二十 次から次に
「ロシュフォール公爵家の紋章、かぁ……」
複雑すぎん?
これ、絶望しかないんだが。
レオナイル様が、ネイルを施す時はロシュフォール家の紋章を入れろ、とか無茶振りしてさ。
どんな模様かっていうと、下地がエスカッシャンとかいう盾の枠で、その中にドラゴンを描いたもの。
封蝋で使うシーリングスタンプを見ながら描いてるけど、簡素化されてるはずのスタンプでさえキツい。
「しかもこんなイカツイ絵を上から描いちゃったらさ、どんなに可愛いく盛っても台無しじゃん?」
あ~しんどい。
でもとりあえず、自分の爪に試して描いてみるあーしの健気さ。
……ほんとは、文句言わせずにネイルしたいだけなんだけどね。
ネイルそのものは禁止されなくて、ほんと良かった。
だけどこれ、何色のインクで描いたら目立たなくなるかな……下地に合わせた色で薄く……いや目立つか。
「あーもう、半透明とかに出来ないかな…………あっ!」
あーしの魔力液にラメ混ぜたら、イケてるじゃんね!
……ダメか。ラメってあれも樹脂だっけ。
樹脂って何者なん? 万能かよ……なのになんで異世界にないんだよぅ。
はー、つらたん。
「あ。そだ。銀粉とかならあるくね? 金も銀も使っていいなら、最強のネイルになる!」
公爵だし、ワンチャン用意してくれるかも……。
そう思ってレオナイル様に聞いてみたら――
「使いたいなら用意しよう」
だってさ!
高いものだしちょっと気が引けるけど、なんか、ネイルに使うんだって思ったら遠慮の方が小さくなるっていうか。
そんでもって、速攻で用意された銀粉から使ってみたら……。
めちゃくちゃ映える!
試しに中指にやってみたけど、銀粉ラメが角度によって重厚さのあるドラゴンが出て、かっこかわいい!
これは残りの二本もやってみよ。
――ベースを塗って固めて、赤い花びらを置いて固めて、その上に紋章を描く。
魔法液に銀粉を濃い目にまぜまぜして、極細の筆で丁寧に。
盾にドラゴンの紋章は、描くのがほんとにメンドイけど。今度これの爪用スタンプ作ってもらお。じゃないとやってられん……。
人差し指も、これ花びらまで終わってるってことだから紋章入れよ。親指は……トップコートだけだけど、花びら乗せずにそのまま紋章描いちゃろ。
「……ん~! できたー!」
大満足な出来栄え!
左手の五本とも全部、本物の銀粉ラメの、盾にドラゴンの紋章入り!
これ……なんか……良き!
カワイイだけじゃなくて、なんだろう、オモムキがあるっていうか、いぶし銀っていうか。
かっこいいぞ?
「これ絶対流行る! マリアンに見せにいこーっと!」
マリアーン! マリアンどこ~?
――と。
いとしのマリアンを見つける前に、執務室から出てきたレオナイル様に見つかっちゃった。
「おい、どこに行く」
失礼のないようにカーテシーをさっと見せて、それでやり過ごそうとしたら呼び止められた。
「……マリアンを探してて」
厨房に居るのかなって思ってて、あーしの部屋からそこにいくためには執務室の前を必ず通るんだけど、まさかの遭遇だよほんとに。
「晩餐にはまだ早いが、何か良い事でもあったか?」
ぎくり。
この人、わりと人を見透かしててその上で、とぼけて聞いてくるから。
こっちもとぼけてやろうか、とも思ったけど、銀粉高いだろうに死ぬほど用意してくれたんだよね。
「……これ。紋章を入れても可愛くできたから。うれしくって、すぐ見せたかったの」
その爪が見えるようにおずおずと左手を差し出したら、レオナイル様は良く見えないのか、片膝ついてあーしの左手を取ったんだよね。
な~んでこんな時に、あーしはこういうことを考えちゃうんだろう。
これ……ハンドキスの一番敬われた姿勢じゃん、って。
うわ~、めっちゃガン見してる。
これまたサマになるんだもの。
イケメンは何してもカッコいいよなぁ。
ちょっと大人げないところも、親しみやすいっていうか。
普段はコワイ目して見下してくるクセにさぁ。
……長いな、まつ毛。金髪のまつ毛とか反則だよねぇ。
いや、見てる時間ほんとに長くね?
「――なかなか良い腕をしている。これを描くのに時間はどのくらい掛かる」
うお。急にしゃべんなし。
「えっっっと。何分くらいかな。いや、これ毎回描くのしんどいです。絵を覚えるのも大変だったし、ちっちゃい爪に描くのはもっと大変だし。そうそう、爪用のちっさいスタンプ作ってくださいよ」
この人に話す時、最初は言葉遣いを気にしてるはずなのに、すぐにくだけちゃうんだよね。
ユリーシアが居なくて良かった。たぶん今のも怒られる。
「考えておこう。だが、必ず一回はこれを手書きしろ。いつでも描けるようにしておけ」
「えー? スタンプできるまでじゃないの~?」
あっ、ヤバ。
ウワサをすればユリーシアが……現れた。
「エルフィオラ。あなた、わたくしが居ない時はずっとそうなんですの?」
めーっちゃ睨んでる。
一番ダメな時こそ見られるし聞かれるっていう、なぞの法則あるよね。
「えと……今だけ、だったんだけど。たまたま……。つい……」
「あなた、今度国王様に謁見しますのよ? もしもそんな口をきいたら……こう、ですわよ?」
こう、で首シュッってするジェスチャーやめてほしい。
「さすがに、そんなことしないよね?」
「その場でされてもおかしくありませんわよ?」
「……う、うそだぁ」
「ですわよね、レオナイル様」
「ああ。その時は俺も庇いようがないな。すまんなエルフィオラ」
「かっる……」
軽くそんなこと言うとか、たぶんウソなんだろうけど。
でも、ユリーシアに習った内容からすると、あながちウソとも言えなそうなんだよね……。
「ともかく、そのレベルで描けるようにしておけ。いいな」
「あぃ……」
「エルフィオラ?」
「は、はい!」
ていうか、出来栄えの良さを分かち合いたいのにさ。
あと、どんだけ描くのが大変かを聞いてほしいのに。
「あら、こんなところで三人で集まって。何かの会議?」
この朗らかな優しい声はマリアン!
後ろから、ちょうど通りかかったみたい。
「マリアン見て! レオナイル様に言われた紋章、ラメにして描いたらカッコかわいくできたん! みてみて!」
「まぁぁ! ほんとねぇ。角度によってはっきり見えたりおぼろげにキラキラしたり……ほんとに可愛いわねぇ」
「でしょー? レオナイル様なんか、一言もほめてくれないんだよ?」
「まぁ可哀想に。ダメじゃないですか、レオナイル様」
ちらりと小首を傾げるみたいに横目になって、睨むほどじゃないけど非難の視線を飛ばしてくれた。
あーしはその仕草を見たくて、わざと怒られるようなことをしたり……しちゃう時もあるけど。
――こう、こうかな? 首をこう……。
ダメだ、上手くマネできない。
「いや……褒めたぞ。良い腕をしている、と」
「えっ」
それ、ほめてたの?
上から過ぎて分からんかった。
「はぁ、レオナイル様。そんなのじゃ女の子には伝わりませんよ?」
「チッ。知ったことか」
「わ、わたくしは分かりますわよ、レオナイル様。それがお褒めの言葉だと」
マリアンにはちょっと弱いレオナイル様と、レオナイル様にアピりたいユリーシアの図。
推せる……。あーしは三人とも推せる。
「時にお前、明日にでも少し外出するぞ」
「ふぇ?」
なんであーしが、レオナイル様と?
「近くでお前の所作をチェックしてやる。国王への謁見が決まったからな」
うは。
なんか、まじでご令嬢みたいなことになってるじゃん……。




