十 かてきょ
特注のドレスを注文に行ってから二日後には、普段着用と称してかなり上質なものが二着届けられた。
どんだけ急ぎで作ってくれたの?
一着は朱色をベースにしたゴシックなフリルドレスで、絶対に手間が掛かってるのに。しかもさ、深紅の生地を一枚重ねるようにした色合いが、フリルで可愛いだけじゃなくて上品な落ち着きのある雰囲気に仕立てられてるし。
……今、早口なってたわ。
ああもう、どこからど~見ても、ヤバい。
めっっっちゃイケてる。
こんなドレス着ちゃったら、最強のギャルになれるじゃん?
「エルフィオラちゃん。このアクセも着けましょう」
着せてくれたマリアンもノリノリだ。
「え、そのおっきいルビー……ネックレスになったんだ」
それ、キャッツアイ浮かんでない?
そういえば宝飾店は、あーし夢だと思ってちゃんと見てなかった……。
金糸を織り込んでる。みたいな刺繍とチェーンを重ねたネックレスの真ん中に、キャッツアイルビーがバッチリ決まってる。
「腕輪もあるのよ~?」
金の蔓みたいな、細いだけじゃなくて繊細な意匠のブレスレット。
これだけでも前世じゃ絶対に買えないやつ。
あぁ……もう何でも着けちゃって?
あーし、こんな盛れることなんて二度とないだろうから。
スマホがあればなぁ。せめてカメラ欲しい。死ぬほど自撮りするのに。
「キャアアア! なんて愛らしいのおおおおおお!」
マリアン……マリアンが盛り上がってくれるから、あーしはちょっと引い――コホン、落ち着けてると思う。
「髪は絶対にアップにしましょ!」
お任せ。全部マリアンにお任せだよもう。
でも確かに、姿鏡に映る自分が、どんどん別世界のお姫様みたいになってくから、正直楽しいしテンション上がってる。
低めのヒールまであるし、あのお店ほんとに一揃い全部用意してくれたんだ。
「どう? エルフィオラちゃん。どこからどう見てもご令嬢よ?」
「た、たしかに……。ずっと見てられるね」
お胸はないけど、このドレスはそれが気にならない作りになってるっぽい。むしろ清楚な感じが増しマシになってる。
「完璧……。これなら家庭教師の先生にも引けを取らないどころか、完全にエルフィオラちゃんの方が可愛いわよ」
「え?」
今、家庭教師って言った?
貴族教育されるとは聞いてたけど、昨日はお屋敷の掃除を一通り教わって、これからガッツリ働くぞ~って思ってたとこだったんだけど。
今日も、このおめかしを一通り堪能したら掃除するんだと思ってた。
「今日のお昼過ぎには到着なさるそうよ。身元のちゃんとした方だし、とても綺麗な子よ? 旦那様と懇意にしている伯爵家のご令嬢なの。聡明だし、きっとエルフィオラちゃんのこともちゃんと見てくれると思う」
「お勉強……始まるんだ。どのくらいするの?」
言っちゃなんだけど、勉強はお察しだよ?
高校入ってからは赤点ばっかだったし、放課後はバイトで忙しかったし。残りの空き時間は友達と遊んで、ネイルして……。
あれ? 友だちの顔も名前も思い出せないの、気持ち悪い。あんなに仲良かったのに……。
「エルフィオラちゃん?」
「あ。ううん、なんでもない。授業って、一時間くらいかな」
そのくらいであってほしい。
「まさか。一日付きっきりで教わるのよ? お作法、立ち振る舞いを中心に、それが終わったら読み書きと算術の基礎、それから……」
いきなりそれはムリくない?
「待って。待ってまってそんなにするの? わたし、勉強ニガテなんだけど」
しかもお作法とか立ち振る舞いって何?
茶道みたいなやつ、異世界にもある感じ?
「つべこべ言わない。旦那様と約束したでしょう?」
綺麗なマリアンが、眉をギュッてしかめるとコワイんだよなぁ。
「分かったよぅ。だから怒んないで」
「フフ。よろしい」
この笑顔のギャップよ……言うこと聞いちゃうよね。おそろしいひとだ。
――でもまさか、お嬢様を絵に描いたような人が来るとか思わなかったよね。
**
「おーっほっほっ! わたくしはユリーシア・ペンバートンですわ! 今日からあなたの家庭教師を務めます。よろしく? ね、エルフィオラさん?」
あ、貴族のする礼だ。ていうか、なんか濃ゆいの来た。
でも確かに、立ち方っていうか動き? それがすごく凛としててカッコイイ。
ふわふわの金髪を左肩で一つにまとめて、前に降ろしてるのが可愛い。大人びた感じの美人さんだ。
十七歳ってマリアンから聞いてたけど、あーしとタメか……ある意味なっとくではある……。
この人がカテキョかぁ。青い目に真っ青なドレスが、すごく似合ってる。
午後、マリアンに一階の応接室に連れていかれたら、扉を開いてこの人と目が合った瞬間に挨拶されてしまった。
「は……はじめまして。エルフィオラです」
あーし、フツーのお辞儀しか知らないけど……エリーシアさんもしてくれたし、ちゃんとしないとね。四十五度に、深々~っと。腰からまっすぐ、首も曲げない……ってバイトで教わったもんね。
「ふぅん。それが東方の国の礼なのね。でも、ここではカーテシーを覚えていただくわ!」
わ、早速?
「フフ。ユリーシア、今日からエルフィオラちゃんをお願いしますね。ビシバシ鍛えてあげてくださいな」
「えっ? そういう感じなの?」
スパルタ教育なんて受けたことないですけど?
「マリアン。お久しぶりですこと。ご壮健のようで何よりですわ」
「エリーシアはますます綺麗になったわね。お誘いが増えたのではなくて?」
「今日はそんな話をしに来たわけではないわ。まぁ、それをお断りするのが面倒なのもあって、今回のお話をお受けしたのだけど」
「ええ。それじゃ、事前にお伝えした通りに、一から丁寧に教えてあげてね。この国のこと、ほとんど何も知らないと思って」
「そうね。苦労なさってきたことは切り離して、しっかり教えていくわね」
これ、あれだ。あーしの頭の上で話が進んでいくやつ。最近こればっかよね。
「では、しばらく後にお茶を淹れてくるわね。それまで頑張ってね、エルフィオラちゃん」
「ふぇ? は、はい。がんばります」
そう言うなり行ってしまうマリアン。
実はあーし、意外と人見知りするんだよね……。だからいきなり二人っきりはハードル高かったりして。
ていうか、このユリーシアって人、マリアンが居なくなった途端に目つき変わったんだけど。
……気のせい?
いや腕まで組んだよ。ガチなヤツじゃん。
「それではエルフィオラさん。まずは立ち方と礼から。その次は歩き方よ。よろしくって?」
あれか、教えるぞ~っていう気合入れたのかな。
――よし、あーしも負けずに根性でばっちし覚えてやるし!
「うん。頑張る」
「返事は全て、はい、よ」
これは、返事待ち――
「は、はい! よろしくお願いします!」
「結構よ。では姿勢を正していくわ――!」




