第84話 外部対応広場、商会文書を突き返す
リーフェル村に王都からの共有文が届いたのは、昼の鐘代わりに鍋の蓋が鳴った少し後だった。
マルタさんが台所の戸口で、木べらを片手に叫んだ。
「昼だよ! 手を洗いな!」
畑から戻ってきた村人たちが、ぱらぱらと井戸へ向かう。
ミナがぷる太に小さな桶を持たせようとして、ぷる太がぬるりと逃げる。
門番老人が「井戸守りに桶を持たせるな」とぼそりと言い、ミナが「井戸守りだから桶が似合うのに」と真顔で返す。
いつもの昼だった。
だが、門番老人が王都便の封書を持って外部対応広場へ入ってきた瞬間、その空気は少しだけ変わった。
封書は二通。
一通は王都冒険者ギルドと王国騎士団の連名。
もう一通はリーフェン家から。
どちらも、封蝋がしっかり押されていた。
シルフィはすぐに記録板を抱えた。
ぷる太は、昼食前なのに丸、バツ、四角の木片を自分で机の上に並べ始めた。
最近、ぷる太の方が俺より会議慣れしている気がする。
「先に食べるか、先に読むか」
村長がそう言った瞬間、全員の視線が俺に集まった。
「え、俺ですか」
マルタさんが腕を組む。
「こういう時のアレンは、食べずに読んで、読んで揺れて、揺れたまま作業小屋に行こうとする」
「そこまで一続きなんですか」
「過去の実績だね」
「反論しづらい……」
ぷる太が丸へ寄った。
「ぷる」
過去の実績に丸を出された。
ちょっとつらい。
シルフィも真面目に言う。
「昼食後に読みましょう。空腹時の師匠は危険です」
「俺、魔物みたいな扱いになってない?」
「魔物は空腹でも付与布を作りません」
「比較で負けた」
ミナが笑った。
その笑いで、少しだけ空気が軽くなる。
結局、封書は机の真ん中に置いたまま、先に昼食になった。
豆と根菜の煮込み。
薄く焼いたパン。
塩気のある山菜。
いつもより少しだけ温かい味がした。
俺が急いで食べようとすると、マルタさんに睨まれた。
「飲むな。噛みな」
「はい」
「急いでる時ほど?」
ミナが期待に満ちた顔で言う。
俺は少し悩み、答えた。
「布じゃない」
「正解!」
ぷる太が丸へ寄った。
もはや合言葉である。
◇
昼食の後、外部対応広場で封書を開いた。
まずは王都からの共有文。
シルフィが読み上げる。
「銀葉商会より、元勇者パーティー四名を希望する護衛依頼が提出されました。目的は、正式相談文書および患者関連資料の搬送護衛。王都冒険者ギルドおよび王国騎士団は、本依頼を不受理としました」
俺は、思わず息を止めた。
カイルたちを。
護衛として。
リーフェル村方面へ。
頭の中で、その光景が一瞬浮かぶ。
商会の馬車。
隣にカイルたち。
村の入口。
アレン、と呼ばれる声。
俺は手元の四角を握った。
シルフィの声が続く。
「当該四名も、リーフェル村への圧力となる可能性を理由に同行を拒否しています。本件に対する返答は不要です」
返答不要。
その言葉で、少しだけ胸が緩んだ。
でも同時に、別の痛みもあった。
カイルたちは断った。
行かないことを選んだ。
それは、たぶん簡単ではなかったはずだ。
俺は、何か返したくなる。
ありがとう、と。
無理しないでください、と。
でも、それを書くとまた返事になる。
また線が曖昧になる。
「師匠」
シルフィがこちらを見た。
「今、返事を考えましたね」
「考えました」
「内容は?」
「ありがとう、と」
「記録します。返答不要の共有文を読み、師匠が感謝返答を考える。村側、保留」
ぷる太が四角へ寄った。
「ぷる」
マルタさんが俺の前に水を置いた。
「飲みな」
「はい」
「返事の代わりに水を飲む」
「それ、何か意味あります?」
「あるよ。口を動かすなら、余計なことを書く前に水を飲む」
村長が頷いた。
「よい対策だ」
「正式採用されるんですか?」
シルフィはすでに書いていた。
『返事を書きたくなったら、まず水』
ミナが下に小さく書き足す。
『ありがとうは心で丸、紙は四角』
ぷる太が丸へ寄った。
「ぷる!」
採用らしい。
俺は水を飲んだ。
ありがとうは心で丸。
紙は四角。
うん。
たぶん、それが今はちょうどいい。
◇
次に、リーフェン家からの書状を開いた。
こちらは三名連名だった。
リュシアさん、ヴィオラさん、セラドさん。
シルフィは差出人を確認した瞬間、ほんの少しだけ表情を変えた。
ほんの少しだ。
でも、俺には分かった。
姉からの手紙だ。
完全に平静ではいられない。
「読みます」
シルフィはそう言い、丁寧に封を切った。
内容は、銀葉商会の介入を危険視するものだった。
王都側でグレヴィール伯爵家の名が出始めていること。
銀葉商会の夜間訪問と正式文書は、商会単独ではなく貴族家の意向が絡んでいる可能性があること。
今後、王都貴族家から、丁寧で正式な相談状、あるいは招待状が届く可能性があること。
文面が整っていても、保管権、患者選定権、費用、記録共有先、そしてアレン本人の移動要求を必ず確認すべきこと。
さらに、リーフェン家はエナの使用記録を銀葉商会へ渡さない。
商会主導の医療利用には協力しない。
必要な共有は、本人、保護者、医療者、リーフェル村、王国またはギルド立会いのもとでのみ行う。
それが明記されていた。
最後に、シルフィ宛ての別紙が入っていた。
シルフィは、その紙を手に取って少し黙った。
「読まなくてもいいぞ」
村長が言う。
シルフィは首を横に振った。
「いいえ。共有に関わる部分があります。読みます」
彼女は、少しだけ息を吸った。
「シルフィへ。銀葉商会の件について、こちらでも危険を確認しました。今後、王都貴族家から、丁寧で正式な相談状、または招待状が届く可能性があります。文面が整っていても、保管権、選定権、費用、記録共有先、アレン殿本人の移動を必ず確認してください。先に四角を置いてください」
先に四角を置いてください。
その一文で、外部対応広場が少し静かになった。
姉が妹へ送った言葉。
昔なら、きっと命令だった。
今は違う。
警告であり、信頼であり、少し不器用な謝罪にも見えた。
シルフィはさらに読む。
「エナの記録は、商会へ渡しません。医療上必要な共有がある場合も、医療者と本人のために限ります。あなたが会議場で言った、同意のない記録を使わないという言葉を、こちらでも守ります」
読み終えた後、シルフィはしばらく紙を見つめていた。
ミナが小さく聞く。
「シルフィお姉ちゃん、大丈夫?」
「はい」
「泣く?」
「泣きません」
「泣いても丸だよ」
ぷる太が丸へ寄った。
「ぷる」
シルフィは少しだけ笑った。
「ありがとうございます。でも、今は記録します」
そう言って、彼女は別紙を丁寧に畳んだ。
「姉様は、先に四角を置けるようになったようです」
その声は、少しだけ震えていた。
でも、誇らしさもあった。
◇
王都とリーフェン家からの共有を読み終えた後、本題に入った。
銀葉商会の正式文書への返答。
先日作った返答案はある。
だが、王都からの護衛依頼不受理、リーフェン家からの警告、そしてグレヴィール伯爵家の名。
それらを踏まえれば、返答はもう少し強くする必要があった。
村長は、銀葉商会の文書写しを机に広げた。
赤線だらけの紙。
商会保管。
商会選定患者。
費用回収。
使用記録の商会共有。
提携医療院への貸与。
追加作成相談。
どれも、きれいな言葉の中に隠れていたものだ。
「突き返す」
村長は短く言った。
ミナが目を丸くする。
「破って返すの?」
「破らん」
シルフィが説明する。
「文書の形式としては差し戻しです。相談そのものを拒絶するのではなく、商会主導の条件を認めないため、修正を求めて返します」
「それを突き返すって言うの?」
マルタさんが腕を組む。
「気持ちとしてはね」
ミナは納得したような、していないような顔をした。
「やさしく突き返す?」
「丁寧に突き返す」
シルフィが言う。
「丁寧に突き返す、なんか強い」
ぷる太が丸へ寄る。
「ぷる」
ミナは小さな板に書いた。
『丁寧でも、駄目は駄目』
全員がそれを見た。
村長が頷く。
「採用」
早かった。
シルフィは少し笑いながらも、その言葉を記録した。
「今回の方針として、非常に適切です」
俺も頷いた。
丁寧でも、駄目は駄目。
これから必要になる言葉だ。
グレヴィール伯爵家が来るなら、きっと丁寧に来る。
高価な紙で、礼を尽くして、困っている子供の名前を出して。
その時に、この板は必要になる。
◇
返答文の作成は、いつも以上に慎重だった。
まず、エリオの症例相談について。
シルフィが草案を読む。
「エリオ・ハルツ氏に関する症例資料は受領しました。リーフェル村は、当該症例相談そのものを拒絶するものではありません」
俺は、そこに少しだけほっとした。
エリオの道は閉じない。
それは大事だった。
シルフィは続ける。
「ただし、貴商会提示の管理案は受け入れられません」
ぷる太がバツへ寄った。
「ぷる」
「理由として、落ち着き布の商会保管、商会による患者選定、費用回収を伴う支援、使用記録の商会共有、提携医療院への貸与、今後の症例拡大および追加作成を前提とした記載を認めません」
赤線部分が、ひとつずつ文書の中で潰されていく。
俺は聞きながら、自分の胸の中でも線が引かれていくのを感じた。
エリオは助けたい。
でも、商会には渡さない。
資料は読む。
でも、仕組みには入らない。
お金は後ろ。
医者と本人が前。
「修正条件です」
シルフィが別紙をめくる。
「一つ。相談主導は王都医療院、または王国が認める医療者とすること」
「丸」
ぷる太が丸へ。
「二つ。銀葉商会は費用支援を行う場合でも、患者選定、布の保管、使用判断、使用記録管理に関与しないこと」
ぷる太は丸と四角の間へ。
「費用支援はまだ四角?」
ミナが聞く。
シルフィが頷く。
「はい。費用支援自体はバツではありません。ただし、後ろにいる必要があります」
マルタさんが言う。
「金が台所まで入ってきて鍋をかき混ぜるな、ってことだね」
シルフィが少し真剣に頷く。
「分かりやすいです」
村長が板を見る。
「あとで書け」
「書くんですか」
「必要なら」
板がまた増えそうだ。
シルフィは続ける。
「三つ。費用支援は寄付扱いとし、患者家庭への後日請求、契約拘束、優先利用権の取得を認めないこと」
ぷる太が丸へ寄る。
「四つ。布を使う場合、保管者は担当医療者または王都医療院とし、商会保管不可」
丸。
「五つ。使用記録は、患者本人、保護者、担当医療者、リーフェル村、王国騎士団または冒険者ギルドに限定し、商会共有不可」
丸。
「六つ。アレン師匠本人への接触、面会、移動依頼、王都招聘、直接施術依頼は、今回の相談とは別問題とし、現時点では不可」
ぷる太が強く丸へ寄った。
「ぷるっ!」
ミナが笑う。
「ぷる太、そこ強い丸なんだ」
「重要です」
シルフィも真顔だ。
俺は少し肩をすくめた。
「俺本人が一番危険項目みたいですね」
マルタさんが即答する。
「そうだよ」
「そこは少し迷ってほしかった」
「迷う余地なし」
ぷる太が丸へ寄る。
全員ひどい。
でも、否定はできない。
◇
返答文には、王都とリーフェン家からの共有を踏まえた一文も加えられた。
村長が言う。
「貴族家については、名を出すか」
シルフィは少し考えた。
「銀葉商会への返答で、グレヴィール伯爵家の名を直接出す必要はないと思います。こちらが把握していることを知らせると、相手が文面を変える可能性があります」
村長が頷く。
「では、こうだ」
シルフィが羽ペンを構える。
「第三者からの依頼、費用支援、紹介、招待、仲介がある場合、その関係者名、権限、費用負担、記録共有範囲をすべて明記すること。明記なき場合は検討しない」
セラドさんが聞いたら喜びそうな文だった。
とても法務官っぽい。
シルフィも少しだけ目を細める。
「良いです。見えない依頼主を許さない文です」
マルタさんが言う。
「村側だと?」
ミナが考える。
「後ろにいる人も名前を書いて」
ぷる太が丸へ寄った。
「ぷる」
村長が頷く。
「採用」
新しい板。
『後ろにいる人も名前を書いて』
俺はその文字を見て、背筋が少し冷えるのを感じた。
後ろにいる人。
まだ俺たちは、はっきりとは知らない。
でも、王都とリーフェン家は警告してきた。
銀葉商会の後ろに、もっと大きな力があるかもしれない。
それが見えないまま文書を読むのは危険だ。
見えないなら、見えるように求める。
これも線だ。
◇
返答文がほぼできあがった頃、俺は手を上げた。
「一つ、聞いてもいいですか」
村長が頷く。
「言え」
「エリオのことです」
名前を出しただけで、少し胸が痛む。
でも、逃げずに言う。
「この返答だと、商会の条件はほとんど駄目になります。でも、王都医療院主導で出し直せば、相談は続くんですよね」
シルフィが答える。
「はい」
「その場合、エリオに落ち着き布を使う可能性はありますか」
「可能性はあります」
彼女ははっきり言った。
「ただし、師匠が作るかどうか、既存の落ち着き布を使うかどうか、使用時間、設置場所、記録、停止条件、すべて別途検討です」
「既存の布はエナのものです」
「はい。ですので、基本的には使いません」
「新しく作る場合、エナの同等品より後?」
シルフィは少し考える。
「そこも検討です。ただ、現在の優先はエナの追加同等品です。条件が整っていて、本人申告もあります。エリオさんは相談としては四角です」
四角。
分かっていた。
でも、胸の中のどこかが沈む。
マルタさんが俺を見た。
「アレン。今、エリオ君を後ろにしたみたいで苦しい?」
「……はい」
「でも、エナちゃんを後ろにしても苦しいだろ」
「はい」
「二人を同時に前には置けない。だから手順がいる」
俺は、ゆっくり頷いた。
「順番を決めるのは、冷たいことですか」
「冷たい順番もある。優しい順番もある」
マルタさんは言った。
「今決めてるのは、少なくとも商会の都合の順番じゃない。そこは大事だよ」
シルフィも続ける。
「エナさんとエリオさんを、師匠の罪悪感の中で並べてはいけません。資料、条件、本人申告、医療者、記録で並べます」
「罪悪感で並べない」
「はい」
それは、かなり刺さった。
俺は、無意識に苦しそうな顔をしていたらしい。
ぷる太が四角を押してきた。
「ぷる」
「ありがとう」
また、見えない板が一枚増えた。
『罪悪感で順番を決めない』
シルフィが、当然のようにそれを書いた。
「今のは記録します」
「ですよね」
ミナが下に書き足す。
『かわいそう順じゃなくて、紙と本人順』
これは少し言い方が強い。
でも、分かりやすい。
ぷる太は丸へ寄った。
採用らしい。
◇
最終的な返答書は、かなり厳しいものになった。
だが、完全な拒絶ではなかった。
エリオの症例相談は受け取る。
ただし、銀葉商会の管理案は差し戻す。
医療院主導に直せ。
商会は前に出るな。
金は後ろ。
医者と本人が前。
後ろにいる者の名も書け。
アレン本人への接触は不可。
落ち着き布は売り物でも貸出品でも商会の管理品でもない。
シルフィが最後の村側要約を読み上げた。
「お金は後ろ。医者と本人が前。後ろにいる人も名前を書いて。丁寧でも、駄目は駄目」
ミナが拍手した。
「強い!」
マルタさんも頷く。
「強いねぇ。ちょっと台所の貼り紙にも欲しい」
「台所に何を断るんですか」
「つまみ食い」
ミナが視線を逸らした。
ぷる太も、なぜか水鉢の陰へ移動した。
「……ミナとぷる太、何かした?」
「してないよ?」
「ぷる……」
「怪しいな」
少しだけ笑いが広がった。
重い返答書ができた後だったから、その笑いはありがたかった。
村長は封書に印を押した。
「ギルドと騎士団経由で送る。直接返さない」
門番老人が頷く。
「明朝、王都便に渡す」
「いや」
村長は少し考えて首を横に振った。
「今日中に出せ。相手が次の手を打つ前に、こちらの線を出す」
門番老人は短く「分かった」と答えた。
◇
夕暮れ前、返答書は村を出た。
王都へ向かうギルド便の鞄に収められ、騎士団への写し、リーフェン家への写しも同時に送られる。
外部対応広場には、新しい板がまた増えた。
『丁寧でも、駄目は駄目』
『後ろにいる人も名前を書いて』
『罪悪感で順番を決めない』
『かわいそう順じゃなくて、紙と本人順』
最後の板は、かなりミナらしい。
でも、妙に効く。
俺はその前で立ち止まった。
「かわいそう順じゃなくて、紙と本人順……」
呟くと、シルフィが隣に来た。
「言葉は少し荒いですが、重要です」
「うん。俺には特に」
「はい」
「即答」
「重要なので」
俺は苦笑した。
夕焼けが板を赤く染めている。
赤線だらけの商会文書を思い出した。
きれいな紙でも、赤を探す。
いい言葉の後ろも見る。
今日、少しだけできた気がする。
もちろん、俺一人ではない。
村長がいて、シルフィがいて、マルタさんがいて、ミナがいて、ぷる太がいて、王都とリーフェン家から警告が届いたからできた。
でも、俺も途中で「患者家庭の負担軽減」に揺れたことを言えた。
エリオを助けたい気持ちを隠さず言えた。
罪悪感で順番を決めそうになる自分を、見せることができた。
それだけは、前より少し進めたのかもしれない。
「師匠」
「うん」
「明日、エナさんの追加布をもう一度検討しましょう」
俺は少しだけ息を吸った。
「作れると思いますか」
「分かりません」
「四角?」
「はい」
シルフィは、ほんの少し笑った。
「でも、今日の師匠は、昨日よりは赤を見つけられました」
「それは丸?」
「丸寄り四角です」
「やっぱり四角が残る」
「残しておきましょう」
ぷる太が机の上から四角を押してきた。
「ぷる」
そうだな。
残しておいた方がいい。
◇
その頃、王都の銀葉商会では、リーフェル村からの返答書が届く前に、別の会議が開かれていた。
番頭補佐メルクは、元勇者パーティーの護衛依頼が不受理となったことを報告していた。
ロアンは席の端で黙っている。
以前より顔色が悪い。
商会長代理は、机を指で叩いた。
「元勇者たちは使えないか」
「はい。むしろ、ギルドと騎士団に警戒されました」
「当然だな。少し露骨だった」
その声は冷静だった。
冷静すぎて、ロアンは拳を握る。
エリオを連れて行った夜を思い出す。
自分は本当に、ただの試し矢だったのか。
そんな疑念が胸に残っていた。
会議室の奥で、別の男が言った。
「リーフェル村からの返答を待つべきでしょう。商会主導は通らない可能性が高い」
「では、医療院主導に形を変える」
「費用は?」
「寄付に見せる」
「見せる、では駄目です」
ロアンが思わず口を挟んだ。
全員が彼を見る。
ロアンは一瞬怯んだが、言葉を続けた。
「リーフェル村は、見せかけを見抜きます。少なくとも、前より見抜きます。商会が費用回収や記録共有に関わろうとすれば、また赤を引かれるだけです」
商会長代理は目を細めた。
「ずいぶん、村に詳しくなったな」
「夜に行きましたので」
ロアンの声は硬かった。
「そして、布は出ませんでした」
会議室が静かになる。
その沈黙を破ったのは、グレヴィール伯爵家の家令だった。
彼は客席に座り、手袋をはめた手で杖の頭を撫でていた。
「では、商会が前に出る形は避けましょう」
商会長代理がそちらを見る。
「伯爵家としては?」
「まずは、家名を出した正式な相談状を用意します」
家令は穏やかに言った。
「銀葉商会は、薬材と搬送の支援者として後方に。医療者名、症例資料、保護者同意、費用負担、すべて明記しましょう」
ロアンの背筋が冷える。
それは、リーフェル村が求めるであろう形に近づいている。
だからこそ、断りにくい。
家令は続けた。
「そして、いずれはアレン殿へ正式な招待を。もちろん、礼を尽くして」
ロアンは、窓の外を見た。
夕焼けが王都の屋根を赤く染めている。
リーフェル村の板には、もう次の言葉が立っているかもしれない。
丁寧でも、駄目は駄目。
そんな声が、なぜか聞こえた気がした。




