九 レオナイル様
買い物から帰った頃には、日が暮れてた。
すぐに夕食――晩餐だからって、食堂でレオナイル様と顔合わせすることになってるんだけど……。正直、お礼をどれだけ言っても足りないくらいしてもらったから、何て言えばいいんだろう。
食堂も学食みたいなのじゃなくて、やっぱり貴族的な雰囲気だった。
洒落た白い部屋に、十人掛けくらいの長テーブル。そこには燭台があって、床は大理石。今は使ってないけど、暖炉もある。暖炉って初めて生で見た!
昨日案内された豪華な部屋よりもシンプルにしてあるけど、やっぱり品がある感じがする。
でもあーし、テーブルマナーとか分からないですけど。
「マリアン。わたしマナーとかわかんない」
手を繋いで食堂まで連れてきてくれたけど、隣に座ってくれるとは限らないと思って正直に言った。でないと、ゴハン中に怒られるとかヤだし。
そう。家族で食べるゴハンが本当に嫌――。
って、なんか思い出しそうで思い出せないや。
「大丈夫ですよ。旦那様の所作をそれっぽく真似すればいいんです。カトラリーをどれから使うかは、私か他の従者が近くでお伝えしますから」
「それなら良かったぁ……。でもちょっと緊張してるけど」
「あ、旦那様がいらっしゃいましたよ。ご挨拶しましょう」
わー、もうドアから入ってきた!
背が高くて、あーしを簡単に抱え上げる鍛えた体。ちゃんと明りのある所で改めて見ても、やっぱりイケメンで切れ長二重のキリッとした端正な顔つき。さらに、オールバックに流した長い金髪に赤い目とか、さすが異世界貴族様だわ。
白シャツにゆったりした黒ズボンとブーツなカジュアル服なのに、高貴に見える不思議!
クッ……心の準備がまだだけど、こういうのは勢いと気持ちだ!
「レオナイル様。きょ、今日はドレスとかアクセとか、買って頂いてありがとうございました」
頭くらいしか下げられるものがないけども、本心からのお礼だよ?
ほんと、どうしたら伝わるかなぁ。
「ほぉ。言葉はそれなりに使えるか。良い、顔を上げろ。大したことはしていない」
すご。めちゃ寛大なんだけど。
お言葉に甘えて起こしちゃうよ?
「でも、どうやってお返しすればいいか……」
「気にするな。先行投資というやつだ」
とか言いながら、颯爽とテーブルの短辺に座ってく。そんな様子さえ絵になるから、なんかジッと見ちゃったじゃん。
で、目がバチっと合ってしまった。
ヤバ――。
とか思ってたのはこっちだけで、何食わぬ顔で、あーしにも座れって顎先で近くの椅子を勧めてきた。
さすが偉そう。でも、似合い過ぎてて腹も立たないのが不思議。
「先行投資? あーし、じゃなかった。わたしに?」
座ろうと思ったら、いつの間にか黒服執事さんも側に立ってた。んで速攻で椅子引いてくれたんだけど。
慣れてないから、逆に座りにくいじゃん……。
「妙な言葉は直して行けよ? まぁ、俺の元で家族のように振舞ってくれれば、それでいい」
「か、家族……! それは、ごめんなさい。イヤなんです。家族は無理……」
反射で答えちゃった。
でもほんとに、そのくらいに謎の不快感がバクハツするんだよね……。
「ふむ……なるほど? ならばこうしよう。契約家族、とでも言おうか。そんな関係としようじゃないか。周りの人間が、我々の事を勝手に家族であると勘違いするように振舞う。そういう仕事だ」
「仕事……? 家族と思わせるだけの?」
「そうだ。それなら問題ないだろう? そう見せるために、俺はお前の面倒を見てやる。衣食住に教育、必要なものは用意する。それらはお前が負担に思う事は無い。どうだ?」
レオナイル様が執事さんに目配せしたなーって思ってたら、前菜が来た。
お肉で野菜を巻いたのとか、キノコと葉物のマリネみたいなのとか、何種類かお皿に乗ってる。
「そんな美味しそ――うまい話は裏がありそうですし。それにわたしみたいな、どこの人間かも分からないのが急に現れてもおかしくない? ですか?」
お料理に気を取られて、言葉遣いがあやふやになりそう。
「東の出身らしいな? 何の証拠も無い話だが、それは使える。遠い東の国の、姫だとでも言うとしよう」
「ひ、姫? わたしがっ?」
「誰も真実を知る事が出来ないのだ。俺がそうだと言えば、それが事実となる。そういう都合の良さは、使わなくてはな」
悪い顔してるよこの人……。
そしてちょっと目を離した隙に、ジュースっぽい甘い香りの飲み物が注がれてた。
レオナイル様にはたぶんお酒。ワインとか?
「でも、そんなことして、レオナイル様に何の得があるんですか?」
「俺には妻も跡継ぎも居ない。そのせいで、公爵家としての立場を脅かそうとするゴミが増えてくるんだ。それを牽制出来るだけで、随分と楽になるんだよ」
「それって……わたし、だいじょうぶ……なんですか?」
めっちゃややこしい事に巻き込まれるんじゃ……。
「盾にはなってやるさ。だが、お前自身にもそれなりの振舞いを身に着けてもらう。そういう契約、という事だ」
「きょ、拒否権は……?」
「無いな」
そんなの、あーしには無理!
「で、出てく! めっちゃヤバそうな感じするじゃん! 貴族とか分かんないし!」
「お前には、すでに大金を使ったんだがなぁ……」
「え、ちょ――」
さっきは気にするなとか言ってたのに?
「――それズルくない? あーしが頼んだわけじゃないし!」
「ハッハッハ! 冗談だ。悪かったな。あくまでも賓客としてもてなすつもりだ。しかし、お前の力ではまだ一人で生きては行けないだろう。お前を都合よく使わせてはもらうが、お前も俺を都合よく使えば良い」
それ本当かな。
「……なんか、言いくるめられてる気がする」
「反論出来ないなら、やはり保護下に居るべきだ。それは理解出来るか?」
「う……」
この世界のこと、何も知らないし、確かに助かる――。
めちゃ悪い人、ではなさそうだし、マリアンも居るし。
「わかった。レオナイル様に保護しててもらう」
「決まりだな。では、明日からみっちりと勉強してもらうぞ。貴族らしくなってもらわなくては困るからな」
なんか、完全にやられた気がするけど……。
「……やってみせるし」
怯んだら負け。こうなったら、こっちも生きていくためにやるしかない。
竜に戻って生きていくにしても、情報は必要だもんね。
……あのデカ猫にも、いつかリベンジしてやるし。そのためにも、もっと色々と知ってた方がいいだろうし。
ギャルの根性、なめんなし。
ていうか、レオナイル様お酒を先に飲んでないで、お料理早く食べ始めてほしい……。




