表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能だと追放された底辺付与術師、実は世界で唯一の【全自動・神級バフ】持ちでした 〜辺境でスローライフを送るはずが、俺が抜けて壊滅寸前の勇者パーティーが泣きついてきてももう遅い。  作者: 終焉を綴る堕天筆聖セラフィム・夜叉王院常闇寛龍


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
67/90

第67話 リーフェル村、二度目の報告に喜ぶが線を引く

 二度目の報告が届いた日の朝、リーフェル村では雨上がりの匂いがしていた。


 夜のうちに降った細い雨が、畑の土をしっとりと黒くしている。薬草の葉にはまだ小さな雫が残り、井戸の石組みはいつもより濃い色をしていた。


 ぷる太は朝から妙に機嫌がよかった。


 井戸の縁でぷるぷる揺れ、時々、水面を覗き込んでは満足そうに丸の木片へ寄る。


「ぷる太、今日は丸の日?」


 ミナが聞くと、ぷる太は丸と四角の間で止まった。


「ぷる」


「丸寄り四角?」


「ぷるる」


「そっか。いいことありそうだけど、まだ分からない日だね」


 最近のミナは、ぷる太語の通訳がかなり上手くなっている。


 俺より分かっている気がする。


 俺は外部対応広場の机で、昨日の付与記録を見直していた。


 落ち着き布の試作記録。


 一号、効果弱。


 二号、低刺激。候補。


 三号、魔力集中。使用禁止。


 四号、二号に近い反応。候補。


 そして、リーフェン家へ送った二号の初回試験結果。


『短時間睡眠あり』


『うわ言なし』


『本人申告、葉っぱの声が遠い』


 何度読み返しても、その一文で胸が温かくなる。


 だが、同時に危ない。


 温かくなった胸は、そのまま走り出しやすい。


 もう一枚作れないか。


 もっと良いものにできないか。


 九歳の子だけでなく、十一歳の子にも、十三歳の子にも。


 そう考えてしまう。


 俺は無意識に、手元の未加工の布を見ていた。


 その瞬間、机の上の水鉢からぷる太が伸びた。


「ぷる」


 ぷる太は、四角の木片へ体を押しつける。


「……まだ何もしてない」


「顔がしてたよ」


 マルタさんが背後から言った。


 手には籠いっぱいの乾いた布巾を持っている。


「顔?」


「作りたい顔」


「そんな顔あります?」


「あるよ。アレンの顔は分かりやすい。『ちょっとだけ試してもいいですか』って眉が言ってる」


「眉が」


「言ってる」


 シルフィまで、記録板を抱えて頷いた。


「師匠、今朝から布を見る回数が多いです」


「数えてたの?」


「はい。七回です」


「記録しなくていいところまで記録されてる……」


「危険傾向ですので」


 言い返せなかった。


 マルタさんは籠を机に置き、俺の前に温かい茶を置いた。


「今日は報告が来るかもしれない日だろ」


「はい」


「良い報告でも、悪い報告でも、先に走らない。分かったね?」


「分かっています」


「その言い方、半分くらいしか分かってないね」


 ぷる太が四角の木片を押した。


「ぷる」


「ぷる太まで」


 俺は茶を飲んだ。


 苦味のある薬草茶が、喉を通る。


 熱くなりかけていた気持ちが少し落ち着く。


 助けたい。


 それは本当だ。


 でも、助けたいからこそ、村の中で言葉にする必要がある。


 一人で布を作らない。


 一人で返事を書かない。


 一人で期待しない。


 そういうことを、俺はこの村で何度も教わってきた。


     ◇


 ギルド便が届いたのは、昼の少し前だった。


 門番老人の声が村の入口から響く。


「王都経由の封書だ」


 その一言で、外部対応広場の空気が変わった。


 畑から戻っていた若者たちが手を止める。


 ミナがぷる太を抱えようとして、ぷる太にまた逃げられる。


 ぷる太は自分で水鉢へ入り、丸、バツ、四角を前に整列させた。


 完全に判定役の顔である。


 配達人は、革袋を両手で抱えていた。


 封蝋は王国騎士団、冒険者ギルド、リーフェン家。


 もう見慣れてきた組み合わせだが、見るたびに少し緊張する。


 シルフィが受け取り、いつもの手順で確認する。


「封印術は開封確認のみ。攻撃性なし。精神誘導なし。追跡反応なし」


「よし。村長の家で読む」


 村長が短く言った。


 俺は革袋を見つめる。


 二度目の試験。


 前回よりどうだったのか。


 悪化していないか。


 布を嫌がっていないか。


 少しでも眠れたのか。


 問いが頭の中でいくつも浮かぶ。


 俺の指先は、自然と懐の四角に触れていた。


 シルフィが、俺を見て小さく頷く。


「師匠。読む前に確認します」


「はい」


「良い報告でも、すぐ追加作成しない」


「はい」


「悪い報告でも、すぐ直接行くと言わない」


「はい」


「分からないところは四角」


「はい」


 マルタさんが横から言う。


「あと、腹が空いてる時に大きな返事を書かない」


「それもですか」


「それもだよ。人間、腹が減ってると返事が尖るか、逆に変に優しくなる」


 村長が頷く。


「入れておけ」


 シルフィは本当に記録した。


『報告書確認前の条件。空腹時に大きな返答を書かない』


 ぷる太は丸へ寄った。


「ぷる」


 どうやら正式採用である。


     ◇


 村長の家で、報告書が開かれた。


 同席したのは、村長、俺、シルフィ、マルタさん、門番老人。


 それからぷる太。


 ミナは外で待つ約束だったが、扉の向こうに気配がある。


 たぶん今日も聞いている。


 シルフィは一番上の確認文から読み始めた。


「本報告書は、落ち着き布試作品二号の第二回短時間試験結果を共有するものです。本報告により、追加布の作成、量産、強化版、別症例への適用、アレン師匠本人の移動、直接施術を求めるものではありません」


 ぷる太が丸へ寄る。


「ぷる」


 村長も頷いた。


「まずはよい」


「はい」


 シルフィは続きを読む。


「対象、第三症例。九歳。第二回短時間試験。前回と同じ落ち着き布試作品二号を使用。設置位置、前回と同じ。身体接触なし。固定なし」


「条件通りですね」


 俺が言うと、シルフィは頷いた。


「はい」


「では、試験結果です」


 そこで、シルフィの声が少しだけ柔らかくなった。


「試験前、本人より『布を置く前、少し怖い』との申告あり」


 マルタさんが小さく息を吐いた。


「怖いって言えたんだね」


「はい」


 シルフィは目を伏せた。


「その言葉を記録してくれています」


「それは大事だ」


 村長が言った。


「怖いを記録するなら、良い報告だ」


 シルフィは続けた。


「試験中、本人申告。『胸のあたりが少し楽です。でも、治った感じじゃないです』」


「その子、ちゃんと分かってるんだな」


 門番老人が呟く。


「九歳なのに」


「九歳でも、自分の体のことは本人が一番近くで見ています」


 シルフィの声には、静かな力があった。


 自分自身が記録されるだけの存在から、記録する側へ立った彼女だからこそ、その言葉には重みがある。


「さらに、魔力刺激について。前回に続き、葉っぱの声が近すぎないとの申告。魔力逆流の波に対し、停止ではなく緩衝に近い反応ありとヴィオラ様が記録」


「緩衝……」


 俺はその言葉を繰り返した。


「止めるんじゃなくて、和らげる感じですね」


「はい。師匠の最初の意図に近いと思います」


 落ち着き布。


 治す布ではない。


 周囲の魔力の尖りを少し丸める布。


 刺激を完全に消すのではなく、少し遠ざける布。


 俺の中で、あの白い厚手布が、また少し輪郭を持った。


 シルフィは次を読んだ。


「試験開始から半刻近くで睡眠へ移行。布を離した後も睡眠継続。前回より長く、一刻近く眠る。うわ言は少なく、途中で『静か』との発声のみ」


 言葉が部屋に落ちた。


 一刻。


 前回より長く。


 布を離した後も眠った。


 うわ言が少なかった。


 俺は、胸の奥から何かが込み上げてくるのを感じた。


 よかった。


 また眠れた。


 それも前より長く。


 九歳の子の夜が、少しだけ短くなった。


 俺は手の中の木片を握った。


 言葉にしたら、泣きそうになる気がした。


「……よかった」


 それでも、口から出た。


 マルタさんが頷く。


「うん。よかった」


 シルフィも、少しだけ目を潤ませている。


「はい」


 ぷる太が、丸の木片へそっと寄った。


「ぷる」


 ミナが扉の外で小さく言った。


「丸?」


 誰も怒らなかった。


 村長が答えた。


「喜び丸だ」


 ぷる太が、もう一度丸へ体を押しつける。


「ぷる」


 喜び丸。


 また新しい言葉ができた。


 でも、今はその言葉がとても合っていた。


     ◇


 喜びの後、すぐに四角が来た。


 報告書の後半に、ヴィオラさんの結論があった。


「第二回短時間試験において、前回より長い睡眠を確認。発熱そのものに大きな変化はなし。魔力刺激の緩和を示唆する本人申告あり。本人より、道具や人数を増やす前に確認してほしいとの申告あり。補助具として有望。ただし治療効果の断定不可」


「補助具として有望」


 俺は呟いた。


 有望。


 その言葉は嬉しい。


 同時に、危ない。


 有望なら、もっと。


 有望なら、追加。


 有望なら、他の症例にも。


 心がそう動きそうになる。


 シルフィが俺を見る。


「師匠」


「分かってる。次は四角」


 俺が先に言うと、ぷる太が丸から四角へ移動した。


「ぷる」


 マルタさんが笑う。


「少し早くなったね、アレン」


「さすがに覚えてきました」


「覚えても揺れるだろうけどね」


「はい。かなり揺れてます」


 正直に言った。


 村長が頷く。


「言えたならよい」


 俺は報告書を見た。


「俺、追加布を作りたいと思っています」


 部屋が静かになる。


 今回は、昨日よりもはっきり言った。


「一枚だけでも。九歳の子に同じような布をもう一枚。予備としてでも、交互に使えるようにでも。作れないかって思っています」


 口に出すと、胸が少し楽になった。


 同時に、怖くもなった。


 これを言ったら、止められるかもしれない。


 でも、黙っていたらもっと危ない。


 シルフィは記録板に羽ペンを置き、俺を見た。


「師匠。追加布を作りたい理由は何ですか」


「二回目も眠れたからです。前より長く眠れたから。本人が『静か』と言ったから。あと、その子が怖いって言えたことも、布が嫌じゃなかったことも……何というか、続けたいと思いました」


「九歳の子だけですか」


「今は、九歳の子だけです」


「十一歳、十三歳の症例については?」


 胸が少し痛んだ。


「助けたいです。でも、同じ布が合うか分からない。三号みたいに、逆に危ないかもしれない」


「はい」


「だから、今すぐは作れません」


 自分で言えた。


 つらいけれど、言えた。


 ぷる太が四角の上で、静かに揺れている。


 村長が腕を組んだ。


「追加作成は、まだ四角だ」


「はい」


「理由は分かるか」


「三回までの記録を見る約束だから」


「それもある」


「期待が大きくなりすぎるから」


「それもある」


「……俺が、喜びで強くしすぎるかもしれないから」


 ぷる太が、四角から少しバツ寄りに揺れた。


「ぷる」


 分かりやすすぎる。


 村長は頷いた。


「そうだ。今作れば、お前さんは昨日より良いものを作ろうとする。『少しだけ改善』を狙う。その少しが危ない」


 俺は黙った。


 まったくその通りだった。


 もう一枚作るなら、同じではなく、少し良くしたいと思っていた。


 もっと眠れるように。


 もっと静かになるように。


 その気持ちが危ない。


 マルタさんが言う。


「良くしようとするな、って難しいよね」


「はい」


「でも、薬でも料理でも同じだよ。前より効いたからって、次に薬草を倍にしたら毒になる。味噌を倍にしたら食えたもんじゃない」


「味噌」


「分かりやすいだろ」


「はい」


 シルフィが記録する。


『改善欲による強化リスク。村側比喩、薬草倍量・味噌倍量は危険』


「それも記録するんだ」


「分かりやすいので」


     ◇


 外部対応広場で、村人たちにも二度目の報告が共有された。


 村長は、あえて短く言った。


「落ち着き布で、九歳の子が前より長く眠れた」


 その瞬間、村人たちの表情がほころんだ。


 畑の若者が「おお」と声を上げる。


 ミナは両手を握りしめた。


「よかった!」


 ぷる太が丸の木片へ寄る。


「ぷる!」


 今度は少し勢いがある丸だった。


 喜び丸。


 しかし村長は、すぐに続けた。


「だが、発熱そのものが治ったわけではない。布は治療具ではない。補助具だ」


 ぷる太は四角へ移る。


「ぷる」


 村人たちも、その動きを見て頷く。


 もう、この流れに慣れている。


 喜ぶ。


 でも、考える。


 畑の若者が言った。


「じゃあ、もう一枚作るのはまだか」


「まだだ」


 村長が答える。


「あと一回の記録を見る」


「でも、眠れてるんだろ?」


「だからこそだ」


 マルタさんが横から言った。


「効いてるかもしれない時が、一番増やしたくなるんだよ。増やしたくなる時ほど、増やさない理由を確認する」


 若者は頭をかいた。


「難しいな」


「難しいよ」


 マルタさんはあっさり言った。


「でも、アレンを守るのも、その子を守るのも、難しいことなんだよ」


 別の村人が口を開く。


「九歳の子は、増やしてほしいって言ってないのか?」


 シルフィが報告書を見ながら答えた。


「本人は、道具や人数を増やす前に聞いてほしい、と言っています」


 その一文で、村人たちの空気が変わった。


 ミナが小さく言う。


「じゃあ、勝手に増やしちゃ駄目だね」


「そうです」


 シルフィは頷いた。


「助けるためでも、本人が怖いなら確認が必要です」


「九歳でも?」


「九歳でも」


 その声は、はっきりしていた。


 門番老人が静かに言う。


「子供は物ではない」


「はい」


 シルフィは少しだけ目を伏せた。


「記録でもありません」


 その言葉に、村の空気が静かになる。


 彼女自身の過去とつながっていることを、みんなが感じたのだろう。


 ぷる太が四角の木片に体を寄せた。


 ミナがそっと言った。


「大事な四角?」


「はい」


 シルフィは微笑んだ。


「大事な四角です」


     ◇


 その日の午後、返答書の方針をまとめた。


 内容は、前回よりも少し複雑だった。


 二度目の試験結果は喜ばしい。


 ただし、追加布はまだ作らない。


 三度目の短時間試験を条件通り行い、その記録を確認してから考える。


 同時に、本人の言葉を今後も記録に含めることを求める。


 シルフィは羽ペンを走らせる。


「まず、正式文書です」


 彼女は読み上げた。


「第二回短時間試験において、症例本人の睡眠時間延長および魔力刺激緩和を示唆する申告が確認されたことを、リーフェル村側として重要な変化と受け止めます」


「うん」


「ただし、発熱改善および治療効果の断定は行わず、落ち着き布は引き続き補助具候補として扱います」


「大事ですね」


「はい」


 さらに続く。


「継続試験については、当初条件通り、同一布、同一症例、短時間、初回を含め三回までとし、第三回試験後に全記録を確認した上で、追加対応の可否を検討します」


 村長が頷く。


「よい」


「追加布、強化版、別症例への使用、アレン師匠本人の移動、直接施術については、現時点では不可とします」


 ぷる太が丸へ寄る。


「ぷる」


 マルタさんが言った。


「村側要約は?」


 シルフィは別紙に書いたものを読み上げる。


「二回目も眠れてよかった。でも、まだ増やさない。あと一回、同じ布で短く試す。本人が嫌なら止める。記録を見てから考える」


 ミナが外から顔を出した。


「分かる!」


「聞いていましたね」


「聞いてた!」


 今回は隠さなかった。


 ぷる太が丸へ寄る。


 村長も苦笑する。


「まあ、分かるならよい」


     ◇


 夕方、外部対応広場に新しい板が立った。


『喜び丸、追加四角』


 ミナが書いた文字を、門番老人が整えたものだ。


 その隣に、シルフィがもう一枚小さな板を足した。


『本人が嫌なら止める』


 この二枚は、今日の村の答えだった。


 俺はその前に立ち、しばらく眺めていた。


 喜び丸。


 追加四角。


 言葉にすると、すごく単純だ。


 でも、その単純さに救われる。


 俺の中では、喜びと焦りと不安と期待が絡まっていた。


 九歳の子が眠れた喜び。


 もっと助けたい焦り。


 強くしすぎる不安。


 次もよくなるかもしれない期待。


 それらを全部まとめて抱えると、動けなくなる。


 だから、分ける。


 喜びは丸。


 追加は四角。


 本人が嫌ならバツ。


 そうやって分ければ、少し呼吸ができる。


 シルフィが隣に来た。


「師匠」


「うん」


「今日は、追加作成したい気持ちを隠しませんでした」


「うん」


「それは、とても大事です」


「作らなかったことより?」


「同じくらい大事です」


 彼女は、外部対応広場の板を見た。


「師匠が隠してしまうと、村は止められません。言ってくれれば、みんなで四角にできます」


「みんなで四角か」


「はい」


「すごい村になったな」


「はい」


 シルフィは少し笑った。


「でも、私は好きです」


 俺も笑った。


「俺も」


     ◇


 その夜、マルタさんの鍋は少しだけ甘みがあった。


 根菜を多めに入れたからだという。


「良い報告の日だからね」


 そう言いながら、マルタさんは俺の椀に少し多めによそった。


「ただし、良い報告だからって夜更かしして布のことを考えない」


「はい」


「資料を読み返すなら、シルフィちゃんと一緒に一回だけ」


「はい」


「布を見るだけ、も駄目」


「はい」


「返事が素直すぎて怪しいね」


「信用がない」


「積み重ねだよ」


 返す言葉がなかった。


 鍋を食べながら、村人たちはエナのことを話していた。


 もちろん名前は知らない。


 村では「九歳の子」と呼んでいる。


「九歳なら、ミナより少し上か」


「眠れないのはつらいな」


「布が嫌じゃなかったなら、よかった」


「でも、勝手に増やすのは怖いよな」


「本人に聞くって、大事だな」


 そんな会話が、自然に出ている。


 俺はその会話を聞いて、胸が少し熱くなった。


 リーフェン家の資料では「第三症例」だった。


 でも、村人たちは「九歳の子」と呼び、眠れたことを喜び、怖がっていないかを気にしている。


 それだけで、何かが違う気がした。


 番号ではなく、人として扱う。


 この村では、それが当たり前になり始めている。


     ◇


 寝る前、俺は外部対応広場へ出た。


 空には雲の切れ間があり、星が少しだけ見えていた。


 井戸のそばでは、ぷる太が静かに揺れている。


「ぷる太」


「ぷる?」


「今日は、丸だったな」


 ぷる太は丸へ寄る。


「ぷる」


「でも、追加は四角」


 ぷる太は四角へ移る。


「ぷる」


「本人が嫌なら?」


 ぷる太はバツへ飛んだ。


「ぷるっ」


「完璧だ」


 俺は笑った。


 それから、外部対応広場の板を見る。


『喜び丸、追加四角』


『本人が嫌なら止める』


 明日も、この板を見るだろう。


 次の報告が来た時も。


 きっと俺はまた揺れる。


 三度目も眠れたら、もっと揺れる。


 追加布を作りたい気持ちは、今より強くなるかもしれない。


 だから、今のうちに線を引く。


 喜ぶことを禁止しない。


 助けたいことも否定しない。


 でも、追加は四角。


 本人が嫌ならバツ。


 その単純な板を見ながら、俺はゆっくり息を吐いた。


「次も、みんなで考えよう」


 ぷる太が小さく鳴いた。


「ぷる」


 その声は、夜の井戸水に静かに溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ