第63話 リーフェン家、修正覚書と試作品案に困惑する
リーフェン家の執務室に、王都経由の封書が届いた。
封蝋は三つ。
王国騎士団。
王都冒険者ギルド。
そして、リーフェル村。
リーフェル村の封蝋は、相変わらず質素だった。格式ある紋章ではない。葉と丸を組み合わせた、小さな印である。
エルドラン・リーフェンは、その封を見た瞬間から不機嫌だった。
机の上には、すでに会議初日の記録が置かれている。
シルフィの過去記録提示に関する条件追加。
アレンへの症例提示に関する持ち帰り検討。
リュシアの会議進行への異議。
そして、署名されずに持ち帰られた覚書案。
あの日の会議は、表向きは成功だった。
リーフェル村側は会議場に来た。
話し合いは成立した。
症例資料を持ち帰らせた。
関係継続の入口も作った。
だが、エルドランにとっては、まったく満足できるものではなかった。
アレンは何も約束しなかった。
シルフィは戻らなかった。
世界樹の情報も出なかった。
付与術の実演もなかった。
そして、リーフェン家が用意した覚書案は、署名どころか、赤だらけになって戻ってきた。
文官セインが慎重に封を開ける。
「リーフェル村側より、修正覚書案および安定付与布試作品に関する提案書が届いております」
「読め」
エルドランの声は低かった。
セインは一礼し、羊皮紙を広げた。
まず出てきたのは、覚書案だった。
ただし、それはリーフェン家が出したものとは別物になっていた。
題名からして変わっている。
『森術症例資料に関する安全性検討手順案』
エルドランの眉が動いた。
「覚書ではないのか」
セラド法務官が横から覗き込む。
「……なるほど。『継続的知見共有』という言葉を外してきましたね」
「なぜだ」
「範囲が広すぎるからでしょう。こちらが森術と付与術全般の情報共有へ広げる余地を、最初の題名で潰しています」
セラドは、少しだけ楽しそうだった。
エルドランはその表情が気に入らなかった。
「楽しそうだな」
「失礼。法務文書として興味深いだけです」
「こちらが押されているのにか」
「押されているからこそ、興味深いのです」
セラドは悪びれずに言った。
セインが続けて読み上げる。
「リーフェル村側は、リーフェン家より正式提出された症例資料について、安全性と実施可能性を検討する。ただし、本手順案は、アレン本人の移動、直接施術、付与術実演、研究協力、世界樹情報の提供を約束するものではない」
部屋の空気が冷えた。
森術師の一人が顔をしかめる。
「最初からここまで拒否を並べるとは」
セラドが肩をすくめる。
「拒否というより、境界線ですね」
「同じことではないか」
「違います。拒否だけなら対話は終わります。境界線なら、その内側での提案は受ける余地があります」
エルドランは書面を手に取った。
そこには、シルフィの筆跡があった。
整っている。
だが、リーフェン家式の硬さとは違う。
ところどころに、王国騎士団とギルドの確認文言が入っている。
そして、余白には別紙として「村側要約」が添えられていた。
エルドランはそれを見て、目を細めた。
「これは何だ」
セインが少し困った顔で読む。
「村側要約、とのことです」
「要約?」
「はい。ええと……『リーフェン家から紙が来たら、まず読む。すぐ約束しない』」
森術師たちの何人かが沈黙した。
セラドだけが、口元を押さえた。
笑いをこらえている。
エルドランは冷たい目を向けた。
「続けろ」
「はい。『助けるかどうかは、村で相談して決める』『アレンを呼び出さない。夜中に連れていかない』『できることだけ、紙で返す』『世界樹、ぷる太、村の井戸のことは話さない』『次の会議は、何を話すか、誰が行くか、いつ終わるか決めてから』『嫌ならバツ。分からないなら四角』」
読み終えた瞬間、部屋には何とも言えない沈黙が落ちた。
森術師の一人が、呆れたように言う。
「これは、子供向けの注意書きですか」
リュシアが静かに答えた。
「違います。村全体で共有するための要約です」
森術師はリュシアを見る。
「リュシア殿は、これを評価するのですか」
「はい」
リュシアは迷わず言った。
「非常に強い文書です」
エルドランの視線が彼女へ向く。
「強い?」
「はい。正式文書だけでなく、村人が理解できる言葉に直している。つまり、リーフェル村では一部の代表者だけでなく、村全体が条件を把握します」
リュシアは、村側要約の一文を指した。
「『アレンを呼び出さない。夜中に連れていかない』。この一文が村で共有されれば、こちらが緊急性を理由に使者を出しても、村の入口で止まります」
セラドが頷く。
「その通りです。法務官として見るなら、非常に厄介です。正式文書で縛り、村側要約で運用を固定している」
「運用?」
「文書は、読まれなければ意味がありません。彼らは読まれる形に直している。これが厄介なのです」
エルドランは羊皮紙を机に置いた。
「リーフェル村ごときが」
その声には怒りがあった。
だが、セラドは淡々と言った。
「その『ごとき』で失敗しました。ドラン商会も、ガリオン男爵家も、我々の初回使者団も」
部屋が静かになる。
エルドランの目が鋭くなる。
セラドは一礼した。
「失礼。しかし事実です」
「……続けろ」
◇
覚書案の修正内容は、ことごとくリーフェン家側の余地を狭めていた。
『協力』は『安全性検討』に変えられていた。
『可能な限り』は『リーフェル村側が安全かつ可能と判断した範囲』になっていた。
『緊急時には速やかに』は、『王国騎士団および冒険者ギルドを通じ、文書で追加資料を送付する』へ変えられていた。
『必要に応じて追加会議』は、『議題、参加者、場所、時間、終了条件を事前に定めた場合に限り検討』となっている。
セラドは一つ一つ確認しながら、感心したように呟いた。
「いや、本当に丁寧です」
「どこがだ」
エルドランが冷たく言う。
「こちらの曖昧な言葉を、すべて具体化しています。しかも、完全拒否ではありません。検討はする。資料は読む。文書で返す。安全なら一部試す。だから、こちらは拒みにくい」
森術師の一人が苛立った声を出す。
「こちらの研究が、辺境村の都合で遅れるではありませんか」
リュシアがその森術師を見た。
「研究ではなく、症例のためではなかったのですか」
森術師は言葉に詰まった。
エルドランの目がリュシアへ向く。
「リュシア」
「失礼しました」
彼女は頭を下げた。
だが、言葉を取り消したわけではなかった。
年配の女性森術師ヴィオラが、静かに口を開いた。
「私は、この修正案に一定の価値があると思います」
エルドランが彼女を見る。
「ヴィオラまでそう言うのか」
「はい。症例を扱う者として申し上げます。曖昧な協力関係より、条件の明確な検討手順の方が、患者にとっても安全です」
「患者?」
「資料に記された子供たちのことです」
ヴィオラの声は静かだったが、芯があった。
「あの子たちは、研究材料ではありません。こちらが本当に改善を望むなら、リーフェル村側が安心して検討できる形を受け入れる方がよい」
セラドが頷く。
「正論ですね」
「正論ばかりでは物事は進まん」
エルドランが言う。
ヴィオラは、わずかに目を細めた。
「正論を無視して進めた結果、シルフィ様を失敗例として保存し続けたのではありませんか」
部屋が凍った。
リュシアも息を止める。
セラドでさえ、少しだけ目を見開いた。
エルドランは、ゆっくりとヴィオラを見た。
「言葉を選べ」
「選んでおります」
ヴィオラは一歩も引かなかった。
「私は、会議場でシルフィ様が語られた言葉を聞きました。過去記録は必要です。しかし、過去記録だけで人を定義するのは間違いです」
「それは会議で確認した」
「では、確認した通りに扱うべきです」
ヴィオラは、修正覚書案を見た。
「リーフェル村は、そのための手順を出してきました。面白くはないでしょう。しかし、患者を救う道としては、悪くありません」
◇
次に、安定付与布の提案書が開かれた。
エルドランは、その題名を見るなり眉をひそめた。
『低刺激安定付与布・試作品に関する安全性検討報告』
その下に、括弧書きで別名がある。
『村側名:落ち着き布』
セラドが、ついに少し笑った。
「落ち着き布」
「笑うな」
エルドランが睨む。
「失礼。しかし、実にリーフェル村らしい」
セインが本文を読む。
「本試作品は、治療具ではなく、不調時の補助具候補である。症状の治癒、魔力回路の修復、森術適性改善を保証するものではない」
ヴィオラが身を乗り出した。
「続けてください」
「はい。一回目の布試験では魔力集中が強く、使用禁止。二回目の厚手布試験では低刺激の魔力緩和反応を確認。人体接触なし。三回目は魔力滞留を助長する恐れがあり使用禁止。四回目は二回目に近い低刺激反応を確認。二号および四号を試作品候補として保管」
ヴィオラの顔つきが変わった。
研究者の顔だった。
「失敗例も記録している」
「そのようです」
セインが別紙を出す。
そこには、試験ごとの反応が細かく書かれていた。
強すぎた布。
効果が弱い布。
魔力を集めすぎた布。
低刺激の反応を示した布。
それぞれに、シルフィ、村長、マルタ、ぷる太、クラウディア、マリナの確認印やコメントがある。
エルドランは、ぷる太の項目で目を止めた。
「ぷる太判定、とは何だ」
セインが読み上げる。
「ええと……二号布、ぷる太判定『丸寄り四角』。三号布、ぷる太判定『バツ』。強すぎ布、ぷる太判定『完全バツ』」
森術師の一部が困惑した顔をする。
しかし、ヴィオラは真面目だった。
「そのスライムは、魔力刺激に反応するのですか」
リュシアが答える。
「正確な仕組みは不明ですが、リーフェル村では危険反応の早期確認役として機能しています。少なくとも、村人たちはその判定を重視しています」
セラドが言う。
「法務的には奇妙ですが、運用としては侮れません。ぷる太判定がバツなら、村は止まる。つまり、アレン殿も止まる」
エルドランは不快そうに息を吐いた。
「スライム一匹に、どれほど左右されるのだ」
「おそらく、我々が思う以上に」
セラドはあっさり言った。
ヴィオラは提案書を読み進めていた。
「使用条件も厳しいですね。直接縫いつけない。枕元または寝台脇に置く。短時間から。異常時即停止。改善しても量産不可。追加使用は別途検討」
「慎重すぎる」
若い森術師が言った。
ヴィオラは首を横に振った。
「いいえ。初回試験としては妥当です」
「しかし、この程度の布でどれほど効果があるか」
「それを確かめるのです」
ヴィオラはきっぱり言った。
「劇的な治療を期待する段階ではありません。九歳の症例については、夜間の睡眠改善が少しでも見られれば価値があります」
エルドランが言う。
「本人を呼ばず、物だけ送る形では情報が足りん」
リュシアが静かに口を開いた。
「だからこそ、安全です」
全員が彼女を見る。
リュシアは、今度は怯まなかった。
「アレン殿本人を呼べば、リーフェル村側は警戒します。直接施術を求めれば、条件違反に近づきます。しかし、付与済みの布を試すだけなら、本人を拘束できません。村側にとっても、リーフェン家側にとっても、最初の一歩としては現実的です」
エルドランは冷たい声で言った。
「お前は完全にあの村の代弁者だな」
「いいえ」
リュシアは答えた。
「症例の子供たちにとって、現実的な道を申し上げています」
セラドが、少しだけ口元を上げた。
「リュシア殿の言う通りです。当主代理。ここで不満を見せすぎると、こちらの目的が『症例改善』ではなく『アレン殿本人の確保』だと透けます」
エルドランの視線がセラドへ移る。
「言葉を選べと言ったはずだ」
「選んでおります」
「流行っているのか、その返事は」
セラドは肩をすくめた。
「事実が同じなので、返事も似るのでしょう」
◇
提案書の末尾には、リーフェル村側からの条件が並んでいた。
一、試作品は一枚のみ。
二、対象は九歳の症例に限定。
三、使用は枕元または寝台脇。身体への固定は禁止。
四、初回は短時間。
五、発熱、睡眠、意識状態、魔力反応を記録。
六、異常時は即停止。
七、改善が見られても、量産や追加依頼は別途協議。
八、試験結果を理由に、アレン本人の移動、直接施術、追加付与を求めない。
九、記録は王国騎士団および冒険者ギルドにも共有する。
エルドランは最後の条件で眉を寄せた。
「こちらの記録を王国とギルドへ出すのか」
セラドが答える。
「症例名を伏せた形なら、会議条件上問題ありません。むしろ、最初からその形で資料がやり取りされています」
「リーフェン家内部の治療記録だぞ」
ヴィオラが言った。
「今回に限っては、外部付与具の試験記録でもあります。共有しなければ、リーフェル村側は次を検討できません」
「次を検討する前提か」
「改善すれば、必要になるでしょう」
「改善すればな」
エルドランは不機嫌そうに言った。
だが、その声音には少しだけ別のものも混じっていた。
興味。
期待。
そして、警戒。
もし、この布が本当に効果を示したら。
アレンの価値は、さらに上がる。
リーフェル村の条件は厄介だが、同時に、そこに道があることも示している。
利用されない形で協力する。
それは、リーフェン家にとって非常に扱いづらい。
だが、正面から拒めない。
なぜなら、そこには症例改善の可能性があるからだ。
セラドは、まるでエルドランの思考を読んだように言った。
「村側は、利用されない協力を覚えました」
「……」
「本人を差し出さない。情報を渡しすぎない。しかし、完全拒否でもない。困りましたね」
「困っているようには聞こえない」
「分析しているだけです」
「お前の分析は、時々腹が立つ」
「法務官ですので」
◇
会議は長引いた。
若い森術師たちは不満を示した。
もっと詳細な付与術の説明を求めるべきだ。
布だけでは不十分だ。
アレン本人を一度招く方法を再検討すべきだ。
それらの声に対し、ヴィオラは何度も首を横に振った。
「今それを求めれば、村は閉じます」
「しかし」
「閉じた村からは、布一枚も出ません」
その一言は強かった。
リュシアも続けた。
「リーフェル村は、完全拒否ではなく条件付きの提案をしてきています。ここで条件を破る要求を重ねれば、こちらの方が不利になります」
セラドが補足する。
「王国騎士団とギルドも見ています。特にグラウス副団長は、こちらの無理な動きを警戒しています。ドラン商会の件以降、リーフェル村への圧力は記録されやすい」
エルドランは、しばらく黙っていた。
そして、低く言った。
「では、どうする」
セラドが答える前に、ヴィオラが言った。
「九歳の症例で、試作品を受け入れるべきです」
エルドランが彼女を見る。
「効果がなければ?」
「それも記録になります」
「効果があれば?」
「症例にとっては救いです」
「リーフェン家にとっては?」
ヴィオラは少し黙った。
そして、正直に答えた。
「アレン殿の価値を、より強く認識することになります」
「つまり、手放せなくなる」
「今でも手元にはありません」
ヴィオラの言葉に、部屋の空気がまた変わった。
手元にはない。
その通りだった。
アレンはリーフェン家にいない。
リーフェル村にいる。
リーフェン家がどれほど価値を認めても、本人を動かせない。
それが現実だ。
セラドが静かに言った。
「当主代理。まずは布です。布一枚の試験を受け入れる。その結果を見てから、次の手を考えましょう」
「次の手」
「はい。ただし、これまでのような圧力ではなく、条件の内側で」
リュシアが少しだけ目を細めた。
「条件の内側であることが重要です」
エルドランは彼女を一瞥した。
「分かっている」
その声は、分かっていない人間の声ではなかった。
分かっているが、面白くない。
そんな声だった。
◇
最終的に、リーフェン家は返答書を作ることになった。
修正覚書案は、全面受諾ではない。
一部表現について再調整を求める。
ただし、安全性検討手順という基本方針は受け入れる。
安定付与布については、九歳の症例に限り、初回短時間試験を受け入れる。
使用条件、記録共有、異常時停止も認める。
ただし、試作品は王国騎士団およびギルド立会いのもとで受領する。
セインが文書を書き始める。
セラドが表現を整える。
ヴィオラが医療面の条件を追加する。
リュシアは、最後に一文を提案した。
「『本試験は、アレン殿本人の移動および直接施術を求めるものではない』と明記してください」
エルドランの手が止まる。
「こちらから入れる必要があるのか」
「あります」
リュシアは答えた。
「それを入れれば、リーフェル村側は安心します。入れなければ、警戒します」
セラドが頷いた。
「私も入れるべきだと思います。ここで渋る意味はありません」
「意味ならある。不愉快だ」
「不愉快でも、実務上は有効です」
エルドランは、しばらく黙っていた。
やがて、短く言った。
「入れろ」
セインが書き加える。
リュシアは、誰にも見えないほど小さく息を吐いた。
◇
会議が終わった後、リュシアは廊下でヴィオラに声をかけられた。
「リュシア殿」
「はい」
「あなたは、あの村をどう見ていますか」
リュシアは少し考えた。
窓の外には、整えられたリーフェン家の森が広がっている。
美しい。
静か。
だが、今日の彼女には、リーフェル村の外部対応広場の方が鮮やかに思い出された。
板だらけの広場。
ぷる太の桶。
マルタの茶。
シルフィの木札。
アレンの四角。
「不格好な村です」
リュシアは答えた。
ヴィオラは少し意外そうにした。
「不格好?」
「はい。文書も、言葉も、仕組みも、洗練されてはいません。でも、人を守るために作られています」
「リーフェン家の仕組みは?」
リュシアは、すぐには答えなかった。
その沈黙だけで、ヴィオラには伝わったらしい。
「なるほど」
「ヴィオラ様は、落ち着き布に効果があると思いますか」
「分かりません」
ヴィオラは正直に答えた。
「ただ、危険を避けながら試す価値はあります。九歳の症例は、眠れない夜が続いています。完治でなくとも、夜に少し眠れるなら、それだけで意味がある」
「そうですね」
「リーフェル村は、それを分かっているのでしょうか」
「はい」
リュシアは言った。
「だからこそ、あれだけ条件をつけたのだと思います」
助けたい。
でも、利用されたくない。
助ける。
でも、渡しすぎない。
リーフェル村の答えは、不格好だ。
だが、少なくとも今のリュシアには、リーフェン家の美しい文書より信じられる部分があった。
◇
その日の夕方、リーフェン家からの返答書が王都経由で送られることになった。
エルドランは封蝋を押しながら、低く言った。
「布一枚で、ここまで回りくどいとはな」
セラドが答える。
「布一枚だからこそです」
「どういう意味だ」
「小さなものほど、扱いを間違えた時の言い訳が効きません。布一枚を強引に求めた、布一枚の条件を破った。そう記録されれば、こちらの信用は大きく落ちます」
「また記録か」
「はい。彼らは記録します」
エルドランは、封書から手を離した。
「リーフェル村は、厄介だな」
「はい」
セラドは微笑んだ。
「非常に」
「褒めているように聞こえる」
「半分は」
エルドランは答えなかった。
ただ、窓の外の森を見た。
整えられた森。
自分たちが管理してきた森。
そこから離れた辺境の村が、今、リーフェン家の手順を変えようとしている。
その事実は不愉快だった。
だが、同時に無視できない。
落ち着き布。
不格好な名前の、弱い補助具。
それが本当に症例へ効果を示した時、物語はまた動く。
エルドランは、封書をセインへ渡した。
「送れ」
「はい」
「それから、ヴィオラ」
「はい」
「九歳の症例の状態を、改めて整理しておけ。布を使うなら、記録に不備は許さん」
「承知しました」
ヴィオラは深く頭を下げた。
リュシアは、その横で静かに目を伏せた。
どうか、少しでも眠れますように。
その祈りは、リーフェン家の者としてではなく、一人の人間としてのものだった。




