗な透き通るみたいな声なのに、逃れようのない威圧を感じた。
振り向くと、さっき食堂にいた異質な感じの女性が、数メートル後ろに立ってた。
「気配を感じなかったぞ」
レオナイル様が真剣な顔をして、サッとあーしの盾になる形に割って入った。
――何が異質って、まず着てるものが日本の着物にしか見えないところ。
普通の訪問着とかじゃなくて、花魁が着るみたいな派手な色と模様。着崩し方はそのままじゃなくて、もう少し大人しいけど。
でも、そのふくらみも谷間もしっかりと見せてる。
艶のある金髪の、その髪型はめちゃくちゃにアップにしてるみたいなのに、バランスのいい形にも見える。何本か刺してる簪がまた、絶妙にうるさくなくて、魅惑的なような異様なような、空恐ろしくもある。
それにその瞳は真夜中みたいな真っ黒で、その目からは感情が一切感じられない。
でも、透き通るみたいな雪の肌は、その瑞々しさで吸い寄せられるような魅力を感じる。
無表情な綺麗過ぎる顔は、二十代前半にしか見えないのに、底が知れない知性と狂気が共存した化物みたい。
「近くに来なさい。私が側に行ってもいいけれど?」
明らかにあーしを見て、レオナイル様は居ないものみたいに話す。
完全に無視されてるレオナイル様は、知った人物か、みたいな視線送ってくるけど。
……こんなコワイ人知らないよ。
〈やっと、見つけました。我が娘よ〉
あれ?
これあれじゃん。テレパシー的なやつで――
「ママりゅ……」
「誰だ?」
ヤバイ声に出ちゃった。
「い、いや、あの……」
〈ママなん?〉
〈この姿では分かりませんか? では、我がマルカー・モーシェレト・オーラームの名を出せば理解できますか?〉
マルカーモーシェレ……何?
〈むつかしくて覚えらんない。でも、ママ竜なんだ。人化の術使ったの?〉
〈見て分かることを。竜としてのお前の気配が消えたからです。ほら、近くに来なさい。エルヨンテフェル〉
あ、それそれ、あーしの名前。
「あの、レオナイル様。大丈夫だから、ちょっと話してきます」
「おい勝手な真似をするな――」
レオナイル様が言い終わる前に、あーしが踏み出すより早く、たぶんママ竜が超能力みたいにあーしを引き寄せた。
「エルフィオラ!」
「だ、大丈夫です!」
あんなに心配そうな顔されたら、胸が苦しくなっちゃうな……。
「頭を寄せるのです」
「あ、はい」
言われるままに、ママ竜の真っ白なおでこに、あーしもおでを寄せた。
なんとなく、何をされるのか分かったから。
「……なるほど。まだ幼いお前を、あの男が」
「あ。そう言うとそうなんだけど」
記憶を読んでくれたんだと思う。
「分かっています。ならば、しばらく人のまま過ごすのです。力は使い続けなさい。竜に戻った時に、等しく伸びているものだから」
「あぃ」
「さて、東の国、ですか。話は合わせましょう。そっちに戻りなさい」
「あい」
たぶん、上手く話をしてくれる。
さっきまで異質で怖かったのに、ママ竜だって分かった瞬間から、ものすごい安心感だった。
「公爵殿。娘が世話になっているようですね」
「……うん? 娘だと?」
「話すと長くなるのですが、我が国が滅び、遠いこの地に辿り着いた時、離ればなれになってしまいました。今は名ばかりの女王ではありますが、王女である娘をよろしく頼みます」
「……本当に、東の国の女王、であると?」
「いかにも?」
「若すぎるだろう」
めちゃ疑ってる。
でも、うわさだけの国なら、そうなるよね……。
「私の姿は、老いぬのです」
「不老だと……?」
「この問答に、意味はありますか? 信じていただかずとも、これまで通りその子を保護していただければ」
「ぬぅ。……そうさせていただくが、あなたはどうなさる」
「この国を見て回りましょう。役目の無い旅は、気ままで良いものですから」
「我が屋敷で滞在されて行かれるか?」
「いいえ。私の正体を明かす前であれば、お頼みしたかもしれませんが」
「そうですか」
「ええ。では、私はこれで」
なんか、大人の会話って感じ……。
って、ママ竜ってば一瞬で消えちゃった。
「消えた……? 俺が目で追えない、だと?」
ねー、びっくりするよね。
あーしは呑気にそう思ってたけど、レオナイル様はなんか、ブチ切れてる感じで額に血管浮かべてた。
あ、顔もしっかりイラついてる。
「チッ。早く馬車に乗れ。お前には聞きたい事がある」
「えっ……。怒られるの嫌なんですけど」
「言葉遣い」
「あっ……すみません」
え、なんでこんな怒られんの?
あと、さっきまであーし落ち込んでたんですけど。慰めてくれない感じ?
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どうぞよろしくお願い致します。 作者: 稲山 裕
「なぜか皆から愛されて大公爵の養女になった話~内向的だけどそれなりに楽しく過ごしています?~『オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』」
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