第7話 スライムを撫でたら神獣になった
世界樹が生えた。
この一文だけで、普通なら村の一日は終わってもいいはずだった。
少なくとも俺はそう思った。
朝から北柵を直し、畑を耕し、霊豆らしきものが実り、村の外れに世界樹の若木が生えた。情報量としては十分すぎる。勇者パーティーにいた頃でも、一日にここまで妙なことが重なった記憶はない。
だから昼過ぎには、さすがに少し休めるだろうと思っていた。
思っていたのだが。
「アレンお兄ちゃーん!」
畑の向こうから、ミナの声が飛んできた。
俺は鍬を肩に担いだまま顔を上げる。
村の子供たちが何人か、こちらへ走ってくるのが見えた。先頭は昨日膝を擦りむいた女の子、ミナ。その後ろに男の子が二人と、さらに小さな女の子が一人。
全員、妙に真剣な顔をしている。
ミナは両手に木の桶を抱えていた。
いや、桶というより、桶を抱えて走るには明らかに慎重すぎる。中に水でも入っているのだろうか。
「どうした? そんなに慌てて」
俺が声をかけると、ミナは息を切らしながら桶を差し出した。
「お兄ちゃん、助けて!」
「俺が?」
「うん!」
桶の中を覗き込む。
そこには、小さなスライムがいた。
透明に近い水色の体をした、手のひらより少し大きいくらいのスライムだ。普通なら森や湿地にいる、最弱級の魔物である。人を襲うことは少なく、農村では水場の掃除屋として放っておかれることもある。
ただ、そのスライムはひどく弱っていた。
体の表面が濁り、形も崩れかけている。ぷるぷる震えているというより、どろりと溶けかけている感じだった。
「これは……弱ってるな」
「森の小川の近くで見つけたの!」
男の子の一人が言った。
「干からびそうだったから、桶に入れてきた!」
「お母さんは魔物だから捨てなさいって言ったけど」
小さな女の子が唇を尖らせる。
「でも、悪い子じゃなさそうだったの」
俺はしゃがんで、桶の中のスライムを見た。
スライムは弱々しく体を震わせる。
魔物。
そう言われればそうだ。
でも、今のこいつに人を襲う力はない。むしろ、このまま放っておけば日が暮れる前に消えてしまいそうだった。
「水が合わなかったのかな」
「水、きれいなの入れたよ?」
「うん。けど、スライムは種類によって好む水が違うことがあるんだ。泥水が好きなやつもいるし、魔力の多い水じゃないと弱るやつもいる」
「アレンお兄ちゃん、詳しい!」
「昔、遠征中にスライムの群れに荷物を溶かされかけたことがあるからな」
「えっ」
「そのときに調べた」
子供たちが少し尊敬したような目で俺を見る。
なぜだろう。
荷物を溶かされかけただけなのに。
シルフィが畑の端から近づいてきた。
「師匠、どうしましたか」
「子供たちが弱ったスライムを拾ってきたんだ」
「スライムですか」
シルフィは桶の中を覗く。
その瞬間、眉をひそめた。
「この子、体内の魔力核が傷んでいます」
「魔力核?」
「はい。スライムの中心にある、生命維持の核です。おそらく、森の魔力の乱れに当てられたのでしょう」
「森の魔力の乱れ……やっぱり昨日の棘狼と関係あるのかな」
「可能性は高いです」
シルフィの表情が少し険しくなる。
彼女を追っていた黒枝の者たち。
森から出てきた棘狼。
弱ったスライム。
何かが森の奥で起きているのは間違いない。
とはいえ、今はこの小さなスライムの方が先だ。
「師匠。助けますか?」
シルフィが尋ねる。
俺は桶の中のスライムを見た。
ぷる、と小さく震える。
言葉はない。
でも、苦しそうなのは分かる。
「助けられるなら」
そう答えると、子供たちの顔がぱっと明るくなった。
「やった!」
「アレンお兄ちゃんなら絶対できると思った!」
「スライムちゃん、よかったね!」
「いや、絶対ではないぞ。やってみるだけだ」
俺がそう言うと、シルフィは隣で静かに首を横に振った。
「師匠が『やってみるだけ』と言うときは、たいてい古代の奇跡が起きます」
「やめてくれ、変な期待を背負わせないでくれ」
「事実です」
「弟子が師匠に厳しすぎる」
「師匠が現実に甘すぎるのです」
シルフィは相変わらず真面目だ。
俺は桶のそばに腰を下ろした。
まず、水を替える必要がある。
ただの水ではなく、少し魔力を含んだ水。村の共同井戸の水は昨日から妙に澄んでいる。たぶん、世界樹の影響もあるのだろう。
俺は井戸水を少し持ってきてもらい、桶の水をゆっくり入れ替えた。
スライムがかすかに震える。
「苦しくないか?」
「師匠、スライムは言葉を話しません」
「分かってる。でも、言わないよりいいだろ」
「……そうですね」
シルフィの声が少し柔らかくなった。
俺は手を濡らし、スライムの表面にそっと触れた。
ひんやりしている。
やわらかい。
思ったより、ずっと頼りない。
「大丈夫だ。怖くないからな」
小さく声をかける。
スライムの体内にある魔力核を探る。
確かに、中心の奥に小さな硬い感覚がある。傷が入っているというより、濁った魔力が絡みついて流れを阻害しているようだった。
勇者パーティーにいた頃、呪いを受けた武器の魔力を整えたことがある。
あれに少し似ている。
絡みついたものを剥がす。
流れを戻す。
核が壊れないように、ゆっくり。
あくまで、少しだけ。
「元気になれよ」
俺はそう言って、指先から付与を流した。
次の瞬間、桶が光った。
「……師匠」
シルフィの声が震えた。
「何かしましたね」
「したけど、そんなに強くは」
「桶の水が聖水化しています」
「聖水化」
「はい。高位神官が儀式で作るようなものです」
「井戸水が良かったのかな」
「井戸水に謝ってください」
最近、何かにつけて謝罪先が増えている気がする。
桶の中で、スライムの体がぷるんと跳ねた。
濁っていた水色が、ゆっくり透き通っていく。表面に銀色の光が走り、中心の核が小さな星のように輝き始める。
子供たちが歓声を上げた。
「光ってる!」
「きれい!」
「スライムちゃん、元気になった?」
スライムは、ぷる、と震えた。
そして、桶の中からぴょんと跳ねた。
「おっと」
俺は慌てて両手で受け止める。
手のひらの上で、スライムがぷるぷる揺れた。
さっきまでの弱々しさはない。
透明な水色の体は、朝の小川のように澄んでいる。中の核は淡い金色に光っていて、見ていると少し温かい気持ちになる。
「よかった。元気になったな」
俺は指先で軽く撫でた。
ぷる。
スライムが嬉しそうに震える。
その瞬間、スライムの体がさらに強く光った。
「……あれ」
俺は手を止めた。
スライムが大きくなっている。
いや、膨らんでいるというより、形が整っていく。
手のひらサイズだった体が、両手で抱えるほどになる。水色だった体は、内側から金色の光を帯び始め、表面に小さな羽根のような模様が浮かんだ。
子供たちは大喜びだった。
「大きくなった!」
「すごい!」
「アレンお兄ちゃん、もっと撫でて!」
「いや、ちょっと待とう」
俺は止めようとした。
しかし、スライムは俺の腕をよじ登り、肩の上に乗った。
ぷるん。
頬にひんやりした感触。
「懐かれた……?」
「師匠」
シルフィが、両手でこめかみを押さえていた。
「落ち着いて聞いてください」
「その言い方、落ち着けないんだけど」
「そのスライムは、進化しました」
「進化」
「はい」
「まあ、元気になって大きくなったしな」
「元気の範囲ではありません」
やっぱり言われた。
シルフィはスライムを見つめ、慎重に言葉を選ぶように続けた。
「普通のスライムには、ここまで高密度の魔力核はありません。体表の模様も、自然発生するものではありません。おそらく……守護獣に近い存在へ変質しています」
「守護獣?」
村人たちがざわつく。
村長も畑の向こうから歩いてきた。
「今度は何が起きた」
「村長さん、スライムが元気になりました」
「その言い方を信じると、あとで心臓に悪いと昨日学んだ」
村長は俺の肩に乗ったスライムを見た。
金色に光るスライム。
ぷるぷる揺れながら、なぜか得意げに胸を張っているように見える。
胸がどこかは分からないが。
「……これはスライムか?」
「一応」
「光っておるぞ」
「元気だからですかね」
「村の年寄りでも、元気になったからといって光らん」
「確かに」
シルフィが真面目に説明した。
「この子は、おそらく周囲の水と土地を浄化する能力を持っています。さらに、師匠の付与を受けたことで、村全体を守る性質を得た可能性があります」
「水と土地を浄化……」
村長の目が変わった。
さっきまでの驚きではない。
村を預かる者の目だった。
「それは、村に害はないのか」
「今のところ、ありません。むしろ極めて有益です。ただ、通常の魔物とは違うため、扱いは慎重にすべきです」
子供たちが不安そうにスライムを見た。
ミナが俺の服の裾を握る。
「スライムちゃん、捨てなきゃだめ?」
「捨てないよ」
俺はすぐに答えた。
ミナの顔がぱっと明るくなる。
「ほんと?」
「うん。せっかく助かったんだ。村に害がないなら、面倒を見よう」
スライムがぷるんと跳ねた。
嬉しいのか、俺の頬に体を押しつけてくる。
冷たい。
けど、不思議と嫌ではない。
門番老人が近づいてきて、まじまじとスライムを見た。
「名はどうする」
「名前ですか」
「村で飼うなら名前がいる。スライムでは呼びにくい」
子供たちが一斉に騒ぎ出した。
「きらきらちゃん!」
「ぷるちゃん!」
「ゴールドスライム!」
「水まんじゅう!」
「最後の子、食べ物に寄せたな」
俺が笑うと、小さな女の子が真剣に言った。
「だって、ぷるぷるしておいしそう」
「食べないでやってくれ」
スライムが俺の肩で震えた。
たぶん、今のは怯えた。
シルフィが少し考えて言う。
「守護獣としての格を考えるなら、もう少し荘厳な名でもよいかと。たとえば、アクアリオン、ルミナスコア、聖泉の――」
「ぷる太でいいか」
俺が言うと、空気が止まった。
シルフィの口が半開きになる。
「……師匠」
「何?」
「今、私がいくつか候補を出していました」
「うん。立派すぎて呼びにくいかなって」
「だから、ぷる太ですか」
「呼びやすいだろ」
スライムは肩の上で、ぷるん、と跳ねた。
どうやら気に入ったらしい。
子供たちも大喜びだった。
「ぷる太!」
「ぷる太だ!」
「かわいい!」
「ぷる太、こっち向いて!」
ぷる太は得意げに跳ねた。
シルフィは額を押さえる。
「神獣級に進化しかけたスライムに、ぷる太……」
「だめだった?」
「だめではありません。師匠らしいです」
「それ、褒めてる?」
「最近、私にも分からなくなってきました」
村長はしばらくぷる太を見ていたが、やがて低く笑った。
「よかろう。今日からそのスライムは、リーフェル村の……ええと」
「守護獣です」
シルフィが言った。
「守護獣」
村長は頷いた。
「リーフェル村の守護獣、ぷる太とする」
村人たちが拍手した。
ぷる太は俺の肩から飛び降り、地面でぷるぷる震えた。
その瞬間、足元の土に淡い光が広がる。
水路の水がきらめき、畑の作物が少しだけ背を伸ばした。空気に混じっていた土臭さが薄れ、代わりに雨上がりの森のような清々しい匂いが広がる。
村人たちがざわめいた。
「水路がきれいになってるぞ!」
「畑の泥が澄んでる!」
「井戸の水も見てこい!」
「ぷる太様だ!」
「様をつけるな。本人、たぶん分かってない」
俺が言うと、ぷる太はぷるんと跳ねた。
分かっているのかもしれない。
シルフィがしゃがみ込み、地面を触った。
「浄化能力が発動しています。師匠の付与を媒介にして、村の水脈へ干渉しているようです」
「それは、いいこと?」
「非常にいいことです」
「ならよかった」
「ただし」
「ただし?」
シルフィが俺を見る。
「村の異常性がさらに増しました」
「だよな」
世界樹。
霊豆。
半永久結界化した柵。
そして守護獣スライムのぷる太。
たしかに、辺境の貧しい村というには、いろいろ盛りすぎである。
村長も同じことを考えていたのだろう。
深く息を吐いた。
「隠すことが増えたな」
「すみません」
「謝るな。村が助かっているのも事実だ」
村長はぷる太を見下ろした。
「だが、外に知られれば面倒になる。世界樹だけでも大事だというのに、守護獣までいるとなれば、王都の役人や貴族が寄ってくるかもしれん」
「そんなに大変なんですか」
「大変だ。豊かな村は狙われる。珍しいものがある村は、もっと狙われる」
その言葉は重かった。
村長の目には、長く村を守ってきた者だけが持つ現実感がある。
俺は少し考えた。
「じゃあ、ぷる太はしばらく普通のスライムということにしましょう」
「普通に見えるか?」
門番老人が言う。
ぷる太は金色に光っていた。
普通ではない。
「光を抑える付与を――」
「師匠」
シルフィが即座に止めた。
「やるなら慎重にお願いします。先ほど世界樹で似た話をしたばかりです」
「今度は本当に光を抑えるだけにする」
「その言葉を信じたいです」
「信じてくれ」
「努力します」
「俺が信じてもらう側なのに、なぜ努力されてるんだろう」
俺はぷる太の前にしゃがんだ。
「ぷる太、少しだけ光を抑えられるか?」
ぷる太はぷるぷる震えた。
分かっているのか分からない。
俺は手をかざし、付与を流す。
外見を目立たせない。
魔力を内側に留める。
周囲からは普通のスライムに見えるように。
慎重に。
本当に慎重に。
ぷる太の金色の光が少しずつ薄くなっていく。水色の透明なスライムに近い姿へ戻った。ただ、よく見ると中の核がきらきらしている。
「どうだ?」
シルフィは目を凝らした。
「……かなり抑えられています。ですが、魔力感知ができる者には隠しきれません」
「村の外の人が見たら?」
「少し珍しいスライム、くらいでしょう」
「なら大丈夫かな」
「たぶん」
シルフィが「たぶん」と言うと少し怖い。
村長は腕を組んだ。
「子供たち」
「はーい!」
「このスライムのことは、村の外で話すな。世界樹のことも、霊豆のこともだ。約束できるか」
子供たちは真剣な顔になった。
ミナが代表のように頷く。
「約束する! ぷる太は村の子だもん!」
「そうだ。村の子だ」
村長の顔が少し柔らかくなる。
「村の子は、村で守る」
その言葉に、俺は不思議と胸が温かくなった。
ぷる太も、何か感じたのかもしれない。
ぴょんと跳ね、村長の足元へ寄っていった。
村長は少し迷った後、杖を持っていない方の手でぷる太を撫でた。
「冷たいな」
ぷる太はぷるぷるした。
「だが、悪くない」
門番老人が笑う。
「兄者、情が移るのが早いな」
「お前も撫でたい顔をしているぞ」
「しておる」
「素直だな」
「年寄りだからな」
門番老人もぷる太を撫でた。
その瞬間、彼の膝が淡く光った。
「……お?」
門番老人が膝を曲げ伸ばしする。
「痛くない」
村長が目を見開く。
「弟よ」
「兄者、これはいいぞ。膝が軽い」
「ぷる太、腰にも効くか?」
「村長さん、昨日治したばかりですよね?」
「念のためだ」
村の年寄りたちがざわつき始めた。
「ぷる太様に撫でてもらえば肩が治るのか?」
「いや、撫でるのはこちらでは」
「どちらでもいい!」
「順番だ! 並べ!」
「だから様をつけるなって!」
俺の声は、村人たちの笑いにかき消された。
シルフィが呆れたように、けれど少し楽しそうに言う。
「師匠。守護獣というより、村の治療係になりそうです」
「それはそれで平和だな」
「はい。とても師匠らしいです」
「今回は褒めてる?」
「褒めています」
ならいいか。
◇
その日の午後、ぷる太は村中の人気者になった。
子供たちは畑仕事の合間にぷる太へ会いに来るし、年寄りたちは「腰に効く」「膝に効く」と言って撫でたがる。村長は外に知られるとまずいと言いながら、自分も三回ほどぷる太を撫でていた。
ぷる太自身も、村が気に入ったらしい。
水路をぷるぷる移動しながら、濁った場所を見つけると体を沈めて浄化する。井戸の周りでは、桶に入って楽しそうに揺れていた。
見た目はただのスライム。
でも、通った後の水は澄み、土は柔らかくなり、空気まで軽くなる。
村人たちの顔が、また明るくなった。
「師匠」
井戸のそばでぷる太を見ていたシルフィが、ふと口を開いた。
「この村は、すごい勢いで変わっています」
「そうだな」
「不安ですか?」
聞かれて、俺は少し考えた。
不安はある。
世界樹も、ぷる太も、森の異変も、シルフィの追っ手も、俺には分からないことばかりだ。
でも、村人たちが笑っている。
子供たちがぷる太の後を追いかけ、年寄りたちが膝の軽さに驚き、村長が口では文句を言いながらもどこか嬉しそうにしている。
それを見ていると、不安だけではない気持ちが湧いてくる。
「少し怖いけど、悪い感じはしない」
「そうですか」
「俺、勇者パーティーにいた頃は、自分が何を変えているのか分からなかった。何かをしても、誰にも見えないし、俺自身にも手応えがなかった。でもここでは、分かるんだ」
俺は水路を見た。
ぷる太が水面でぷかぷか浮いている。
「水がきれいになった。畑の土が柔らかくなった。子供が笑ってる。そういうのは、分かりやすくていい」
シルフィは少し黙った。
それから、柔らかく微笑む。
「師匠の力は、戦場で使えば国を動かします。でも、こうして村の水を澄ませることにも使えるのですね」
「できれば、俺はそっちがいいな」
「はい」
シルフィは静かに頷いた。
「私も、その方が好きです」
少しだけ、沈黙が落ちた。
遠くで子供たちの声がする。
畑では村人たちが作業を続けている。
世界樹の若木は、村の外れで静かに葉を揺らしていた。
その平和な光景の中で、俺はふと思った。
ここにいたい。
たった数日前まで、俺は勇者パーティーにしがみついていた。
必要とされていると思いたかった。
役に立っていると信じたかった。
けれど今、俺が立っているのは、辺境の小さな村の井戸端だ。
肩にはスライムのぷる太。
隣には弟子を名乗るエルフの少女。
手には鍬の豆ができている。
それなのに、なぜか今の方がずっと息がしやすい。
「師匠」
「何?」
「今、少し笑っていました」
「そうか?」
「はい。良い顔でした」
「……そう言われると恥ずかしいな」
「では、もっと言います」
「言わなくていい」
シルフィはくすりと笑った。
そのとき、村の入口の方から馬車の音が聞こえた。
村長が顔を上げる。
「商人か?」
門番老人が柵の方へ向かう。
俺も自然とそちらを見た。
荷馬車が一台、ゆっくり近づいてくる。
商人らしき男が御者台に座っていた。荷台には樽と布袋が積まれている。定期的に村へ来る行商人かもしれない。
だが、シルフィの表情がわずかに強張った。
「師匠」
「どうした?」
「あの馬車、普通の商人にしては護符が多すぎます」
「護符?」
「荷台の裏側に、魔力隠しの符が貼られています。何かを隠している可能性があります」
俺は馬車を見た。
遠目には、普通の行商人にしか見えない。
けれど、シルフィは警戒している。
ぷる太も俺の肩の上で、ぷる、と小さく震えた。
さっきまでの陽気な揺れではない。
何かを感じている。
村長がこちらを見た。
俺は小さく頷く。
「とりあえず、普通に迎えましょう。でも、少しだけ気をつけて」
「分かった」
村長の顔が引き締まる。
スローライフ。
のんびり畑を耕し、ぷる太と水路を眺め、シルフィと薬草茶を飲む。
そういう日々は、どうやらまだ少し先らしい。
それでも、俺は逃げようとは思わなかった。
ここは、俺を受け入れてくれた村だ。
ぷる太が守りたい場所で、シルフィが弟子として立つ場所で、村人たちが笑っている場所だ。
なら、できることはする。
たとえそれが、俺にとってはただの地味な付与だったとしても。




