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無能だと追放された底辺付与術師、実は世界で唯一の【全自動・神級バフ】持ちでした 〜辺境でスローライフを送るはずが、俺が抜けて壊滅寸前の勇者パーティーが泣きついてきてももう遅い。  作者: 終焉を綴る堕天筆聖セラフィム・夜叉王院常闇寛龍


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第75話 リーフェル村、守りながら助ける方針を固める

 王都からの報告書が届いた朝、リーフェル村の外部対応広場には、いつもより多くの人が集まっていた。


 理由は簡単だ。


 村の入口に、新しい板が増えすぎたからである。


『布だけ売りません』


『困った人は聞く。布はすぐ出さない』


『顔より紙の中身を見る』


『買う・会わせろ・今すぐ、はバツ』


『落ち着き布の件は、ここで止まれ』


 昨日まではそれでも何とか並んでいた。


 しかし今朝、門番老人がさらに一枚追加した。


『まず深呼吸』


 その下に、ミナが小さく書き足した。


『怒っている人も、泣いている人も』


 さらにぷる太が、なぜか四角の木片をその板の前に置いた。


 結果、外部対応広場の入口が、ちょっとした看板の森になってしまった。


 マルタさんは腕を組み、しばらくそれを眺めてから言った。


「これはもう、村の入口じゃなくて説教小屋だね」


「説教小屋……」


 俺が苦笑すると、ミナは真剣な顔で首を横に振った。


「違うよ、マルタおばさん。これは『来た人が自分で気づく小屋』だよ」


「それを世間では説教小屋って言うんだよ」


「でも、まだ小屋じゃないよ?」


「じゃあ屋根つけるかい?」


 ミナの目が輝いた。


「つけたい!」


「待ってください」


 シルフィがすぐに記録板から顔を上げた。


「外部対応広場に屋根を増設する場合、動線と視界を確認する必要があります。あと、板が増えすぎると読む側が混乱します」


 門番老人が頷いた。


「多すぎる札は、読まれん」


 ぷる太が四角へ寄った。


「ぷる」


 村長は少し考え、手にした杖で地面を軽く叩いた。


「今日の議題は、それだ」


「屋根ですか?」


 ミナが期待いっぱいに聞く。


「違う」


 村長は即答した。


「落ち着き布に関する村の正式な対応手順を作る。板も整理する」


 ミナは少ししょんぼりした。


「屋根は?」


「後日検討」


 ぷる太が四角へ移動した。


「ぷる」


「屋根も四角かぁ」


 外部対応広場に、少しだけ笑いが起きた。


 それくらいでちょうどよかった。


 最近、落ち着き布を巡る話は重くなりがちだったからだ。


 商会。


 医療院。


 匿名の手紙。


 直接来た男。


 王都の噂。


 そして、リーフェン家内部の熱。


 そのどれもが、布一枚では済まない気配を連れてきている。


 笑える時に笑っておかないと、息が詰まってしまう。


     ◇


 村長の家ではなく、今日はあえて外部対応広場で会議をすることになった。


 理由は、ここが実際に問い合わせを受ける場所だからだ。


 机の上には、王都から届いた封書がある。


 送り主は王国騎士団と冒険者ギルド。


 グラウス副団長とマリナさんの名が連名で入っていた。


 シルフィが封書を開き、内容を読み上げる。


「王都側で落ち着き布に関する噂が拡散初期にあること。騎士団とギルドが、落ち着き布を治療具として扱わないよう通達を出したこと。商会、医療院、薬草商組合、冒険者ギルド各所に正式相談窓口を示したこと」


 そこまでは、事務的な報告だった。


 けれど、次の一文で俺は少し息を止めた。


「元勇者パーティー四名は、個人的にリーフェル村へ向かわず、王都内で噂の訂正と外部圧力の抑制に協力しています」


 カイルたちのことだ。


 直接来ていない。


 王都で止めている。


 その事実が、胸の奥に静かに落ちた。


 嬉しい、とは少し違う。


 安心とも、まだ言い切れない。


 でも、重い石が一つ外れたような感覚はあった。


 ミナが俺を見上げる。


「アレンお兄ちゃん、大丈夫?」


「うん。大丈夫」


「顔、四角だよ」


「顔で判定されるようになってきたな……」


 ぷる太が四角へ寄った。


「ぷる」


 どうやら同意らしい。


 シルフィは報告書の最後を読んだ。


「本件は王都側の対応共有であり、リーフェル村およびアレン師匠からの返答を求めるものではありません」


 その一文で、俺は思わず目を閉じた。


 返答を求めない。


 その気遣いが、分かった。


 カイルたちが入れたのか、グラウス副団長が入れたのか、マリナさんが入れたのかは分からない。


 でも、誰かが「アレンが返事を考えなくていいように」と思ってくれたのだろう。


 シルフィが静かに言った。


「師匠。返答不要です」


「うん」


「本当に不要です」


「うん」


「でも、ありがとうくらいは書きたい、と思いましたか」


「思いました」


 即答だった。


 マルタさんが苦笑する。


「まあ、思うよね」


「でも、今すぐ書きません」


 俺は四角を握った。


「感謝は受け取ります。返事は村で相談してからにします。必要なら村長名で」


 ぷる太が丸へ寄った。


「ぷる」


 シルフィも少しだけ微笑んだ。


「丸です」


     ◇


 会議の本題は、そこからだった。


 落ち着き布に関する正式対応手順。


 これまでの板は、その場その場で増えてきた。


 もちろん役に立っている。


 だが、問い合わせが増えれば、場当たり的な対応だけでは追いつかない。


 村長は机に大きな板を置いた。


「今日決めるのは、四つだ」


 シルフィが羽ペンを構える。


「一つ。何を受けるか」


「二つ。何を断るか」


「三つ。誰が判断するか」


「四つ。アレンをどう守るか」


 最後の言葉で、俺は少し背筋を伸ばした。


「俺だけじゃなくて、村も守る必要があります」


 そう言うと、村長は頷いた。


「もちろんだ。だが、お前さんは特に自分を渡しやすい」


「……はい」


 否定できない。


 村人たちも否定しなかった。


 むしろ、全員が静かに頷いた。


 ミナまで頷いている。


「俺、そんなに?」


 思わず聞くと、マルタさんが笑った。


「そんなにだよ」


 ぷる太がバツの木片を軽く押した。


「ぷる」


「ぷる太、それはどういうバツ?」


「『自覚が遅い』のバツじゃない?」


 ミナが通訳した。


 地味に刺さる。


 シルフィは、最初の項目を書き出した。


「受けるもの。正式手順問い合わせ。症例資料つき相談。王国騎士団または冒険者ギルド経由の文書。本人または保護者同意がある相談。担当医療者がいる相談。使用記録を共有できる相談」


「本人同意は必ずか?」


 門番老人が聞く。


 シルフィは少し考える。


「本人が幼い場合、保護者同意は必要です。ただし、本人の嫌がる反応も記録対象にします。本人が言葉で同意できない場合も、苦痛反応や拒否反応を確認する必要があります」


 マルタさんが頷いた。


「いいね。小さい子だから何でも大人が決めていいわけじゃない」


「はい」


 俺はエナの言葉を思い出した。


 一枚なら、たぶん平気。


 いっぱいあるのは、まだ怖い。


 あの言葉があったから、リーフェル村は「本人の反応」を条件に入れることができた。


 遠くの少女の声が、村のルールになっている。


 それは、少し不思議で、とても大事なことだった。


「断るものは?」


 村長が言うと、ぷる太がバツの前で待機した。


 シルフィが読み上げる。


「買い取り。販売。商会仲介。独占契約。匿名相談。症例資料なしの即時提供要求。作成者本人への接触。村への直接訪問。素材分析目的の提供依頼。強化版要求。量産要求。別症例への横流し」


 ぷる太が、ひとつひとつの言葉に合わせてバツを押していく。


「ぷる。ぷる。ぷるっ。ぷるる」


 ミナが真剣に見ていたが、途中で首を傾げた。


「ぷる太、今の『ぷるる』は強めのバツ?」


「たぶん、商会仲介が特に嫌なのでは」


 シルフィが言うと、マルタさんが吹き出した。


「ぷる太、商人に厳しいねぇ」


「ぷるっ」


「ほら、厳しい」


 笑いが起きる。


 だが、笑いながらもバツは消さない。


 それが村の良いところになってきていた。


     ◇


 次は、誰が判断するか。


 ここで少し揉めた。


 最初、村長はこう言った。


「最終判断は、村長、アレン、シルフィ、マルタ、ぷる太の五者で行う」


 俺はすぐに手を上げた。


「ぷる太は者に数えるんですか」


 ぷる太が丸へ寄った。


「ぷる」


「本人は数える気です」


 シルフィが真面目に言う。


 村長も真面目に頷く。


「井戸守りであり、付与反応の確認役だ。数える」


「分かりました」


 異論はない。


 むしろ、ぷる太の判定はかなり頼りになる。


 問題は、俺だった。


「俺は判断に入らない方がいいのでは」


 そう言うと、全員が俺を見た。


 マルタさんが眉を上げる。


「どうして?」


「助けたい気持ちで揺れるからです。俺が入ると、丸に寄りすぎるかもしれない」


 シルフィは、少しだけ考えてから言った。


「師匠は判断に入るべきです」


「どうして?」


「作成者だからです。作る時の危険や、強くしすぎる可能性は、師匠本人が言葉にする必要があります」


「でも」


「ただし、師匠一人の丸では決まりません」


 彼女は板に書いた。


『アレンの丸だけでは決めない』


 ぷる太が丸へ寄った。


「ぷる」


 俺は、その板を見て苦笑した。


「また俺用の板が増えた」


「重要です」


 シルフィは真顔だ。


 村長も言う。


「お前さんを外すのは違う。外せば、作る苦しさも、助けたい気持ちも、村が勝手に扱うことになる」


 マルタさんが続ける。


「アレンが『作りたい』と言うのは大事だよ。でも、それだけで作らない。アレンが『作りたくない』と言うのも大事。でも、それだけで断らない。みんなで見る」


 俺は、少し黙った。


 外されるのではなく、ひとりにされない。


 それは、とてもこの村らしい答えだった。


「分かりました。入ります。でも、俺の丸だけでは決めない」


 ぷる太が丸へ寄った。


「ぷる」


     ◇


 昼過ぎには、手順の骨子ができあがった。


 正式名は、やはり長かった。


『落ち着き布に関する外部相談および試作品提供検討手順』


 村側名は、ミナが考えた。


『布の話は、みんなで見る紙』


 シルフィは最初、少し悩んだ。


「少し柔らかすぎるかもしれません」


 ミナは不満そうに頬を膨らませる。


「でも、分かるよ?」


「分かります」


「じゃあいいじゃん」


 ぷる太が丸へ寄る。


「ぷる」


 村長も頷いた。


「採用」


 シルフィは諦めたように、しかし少し笑ってそれを書いた。


 手順の内容は、こうだ。


 落ち着き布に関する相談は、必ず文書で受ける。


 直接来訪者には、その場で布を渡さない。


 症例資料がない相談は、手順案内のみ。


 症例資料がある相談は、村長、アレン、シルフィ、マルタ、ぷる太で確認する。


 王国騎士団または冒険者ギルド経由でない相談は、正式検討に入らない。


 本人または保護者同意、担当医療者、使用目的、設置場所、使用時間、異常時停止条件、記録共有がないものは保留。


 買い取り、流通、独占、商会仲介、匿名、高額提示、作成者接触は拒否。


 アレン本人の移動、直接施術、強化版、量産は原則不可。


 必要がある場合でも、一件ずつ、別途検討。


 そして最後に、村長が一文を加えた。


『助ける道は閉じない。ただし、誰かの欲で広げない』


 その一文が読み上げられると、広場が静かになった。


 俺は、胸の奥にその言葉が沈んでいくのを感じた。


 助ける道は閉じない。


 それが嬉しかった。


 でも、誰かの欲で広げない。


 それも必要だった。


 欲というのは、悪い人だけのものではない。


 商人の金の欲。


 研究者の知りたい欲。


 貴族の独占したい欲。


 家族を助けたいという切実すぎる欲。


 そして、俺自身の「もっと助けたい」という欲。


 それら全部に、線を引く。


 閉じるためではなく、続けるために。


「いい言葉ですね」


 シルフィが言った。


 村長は少し照れたように咳払いした。


「板にしろ」


「はい」


 シルフィが書こうとすると、ミナが手を上げた。


「私も書きたい」


 村長は少し考えた。


「大きい字はわしが書く。下に村側要約を書け」


「やった!」


 ミナは板の下に、舌を少し出しながら真剣に書いた。


『助ける。でも、欲ばりで広げない』


 ぷる太が丸へ寄った。


「ぷる」


 採用だった。


     ◇


 午後、王都への返答文も作成された。


 宛先は、王国騎士団と冒険者ギルド。


 内容は、王都側の対応共有を受け取ったこと。


 返答不要との配慮に感謝すること。


 ただし、正式な感謝文ではなく、村長名の共有として送ること。


 そして、リーフェル村側でも正式手順を整えたこと。


 シルフィが文面を読み上げる。


「王都側における噂訂正、商会および医療院への通達、正式窓口整備について確認しました。リーフェル村側でも、落ち着き布に関する外部相談および試作品提供検討手順を定めました」


 村長が頷く。


「続けろ」


「落ち着き布は販売物ではなく、治療効果を保証するものでもありません。現時点では、特定症例における睡眠補助の可能性を示した補助具候補です」


「よい」


「リーフェル村は、困っている者の相談をすべて拒むものではありません。ただし、症例資料、本人または保護者同意、担当医療者、王国またはギルド立会い、使用記録、異常時停止条件が整わない相談には対応しません」


 ぷる太が丸へ寄る。


「ぷる」


「最後に、村側方針です」


 シルフィは少しだけ声を柔らかくした。


「助ける道は閉じません。ただし、誰かの欲で広げません」


 その一文を聞いて、俺はまた胸が温かくなった。


 厳しい文書なのに、完全な拒絶ではない。


 それが救いだった。


 マルタさんが言う。


「カイルたちのことは?」


 空気が少し変わる。


 俺は無意識に四角へ触れた。


 村長は俺を見る。


「入れるか?」


「……直接の返事にならないなら」


 俺は少し考えて言った。


「王都で噂の訂正に協力していることを確認しました、くらいなら」


 シルフィが俺の顔を見る。


「師匠、それ以上は?」


「書きたくなります」


「内容は?」


「ありがとう。無理しないでください。こっちは大丈夫です。……とか」


 言ってから、俺は首を横に振った。


「でも、それを書くと、返事になりますね」


「はい」


「だから、今は書きません」


 ぷる太が丸へ寄った。


「ぷる」


 マルタさんは、少しだけ優しい顔になった。


「偉いね」


「偉いというより、かなり我慢しています」


「それを偉いって言うんだよ」


 シルフィは文書に一文だけ入れた。


『元勇者パーティー四名が王都側対応に協力している旨、確認しました』


 それだけ。


 感情は乗せない。


 でも、無視もしない。


 今の距離としては、それがちょうどよかった。


     ◇


 夕方、外部対応広場の板が整理された。


 古い板を下げるわけではない。


 ただ、読む順番を整える。


 一番上に、大きな板。


『落ち着き布の件は、ここで止まれ』


 その下に、村長の文字。


『助ける道は閉じない。ただし、誰かの欲で広げない』


 さらにミナの字。


『助ける。でも、欲ばりで広げない』


 横には、分類板。


『聞く:手順確認、症例資料つき相談』


『四角:資料不足、本人確認不足、医療者不明』


『バツ:買う、売れ、会わせろ、今すぐ、匿名』


 ぷる太はその前を何度も行ったり来たりしていた。


「ぷる、ぷるる、ぷる」


 ミナが通訳する。


「見やすいって」


「本当に?」


「たぶん!」


 たぶんなのに、みんな妙に納得していた。


 門番老人は入口用の札を持った。


『落ち着き布の相談は、外部対応広場へ。紙のない話は、その場で決めません』


「これを門に立てる」


 村長が頷く。


「頼む」


 俺は広場を見回した。


 最初は、ただの村の広場だった。


 今は、村を守る場所になっている。


 同時に、助けを完全に断らない場所にもなっている。


 不思議な場所だ。


 少し不格好で、板だらけで、ぷる太が判定役で、ミナの字も混ざっている。


 王都の人が見たら笑うかもしれない。


 でも、俺はこの場所に何度も救われている。


「アレン」


 マルタさんが声をかけた。


「はい」


「今日は顔が少し丸だね」


「そうですか?」


「うん。完全な丸じゃないけど」


「丸寄り四角?」


「そうそう」


 ぷる太が丸と四角の間へ移動する。


「ぷる」


 また判定された。


 でも、今日は悪くない気分だった。


     ◇


 夜になる前に、リーフェン家からも返答が届いた。


 追加布一枚の作成検討前に求めた使用管理確認書への回答だった。


 リュシア、ヴィオラ、セラドの連名。


 保管者はヴィオラ。


 使用対象はエナのみ。


 一枚目と二枚目の同時使用禁止。


 部屋の複数配置禁止。


 身体固定禁止。


 若手研究者による無断試験、素材分析、魔力抽出、複製試験禁止。


 使用ごとに本人申告を記録。


 異常時停止。


 記録は王国騎士団、ギルド、リーフェル村へ共有。


 アレン本人の移動、直接施術、強化版依頼は求めない。


 かなり丁寧に埋められていた。


 最後に、リュシアの短い添え書きもあった。


『シルフィへ。こちらでも、記録される側の言葉を消さないようにしています。まだ不十分ですが、続けます』


 シルフィはそれを読み、しばらく黙った。


 そして、小さく言った。


「姉様は、本当に変わろうとしているのですね」


 俺は頷いた。


「うん」


「なら、私たちも返せますね」


「追加布?」


「はい。条件は整いつつあります」


 村長が文書を確認し、ぷる太を見る。


 ぷる太は、じっと考えるように揺れた。


 そして、丸と四角の間へ移動した。


「ぷる」


 完全な丸ではない。


 でも、バツではない。


 村長は頷いた。


「作成検討に入る」


 俺は息を吸った。


 ついに、そこまで来た。


 作る。


 まだ正式決定ではない。


 だが、検討に入る。


 そしてたぶん、条件を守れるなら作ることになる。


 俺は自分の両手を見た。


 この手で、もう一枚作る。


 ただし、強くしない。


 良くしすぎない。


 同じように。


 エナの怖い夜を、少し短くするために。


 俺の胸に熱が灯った。


 でも、その熱をすぐに布へ流さない。


 今日はまだ、手順を読む日だ。


 作るのは、明日以降。


 シルフィが、俺の表情を見て言った。


「師匠」


「はい」


「今日は布に触らない」


「……はい」


 ぷる太が丸へ寄った。


「ぷる」


 もう完全に先読みされている。


     ◇


 その夜、村は久しぶりに少し穏やかだった。


 もちろん、問題は山ほどある。


 王都の噂は消えていない。


 商会も完全に諦めたわけではないだろう。


 リーフェン家内部の熱も、きっとまだ残っている。


 それでも、今日、村は大きな手順を作った。


 守りながら助けるための形を作った。


 俺は外部対応広場の板の前に立った。


 隣にはシルフィ。


 足元にはぷる太。


 少し離れて、ミナが板の文字を指でなぞっている。


「助ける道は閉じない。ただし、誰かの欲で広げない」


 俺が読み上げると、シルフィが静かに頷いた。


「良い方針です」


「厳しいけどね」


「厳しくないと続きません」


「そうだな」


 俺は夜空を見上げた。


 星が出ている。


 王都の明るさとは違う、静かな星空だ。


 この静けさを守りたいと思った。


 同時に、遠くで眠れない誰かの夜も、少しだけ短くできるならと思った。


 その二つを両方持つのは難しい。


 でも、この村なら、持てるかもしれない。


「師匠」


「うん」


「明日、作るなら、最初に条件を読み上げます」


「うん」


「次に、ぷる太判定」


「うん」


「それから、私が前回布の反応記録を読みます」


「うん」


「最後に、師匠が『良くしようとしない』と口に出してください」


 俺は少し笑った。


「儀式みたいだな」


「必要な儀式です」


「分かった。言うよ」


 ぷる太が丸へ寄った。


「ぷる」


 そこで、門の方から犬が吠えた。


 村の犬だ。


 夜に人の気配があると、よく吠える。


 門番老人の声が遠くで響いた。


「誰だ」


 外部対応広場にいた全員が、そちらを見る。


 しばらくして、馬車の車輪の音が聞こえた。


 ぎしり、ぎしり、と重い音。


 こんな時間に村へ来る馬車は珍しい。


 いや、珍しいどころではない。


 普通は来ない。


 門番老人の声が、少し低くなる。


「止まれ。ここから先は、村だ」


 馬車は止まった。


 灯りが揺れる。


 御者台にいる男の顔は暗くて見えない。


 ただ、馬車の側面に小さな紋章があるのが見えた。


 銀の葉。


 俺は息を呑んだ。


 銀葉商会。


 断ったはずの商会の印。


 シルフィが、すぐに記録板を抱えた。


 ぷる太は、バツと四角の間へ飛んだ。


「ぷるっ……!」


 村長が杖を手に取る。


 マルタさんが台所から出てきて、低い声で言った。


「やっぱり、来たね」


 門の外から、丁寧な声がした。


「夜分に失礼いたします。銀葉商会の者です。急ぎ、リーフェル村代表者様へお取次ぎ願いたく――」


 村長は、外部対応広場の板を見た。


『落ち着き布の件は、ここで止まれ』


 そして、俺たちを振り返らずに言った。


「全員、手順通りだ」


 俺は四角の木片を握った。


 穏やかだった夜の空気が、一瞬で張りつめる。


 助ける道は閉じない。


 ただし、誰かの欲で広げない。


 その言葉が、初めて本当の意味で試される夜が来た。

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