十八 緘口令
実は、執務室に入るのは初めてなんだよね。
何カ月もお屋敷でお世話になってるけど、レオナイル様はお仕事してるワケだし、用もないのに来るとか完全に邪魔んなるだけだし。
それに、実はレオナイル様がちょっとだけニガテなんだ。
毎日じゃないけど、晩餐の時に同席はしてるんだよ? でも、何話していいのか分かんないし、なんでか人見知り発動しちゃって黙っちゃう。
勉強はどうだとか、そういうことも聞いてこないんだよね。
たぶん、報告をマリアンとかユリーシアから受けてて、あーしから聞かなくてもすでに知ってるんだと思う。
だから、あんまり興味もないのかなーとか、思っちゃってたんだけど……さっきユリーシアに言われて、やっぱり情をかけてもらってるんだなって。
今から行くのに緊張してるけど、あーしも、毎日楽しいですって伝えなきゃ。
それくらいしか、伝えられるものがないけど。
「エルフィオラ、どこまで行きますの? この部屋よ?」
「あ」
一人だけ通り過ぎてた。
「よろしくて? きっと、とても驚かれると思いますわ」
う~。よし、心の準備はした。
「うん」
ありがとうって、何度でも伝えるんだ。
――ああ、ユリーシアがもうドアをノックしちゃった。両開きのドアの右側。覚えとこ。
「ユリーシアです。ご報告したいことがございます」
こういうのって、どうやって慣れるんだろ。ユリーシアは毅然として、堂々としててかっこいいんだよね。
「――入れ」
レオナイル様の、いつもの落ち着いた低めの声がドア越しでもよく聞こえた。
あー、このやり取り聞いてるだけで心臓が跳ね回ってんだけど!
何て言うんだっけ。
毎日楽しいです。ありがとうございます。
――よし。
こういうのは、勢いが大事!
行け、ギャル根性見せろ!
で、両開きの右側が開いた瞬間に。って思ったら、ユリーシアが入った所でカーテシーすると思ってなくて。
「あっ!」
「キャッ!」
ちょっと不安定な体勢のユリーシアに、思いきり追突しちゃった。
「ご、ごめんユリーシア!」
幸い、コケはしなかったけど。
「えーるーふぃーおーら~?」
中腰の状態で前のめりになりつつ、なんとか耐えてるユリーシア。が、めっっっっさ睨んでる。こう、おどろおどろしく振り向く途中、みたいな感じで。
「ご、めん。ごめんなさい」
「まったく! あなたは!」
サッと立ち直したユリーシアが腰に手を当てて、たぶん半分くらい本気で怒ってる。
「ほんとにゴメンナサイ」
「ハッハッハ! なんだ、小芝居を見せにきたのか! ハハハハハ!」
低いけど快活な笑い声が響いて、全員が一瞬で背筋を伸ばした。もちろん、あーしも。
「レ、レオナイル様。失礼いたしました」
「レオナイル様ごめんなさい」
ユリーシアに頭を押さえられながら、一緒に謝りましたとも。
「楽しそうで何よりだ。いいから入れ」
そう促されて、後ろの二人もそそくさと入室して横並びになった。それからもう一度、彼らは敬礼と、あーしとユリーシアはカーテシー。
「楽にしろ。で、何があった」
割と大きな執務室で、入って来たドアはちょうど部屋の真ん中にあたる場所にあった。左右にも奥にも広い部屋で、両端に背の高い本棚が並んでるのに圧迫感が気にならない。
真ん中にドドンと、大きな四角い机が二つ。その二つともの左右に三脚ずつ椅子が置いてある。今は誰も座ってないけど、忙しい時はこれが埋まるのかも。
レオナイル様はその一番奥の、専用の大きい執務机の向こうにどんと座ってた。椅子も肘置き付きで大きいけど、レオナイル様もおっきく見えるくらいに迫力がある。離れて立ってるのに、ちょっと逃げ出したい感じ。
後ろの大きな窓から差し込む光のせいか、なんかちょっと神々しくて、余計に緊張するし。
いつも通り金髪を後ろに流してて、精悍な顔つきがなおさら威圧感マシマシになってる。切れ長の鋭い目が今は微笑んでるけど、あの紅い瞳にはまだ慣れないんだよね……。
白シャツの胸元を軽く開けてて、公爵っていうか、魔王みたいに見えるよマジで。
「え……と」
なんでか知らないけど、あーしの声が先に出てた。
もうユリーシアがしゃべっちゃうと思ってたんだけど、レオナイル様と、もうバッチリ目が合っちゃってる。
「あ、の。いつも、ありがとうございます! 毎日楽しく過ごしてます! ほんとにありがとう! あ、ございます!」
「うん。それなら良かった。マリアンもユリーシアも、お前に良くしているか」
「あ、それはもう! 優しいし、ちゃんとわたしのことを考えてくれてて。いつも感謝しています!」
「そうか。これからも励めよ、エルフィオラ」
「はい!」
……くぅぅ。
まじ緊張した。
でもなんか優しかった!
ちゃんと教わった通りに、言葉遣い大丈夫だったっけ?
あぁもう、分かんないけど怒らせてないからいっか!
「ええと、わたくしからもご報告が」
「ああ、そうだったな。どうした」
「エルフィオラが、魔法の付与を扱えるようです。それもかなり強力な補助魔法を。常時発動できるような」
ユリーシアも、緊張してるのが分かる。
まっすぐにレオナイル様を見てるのに、瞳が揺らいでる。視線を合わせてるのが怖いみたいに。
それに、声がいつもよりちょっと高い。
「……小隊長リュオス。それと新米のロイか。お前達はそれを証明に来たというわけか」
ワントーン低くなった声と、顔を少し下げて、まるで睨むみたいに二人に言った。
そんなに怖い顔するような話なのかな……。
「は、はいっ! その通りです! 私がこの目で確認致しました!」
「はっ! 僭越ながら、俺がお嬢様の魔法を付与して頂きましたっ!」
二人も、めっちゃ緊張してるんだけど。
……あれ?
あーしのネイル、もしかして何か……やっちゃダメなことしてる?
先に謝っとくべき?
「いいだろう。訓練室の方が近いな。そこで見せてもらおうか」
「はっ!」
二人が揃って返事をしたところで、レオナイル様が立ち上がった。
出ろ、と言わんばかりにドアを指差して歩き出す。
いつも着てる質の高い白シャツと、黒のゆったりしたズボンにブーツ。シンプルなのに品を感じるのは、この人だからかな。
……あーしは気が付いたら、なんでかその動きに目が釘付けになってた。
「エルフィオラ! ほら、行きますわよ」
「あっ。はい」
あーしもよそ行きの声が出て、手招きするユリーシアに逃げ込むみたいに小走りした。
なんか怖いのに、見ちゃってたんだよね……。
訓練室に入ったら、真ん中でロイが木剣を二本持ってた。
窓がいっぱいあるから、外ほどじゃないけど明るくて、こうして見る分には爽やかな部活みたい。
小隊長のリュオスはその後ろの方の壁際で、ちょっともう自分の役目は終わりました的な、さっきより気の抜けた顔してる。
あれは絶対、一抜けたみたいな気分のはず。
ていうか、よく見たらリュオスも若そう。ロイよりもいくつか年上なのかな~ってくらい?
そういえば、騎士さんたちは茶色い短髪がほとんどで、見分けがつきにくいんだよね。
リュオスの特徴は……目もみんな茶色だし……ちょっとだけ日焼けが濃いのと、左のほっぺに黒子がある、くらい?
とか思ってたら、レオナイル様もすぐ来た。
「早速始めようか」
「はっ! こちら木剣です!」
ロイはキビキビ動いてる。
やっぱり目上の人には両手で渡すんだね。覚えとこう……。
「ありがとう。よし、では全力で打ち込んで来い」
「……その、お言葉ですが。新米組とはいえ、今の俺は三人までの競り合いなら勝っています。いくら団長でも……」
「ふん。なら、俺に傷を負わせられたら褒美をやろう。給金三か月分の金貨でどうだ」
「えっ! よ、よろしいのでしょうか!」
「随分と気が大きくなっているな。補助魔法ひとつでこうなるか……面白い」
「で、では! 参ります!」
「おう」
え、なんか会話の流れがかっこいいんだけど。
とか思って聞き入ってたら、もう始まるじゃん。
決闘でもするみたいに、イイ感じに距離とか取ってるし。
「せやぁっ!」
あれ、ロイってばなんか、訓練場で見てた時より早いんじゃ――。
たぶん、まばたきしてたら見えなかったと思う。
ほんとに一瞬でレオナイル様の真ん前まで踏み込んでて、その突進の勢いが木剣に乗ってる、みたいな。
「ぬう!」
ゴツッ、っていう重い音って、木の剣で出るもんなのかな?
レオナイル様はちょっと、苦しそうに踏ん張ってる感じだ。
「うぅ! これを受け止めますか」
「この程度で、三人相手に押し勝っただと?」
鍔迫り合いになってるけど、これ、どうやったら勝ちになるんだろ。
なんて思ってたら、急にロイがくるん、って回った。
何の反動も使わずに、側転したみたいな?
「ほぇ?」
「ま、参りました!」
あっという間に床に寝転んだロイが、喉元に剣先を突き付けられてる。
……寝転んだ……寝転ばされた……?
何言ってるのか、自分でも分かんないけど。
「傷は付けられなかったが、一歩下がってしまったな。ロイにしては上出来だろう」
レオナイル様はそう言いながら、ロイに手を差し伸べた。
こういうの、いいなぁ。
スポーツマンシップっていうのかな。あ、こっちだと騎士道精神とかかな?
「くぅぅ。もっと、修練します」
「その爪の光……それに付与してもらったのか。補助魔法の効果自体はなかなかのものだな。確かに並の兵なら吹き飛ばされるだろう」
「そうなんです! もう、自分が猛者にでもなったみたいな気分で! 団長には敵いませんでしたが」
負けちゃったけど、ロイは満足そうに興奮してる。
「それで? エルフィオラ。この力を他の誰に見せた」
「えっ? わ、わたし?」
不意打ちだよこんなの。急にまた怖い顔で話振られてもビックリするじゃん。
「み、見せたけど、マリアンとユリーシアだけだよ? 可愛くできたから」
あ、言葉遣いが!
パッとユリーシアを見たら、ジロ~って睨んでる。
「あとは今日の訓練中の新米どもか……。緘口令だ。リュオス! 誰一人として寮から出すなよ!」
「はっ! は、はいっ!」
え、緘口令って……あれだよね。誰にも言っちゃダメなやつ。
破ったらヤバイ系の、口止め。
「エルフィオラ。この魔法について、執務室で詳しく話そうか」
「こ……こわ……」
めっさ怖い顔してガン見されてもさぁ。
あーしこれ、どうなっちゃうの?
「ふん。ユリーシアも来い。というか、側に居てやれ。どうにも子どもの扱いが分からん」
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どうぞよろしくお願い致します。 作者: 稲山 裕
「なぜか皆から愛されて大公爵の養女になった話~内向的だけどそれなりに楽しく過ごしています?~『オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』」
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