十五 自分に人体実験
最初の実験は、痛くても我慢できそうな左腕に試してみた。
利き手じゃない方だから、万が一のことがあっても……ギリセーフ、みたいな。
一日の授業も晩ごはんもお風呂も、ぜーんぶ終わった後の、お部屋でおやすみなさいの時間。
に、ちょっとだけ夜更かししての実験。
隠れてするからか、成功するかもって期待が大きいからか、すっごいワクワクして全然眠くない。
十歳の体のせいか、いつもなら完全にベッドで没してたけど、目がランランとしてるんだよね。
部屋にはちゃんと机もあるから、作業しやすいしほんとありがたい。
――魔力で作り出した粘性のある液体を一滴小皿に出して、それをマリアンから貰った細い化粧筆で、腕に塗り塗り。
ネイルの形に整えたこれに、魔力を通し直して固める――。
っていう感じでしたら、意外と簡単に成功したから次が本番。
イメージとしては凍らせてるつもりだけど、冷たくはなかった。少しひんやりとした感覚はあったけど。
これは腕だから鈍感なのか、爪でやっても同じ感じなのか……勝負だね。
左の人差し指で……いや、親指の方が痛くても耐えられるかな。
「爪が一番厚そうなのが、やっぱ親指なんだよねぇ。ほっとんど変わんないけど」
竜の時と違って、白くて細い指。
薄くてすぐに割れそうな、綺麗に磨かれた爪。
「……え、凍って割れたらどうしよ?」
絶対に痛い。
想像しただけで、なんかグロいし余計に痛い。
「はぁ……はぁ……」
急に緊張してきた。
でも、とりあえず塗ろう。
小皿にもう一回、液体を垂らして……。
「塗るよ? 塗っちゃうよ?」
前世でさんざん塗ってきたマニキュアも、最初はちょっと緊張してたっけ。
「まぁ……まずは塗るだけだし」
――うん、キレイにムラなく塗れた。
「スゥゥゥ……ハァァァァ……」
あぁもう、深呼吸なんて意味ない。
「いけ。あーしならやれる。腕は大丈夫だった。同じだから。爪にやっても、痛くないしキレイに出来る」
いくよ?
……いけ。
「根性――!」
ああぁああああぁああ魔力通したよおおぉおおおおおぉおおお!
「いっ……? 痛くない」
あーコワイ。まだ見れてない。
凍り過ぎてグチャってたらどうしよう?
あぁぁぁ誰か代わりに見てぇぇぇ!
「そうだ。見ないまま、ちょい触ってみよ?」
あでも、凄いことになってて触れたら大激痛! とかだったらどうしよ?
「あぁぁ。心臓ばっくばくしてる」
てか、根性! とか叫んで根性焼きかよ……。
親指は、痛くないし、冷たくもない。
……絶対大丈夫。
「えぇい! 見る!」
――っあぁぁぁ。
……大丈夫じゃん。
「あ~……。よかったぁ」
触ってみても……うん、なんともない。
上手くいったみたい?
見た目は、右よりも一層厚みが出てる。
触った感じ、トップコートしたみたいでツルツルしてる。
それに、質感はガラスみたい。
あれだ。透明になるように作った、キレイな氷。
冷たくないから、やっぱりガラスみたいな感じがする。
かといって、本物の氷みたいに冷たさでひっついたりもしない。
「……完璧じゃん?」
あ~これ、成功した嬉しさよりも、怖くて心臓バクバクしてる方が長いわ。
めちゃ嬉しいけど、あーこわかった、って感じ。
「ふぅ……」
やっとこさ落ち着いてきた。
これ、色はマリアンの提案通りに花びらを使ってみるとして……やっぱキャッツアイみたいなキラキラ目指したいよね。
「目標はそれとして、絵とかも描いていきたいよねぇ」
蝶とか定番だったけど、とりあえずベースカラーみたいに色付きも……。
――あ!
作った液体に、何かインク混ぜたらいいじゃんね。
あぁでも、体に触れてても安全なインクを探さないとか。
前世なら何も考えなくても、お店行くだけで色んな色が売ってたのになぁ。
……とりあえず、お部屋に飾ってくれてる花から薔薇みたいなこれ、赤い花びらを一枚もらって……。
「次は人差し指、いってみよう!」
なんか、大丈夫だと思ったらめっちゃ楽しくなってきた!
さてと、まずはベースに魔力液を塗り塗り。
その上に、爪の形にカットしておいた花びらを乗せます。
「ふふっ。なんか、ネイルの動画撮ってるみたい。やったことないけど」
キレイにセットできたら、魔力を通していったん固める。
「……よし。上手」
で、上からもっかい、魔力液をぬりぬり。
キレイに整えたら、さらに固めます。
「お?」
おお~!
赤い花びらが、ちゃんとネイルアートになってるぅ!
「だいっっっっ成功ぅ!」
やったー!
ネイル! ネイルアート!
「うおおおおおおお!」
感動した~!
もう気持ちが抑えらんなくて、意味なく部屋中走り回ってるよ~!
広い部屋でラッキー!
「……はぁ。めっちゃはしゃぐじゃん、あーし」
ちょっと落ち着いたわ。
あ、そだ。
解除液ないけど……そういえば、魔法の解除も術者が同じ魔力を通すんだっけ。
「親指の方だけ解除しよ~っと」
魔力を、同じだけ爪に通す。
そう思って魔力を親指の爪に込めると、爪に水が付いてる、っていう感触に変わった。
「魔力液に戻ってる」
粘性があって、でも、すぐに拭き取れる。
「お~。除光液いらないとかめっちゃイイ!」
爪の状態は、マリアンに磨いてもらったままの、ツルツルだ。
乾燥したり、荒れた感じも全然ない。
「これ、使う材料さえちゃんと安全なものにしたら、お手入れもめっちゃ楽ちんじゃん!」
最高過ぎる!
「やったー!」
あ、夜なのにさっきからあーし、だいぶ叫んでる……?
……静かにしないとね。
さぁ今日はもう寝よう――
って思った瞬間に、ドアをノックする音が聞こえた。
――コンコン。って。
「あ~……ね」
なんか悪いことしてるみたいで、いそいそとドアの方に寄ってくと――
「エルフィオラちゃん? 大丈夫? 何かあった? 入るわね?」
マリアンの声だ。
「はぁい」
マリアンはそーっとドアを開けて、何か警戒するみたいに入ってきた。
「誰か居るの?」
そう言いながらマリアンは、部屋の中をキョロキョロ見回して、それから窓もチェックした。
「ううん。ちょっとうれしいことがあって、騒いじゃった」
「嬉しいこと?」
マリアンはまだ警戒したままで、部屋の中をずっと見回してる。
そのままあーしの側まで来て、なんでか知らないけどギューされた。
顔がちょうど、ふわふわのお胸にうずまる。
「えっと、これ見てマリアン。ネイル第一号! できたんだよ!」
くぐもった声だけど、ちゃんと聞き取ってもらえたかな?
それに抱きつかれてるせいで、手を自分の頭の横にもってくるので精一杯。
見えるかな?
「あら。まぁ! キレイねぇ」
見えたらしい。
でも、ギューはやめてくれない。
あんまり長いと、マリアンのお胸で窒息するんだケド。
「ねぇ、そろそろくるしい……」
「接着剤、手に入ったの?」
……この状態で説明しろと?
「んんん!」
もはやうなるしかない。マジで苦しいんだが。
「あ。ごめんなさい。つい可愛くって」
「ぷはー! かわいいのは嬉しいけど死んじゃうからね?」
この人、もしかして夜更かししてるの怒ってる?
声はいつも通りな感じで、柔らかい話し方なんだけど。
「でもねエルフィオラちゃん。あんまり遅くまで起きてると、わるい子なのよ?」
「ご、ごめん……」
やっぱ怒ってるんかーい!
あぁ、見上げたらお顔はちょっと、怒ってるフリしてる感じだ。でも本気ではなさそう。
「分かればよろしい。ほどほどにね?」
「はぁい」
そう言いながら、マリアンはいつもの優しい微笑みで目を合わせてくれた。
いつも絶対に優しいわけじゃなくて、怒る時もあるんだなって思った。そりゃそうだよね。
ちょっと反省。
本気で怒られるのはヤだから、次からなるべく早く切り上げよ。
「それじゃ、おやすみなさい、エルフィオラちゃん」
「うん。おやすみなさい」
マリアンが出てくのを見送って、あーしは速攻でベッドに入って寝た。




