十一 貴族教育開始
しごかれてる。
あーし、めっちゃしごかれてる。
お屋敷って舞踏室とか、どんな部屋でもあるのか~、なんて感心してる場合じゃなかった。
「よろしくって? 姿勢を作るのは腰から。ですのよ?」
「やってるつもりなんだけどぉぉぉ!」
「どこかへっぴり腰なんですのよねぇ」
「うぅぅ」
わから~ん! 立つだけでこんなにダメ出しされるなんて。
でも確かに、ユリーシアの立ち方も歩く姿も、何か綺麗なんだよね。
体に軸があるっていうか、芯が通ってるっていうか。
歩いてても、ぜんぜんブレないんだよね。上半身だけ見てたら自転車に乗ってるみたい。
スーって、滑るみたいに歩く。
正直かっこいい。
「それでヒールを履いたら、コケてしまいますわよ?」
「むふ~! 腰をどうしたらいいの?」
あーしも出来るようになりたい!
でも、体のあちこちに変に力が入って、自分でもおかしいのは分かってるんだよ~。
「まだ骨盤が傾いてますわ。もう一度、骨盤を真っ直ぐに。おなかと背中を使って」
「うぎぎぎ……どうしたら真っ直ぐか分かんない」
「ほら、鏡もよく見て」
「ぐぬぬぬぬ!」
一旦何か、動きがないと無理かも?
力を込めれば込める程、ただガチガチになっていく……。
しかも、休みなしでずっとこればっかりぃ!
なんか、竜の時の感覚がかなり残ってる気がする。尻尾がないと体のバランスが取りにくいっていうかもどかしいっていうか……。
――あ。
そっか、尻尾があるつもりで立ったらどう?
「あら、急に良くなりまわたわね! そう、その感じですわ」
「おお~。なんか、さっきよりだいぶ楽~」
やっぱり! 尻尾があるつもりで居ると、体が言うこときいてくれる感じがする。
だけど、出来たならちょっと休憩したいな~、なんて。
「では、今のを忘れないようにもう少し続けますわよ」
「おぉ……」
まだ続けるのね。
休みたいけど、ユリーシアも一生懸命してくれてるんだしね。
でも、尻尾のイメージでだいぶコツが分かった気がするし、これならもうちょい続けても大丈夫そう。
「フフッ。そんなに残念そうなお顔をなさるなんて。かれこれ一時間は立ちっぱなしですものね」
「わ。じゃあ休憩?」
「それも良いですけれど、今の感覚を掴んだまま、乗馬をいたしましょう。身に着くのが早いでしょうから」
「え、馬に乗れるの?」
やってみたーい!
「ええ。ロシュフォール公爵家は、武に精通していなくてはなりませんからね。わたくしが教えられることは、全て教えるように言われていますから」
「あ、わたしも強くなる感じなんだ」
「もちろんですわ」
あんまり嫌じゃないけど、これってあーしが竜だからかな。
前世だったら痛いことって苦手だったけど、今は強くなれるって思ったら、意外とワクワクしてるかも。
「とりあえず、動きやすい服に着替えましょうか」
「はーい」
**
マリアンに乗馬をするって伝えたら、あーし用の訓練服がすぐに用意された。
茶系の動きやすいズボンと厚手のキルティング風のジャケット。それに厚めの頭巾と、革手袋にブーツ。全部、サイズはピッタリ。
街に買い物しに行った時に、すでに注文してたみたい。
……まさか、あのお店の高級品じゃないよね?
マリアンは訓練服姿でもカワイイって褒めてくれたけど、さすがに何でも褒め過ぎだよねぇ。
訓練服着てるとちょっと暑いけど、そういえば今の季節って夏じゃないよね。涼しいし。
森は鬱蒼としてたし、春とか? てか、異世界に四季とかあるのかな。
……覚えてたらマリアンかユリーシアに後で聞こう。
なんて色々と考えてたら、お屋敷の裏に回ったところに連れてこられてた。
広い空き地。
ていうか、絶対これは訓練用の広場だわ。あーしには分かる。
向こうの方で馬が二頭走ってるし、地面はならされてない土だし、木刀? 真っ直ぐだから木剣かな。それが入った樽もあるし。いかにも、っていう場所なんだもん。
広いグラウンドみたいな感じだけど、特に線とかは引かれてない。
「あっちで暴れてる元気な馬。今はあれしか居ないみたいですわ。わたくしが危ないと思ったら、乗馬は中止にしましょう」
ああ、馬が走ってると思ってたのは暴れてたんだ?
「あれに乗るのは無理くない?」
中止にしよ? あーし、別に運動神経がいいとかじゃないし?
「そうですわね。こっちに連れて来ても暴れそうなら……。ああ、厩舎の方が大人しくさせたようですわね」
「え……そう見える?」
全っ然、機嫌悪そうなままだけど?
だってこう、イヤイヤって頭振ってるし、しゃーなしでこっちに来てる感が溢れてるよ?
ダメだ、ユリーシアはなんかこう、やる気に満ちた目がランランとしてる。
でも厩舎のオジサンは、こっちにペコペコしながら来てるしワンチャン無しになるかも。
「すいやせん! 今は出払っててこんな馬しかいませんで! 誰が乗られるんで?」
厩舎のオジサンよ、頼むから無理だって言って。
でも、オジサンは作業着で普通に雇われの人っぽいから、そんな権限ないか……。
レオナイル様に乗せてもらった時も思ったけど、背が高いからコワイんだよねぇ。
オジサンが手綱で頭を下げさせて、やっとオジサンの背と同じくらい。
しかもこの茶色の馬と黒い馬、二頭とも鼻息荒いしデカい頭を未だにブンブンしてるし、確実に機嫌悪い。
目もひん剥いてて、ギョロって見下されてるしさ。
「わたくしたちよ。このくらい乗りこなせなくては、この子をロシュフォール公爵家の一員として育てられないもの」
「ええっ? こちらのお嬢様は確か、数日前にお預かりしたっていう……。姫様、馬に乗ったことはおありで?」
姫様だって。なんか申し訳なくなるよ、ごめんねあーしなんかに。
「ないない。ないよ?」
「なら今日はやめとかれたた方が――」
「――出来ますわ! それに今日は、跨るくらいのつもりですし!」
ユリーシア?
「いやでも、お怪我をされてからでは」
「大丈夫ですってば。ほらエルフィオラ、まずは馬に触れてみなさいな」
えぇ……。どっちの馬も、さっきからずっと見下した目ぇしてるし威圧的だと思うけど?
「ほんき……?」
「本気ですわ」
ダメだ。ユリーシアって、言い出したら聞かないタイプみたい。
うわ~。まじか、触った瞬間に蹴飛ばすとかやめてよ~?
「……わかった。ちょんってするだけね?」
どっちの馬も不機嫌だけど、黒い方が一層睨み方がきつい。
ユリーシアが危なくないように、あーしが黒い子に触ろう。それに危ないって分かったら、ユリーシアも分かってくれるだろうし。
ああ、竜の時なら怖くなかったのになぁ。あの頑丈な体なら、馬に蹴られるくらい平気なのに……。
「ちゃんと馬の目を見るのですわ、エルフィオラ。心を通わせるの」
それ何のアニメ?
あーしに、動物と心を通わせるような能力なんて……。
――あ。あったわ。
チュンたちとお話してたんだった。
でも、この体でも出来るかな。
「……お馬さん、怒んないでね?」
って、お馬さんてばそっぽ向いた横目で、死ぬほど見下げてガン飛ばしてるけど……これも一応、目は合ってるか?
ふごーって、鼻息荒くてこわい。
ほらほら、優しくしてね~?
あーしの気持ちも汲んでおくれよぉ。
「ヒヒン」
あれ?
「おんやまぁ! 姫様と目を合わせたとたん、大人しくなっちまって!」
まじで大人しく……てかこれ、今度は緊張してない?
直立不動になっちゃったし、目ぇ合わしてくんないんだけど。
「こ、こっち見て~。触るよ? いい?」
あ、今ちょっとチラ見した。
てか、怯えてる……?
――なんで?
まぁいいや、今のうちに、そーっと……タッチ。
「さわった。さわったよユリーシア」
「ええ。見ていますわ。じゃ、次は乗ってみましょう。あなた、エルフィオラを乗せてあげてくださる?」
「はぁ~、珍しいこともあるもんだぁ。ええもちろん。そんじゃ姫様、ちょいと抱き上げますから、跨ってくだせぇ」
おお、この年で高い高いされるとは。
「どうです? 跨れそうですかい?」
「うん。大丈夫」
鞍のほとんど真上に持ち上げてくれたから、そのままストンと降ろしてもらった。
そしたら、オジサンはすぐにあぶみの高さを合わせてくれて、足がぴたっと安定した。
不安定だなって思ってたけど、足元であぶみを踏めてちょっと安心。
「たかーい!」
こんな風に馬の背に乗るのは、生まれて初めて。
視界がぜんぜん違う。高くて、ドキドキする。
まさか異世界でこんな経験までするなんてね。
馬越しに地面の感触が伝わるみたい。
コワイけど、テンションあがるかも!
「ほっほっほ、こいつらぁ大人しくなってよかったですわい」
「わたくしも乗りましたわ。こっちは自分で操れますから、エルフィオラの綱を引いてくださる? 馬上から失礼するけれど、わたくしはユリーシア。その、あなたのお名前は?」
「これはこれは失礼いたしまして。わしはダロンと申しまさぁ」
「ダロン。お願い出来るかしら」
「もちろんです。そんじゃわしは、真ん中に立って手綱を引きますんで、姫様は鞍の縁かタテガミをしっかり掴んでてくだせぇ」
「はーい」
タテガミ……掴んでも痛くないのかな? 鞍の縁にしとこ。
「ではぁ、歩かせまさぁ」
「エルフィオラ? 姿勢に気を付けるのをお忘れなく」
「は、はい」
すっかり忘れてた。
えーと、骨盤をまっすぐ……そうそう、尻尾があるつもりで。
「そう。その姿勢ですわ」
「へへへ。やった」
パカパカパカパカ、馬が歩くのはゆっくりのはずなのに、乗ってると速く感じる。
「エルフィオラ。腰は立てたまま柔らかく、馬の揺れに合わせるのよ」
「あっ。あいっ」
姿勢の練習、つい忘れそうになる。
「上手よ、エルフィオラ。その調子ですわ」
「ほ、ほんと?」
「ええ、本当」
「たしかに上手でさぁ。初めてとは思えませんで」
「ハハ、二人とも褒め上手だなぁ」
腰の動きに慣れてきたら、景色が揺れなくなった。
……乗ってるのが気持ちいい。
姿勢の大事さも、分かった気がする。
「明日はその調子で、他の作法も身に着けて頂きますわね?」
「えー! 今ちょっと浸ってたのにぃ」
「貴族教育を始めるには、少し遅いんですもの。こんなものではなくってよ?」
「ひぃ~」
あーし、ついていけるかなぁ?




