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無能だと追放された底辺付与術師、実は世界で唯一の【全自動・神級バフ】持ちでした 〜辺境でスローライフを送るはずが、俺が抜けて壊滅寸前の勇者パーティーが泣きついてきてももう遅い。  作者: 終焉を綴る堕天筆聖セラフィム・夜叉王院常闇寛龍


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第66話 継続試験、二度目の眠り

 リーフェン家の外縁研究館に、朝の光が差し込んでいた。


 白木の廊下は磨き上げられ、窓辺には森術で整えられた蔦が静かに揺れている。葉の一枚一枚まで均等に並んだその景色は、初めて訪れる者なら美しいと感じるだろう。


 だが、リュシアには少し息苦しく見えた。


 リーフェン家の森は、整いすぎている。


 枝の伸びる方向まで礼儀正しく、風さえ家の許可を得て吹いているように感じる時がある。


 そんなことを以前の彼女なら考えもしなかった。


 森は整えるもの。


 血は管理するもの。


 才能は記録するもの。


 それがリーフェン家の当たり前だった。


 けれど、リーフェル村を知ってから、その当たり前の縁が少しずつほつれている。


 板だらけの外部対応広場。


 井戸守りのスライム。


 薬草茶。


 木片。


 丸、バツ、四角。


 あの村は不格好だった。


 だが、あの不格好さは、人を守るためにできていた。


 リュシアは小さく息を吐き、静養室の扉の前で足を止めた。


 中から、低い声が聞こえてくる。


 ヴィオラだ。


「本日は二度目の短時間試験です。前回と同じ布を、前回と同じ位置に置きます。身体へ固定しません。嫌な感じがしたら、すぐに止めます」


 続いて、か細い声。


「今日は、少し長いですか」


「前回より少しだけです。ただし、エナが嫌ならすぐ終わります」


「……嫌じゃなかったら?」


「それでも、決めた時間で一度終わります」


 少し沈黙があった。


 それから、少女の小さなため息が聞こえた。


「大人って、すぐ終わりにします」


 ヴィオラの声に、かすかな笑みが混じった。


「良い大人は、終わりを守ります」


「悪い大人は?」


「効きそうだと思うと、長く続けようとします」


「それは、怖いです」


「だから、今日は良い大人だけで行います」


 リュシアは扉の前で、少しだけ目を伏せた。


 良い大人。


 その言葉が胸に引っかかった。


 リーフェン家は、エナにとって良い大人でいられただろうか。


 シルフィにとってはどうだっただろうか。


 考えるまでもない。


 だからこそ、今日の試験は間違えられない。


 彼女は軽く扉を叩いた。


「リュシアです」


「どうぞ」


 中へ入ると、静養室には柔らかな朝日が入っていた。


 窓には薄い布がかけられ、直接の光が寝台へ落ちないようになっている。香は焚かれていない。以前は鎮静香を使っていたが、今日は落ち着き布の反応を確かめるため、余計な刺激は避けることになっていた。


 寝台には、九歳の少女エナが横になっている。


 金茶の髪は枕の上に広がり、頬にはまだ熱の赤みがあった。


 けれど、前回よりも目がはっきりしていた。


 リュシアを見ると、エナは少しだけ首を傾げた。


「リュシア様も、見に来たんですか」


「はい。今日は記録確認も兼ねています」


「記録……」


 エナは少しだけ眉を寄せた。


 その反応に、リュシアは胸が痛む。


 記録という言葉が、彼女に安心を与えていない。


 当然だ。


 記録される子供の側からすれば、それは時に、冷たい目で見られることと同じになる。


 リュシアは一歩近づき、声を低くした。


「今日は、エナが嫌だったことも記録します」


「嫌だったことも?」


「はい。苦しかった、怖かった、やめたかった。そういうことも、大事な記録です」


 エナは瞬きをした。


「よくなったことだけじゃなくて?」


「はい。よくなったことだけを書くと、次に無理をする人が出ますから」


 ヴィオラが静かに頷いた。


「その通りです」


 エナは少し考えた後、小さく言った。


「じゃあ、今日は……あの布を置く前、ちょっと怖いです」


 リュシアはすぐに記録係へ目配せした。


 若い森術師が羽ペンを取る。


 以前の彼なら、「試験前不安あり」とだけ書いただろう。


 だが、今日は少し迷ってから、こう書いた。


『本人申告。布を置く前、少し怖い』


 エナがそれをちらりと見る。


「本当に書くんですね」


「はい」


 リュシアは微笑んだ。


「エナが言ったことですから」


 少女は、小さく頷いた。


     ◇


 二度目の試験は、前回と同じ条件で始まった。


 落ち着き布は、寝台のすぐ横にある木台の上へ置かれる。


 身体には触れない。


 固定もしない。


 距離は前回と同じ。


 部屋の温度、窓の開き具合、周囲の魔力濃度も記録される。


 ヴィオラは砂時計を置き、静かに告げた。


「開始します」


 布は、やはり光らなかった。


 何の劇的な変化もない。


 ただの厚手の白布に見える。


 若い森術師の一人、ノルドは、その控えめすぎる反応に未だ納得していない顔をしていた。


 だが、今日は口を挟まなかった。


 前回、ヴィオラに強く止められたからだ。


 エナは、最初は目を開けていた。


 布を見る。


 ヴィオラを見る。


 リュシアを見る。


 それから、天井を見る。


「どうですか」


 ヴィオラが尋ねる。


「まだ、分かりません」


「嫌な感じは?」


「ないです」


「葉っぱの声は?」


 エナは目を閉じた。


 しばらく黙る。


 部屋に、砂時計の砂が落ちる微かな音だけがあった。


「遠くは……まだないです」


「はい」


「でも、近くでもない」


 ヴィオラの目が動く。


「前回と比べて?」


「前回は、置いたらすぐ、ちょっと遠くなった気がしました。今日は……最初から、少しだけ静かかも」


「試験前から?」


「はい。昨日の夜、少し眠れたからかもしれません」


 リュシアは記録係へ視線を向ける。


 記録係は、今度は迷わず書いた。


『本人申告。前回後の睡眠により、試験前から刺激感やや低下の可能性』


 ヴィオラが小さく頷く。


「よい観察です。エナ、よく教えてくれました」


 エナは少し照れたように、布団の端を握った。


「私も、記録する側ですか」


 リュシアは息を呑んだ。


 その言葉は、シルフィの言葉と重なった。


 私は記録されるだけの存在ではありません。


 エナはその場にいなかった。


 シルフィのこともよく知らない。


 けれど、同じ場所へ少しだけ手を伸ばした。


 ヴィオラは、とても丁寧に答えた。


「はい。エナの体のことは、エナが一番近くで見ています。だから、あなたの言葉は大事な記録です」


「じゃあ……布を置くと、胸のあたりが少し楽です。でも、治った感じじゃないです」


「そのまま記録します」


 若い森術師が書く。


『本人申告。胸部の圧迫感やや軽減。ただし治癒感ではない』


 エナは満足したように目を閉じた。


     ◇


 試験開始からしばらく経つと、エナの呼吸が少しずつ深くなった。


 前回より早い。


 発熱はまだある。


 額に触れずとも、頬の赤みで分かる。


 それでも、呼吸は荒れていない。


 ヴィオラは魔力流を確認しながら、声を潜めた。


「魔力逆流の小さな波が、布の近くで少し弱まっています」


 ノルドが身を乗り出す。


「では、やはり布が干渉しているのですね」


「干渉という言葉は強すぎます。緩衝、とした方が近い」


「緩衝……」


「魔力の波を止めているのではありません。受け止めて、鋭さを減らしている」


 リュシアは、すぐにその表現を記録に加えさせた。


『推定。魔力逆流の波に対し、停止ではなく緩衝に近い反応』


 ノルドの目に、研究者としての熱が宿る。


「もしこれを複数枚用意して部屋の四隅に配置すれば、より安定した緩衝場を作れるのでは」


「ノルド」


 ヴィオラの声が低くなる。


 ノルドは、はっとしたように口を閉じた。


 だが、もう言葉は出ていた。


 リュシアはそれを見逃さなかった。


「今の発言も記録してください」


 記録係が少し戸惑う。


「リュシア様、それは試験中の雑談では」


「試験中に出た追加使用案です。記録してください」


 ノルドが不満げに言う。


「正式提案ではありません」


 リュシアは静かに返した。


「正式提案でないからこそ、今は記録に留めます。実施はしません」


 ヴィオラも頷いた。


「複数配置は、条件外です。今日の試験では行いません」


「……承知しました」


 ノルドは悔しそうに引き下がった。


 悪意ではない。


 それはリュシアにも分かる。


 彼は本気で、この布の可能性に興奮している。


 だから危ない。


 善意と研究熱が混ざった時、人は条件を「少しだけ」越えたくなる。


 リーフェル村が何度も警戒していたものが、今まさに目の前にあった。


     ◇


 エナは、そのやり取りを半分聞いていたらしい。


 目を閉じたまま、小さく言った。


「増やすのは、今日は嫌です」


 部屋の全員が彼女を見た。


 ノルドは少し気まずそうな顔をする。


 ヴィオラはすぐに頷いた。


「増やしません」


「この一枚だけなら、平気です」


「はい。一枚だけです」


「前の検査は、途中で人が増えて、道具も増えて、声も増えました」


 エナの声は眠そうだった。


 でも、その言葉ははっきりしていた。


「そうすると、葉っぱの声も、人の声も、全部近くなって、頭がいっぱいになります」


 リュシアは唇を結んだ。


 記録係は羽ペンを止めていた。


 リュシアは、低い声で言う。


「書いてください」


「はい」


『本人申告。過去検査では、人数・道具・声の増加により刺激過多。頭がいっぱいになる感覚あり。今回、一枚のみなら平気』


 ヴィオラはエナの寝台のそばへ腰を下ろした。


「教えてくれてありがとう」


「言ってよかったですか」


「もちろん」


「じゃあ、今度から、増やす前に聞いてください」


「必ず聞きます」


 ヴィオラはそう言った。


 それは単なる慰めではなかった。


 この場の正式な約束になった。


 リュシアは記録係にうなずく。


『今後、道具・人数・刺激を増やす場合、事前に本人確認を行う。ヴィオラ承認』


 ノルドは、少し気まずそうに目を伏せていた。


 リュシアは彼を責めなかった。


 ただ、記録した。


 記録されることは、時に罰より効く。


     ◇


 試験開始から半刻が近づいた頃、エナは眠りに落ちた。


 前回よりも自然だった。


 急に力尽きるような眠りではない。


 目を閉じたまま、呼吸がゆっくりになり、指先のこわばりが少しずつ抜けていく。


 ヴィオラは砂時計を見た。


「予定時間です。布を離します」


 ノルドが口を開きかけた。


 だが、何も言わなかった。


 自分で止めたのだろう。


 リュシアは、それを見た。


 ヴィオラがそっと布を木台ごと寝台から離す。


 エナは眠ったままだった。


 全員が息を潜めて見守る。


 布を離しても、すぐに目覚めることはなかった。


 呼吸は少し揺れたが、乱れなかった。


 ヴィオラは記録係へ小声で言った。


「布を離した後も、睡眠継続。呼吸、大きな乱れなし」


 リュシアの胸に、じんわりと熱が広がる。


 よかった。


 思わずそう言いそうになった。


 だが、ここでは言わない。


 喜びは後で。


 今は観察。


 それでも、目元が少し緩むのは止められなかった。


 エナは、そのまま一刻近く眠った。


 前回の倍に近い。


 発熱は残る。


 魔力回路が治ったわけではない。


 しかし、眠った。


 うわ言も少なかった。


 途中で一度、小さく「静か」と呟いただけだった。


     ◇


 試験後の整理室で、ヴィオラは報告書を作成した。


 ノルドを含む若い森術師たちも同席している。


 空気は熱を帯びていた。


 だが、ヴィオラの声は冷静だった。


「結論。落ち着き布試作品二号は、第三症例に対し、短時間使用において魔力刺激の緩和、呼吸の安定、睡眠時間の延長を示した可能性があります」


 ノルドがすぐに言う。


「可能性、ですか。今回は前回より明らかに」


「可能性です」


 ヴィオラは言い切った。


「二回です。しかも同じ症例、同じ布、短時間。効果ありと断定するには足りません」


「しかし、有望ではあります」


「それは書きます」


 ヴィオラは羊皮紙へ視線を戻す。


「『補助具として有望』。この表現ならよいでしょう」


 ノルドは少しだけ満足したようだった。


 しかし、すぐに次の言葉を出す。


「では、追加布の検討を早めるべきです。あと一回の試験を待つより、並行して作成依頼を――」


「待ちなさい」


 ヴィオラの声が鋭くなった。


「リーフェル村側との条件では、初回を含め三回まで。その記録を確認後、次を検討することになっています」


「ですが、作成には時間が」


「条件を破って急いだ結果、二枚目が来なくなれば意味がありません」


「こちらは症例のために」


「症例のためなら、本人の言葉を聞きなさい」


 ヴィオラの言葉に、ノルドは黙った。


「エナは、今日は一枚だけなら平気と言いました。増やす前に聞いてほしいとも言いました。それを無視して追加配置や複数布を考えるなら、それは症例のためではなく、あなたの研究熱のためです」


 部屋が静かになる。


 ノルドの顔が赤くなった。


 怒りではなく、恥に近い赤さだった。


「……失礼しました」


「気持ちは分かります」


 ヴィオラは少し声を和らげた。


「私も、もっと試したい。別の配置も見たい。他の症例にも使えるか確かめたい。けれど、だからこそ止まるのです」


 リュシアは、その言葉を聞きながら思った。


 リーフェル村の四角は、ここにも少しずつ根を下ろしている。


 まだ浅い。


 すぐ抜けるかもしれない。


 それでも、根は出ている。


     ◇


 報告書には、慎重な表現が選ばれた。


『第二回短時間試験において、前回より長い睡眠を確認』


『発熱そのものに大きな変化はなし』


『魔力刺激の緩和を示唆する本人申告あり』


『本人より、道具や人数を増やす前に確認してほしいとの申告あり』


『補助具として有望。ただし治療効果の断定不可』


『条件通り、第三回短時間試験の実施を希望』


 その横で、ノルドは別の紙に何かを書いていた。


 リュシアは気づいていた。


 彼だけではない。


 若い森術師たちの間に、明らかに熱が生まれている。


 落ち着き布は、もはや小さな補助具ではなくなりつつあった。


 彼らの目には、新しい森術治療体系の鍵に見えている。


 それ自体は悪いことではない。


 だが、鍵を欲しがるあまり、扉ごと壊そうとする者が出るかもしれない。


 リュシアは、その危険を感じていた。


 ヴィオラも同じらしい。


 報告書を書き終えた後、彼女はリュシアへ小声で言った。


「熱が上がっていますね」


「はい」


「エナの熱ではなく、研究館の熱です」


「危険ですね」


「ええ。落ち着き布が必要なのは、あの子だけではないかもしれません」


 リュシアは一瞬、意味が分からなかった。


 ヴィオラは、若い森術師たちの背中を見る。


「研究者の熱も、少し落ち着かせたいものです」


 リュシアは小さく笑いそうになった。


 だが、笑えなかった。


 あまりに的確だったからだ。


     ◇


 夕方、エルドランの執務室に報告が上がった。


 今回は、リュシア、ヴィオラ、セラド、ノルドも同席した。


 ノルドの同席は、本人が強く希望したからだ。


 エルドランは報告書を読み、目を細める。


「前回より長く眠ったか」


「はい」


 ヴィオラが答える。


「ただし、発熱そのものは大きく変わっていません。治療効果と断定する段階ではありません」


「だが、有望」


「補助具としては」


「便利な言い方だな」


「正確な言い方です」


 エルドランは、報告書の別欄を見た。


「本人申告。増やす前に聞いてほしい、か」


「はい」


「九歳の子供の言葉まで、正式記録に入れるのか」


 リュシアが答えた。


「入れるべきです」


「理由は」


「その子が試験対象本人だからです」


 エルドランは黙った。


 セラドが少しだけ口元を上げる。


「リーフェル村的には、かなり丸の発言ですね」


 エルドランが睨む。


「その言い方をやめろ」


「失礼」


 ノルドが、我慢できないように口を開いた。


「当主代理。二度の試験で反応が確認されました。私は、追加布の作成依頼を早急に行うべきだと考えます」


 ヴィオラの眉が動く。


 リュシアも、わずかに息を止めた。


 ノルドは続ける。


「もちろん、条件を無視する意図はありません。しかし、作成依頼だけでも先行できれば、三回目の結果が出た時にすぐ次へ進めます。九歳症例だけでなく、十一歳、十三歳の症例にも応用の可能性があります」


 エルドランは黙って聞いていた。


 その目には、興味があった。


 セラドは横から言う。


「作成依頼だけでも、村側からは圧力と取られる可能性があります」


「圧力ではありません。準備です」


 ノルドが返す。


「そういう言い換えを、リーフェル村は嫌います」


「では、いつまで待てばよいのですか」


 ノルドの声には焦りがあった。


「症例は苦しんでいます。私たちは可能性を見つけた。なのに、村の四角だの条件だのを待っている間に、救える機会を逃すかもしれない」


 言葉そのものは、強い。


 そして、間違いだけではない。


 だから危険だった。


 リュシアは静かに言った。


「ノルド殿。その言葉をそのままアレン殿に向ければ、彼はきっと苦しみます」


「それは」


「そして、苦しんだ彼が無理をすれば、次の支援は続かなくなります」


 ヴィオラも続ける。


「急ぐことで救えるものもあります。しかし、急ぎ方を間違えれば失います」


 ノルドは唇を噛んだ。


 納得していない。


 けれど、反論もすぐには出てこない。


 エルドランは、そこでようやく口を開いた。


「三回目までは条件通り進める」


 部屋の全員が彼を見る。


「その後、追加布一枚の正式依頼を検討する。ただし、九歳症例に限定。強化版ではなく同等品。これは、条件内の依頼として出せるはずだ」


 セラドが頷く。


「それなら通る可能性があります」


 ノルドは不満そうだった。


「他の症例は」


「今は出さない」


 エルドランは言った。


「出せば村が閉じる。まず一枚だ」


 リュシアは、少しだけ安堵した。


 エルドランは欲を捨てたわけではない。


 ただ、通る道を選んだだけだ。


 それでも、今はそれでいい。


 条件を守る形に留まった。


 それが重要だった。


     ◇


 その夜、リュシアは静養室を訪れた。


 エナは、まだ眠っていた。


 二度目の試験後、夕方に少し目を覚まし、水を飲み、ヴィオラに「今日は葉っぱがうるさくなかった」と言ったらしい。


 それからまた、短く眠った。


 発熱は残っている。


 頬はまだ赤い。


 それでも、顔のこわばりは少し緩んでいた。


 リュシアは寝台の横に座り、小さく囁いた。


「よかったですね」


 答えはない。


 眠っているのだから当然だ。


 けれど、その沈黙は悪い沈黙ではなかった。


 静かな眠りの沈黙だった。


 窓の外には、整えられた森が広がっている。


 その森の向こうに、リーフェル村がある。


 今頃、アレンは何をしているだろう。


 シルフィは、この報告をどう読むだろう。


 ぷる太は丸を出すだろうか。


 それとも、喜び丸、追加四角だろうか。


 リュシアは、小さく笑った。


 自分の中に、リーフェル村の言葉が増えている。


 それは少しおかしく、少し温かく、そして少し怖いことだった。


 リーフェン家の中にも、変化が入り込んでいる。


 落ち着き布は、エナの夜を少し静かにした。


 同時に、研究館の熱を上げた。


 眠りと火種。


 その両方を生んでいる。


 リュシアは、眠るエナを見つめながら、静かに誓った。


 この子の眠りを、誰かの欲で乱させない。


 そのためには、リーフェン家の中でも四角を示し続けなければならない。


 彼女は胸元の記録札に触れた。


 そして、誰にも聞こえない声で呟いた。


「次も、条件通りに」


 森の夜は静かだった。


 けれど、その静けさの奥で、次のざわめきが確かに育っていた。

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