十二 やりたいこと
歩き方、カーテシー、その他もろもろの立ち振る舞い。
貴族のお作法、お決まりのあいさつ、社交辞令や会話の選び方などなど。
読み書きに算術、歴史に政治。
乗馬に剣術、魔法の修行。
正直、頭も体も限界だった。
それが三カ月も続いて、あーしは音を上げた。
訓練室の、ニガテな剣術指導の途中で。
だってさあ、ユリーシアが容赦ないんだよ。
大人の体の全力攻撃をさ、型通りに動くだけって言っても、木剣で木剣を受け流すとかこんな小さい体で無理があるよ。
流し受けるための体の移動が、この体じゃ歩幅も小さくて足りないの。だから、ほとんどまともに受けちゃってる。
手から腕まで、攻撃受ける度にビリビリにしびれるんだから。
それに、今日は雨だったのもあるかもしれない。頭がちょっと、重かった。
朝からザザ降りで、窓にバチバチって当たる音がずっと響いてて。
「も~無理! 何も覚えらんない! 体も動かない! これ以上はしんじゃう!」
ほんとは一週間くらいで言いたかったし、一カ月で限界だと思ってた。
それをなんとか、一日一日を耐え抜いて、ここまで頑張った。
レオナイル様のお世話になってる以上、弱音を吐くのも甘えるのもダメだと思ってたから。
でももう、本当に限界。
バイト三つ掛け持ちで過ごした夏休みよりもキツい。
「あら。随分と頑張りましたわね」
「うんだからもう今日だけはお休みしたい! ……え?」
何を言っているのって、怒られるかと思ってた。
「かなり大変だったでしょう。レオナイル様から、『音を上げるまでやれ。だがその時はゆっくり休ませてやれ』と、申し付かっておりましたの」
「ええぇ……。じゃ、もっと早く言えばよかったんだ……」
この後はもっと出来ない魔力操作の授業が待ってるし、心底からホッとした。
ギャルマインドで前向きに、根性でやり遂げる、って思ってたけど。さすがに限界だったんだよね。
「労いますわ。よく三カ月も耐えましたわね。じゃ、今からお茶会でもしましょう」
「え?」
マナーのおさらいはするの?
「あぁ、違いますわよ? そんなお顔なさらなくても。フフッ」
「普通に、お茶するだけ?」
「ええ。普通に振舞った時にこそ、本当に身に付いているかが分かるものですし」
「やっぱり授業みたいなものじゃん」
「まぁそう言わずに。気を抜いてくださいな。出来ていてもいなくても、怒ったりなんかしませんから」
「うぅ~、何か騙されてる気がするけど」
でも、本当に気兼ねなくお茶出来るなら、気持ちが楽かもしんない。
**
まだ小雨が降ってるから、お茶会は吐き出し窓のある談話室ですることになった。
公爵家のお屋敷は何でもござれで、もしかしたらカラオケルームもあるかもしんない。さすがに無いはずだけど。
お昼にはちょっと早い時間だから、アフタヌーンティっていうか、タイミング的にはブランチみたいなお茶会。
こういうのにも慣れたのは事実で、丸テーブルに並んだ焼き菓子とか、スリーティアーズに乗せられたサンドイッチとかを見ても、緊張しなくなってる。ティーカップの扱いも間違えなくなったし。
朝よりは明るい雨空。おっきな窓から見えるお庭も、赤とか紫の花が雨粒を弾いて生き生きして見える。なんて、こんな風に風景を愛でることも身に付いてきたんだ。
ユリーシアと向かい合って、カップの取手を摘んで笑顔を交わすのだってお手の物。
「エルフィオラ。ひとつ聞いておきたいのですけれど」
――って、優雅な気持ちに浸ってたらユリーシアが真顔になって、お茶にも口を付けずにソーサーに置いた。
「え、な、なに?」
訓練服から、ちゃんとドレスに着替えなさいって言われて、急ぎでアップに直してもらった髪が乱れてるのかと思っちゃった。
でも、そういうのとは様子が違う。
「あなた、レオナイル様の事をどう思っていて?」
「どうって……ちょっとコワイ上司、みたいな?」
「上司?」
あれ、ピンとこない感じ?
「他に例えるなら……年の離れたお兄ちゃんだよね。お世話になってるばっかりで、あーしはクッキー焼いて食べてもらうくらいしか出来ないケド」
「お慕いしていないの?」
真顔のまま見つめないでほしい。
ユリーシアも綺麗だから、真剣な顔だと逆に怖いんだよね。
「お慕いって、好きってこと? ナイナイ、年も離れてるし、ていうかあーし十歳なのに向こうがまず見向きもしてないでしょ?」
中身が十七歳とか、誰も知らないし言えないし。
ていうか、年が近かったとしてもちょっと近寄り難い人なんだよね、レオナイル様って。
いっつも難しい顔してるしさ。いや、そもそもあんまり顔を合わせないし。
「そう……。そうよね」
「え、まってまって! ユリーシアもしかして、レオナイル様のこと、そーゆー感じ?」
面白そう!
もう条件反射で、体が前のめりになっちゃった。
――いや、だめだめ。
でもこれは断然、応援するしかない!
「……ずっと、小さい頃からお慕いしているわ。もしもあなたがライバルなら、きちんと伝えておこうと思って」
「おお~、正々堂々と勝負! ってやつだ! わたし、ユリーシアのそーゆうトコ好き! でもライバルじゃないから安心して?」
「本当に? 信じてもいいの?」
「もち。だけど、そういえばわたし、あんまり恋愛とかしたことないかも。好きとかよく分かんない」
前世でも、たぶん誰かを好きとか、そういうのは無かったと思う。
「そう……。でも、あなたが立場上ライバルになるのは想定してはいるの」
「……んん? どゆこと?」
「あなたは、レオナイル様にとって物凄く都合がいいもの。関係性としては、あなたも公爵夫人候補として、心しておいた方がよくってよ?」
何そのコワイ話。
背中がぞわぞわしちゃったじゃん。
「え、無理。でも、マリアンとか実は付き合ってたり? って思ってたんだけど」
こういう貴族のお屋敷で働く人って、実は別の貴族の娘とかだったりするって、マンガで読んだことあるんだよね。
「マリアンと? フフフ、あなた、マリアンがいくつなのか知らないの?」
「え、レオナイル様より二つくらい年上かなって勝手に思ってた」
「まさか。本人の居ない所で勝手に教えるのは憚られるけれど……コホン、耳をお貸しなさい」
おお、ヒソヒソ話。
テーブル越しにだとティーカップをこかしそうだから、あーしがそっちまで行きますとも。
――なになに?
「ああ見えて……歳よ」
「えぇ~! 五十四歳? うそお!」
「シーッ! 声が大きくてよ」
「うそだぁ。絶対に見えないよ。一緒にお風呂入るけど、ツヤツヤのピチピチだよ?」
顔を近付けてよーく見たらコジワがあるくらいで、どこからどう見ても二十代の超絶美人なお姉さんなのに。
「何を口走っているのエルフィオラ。でも、事実よ」
「ほんとなら凄すぎでしょ。美魔女どころじゃないんだけど」
「フフッ。本当にね、魔女かもしれませんわね」
「憧れる~。わたしもあんな大人になりたい」
異世界のアンチエイジング、絶対に勉強しなきゃだわ。
何か昂ってきて、グーにした手がプルプルしてる。
「……あなたって、十歳とは思えないわよね。耳年増っていうのかしら」
「うっ。それは言わないでよ……。あっ、そうだ!」
「なぁに?」
ずーっと思ってたことがあるんだよね。
マリアンは仕事で手をよく使うし、ユリーシアもあーしに剣術を教えたりするから、そのせいかなって思ってたんだけど……。
「ねぇ、ネイルアートって、してる人見ないよね。もしかして、皆やってないのかな!」
「ネイル……アート? ケアなら当然していますけれど」
そう、いつも爪がピカピカに磨かれてるのは知ってるんだ。
でも、塗っててもピンクとか血色を良くする色くらいなんだよね。ドレスとか髪型とか盛りまくってるのに、爪だけ大人しい。
「爪に色んな色を塗ったり、キレイに見える石を付けたり、とにかく盛りまくるの!」
「爪にそんなことするの? 指が使いにくくなるんじゃない? 不衛生そうだし」
不思議そうな顔してるユリーシアもカワイイ。
自分の爪を、パーしたり軽くグーにして見てる姿って、どんな女子も映えるよねぇ。
とはいっても――。
「それはそうなんだけど……。そっかぁ、確かに……」
前世じゃ家電があったりコンビニがあったりで、爪を盛ったままでも生活しようと思えば出来たけど……こっちじゃ無理があるのか。
「フフ。エルフィオラは発想が自由なのね。夜会の時くらいなら、そういうのがあってもいいかもしれないわね」
……こっちじゃ常識外れなことだったのに。
ユリーシアは、あーしが変なこと言っても、受け止めてくれるんだ。
「そ……っか。そうだよね。特別な時だけの盛りってあるよね。マジそれ!」
テンション爆上がってきた!
あーし、ネイルアーティストに、こっちでなろ!




