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無能だと追放された底辺付与術師、実は世界で唯一の【全自動・神級バフ】持ちでした 〜辺境でスローライフを送るはずが、俺が抜けて壊滅寸前の勇者パーティーが泣きついてきてももう遅い。  作者: 終焉を綴る堕天筆聖セラフィム・夜叉王院常闇寛龍


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第79話 リーフェル村、夜間対応禁止を板にする

朝の外部対応広場には、夜の疲れがそのまま残っていた。


 空は晴れている。


 畑の方からは、いつも通り鍬の音もする。鶏も鳴いたし、井戸の水も冷たく澄んでいた。


 けれど、村人たちの顔には、どこか一晩中眠れなかったような影があった。


 実際、何人かはあまり眠っていない。


 門番老人はもちろん、村長も、シルフィも、マルタさんも、俺も。


 ミナですら、朝食の時に珍しくパンを半分残した。


 ぷる太だけはいつも通りに見えたが、水鉢の中で丸くなっている時間が長い。


 ……いや、あれはいつもより少し疲れているのかもしれない。


 ぷる太の疲れ方は分かりにくい。


「ぷる太、寝不足?」


「ぷる……」


 ミナが覗き込むと、ぷる太は四角の木片へゆっくり寄った。


「分かんないけど疲れた、だって」


「本当にそう言ってる?」


「たぶん」


 ミナの通訳は相変わらず自信半分だ。


 けれど、今日は誰もそこを突っ込まなかった。


 疲れているのは、みんな同じだったからだ。


 外部対応広場の入口には、昨日増えたばかりの板が立っている。


『子供を連れてきても、布は出しません』


『水と休む場所は出せます。布とは別です』


 昨日の夕方に立てた時は、その文字を見るだけで胸が痛かった。


 今朝も痛い。


 痛いが、必要だと分かる。


 分かるから、余計に痛い。


 俺がその板の前で立ち止まっていると、マルタさんが台所から鍋を持って出てきた。


「アレン。朝から板に謝っても、板は返事しないよ」


「謝ってるように見えましたか」


「見えたね」


「……そんなつもりはなかったんですが」


「つもりがなくても、そう見えることはある。昨日の商会と同じだね」


 そう言われて、俺は黙った。


 マルタさんは鍋を外部対応広場の机に置く。


 中身は薄い豆のスープだった。


「会議前に食べる。空腹で大事なことを決めると、だいたい言葉が刺々しくなるからね」


「でも、食欲が」


「食べる」


「はい」


 返事をした瞬間、ぷる太が丸へ寄った。


「ぷる」


「食べるのは丸だって」


 ミナが言う。


 マルタさんは満足そうに頷いた。


「ぷる太は分かってるねぇ」


「ぷる」


 ぷる太は少し誇らしげだった。


     ◇


 会議は、外部対応広場で行われた。


 村長の家ではなく、あえてここで。


 夜に馬車が来た場所。


 ロアンが頭を下げ、エリオが「布の村」と言った場所。


 俺が何度も動きかけて、みんなに止められた場所。


 ここで決めなければ意味がない、と村長が言ったのだ。


 集まったのは、村長、俺、シルフィ、マルタさん、門番老人、ミナ、ぷる太。


 それから畑の若者、薬草を扱う老婆、家畜小屋を見ている夫婦、何人かの村人たち。


 落ち着き布の話は、もう一部の人だけの話ではなくなっていた。


 村の入口に関わる。


 夜の対応に関わる。


 食事や水や毛布にも関わる。


 つまり、村全体の話になっていた。


 村長は机の前に立ち、最初に言った。


「昨夜の対応について、まず確認する」


 シルフィが記録板を抱える。


「銀葉商会が夜間に患者を伴って来村。村内へは入れず、門外休憩小屋を使用。水、毛布、温石、薄い野菜スープを提供。落ち着き布は提供せず。アレン師匠は患者へ接触せず。王都ギルドへ連絡し、翌日引き渡し」


 淡々とした声だった。


 けれど、言葉の一つ一つが重い。


 村長は全員を見回した。


「この対応に異論のある者はいるか」


 すぐには誰も答えなかった。


 沈黙が落ちる。


 その沈黙は、異論がないというより、言葉を探している沈黙だった。


 やがて、薬草を扱う老婆が口を開いた。


「布を出さなかったことは、正しいと思うよ」


 俺は少しだけ息を止めた。


 老婆は続ける。


「けどね、夜に子供が苦しんで来たら、水と毛布くらいは出したい。昨日は出せた。それはよかった」


 村長が頷く。


「そこを分けるために、今日の会議をする」


 畑の若者が手を上げた。


「俺も、布を出さなかったのは分かる。でも、今後も絶対に夜は何も聞かないってなると、それはそれで怖くないですか。例えば、馬車が壊れて怪我人がいるとか、魔物に追われてるとか」


 門番老人が腕を組む。


「それは落ち着き布の話ではない」


「でも、夜に来るって意味では同じじゃ」


「同じにすると危ない」


 門番老人の声は低い。


「怪我人を休ませる。魔物から逃げてきた者を門の外で守る。水を出す。火を貸す。それと、落ち着き布を出す話は違う」


 シルフィがすぐに書く。


『夜間の危険回避と、落ち着き布相談を分ける』


 ミナが小さく読み上げた。


「夜の危ないのと、布の話は違う」


 マルタさんが頷く。


「そう。ここを混ぜると、また『子供が苦しんでます、だから布を』になる」


 俺は胸の奥が重くなるのを感じた。


 昨日の光景が戻る。


 エリオの顔。


 小さな咳。


 布はもらえないの、という声。


 俺が俯いていると、隣のシルフィが小さく言った。


「師匠、今の顔も記録しますか」


「しなくていい」


「では、私の記憶に置きます」


「記録より怖いかもしれない」


「必要な時に使います」


 冗談のようで、半分本気だった。


     ◇


 最初の議題は、夜間対応の分類だった。


 村長は板に三つの項目を書いた。


『命の危険』


『旅の困りごと』


『落ち着き布の相談』


「夜に来る者は、この三つに分ける」


 村長は言った。


「命の危険。魔物に追われた。怪我で動けん。馬車が崖から落ちた。これは門番判断で村を起こす」


 門番老人が頷く。


「当然だ」


「旅の困りごと。道に迷った。馬が疲れた。雨風をしのぎたい。これは門外休憩小屋、水、毛布、火鉢で対応する。村内には入れん」


 畑の若者が頷いた。


「昨日の馬車は、ここですか」


「途中まではな」


 村長は、三つ目の項目を杖で指した。


「だが、落ち着き布の相談を始めた時点で別だ」


 シルフィが続ける。


「夜間の落ち着き布相談は受けません。資料があっても、その場では検討しません。作成者本人への接触は不可。患者を同伴していても、布の提供は不可」


 空気が、少し重くなる。


 ミナが手を上げた。


「患者さんが一緒でも?」


「はい」


 シルフィが答える。


「患者さんが一緒だからこそ、その場で決めません」


「どうして?」


「顔を見ると揺れるからです。師匠だけではありません。村も揺れます」


 ミナは俺を見る。


 俺は頷いた。


「昨日、俺はすごく揺れた」


「うん。顔、すごかった」


「そんなに?」


「うん。今にも走りそうだった」


「……走りそうでした」


 ぷる太がバツの木片へ寄り、それから四角へ戻った。


「ぷる」


 ミナが通訳する。


「走ったらバツ、止まったから四角」


「厳しいけど正しい」


 マルタさんが言うと、ぷる太は丸へ寄った。


 判定が忙しい。


     ◇


 次に決めたのは、休憩小屋の扱いだった。


 これまでは旅人用の善意で作った場所だったが、落ち着き布の噂が広がれば、そこが圧力の入口になる可能性がある。


 村長は厳しい顔で言った。


「休憩小屋は、今後も使わせる。ただし、使い方を決める」


 シルフィが書く。


 一、村内には入れない。


 二、休憩小屋は一晩まで。


 三、水、毛布、火鉢、必要なら薄い食事は提供可。


 四、薬草、付与具、落ち着き布は提供不可。


 五、医療判断はしない。


 六、翌朝、必要に応じて王都ギルドまたは医療院へ引き渡す。


 七、落ち着き布の相談は翌日以降、文書で。


「薄い食事って書くのかい?」


 マルタさんが少し眉を上げる。


「昨夜、薄い野菜スープを出したので」


 シルフィが答える。


「じゃあ、厚い食事は駄目なのかい?」


「厚い食事……?」


「肉入り煮込みとか」


 シルフィが少し真剣に悩み始めた。


「それは、体調が悪い方には重い可能性があります」


「いや、冗談半分だったんだけどね」


「半分は本気ですか」


「食事係としてはね」


 ミナが手を上げる。


「じゃあ、『お腹にやさしいもの』って書く?」


 ぷる太が丸へ寄った。


「ぷる」


 シルフィは少し考えて、書き直した。


『体調に合わせた軽い食事』


 マルタさんが満足そうに頷いた。


「よし」


 こういうやり取りが挟まると、重い会議でも少し息ができる。


 でも、内容は軽くならない。


 休憩小屋を使わせる。


 水も毛布も出す。


 でも、布は出さない。


 薬草も出さない。


 医療判断もしない。


 その線は、何度も確認された。


     ◇


 俺は、途中で手を上げた。


「質問してもいいですか」


 村長が頷く。


「言え」


「もし、昨日のエリオみたいな子が、もっと危険な状態だったらどうしますか。呼吸が止まりそうとか、今すぐ何かしないと危ないとか」


 自分で言いながら、胸が苦しくなる。


 でも、聞かずにはいられなかった。


 村長はすぐには答えなかった。


 代わりに、老婆が言った。


「その時は、命の危険だね」


「じゃあ、布を?」


「違うよ」


 老婆は首を横に振った。


「その時は、王都医療院へ急がせる。村にある薬草で命を繋げるなら、薬草係が見る。でも、落ち着き布は別だ。あれは救急道具じゃない」


 救急道具じゃない。


 その言葉は、胸に深く刺さった。


 俺は小さく繰り返す。


「救急道具じゃない」


 シルフィが記録する。


『落ち着き布は救急道具ではない』


 ぷる太が強く丸へ寄った。


「ぷるっ」


 村長が言う。


「アレン。そこは大事だ。お前さんは、目の前で苦しんでいる者を見ると、何でも自分の手元のもので助けようとする」


「はい」


「だが、落ち着き布は救急道具ではない。診断もなし、記録もなし、立会いもなしに使うものではない」


「分かります」


「分かるだけでは足りん。板にする」


 そう言って、村長は新しい板を取った。


 太い字で書く。


『落ち着き布は救急道具ではありません』


 ミナがじっと見た。


「ちょっと長い」


「長くても必要だ」


 門番老人が言った。


 ミナは首を傾げる。


「村側の言い方は?」


 少しの間、みんな考えた。


 マルタさんが言う。


「急いでる時ほど布じゃない」


 シルフィが目を瞬かせる。


「分かりやすいです」


「そうかい?」


「はい」


 ぷる太も丸へ寄った。


「ぷる」


 村長は板の下に書き足した。


『急いでる時ほど布じゃない』


 俺はその文字を見つめた。


 急いでいる時ほど、布じゃない。


 昨日の俺が一番必要だった言葉かもしれない。


     ◇


 会議は昼まで続いた。


 最後に決めたのは、夜間の門対応文だった。


 門番老人が、夜に来た者へ読むための短い文。


 長い説明は危ない。


 長く話せば話すほど、相手に食い下がる余地を与える。


 だから、最初に同じ文を読む。


 シルフィが草案を出した。


「夜間の落ち着き布相談は受けません。患者同伴の場合も、布の提供、作成者面会、村内搬送はできません。命の危険または旅の休憩が必要な場合は、門外休憩小屋を案内します。正式相談は、翌日以降、王国騎士団または冒険者ギルド経由で文書提出してください」


 門番老人は頷いた。


「よい」


 マルタさんが聞く。


「覚えられる?」


 門番老人は少しむっとした。


「覚える」


「いや、長いからさ」


「札にする」


「それがいいね」


 ミナが手を上げる。


「もっと短いのも作ろう!」


 シルフィが少し警戒する。


「どのようなものですか」


 ミナは板に向かって、ゆっくり書いた。


『夜は布の話をしません』


 全員が黙った。


 短い。


 あまりにも短い。


 でも、強い。


 ぷる太が丸へ飛んだ。


「ぷるっ!」


 ミナは得意げに胸を張る。


「ぷる太丸!」


 村長はしばらく板を見て、頷いた。


「採用」


 シルフィは、少しだけ笑った。


「正式文の上に、この板を置きましょう」


「やった」


 ミナは嬉しそうにしたが、すぐ真面目な顔になった。


「でも、夜に本当に困った人は?」


 マルタさんが答える。


「休む場所と水は出す」


「布は?」


「出さない」


「どうして?」


「急いでる時ほど布じゃない」


 ミナは、もう一つの板を見て、頷いた。


「そっか」


 こうやって、村の言葉が増えていく。


 大人だけの難しい手順が、子供にも分かる言葉になる。


 それは、ただ簡単にしているのではなく、村全体で守るための形なのだと思った。


     ◇


 昼食の後、外部対応広場の板がまた整理された。


 一番上に大きく、


『夜は布の話をしません』


 その下に、


『急いでる時ほど布じゃない』


『落ち着き布は救急道具ではありません』


『水と休む場所は出せます。布とは別です』


『子供を連れてきても、布は出しません』


 かなり厳しい並びだ。


 けれど、昨日の夜を知っていると、どれも必要だと分かる。


 俺はその板を見ながら、少しだけ息を吐いた。


「師匠」


 シルフィが隣に立つ。


「きついですか」


「きつい」


「はい」


「でも、なかったらもっときつかったと思う」


「私もそう思います」


 シルフィは記録板を抱え直した。


「昨夜、商会は『手順は人を救うためのものでしょう』と言いました」


「うん」


「その言葉は正しい部分もあります」


「そうだね」


「でも、手順を壊していい理由にはなりません」


「うん」


「だから、手順をもっと人を救う形に整える必要があります。水、休憩小屋、王都への連絡。布以外の助けを明確にすることも、その一つです」


 俺は、板を見た。


 水と休む場所は出せます。


 布とは別です。


 それが、今の村の答えだった。


「布を出さないって言葉だけだと、閉じてる感じがする。でも、水と休む場所は出せるって書くと、少し息ができる」


「はい。断るだけではなく、できることを示しています」


「シルフィ」


「はい」


「俺、昨日からずっと、何もしなかった気がしてた」


 シルフィは、何も言わずに俺を見る。


「でも、村は何かしてたんだよな。水を出して、毛布を出して、休憩小屋を使わせて、王都へ繋いで」


「はい」


「俺も、村の一員としてそれをしたんだよな」


「はい」


「直接は何もしてないけど」


「直接しないことも、村の一員としての判断です」


 その言葉は、少しだけ胸を軽くした。


 完全ではない。


 でも、少しだけ。


     ◇


 午後、王都ギルドと騎士団へ報告文が送られた。


 内容は、夜間対応手順の更新。


 門外休憩小屋の扱い。


 落ち着き布は救急道具ではないこと。


 銀葉商会のように患者を同伴して夜間訪問した場合でも、布を提供しないこと。


 水、毛布、休憩場所、王都への連絡は可能であること。


 シルフィは、マリナさん宛ての共有文に、村側の新しい板の写しも添えた。


『夜は布の話をしません』


『急いでる時ほど布じゃない』


『水と休む場所は出せます。布とは別です』


 それを見て、マルタさんが言う。


「マリナさん、また頭抱えるかな」


 俺は少し笑った。


「でも、助かるって言ってくれそうです」


「そうだね」


 村長は封書に印を押した。


「王都側が先に動けるようにする。夜間訪問があれば、向こうにも責任が及ぶと分からせる」


 門番老人が頷く。


「銀葉商会はまた来るか」


「別の形で来るだろう」


 村長は空を見た。


「次は、もっと丁寧にな」


 その言葉に、広場の空気が少しだけ重くなった。


 丁寧な危険。


 それは、昨日の夜の馬車より厄介かもしれない。


 怒鳴ってくる相手なら、まだ分かりやすい。


 夜に押しかける馬車なら、板で止めやすい。


 でも、正しい紙。


 整った文面。


 礼儀正しい依頼。


 困っている人の正式な症例。


 それらが揃ってきた時、俺たちはまた揺れる。


「次の板も必要になるかもしれませんね」


 シルフィが言った。


 ミナがすぐに反応する。


「何の板?」


「まだ分かりません」


「分かんない板?」


 ぷる太が四角へ寄った。


「ぷる」


「分かんないなら四角!」


 ミナはなぜか嬉しそうだった。


 子供のその明るさに、少しだけ救われた。


     ◇


 夕方、俺は作業小屋の前に立っていた。


 中には、エナのための追加布用の素材がある。


 本当なら、今日作成に入る予定だった。


 リーフェン家から使用管理確認書も返ってきている。


 条件は整いつつある。


 でも、昨日のエリオの件で、俺は自分の付与が少し怖くなっていた。


 今作ったら、同等品にならないかもしれない。


 エナのためと言いながら、エリオの咳や顔を混ぜてしまうかもしれない。


 もっと広く助けたい、という気持ちが、布の性質に滲むかもしれない。


 だから、扉の前で止まっていた。


 中には入らない。


 触らない。


 すると、背後からマルタさんの声がした。


「今日も扉とにらめっこかい」


「はい」


「勝てそう?」


「扉は強いです」


「そりゃよかった」


 マルタさんは俺の横に立った。


「作りたい?」


「作りたいです」


「作るのが怖い?」


「怖いです」


「どっちも本当?」


「はい」


「じゃあ今日は作らない方がいいね」


 あっさり言われて、少し拍子抜けした。


「いいんですか」


「いいんだよ。急いでる時ほど布じゃない」


「それ、もう使うんですね」


「便利だからね」


 マルタさんは笑った。


「エナちゃんのための布も、焦って作るもんじゃない。怖いまま作るなら、明日の方がいい」


「エナは待っているかもしれません」


「待ってるかもしれない。でも、危ない布を作ってほしいとは思ってないよ」


 俺は何も言えなかった。


 マルタさんは続ける。


「助けるのが遅れることと、危ない助け方をすることは違う。昨日から、ずっとそれをやってるんだよ」


「……はい」


「それに、今日決めたルールを最初に守るのは、アレン自身だ」


 その言葉で、俺は作業小屋の扉から手を離した。


 触ってはいない。


 でも、触れそうになっていた。


「今日は作りません」


「うん」


「明日、改めて条件を読んでから」


「そうしな」


 ぷる太がどこからともなく現れ、丸へ寄った。


「ぷる」


「本当にどこにでもいるな」


「見張り役だからね」


 マルタさんが笑った。


     ◇


 夜になると、外部対応広場の新しい板に灯りが当たった。


『夜は布の話をしません』


 その文字は、昼よりも強く見えた。


 夜にこそ必要な言葉だからだろう。


 俺は板の前に立ち、声に出して読んだ。


「夜は布の話をしません」


 シルフィが隣で頷く。


「はい」


「急いでる時ほど布じゃない」


「はい」


「水と休む場所は出せます。布とは別です」


「はい」


「子供を連れてきても、布は出しません」


 そこだけ、少し声が詰まった。


 シルフィは、急かさなかった。


 俺はもう一度、ゆっくり読んだ。


「子供を連れてきても、布は出しません」


「はい」


「きついな」


「きついです」


「でも、必要なんだよな」


「はい」


 ぷる太が四角へ寄り、それからゆっくり丸へ移動した。


 ミナがそれを見て言う。


「きついけど必要、は四角から丸?」


「たぶん」


 俺は笑った。


 今日初めて、少し自然に笑えた気がした。


 村の夜は、昨日より静かだった。


 馬車の音はしない。


 咳も聞こえない。


 けれど、昨日の夜は消えていない。


 消えないから、板になった。


 板になったから、次は少しだけ止まりやすくなる。


 そう信じるしかない。


 俺は四角の木片を手に取り、外部対応広場の机の上に置いた。


「明日、エナの布を考えよう」


 シルフィが頷く。


「はい。明日、条件を読んでから」


「ぷる太判定も」


「もちろんです」


「マルタさんのスープも?」


「それは師匠の体調次第です」


「付与にスープは関係ある?」


「あります」


 シルフィは真顔で言った。


「空腹の師匠は危険です」


 ぷる太が強く丸へ寄った。


「ぷるっ」


 俺は両手を上げた。


「分かりました。食べます」


 笑いが少しだけ広がった。


 夜の板の前で。


 重い決まりを立てたばかりの村で。


 それでも、笑えた。


 リーフェル村は、また一つ線を引いた。


 夜に来た善意と圧力を、次は少しだけ早く止めるために。


 そして、布を出さなくてもできる助けを、忘れないために。

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