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無能だと追放された底辺付与術師、実は世界で唯一の【全自動・神級バフ】持ちでした 〜辺境でスローライフを送るはずが、俺が抜けて壊滅寸前の勇者パーティーが泣きついてきてももう遅い。  作者: 終焉を綴る堕天筆聖セラフィム・夜叉王院常闇寛龍


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第85話 銀葉商会の背後に、貴族家の名

 リーフェル村からの返答書が王都へ届いた時、冒険者ギルドの奥の会議室では、マリナが珍しく声を出して笑った。


 笑った、といっても、楽しそうな笑いではない。


 これはもう笑うしかない、という種類の笑いだった。


「……突き返しましたね」


 机の上には、リーフェル村から届いた返答書の写しが置かれている。


 厚みのある紙に、村長の署名。


 その横には、シルフィの整った記録。


 そして別紙に、村側要約。


『お金は後ろ。医者と本人が前』


『後ろにいる人も名前を書いて』


『丁寧でも、駄目は駄目』


『罪悪感で順番を決めない』


 グラウス副団長は、それを無言で読んでいた。


 眉間の皺が深い。


 だが、怒っているわけではなさそうだった。


「強い文だ」


「ええ。しかも、逃げ道が少ないです」


 マリナは、赤線入りの差し戻し条件を指で押さえた。


「銀葉商会の管理案は不可。商会保管不可。商会による患者選定不可。費用回収不可。使用記録の商会共有不可。提携医療院への貸与不可。追加作成を前提とした協力不可」


「商会が欲しがるところを全部潰しているな」


「はい。ですが、エリオ君の症例相談そのものは拒否していません」


 マリナはそこを強調した。


「王都医療院主導で、商会が後ろに下がるなら検討する。これは、かなり冷静です」


 グラウスは頷いた。


「村としては最善に近い」


「問題は、銀葉商会がここで下がるかどうかです」


「下がらんだろうな」


 その時、会議室の扉が叩かれた。


 入ってきたのは、ギルドの若い職員だった。


 少し顔色が悪い。


「マリナさん、騎士団から追加資料です。銀葉商会の費用支援元について、正式照会の回答が来ました」


 マリナの目が細くなる。


「早いですね」


「グラウス副団長の名前が入っていたので、向こうも急いだようです」


 グラウスは無言で資料を受け取った。


 封を切る。


 数枚めくったところで、彼の表情がさらに硬くなった。


「確定だ」


 マリナは息を止めた。


「グレヴィール伯爵家ですか」


「ああ」


 グラウスは資料を机に置いた。


 そこには、銀葉商会への支払い記録、急送馬車費用の一部負担、薬材支援名目の送金、そして、落ち着き布に関する情報照会の写しが並んでいた。


 名義は、グレヴィール伯爵家の家令。


 直接ではない。


 だが、隠すには浅い。


 見つけてほしかったのか、見つからないと思っていたのか、そのあたりは微妙だった。


「伯爵家の幼い令嬢が病弱という話は?」


 マリナが聞くと、職員が別紙を出した。


「確認できました。フローリア・グレヴィール。八歳。幼少より魔力循環不全の発作あり。王都西区の高等医療院に通院歴があります」


「症状は落ち着き布の対象に近いのですか」


「不明です。医療記録は貴族家管理で、まだ開示されていません。ただ、夜間不眠と発熱、魔力過敏の記録があるという噂はあります」


 マリナは額に手を当てた。


「噂、ですか」


「はい」


 グラウスが低く言う。


「銀葉商会は、その令嬢のために落ち着き布へ接触しようとした可能性が高い。エリオの件は、先行接触か、試験か、あるいは商会側の実績作りか」


 職員が気まずそうに口を開いた。


「エリオ君本人は、現在王都医療院で診察中です。状態は安定しています」


「そこは救いですね」


 マリナは小さく息を吐いた。


 だが、すぐに顔を引き締めた。


「問題は、グレヴィール伯爵家が次にどう出るかです」


 その答えは、予想より早く届いた。


 まるで、こちらが名前を確認するのを待っていたかのように。


 夕方、グレヴィール伯爵家から、王国騎士団と冒険者ギルド宛てに正式な相談状が届いたのである。


     ◇


 相談状は、美しい紙に書かれていた。


 銀葉商会の文書とは違う。


 商人の整った文面ではなく、貴族の礼を尽くした文面。


 余白の取り方、敬語の選び方、署名の位置。


 どれも丁寧だった。


 丁寧すぎるほどに。


 マリナは読み始めてすぐ、嫌な予感がした。


 グラウスも同じだったらしく、腕を組んだまま一言も発しない。


 文面の内容はこうだ。


 グレヴィール伯爵家には、魔力循環不全に苦しむ幼い令嬢がいる。


 王都医療院で治療を続けているが、夜間の発作と不眠に苦しんでいる。


 落ち着き布なる補助具について、正式な手順に従い、症例資料を提出したい。


 銀葉商会の先行対応が混乱を招いたことは遺憾であり、今後は伯爵家として直接、王国騎士団および冒険者ギルドを通じて相談したい。


 ここまでは、まだいい。


 問題は次だった。


『つきましては、リーフェル村の負担を軽減するため、アレン殿を当家客人として王都へお招きし、十分な礼遇と安全な滞在環境のもと、医療者立会いにて症例確認および補助具作成可否のご判断をいただきたく存じます』


 マリナは、そこを読んだ瞬間、紙を机に置いた。


「来ましたね」


 グラウスは低く答える。


「来たな」


 客人。


 礼遇。


 安全な滞在。


 医療者立会い。


 症例確認。


 補助具作成可否。


 全部、丁寧な言葉だった。


 だが、意味は一つだ。


 アレンを王都へ呼びたい。


 リーフェル村から出したい。


 グレヴィール伯爵家の屋敷へ招きたい。


 マリナは、しばらく紙を睨んだ。


「この文面、非常に厄介です。強制ではありません。脅しでもありません。むしろ、リーフェル村の負担軽減と安全配慮を前面に出しています」


「だから危険だ」


 グラウスは言った。


「断れば、病弱な令嬢への協力を拒んだように見える。受ければ、アレン殿が王都へ出ることになる」


「リーフェル村の方針では、アレンさん本人の移動は現時点不可です」


「それを承知で、別枠にしてきたのだろう」


 マリナは別紙をめくった。


 症例資料も添付されている。


 フローリア・グレヴィール。


 八歳。


 夜間発作。


 魔力過敏。


 睡眠困難。


 王都高等医療院の診断書。


 担当医療者の署名。


 保護者同意書。


 費用は伯爵家負担。


 銀葉商会は薬材・搬送補助のみ。


 商会保管なし。


 商会選定なし。


 費用回収なし。


 記録共有は医療者、伯爵家、王国騎士団、ギルド、リーフェル村。


 リーフェル村の返答を、かなり読み込んでいる。


 潰された赤線を、丁寧に避けてきている。


「早すぎます」


 マリナが呟いた。


「リーフェル村からの返答書は、まだ銀葉商会へ届いたばかりのはずです。なのに、伯爵家の文面はすでにその条件を避けている」


「銀葉商会から事前に共有されていたな」


「または、商会と伯爵家が同時に準備していた」


 グラウスは騎士団の連絡係へ命じた。


「カイルたちを呼べ。今回は、依頼ではない。読み合わせだ」


     ◇


 カイルは、相談状を読み終えた後、机に両手を置いたまま動かなかった。


 ミラは隣で、珍しく黙っている。


 ガレスは目を伏せている。


 リーナは、フローリアの症例資料を見つめたまま、痛ましそうな顔をしていた。


 最初に口を開いたのは、リーナだった。


「この資料……本物だと思います」


 マリナが聞く。


「症例として?」


「はい。少なくとも、でたらめではありません。夜間発作、魔力過敏、睡眠困難。とても苦しいはずです」


 カイルの指が、机の端を強く握った。


「だから厄介だ」


 リーナは頷く。


「はい」


 ミラが深く息を吐いた。


「銀葉商会の文書より嫌ね」


「なぜですか」


 マリナが聞くと、ミラは相談状を指で叩いた。


「これは、間違ってるところが少ない。商会保管もない。費用回収もない。医療者もいる。本人の資料もある。だから、断る側に罪悪感を乗せやすい」


 ガレスが低く続ける。


「そして、アレン本人の移動を『村の負担軽減』に言い換えている」


 カイルは、ようやく口を開いた。


「アレンは揺れる」


 声が硬い。


「自分が行けば村の負担が減る。自分が見るだけならいい。医療者がいる。子供が苦しんでいる。安全な屋敷がある。そう言われたら、揺れる」


 ミラがカイルを見る。


「あなたも揺れてる?」


「揺れている」


 即答だった。


「俺が行って止めたい。伯爵家の前で、アレンを呼ぶなと言いたい」


「でも?」


 リーナが静かに聞く。


 カイルは、革袋から木片を出した。


『行かない』


「今、俺が行けば、伯爵家にも口実を与える。元勇者が関わる話になる。アレンにも、また俺の影が届く」


 グラウスが頷いた。


「その判断でいい」


「では、何をしますか」


 カイルは問う。


 グラウスは、相談状を机に置いた。


「まず、リーフェル村へ即時共有する。返答不要。判断を急がせない。ただし、文書の写しは送る」


 マリナが頷く。


「リーフェン家にも写しを」


「送る。セラド殿なら危険語を拾うだろう」


 ミラが言った。


「王都側でも、返答案を作っておくべきよ。アレン本人の移動不可。症例資料は受け取る。でも、王都招聘は別問題」


「リーフェル村が決めることだが、助言はできる」


 グラウスはカイルを見る。


「お前たちには、グレヴィール伯爵家の評判と、フローリア嬢の医療実態を調べてもらう。伯爵家が本当に医療者主導で動いているのか、名声目当てが混ざっていないか」


 カイルは頷いた。


「分かりました」


 ミラが小さく言う。


「行かずに調べる、ね」


「そうだ」


 カイルは木片を握った。


「行かないで、止める」


     ◇


 リーフェル村へ届いたのは、翌日の朝だった。


 王都ギルドと騎士団の共有文。


 グレヴィール伯爵家からの正式相談状の写し。


 それから、リーフェン家へも同時送付済みであるという一文。


 封書を受け取った門番老人は、外部対応広場へ持っていく途中で、いつもより少しだけ足を速めた。


 村長は朝の見回りから戻ったところだった。


 マルタさんは台所でパンを焼いている。


 ミナはぷる太に小さな旗を持たせようとして失敗していた。


 シルフィは記録板の準備をしている。


 俺は、井戸の水を汲んでいた。


 門番老人が封書を机に置いた瞬間、ぷる太が旗から逃げるのをやめ、するりと机の方へ移動した。


 バツの木片を、なぜか自分の前に置く。


 まだ読んでいないのに。


「ぷる太?」


 ミナが首を傾げる。


「もうバツなの?」


「ぷる」


「何か嫌な気配?」


「ぷる」


 俺はその様子を見て、少し背筋が冷えた。


 村長が封を確認する。


「王都からだ。ギルドと騎士団」


 シルフィが読む前の確認を始めた。


「一つ。読んだ直後に返答しない」


「はい」


「二つ。丁寧な文面でも、駄目は駄目」


「はい」


「三つ。病人の資料を読んでも、師匠は作業小屋へ行かない」


「はい」


「四つ。アレン師匠本人の移動に関する文言があれば、別枠で扱う」


「はい」


「五つ。返事を書きたくなったら、まず水」


 俺は水桶を見た。


「もう汲んであります」


「準備が良いです」


 ぷる太が四角へ寄った。


「ぷる」


「まだ丸じゃない?」


「ぷる」


 やっぱり嫌な予感がするらしい。


 シルフィは封書を開き、読み始めた。


 最初は王都側の共有文。


 銀葉商会の背後にグレヴィール伯爵家の費用支援が確認されたこと。


 グレヴィール伯爵家から正式相談状が出されたこと。


 文面は丁寧で、症例資料も整っているが、アレン本人を客人として王都へ招く内容が含まれていること。


 その一文で、広場の空気が止まった。


 俺は、思わず聞き返した。


「俺を、王都へ?」


 シルフィは顔を上げずに答える。


「はい。客人として。十分な礼遇と安全な滞在環境のもと、医療者立会いで症例確認および補助具作成可否の判断を求める、とあります」


 言葉だけなら、丁寧だ。


 強制ではない。


 呼びつけでもない。


 むしろ、村への負担軽減を理由にしている。


 俺が行けば、村へ馬車が来ない。


 俺が行けば、患者を村まで動かさずに済む。


 医療者がいる場所で見られる。


 安全な屋敷で、丁寧に扱われる。


 そういう理屈が、頭の中に浮かんだ。


 浮かんだ瞬間、ぷる太がバツを押した。


「ぷるっ!」


 強い音だった。


 水気を含んだ体で木片を押したせいで、バツの札が少し滑る。


 ミナが慌てて拾った。


「ぷる太、強いバツ?」


「ぷるっ」


「すごくバツ?」


「ぷるるっ」


 ぷる太は、今度はバツの上に乗った。


 全身でバツ。


 村長が短く言った。


「アレン本人の移動は、バツだ」


 俺は息を呑んだ。


 すぐに反論しようとしたわけではない。


 でも、胸の中に言葉があった。


「でも、村の負担は減るかもしれません」


 言ってしまった。


 言った瞬間、全員が俺を見る。


 シルフィは、記録板にすぐ書いた。


『師匠、王都招聘を村の負担軽減として受け止める。即時四角』


 マルタさんが俺の前に水を置く。


「飲みな」


「はい」


「今のは危ない」


「分かってます」


「分かってても言うのがアレンだね」


「はい」


 俺は水を飲んだ。


 冷たい水が喉を通る。


 少しだけ頭が冷えた。


 シルフィが静かに言う。


「師匠。村の負担を減らすために師匠を外へ出す、という考え方は危険です」


「はい」


「師匠本人を移動させることが、最大の負担になる可能性があります」


「……分かります」


「それに、師匠が王都へ行けば、次から『前例』になります」


 前例。


 その言葉が重かった。


 グレヴィール伯爵家なら行った。


 なら、次の貴族家も。


 次の医療院も。


 次の商会も。


 あの時は行ったのに、なぜ今回は来ないのか。


 そう言われる。


 俺は椅子に座った。


 少し膝に力が入らなかった。


「フローリアさんは、苦しんでいるんですよね」


 俺が言うと、シルフィは症例資料を見た。


「資料上は、かなり苦しい症状です。夜間発作、魔力過敏、睡眠困難。医療者の署名もあります」


「本当なら、助けたい」


「はい」


「でも、俺が行くのは違う」


「はい」


 シルフィは、そこだけは迷わなかった。


     ◇


 相談状の全文を読み終えた後、外部対応広場では長い沈黙が落ちた。


 銀葉商会の文書より、ずっと厄介だった。


 赤線が引きやすいところは少ない。


 商会保管もない。


 費用回収もない。


 医療者もいる。


 症例資料もある。


 保護者同意もある。


 ただ、アレン本人の王都招聘がある。


 そして、それが丁寧な礼の形で包まれている。


 ミナが、ぽつりと言った。


「すごくきれいな紙だね」


「そうだね」


 マルタさんが答える。


「でも、ぷる太がバツ」


「うん。紙、きれいなのにね」


「きれいな紙でも、赤を探す」


 シルフィが言う。


 ミナは頷いた。


「赤、どこ?」


 シルフィは、相談状の一文を指した。


「ここです。『アレン殿を当家客人として王都へお招きし』」


「客人って、いい言葉じゃないの?」


「いい言葉です。でも、師匠本人を村から出す言葉です」


「安全な滞在って書いてあるよ?」


「安全と書いてある場所が、本当に師匠にとって安全とは限りません」


 ミナは難しい顔をした。


「じゃあ、『安全って書いてあっても安全とは限りません』?」


 ぷる太が丸へ寄りかけて、バツの上に戻った。


 迷ったが、危険度が勝ったらしい。


 村長は新しい板を取った。


「書け」


 シルフィが正式に書く。


『安全と書かれていても、本人移動は別問題』


 ミナが下に書き足す。


『客人でも、連れていかれたらバツ』


 ぷる太が今度こそ、強く丸へ寄った。


「ぷる!」


 俺はその板を見た。


 客人でも、連れていかれたらバツ。


 分かりやすい。


 そして、逃げ道がない。


 客人。


 招待。


 礼遇。


 安全。


 そういう柔らかい布で包まれていても、俺が村から連れ出されるなら、それは別問題。


「アレン」


 村長が言った。


「はい」


「お前さんは、行きたいか」


 その問いは、重かった。


 でも、村長は聞いた。


 俺を外して決めないために。


 俺は、しばらく黙った。


 そして、正直に答えた。


「行きたい気持ちは、あります」


 マルタさんが目を細める。


 シルフィは記録する。


 ぷる太は四角へ移動した。


「フローリアさんが本当に苦しんでいるなら、見たい。何か分かるかもしれない。俺が行けば、村へ患者を連れてこなくて済むかもしれない。王都医療院で医療者がいるなら、村より安全に試せるかもしれない。そう思いました」


 言いながら、自分の言葉がどれだけ危ないか分かった。


 でも、言わずに抱える方がもっと危ない。


「でも」


 俺は、バツの上に乗るぷる太を見た。


「行ったら、たぶん戻りづらくなります」


 シルフィの羽ペンが止まった。


「俺が客人として扱われても、断るたびに相手の顔を見ることになる。苦しんでいる子を見て、その場で何度も判断を迫られる。俺が断れなくなる可能性がある。何より、一回行ったら前例になる」


 村長は黙って聞いている。


「だから、行きたい気持ちはあるけど、行くのはバツだと思います」


 ぷる太が、バツから丸へ少し寄った。


 完全な丸ではない。


 でも、強いバツからは少し動いた。


 シルフィは、静かに言った。


「今の師匠は、丸寄り四角です」


「バツじゃなくて?」


「行きたい気持ちを隠さず言い、その上で行くのはバツだと言えました。そこは丸です。ただし、気持ちはまだ揺れています。だから四角」


「なるほど」


 マルタさんが頷く。


「今日はいい揺れ方だね」


「いい揺れ方ってあるんですか」


「あるよ。口に出して、みんなで受け止められる揺れは、危ない揺れよりずっといい」


 その言葉で、少しだけ胸が軽くなった。


     ◇


 返答は、すぐには作らないことになった。


 まず、王都とリーフェン家からの追加意見を待つ。


 ただし、村としての初期方針だけは決める。


 一つ。


 フローリアの症例相談そのものは拒否しない。


 二つ。


 アレン本人の王都招聘、貴族家滞在、直接面会は不可。


 三つ。


 症例資料は、王都医療院とギルド、騎士団経由で受け取る。


 四つ。


 検討はリーフェル村内で行う。


 五つ。


 必要なら、王都医療者から追加資料を求める。


 六つ。


 落ち着き布の提供や新規作成は、別途検討。


 七つ。


 伯爵家、銀葉商会、医療者、費用負担者、記録共有先をすべて明記させる。


 村長が言った。


「これを、仮の線にする」


 シルフィが書く。


「仮線、ですね」


 ミナが首を傾げる。


「仮の板?」


「そうだな」


 村長は新しい板を立てた。


『招待は返事しない。まず四角』


 その下に、ミナが書く。


『お客さんでも、アレンお兄ちゃんは貸しません』


 全員が少しだけ固まった。


 俺も固まった。


「ミナ、それは……」


「だって、そうでしょ?」


 ミナは真剣だった。


「布も売らない。ぷる太も売らない。アレンお兄ちゃんも貸さない」


 ぷる太が強く丸へ寄った。


「ぷるっ!」


 マルタさんが吹き出した。


「ぷる太、自分も売られないことに安心してるね」


「ぷる」


 村長は、少し考えた末に頷いた。


「採用」


「採用するんですか」


 俺が言うと、村長は真顔で答えた。


「本質だ」


 シルフィも頷く。


「表現は子供らしいですが、非常に重要です。師匠本人を資源として扱わない、という意味です」


 資源。


 その言葉に、少し背筋が冷えた。


 そうだ。


 グレヴィール伯爵家の相談状は、俺を丁寧に扱っているように見える。


 でも、その奥で俺を「移動可能な解決手段」として見ている。


 俺自身ではなく、俺が持つ力を。


 俺という人間ではなく、付与できる誰かとして。


「……貸さない、か」


 俺は小さく呟いた。


 変な言葉なのに、胸の奥に妙に残った。


     ◇


 夕方、リーフェル村から王都へ短い共有文が送られた。


 正式返答ではない。


 あくまで受領確認と、返答保留の連絡だ。


『グレヴィール伯爵家相談状を受領しました。症例相談については検討します。ただし、アレン本人の王都招聘、貴族家滞在、直接面会、移動依頼については、症例相談とは別問題として扱い、現時点では応じません。正式返答は、王都ギルド、王国騎士団、リーフェン家からの追加確認を待った上で行います』


 村側要約も添えた。


『招待は返事しない。まず四角』


『お客さんでも、アレンお兄ちゃんは貸しません』


 シルフィは最後の一文を添えるか少し迷ったが、村長が「添えろ」と言った。


「王都側も分かりやすい方がよい」


「伯爵家には直接見せませんよね」


「ギルドと騎士団には見せる」


「……分かりました」


 俺は、少し恥ずかしかった。


 だが、必要なのだろう。


 たぶん。


     ◇


 夜、外部対応広場にはまた板が増えた。


『安全と書かれていても、本人移動は別問題』


『客人でも、連れていかれたらバツ』


『招待は返事しない。まず四角』


『お客さんでも、アレンお兄ちゃんは貸しません』


 さすがに、板が多すぎる。


 門番老人が見て、ぼそりと言った。


「読むだけで夜が明ける」


 マルタさんが笑う。


「じゃあ、並べ替えようかね」


「そうしよう」


 村長も頷いた。


 俺は、その板の前に立った。


 グレヴィール伯爵家。


 フローリア。


 八歳の令嬢。


 夜間発作。


 魔力過敏。


 睡眠困難。


 本当に苦しんでいるのだろう。


 その事実は、消えない。


 でも、俺が行くかどうかとは別だ。


 助ける道は閉じない。


 ただし、俺自身を差し出さない。


 村の負担を減らすために、俺を外へ出す。


 それは、危ない。


 シルフィが隣に来た。


「師匠」


「うん」


「今日は、かなり揺れましたね」


「はい」


「でも、逃げませんでした」


「逃げたい気持ちはありました」


「それも記録します」


「すると思った」


 彼女は少しだけ笑った。


「逃げたいと思っても、座って話せました。そこは丸です」


 ぷる太が丸へ寄った。


「ぷる」


 俺は、少しだけ笑った。


「ありがとう」


 その夜、俺は作業小屋へは行かなかった。


 エナの布は、まだ作れていない。


 でも、今日は分かったことがある。


 俺がどこへも行かないこと。


 それが、今は一番大事な付与なのかもしれない。


 自分自身にかける、移動しないための弱い付与。


 いや、付与ですらない。


 村のみんなに支えられた、ただの約束だ。


 外部対応広場の板が、夜風で小さく鳴った。


 客人でも、連れていかれたらバツ。


 その文字は、少し子供っぽくて、少し頼もしかった。

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