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無能だと追放された底辺付与術師、実は世界で唯一の【全自動・神級バフ】持ちでした 〜辺境でスローライフを送るはずが、俺が抜けて壊滅寸前の勇者パーティーが泣きついてきてももう遅い。  作者: 終焉を綴る堕天筆聖セラフィム・夜叉王院常闇寛龍


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第44話 リーフェル村、会議参加の条件を作る

 朝のリーフェル村は、いつもより少し真面目な顔をしていた。


 いや、村に顔があるわけではない。


 けれど、そう感じた。


 畑へ向かう若者たちも、井戸端で水を汲む女たちも、薪を割る男たちも、いつも通りの仕事をしている。ミナたち子供も、ぷる太の前で丸と四角とバツの木片を並べている。


 それでも、空気の端に、昨日届いた招待状の気配が残っていた。


 森術学術会議。


 リーフェン家からの、丁寧すぎる招待。


 参加は任意。


 王国側立会人も認める。


 記録も可能。


 身柄拘束や帰還強制を目的としない。


 書かれていることだけを見れば、前回の使者団よりずっとまともだった。


 けれど、まともに見えるものほど、慎重に扱わなければならない。


 それを、俺たちはもう知っている。


 村長の家には、朝から人が集まっていた。


 村長。


 シルフィ。


 クラウディア。


 マルタさん。


 門番老人。


 そして俺。


 机の上には、リーフェン家からの招待状、その写し、昨日の会議メモ、王国騎士団の共同確認書、村の外部対応ルールが並んでいる。


 ぷる太も小さな水鉢に入って参加していた。


 水鉢の横には、丸、バツ、四角の木片。


 三角は薬の時だけなので、今日は不在である。


「では、始める」


 村長が杖を机の横に立てかけた。


「今日決めるのは、招待を受けるかどうかではない」


 俺は顔を上げた。


「違うんですか?」


「違う」


 村長は短く言った。


「まず決めるべきは、参加を検討するための条件だ。条件を出し、それに向こうがどう返すかを見る。それまでは、参加も不参加も決めん」


「四角ですね」


 俺が言うと、ぷる太が四角の木片に体を寄せた。


「ぷる」


 村長は真面目に頷いた。


「そうだ。今日は四角の会議だ」


 マルタさんが少し笑った。


「四角の会議って、変な響きだねぇ」


「でも、今の村には大事な響きです」


 シルフィが言った。


 彼女の前には、すでに白い羊皮紙が用意されている。


 今日の条件書を書くためのものだ。


 字を書く前のシルフィは、いつも少しだけ表情が変わる。


 怖がっているわけではない。


 むしろ、静かに剣を抜くような顔になる。


 羽ペンが彼女の武器なのだと思う。


「まず、大前提です」


 シルフィは羽ペンを手に取った。


「森術学術会議への参加を検討するにあたり、アレン師匠および私の身柄の自由を保証すること。会議中、会議後を問わず、拘束、隔離、帰還強制、研究施設への移動強制を行わないこと」


「まずはそれだな」


 クラウディアが頷いた。


「言葉はもう少し法的に整えましょう。『本人の明確な同意なく、滞在場所の変更、身体検査、魔力検査、研究協力、移動制限を行わない』と入れるべきです」


「身体検査もですか」


 俺が聞くと、クラウディアは真顔で答えた。


「入れるべきです。魔力回路の検査と言いながら、体に触れる可能性があります。本人が嫌だと言える条項が必要です」


 シルフィの羽ペンが少し止まった。


 それから、彼女は小さく頷いた。


「はい。必要です」


 その声は落ち着いていた。


 でも、俺には分かった。


 過去の記憶に触れている。


 リーフェン家で何度も検査された記憶。


 失敗作と呼ばれた記憶。


 魔力回路を測るという言葉の裏に、どれほどの痛みや屈辱があったのか、俺には全部は分からない。


 だからこそ、条件にしなければならない。


「シルフィ」


「はい」


「嫌なら、簡易検査も断っていいからな」


「はい」


 シルフィは、少しだけ笑った。


「師匠もです。付与術の実演を求められても、嫌なら断ってください」


「うん」


 ぷる太がバツの木片に体を寄せた。


「ぷる」


 嫌な検査と嫌な実演はバツ。


 非常に分かりやすい。


     ◇


 二つ目の条件は、同行者だった。


「王国騎士団または冒険者ギルド関係者の同行を認めること」


 シルフィが書く。


 クラウディアが補足する。


「できれば、王国騎士団一名、冒険者ギルド一名の二名が望ましいです。騎士団だけだと外交上硬くなりすぎる。ギルドだけだと安全保障の面が弱い」


「クラウディアさんが同行してくれるんですか?」


 俺が聞くと、彼女は少し考えた。


「私はそのつもりですが、正式には副団長の判断になります。ただ、リーフェル村の状況を直接知っている者が同行した方が良いでしょう」


「マリナさんも来てくれるかな」


「ギルド側としては、マリナ殿かヘルマン殿が適任でしょう。ただし王都業務もありますので、確約はできません」


 マルタさんが腕を組んだ。


「でも、知ってる人が一緒にいるかどうかで全然違うよ。向こうの広い部屋に知らない人ばかりじゃ、シルフィちゃんもアレンも飲まれちまう」


「飲まれないように頑張ります」


 俺が言うと、全員が少し微妙な顔をした。


「……何ですか」


「頑張る方向が危うい」


 村長が言った。


「飲まれないように頑張るのではなく、飲まれそうな場に一人で立たないようにするのだ」


「なるほど」


 クラウディアも頷いた。


「交渉は根性ではなく配置です。誰が隣にいるか、誰が記録するか、誰が止めるか。その準備が重要です」


「配置」


 俺はその言葉を胸の中で繰り返した。


 勇者パーティーにいた頃、俺はいつも後ろにいた。


 誰かの配置を整える側だった。


 でも今は、俺自身の配置も考えてもらっている。


 それが少し不思議だった。


     ◇


 三つ目は、記録。


「会議内容は双方が記録すること」


 シルフィが書きながら言った。


「リーフェン家側の記録だけでは、後で言葉を変えられる可能性があります。こちらも記録を残し、双方で確認する必要があります」


「録音魔道具は?」


 クラウディアが聞く。


「リーフェン家なら用意できます。ただ、記録の管理権が向こうにあると危険です」


「では、こちらでも記録用魔道具を持ち込む条件を入れましょう」


「王都ギルドで借りられますか?」


「確認します。少なくとも、書面記録は必須です」


 俺は少し不安になった。


「シルフィ、一人で全部書くの大変じゃないか?」


「大丈夫です」


「でも、会議しながら記録って」


「師匠」


 シルフィは少しだけ目を細めた。


「私は記録係です」


「はい」


「ただし、師匠の言う通り、一人では負担が大きいので、ギルド側にも記録補助をお願いする条件を入れます」


「よかった」


「私も、自分を過信しない練習中です」


 その言葉に、俺は少し笑った。


「俺だけじゃないんだな」


「はい」


 シルフィは真面目に頷いた。


「私も、以前なら自分一人で記録しなければと思っていました。でも今は、分担してよいと学びました」


 マルタさんが嬉しそうに笑った。


「いいねぇ。二人とも、少しずつ人に頼るのが上手くなってる」


 村長も頷く。


「よい成長だ」


 ぷる太が丸の木片へ体を寄せた。


「ぷる」


 丸。


 これは大丈夫。


     ◇


 四つ目は、世界樹についてだった。


 ここで、部屋の空気が少し重くなる。


 森術学術会議という名目である以上、リーフェン家は世界樹のことを聞き出そうとするだろう。


 招待状には、世界樹という言葉は直接出ていなかった。


 だが、「森霊樹および類似現象の保全」と書かれていた。


 類似現象。


 その曖昧な言葉が、かえって危ない。


「条件に入れます」


 シルフィははっきり言った。


「世界樹の所在地、成長状況、管理方法、村内での影響について、会議で公開しないこと。質問された場合も、回答義務はないこと」


 クラウディアが頷く。


「加えて、世界樹に関する検分要求、現地確認要求、標本採取要求を行わないこと」


「標本採取?」


 俺が聞くと、シルフィの顔が少し険しくなった。


「葉、枝、土、水、根の周辺の魔力結晶などを採ることです。研究者は、悪意がなくても採りたがります」


「絶対駄目ですね」


「はい」


 ぷる太がバツの木片に体を寄せた。


「ぷるっ」


 力強い。


 世界樹の葉っぱを勝手に取るのはバツ。


 村長も頷いた。


「世界樹はこの村に根づいている。持ち出す話は一切なしだ」


「同意します」


 クラウディアも言った。


「王国側の共同確認書でも、現地に根付いた自然物の当事者合意なき移動・採取を認めないとしています。条件書にもその文言を引用しましょう」


 シルフィがすぐに書き加える。


 その字は少し強かった。


 彼女自身も、世界樹を守りたいのだと分かる。


 世界樹はシルフィだけのものではない。


 俺だけのものでもない。


 村のもの、という言い方も少し違う。


 村と一緒に生きているもの。


 だから、研究材料のように扱わせてはいけない。


     ◇


 五つ目は、署名禁止だった。


 これは、ぷる太が一番反応した。


 クラウディアが言う。


「会議当日、その場で契約書、研究協力書、検査同意書、滞在延長同意書などに署名しないことを事前条件に入れるべきです」


「ぷるっ!」


 ぷる太が、バツの木片へ勢いよく飛びついた。


 ミナは部屋の外で聞き耳を立てていたらしく、扉の隙間から顔を出した。


「署名はバツ!」


「ミナ、聞いていたのか」


 村長が言うと、ミナは少し気まずそうにした。


「ぷる太の補助係だから」


「今日は大人の会議だと言ったろう」


「でも、署名バツは大事だよ?」


 それは、誰も否定できなかった。


 マルタさんが笑って手招きする。


「じゃあ、その一言だけ言っていきな。署名は?」


「バツ!」


「ぷるっ!」


 ぷる太も同意する。


 シルフィは真面目に記録した。


「その場署名禁止。ぷる太およびミナより強い確認あり」


「それ、正式条件書に入れるの?」


 俺が聞くと、シルフィは少し笑った。


「正式条件書には入れません。会議記録には残します」


「残るんだ」


 クラウディアも口元を緩めた。


「ただ、内容としては非常に重要です。会議の場では、その場の空気に押されます。『とりあえず確認だけ』『仮署名だけ』という言葉にも注意が必要です」


「仮署名もバツですね」


「はい。仮でも署名です」


 村長が言った。


「この村の決まりにも追加しておこう。外でのその場署名禁止」


「外部対応広場の板にも?」


「書く」


 門番老人がすでに木板を探し始めていた。


 リーフェル村は、危険を知るとすぐ板になる。


 我ながら、すごい村だと思った。


     ◇


 六つ目は、帰路の保証だった。


「会議後、同日または事前に定めた日程で、リーフェル村へ帰還することを妨げない」


 シルフィが読み上げる。


「もし天候や魔物被害で帰路が危険な場合は、王国側立会人および本人の同意を得て、滞在場所を決めること。リーフェン家単独で滞在延長を決めない」


 クラウディアが頷く。


「よいです。さらに、滞在場所は鍵のない客室、または王国側立会人と同じ区画とすることも入れましょう」


「鍵のない客室」


 俺は少しぞっとした。


「そこまで考えるんですか」


「考えます」


 クラウディアははっきり言った。


「丁重な客室でも、外から鍵がかかれば拘束です」


 シルフィが小さく頷く。


「リーフェン家には、外から封印できる客室があります。貴賓用とされていますが、実際には出入りを管理する部屋です」


「そんなものが」


「はい」


 彼女は淡々と答えた。


 淡々と答えるからこそ、過去に見たことがあるのだと分かった。


 俺は拳を握る。


「じゃあ、それも条件に」


「はい」


 シルフィが書く。


 その横で、ぷる太がバツの木片に触れていた。


 外から鍵。


 バツ。


 当然だった。


     ◇


 条件は、どんどん増えていった。


 会議の議題を事前に明示すること。


 追加議題を当日一方的に増やさないこと。


 アレンの付与術実演は本人の同意が必要。


 シルフィの魔力紋確認も本人の同意が必要。


 検査器具を使う場合は、事前に種類と目的を知らせること。


 薬品、香、飲食物を使った精神誘導を禁止すること。


 会議中、黒枝など隠密系護衛の接近を禁止すること。


 会議場には出入り口を明示し、閉鎖空間にしないこと。


 会議後、双方の記録を照合すること。


 返答や契約判断は、必ずリーフェル村へ持ち帰ってから行うこと。


 書けば書くほど、危険が見えてくる。


 それは少し怖いことだった。


 でも、見えないまま行くよりずっといい。


 途中で俺は、ふと聞いた。


「これ、条件が多すぎて失礼になりませんか?」


 言った瞬間、ぷる太がバツの木片に体を寄せた。


「ぷるっ」


「まだ何も」


 シルフィも、少しだけ厳しい顔で言った。


「師匠、それは昨日の練習で出た弱点です」


「弱点?」


「相手が丁寧だと、こちらが条件を出すことを失礼だと感じてしまう」


「ああ……」


 確かにそうだ。


 これだけ丁寧な招待状をもらっているのに、条件をずらずら出すのは失礼ではないか。


 そう少し思っていた。


 クラウディアが静かに言う。


「条件を出すことは、失礼ではありません。むしろ、双方が安全に会うための前提です」


 村長も頷く。


「相手が本当に学術的対話を望むなら、条件を読んで調整するはずだ。怒るなら、最初から別の目的があったということだ」


「なるほど」


 マルタさんが茶を注ぎながら言った。


「人付き合いでも同じだよ。嫌なことは嫌だって先に言っておいた方が、後で揉めない」


「相手が嫌がったら?」


「それなら、付き合い方を考える」


 マルタさんはあっさり言った。


「全部飲み込んで仲良くする必要はないんだよ」


 全部飲み込まない。


 その言葉も、俺には新鮮だった。


     ◇


 昼を過ぎる頃、条件書の第一稿ができた。


 かなり長い。


 招待状より長いのではないかと思うくらいだ。


 でも、必要なものばかりだった。


 シルフィはそれを丁寧に読み上げた。


 俺たちは一項目ずつ確認する。


 村長が頷く。


 クラウディアが表現を直す。


 マルタさんが「これは普通の人にも分かる言葉にしな」と指摘する。


 門番老人が「黒枝は絶対入れろ」と強く言う。


 ぷる太は、署名禁止と検査拒否のところで必ずバツの木片へ寄る。


 ミナは途中から正式に「木片係」として参加を許され、ぷる太の横で真剣な顔をしていた。


「ぷる太、ここは?」


「ぷる」


「四角?」


「ぷる」


「ここは?」


「ぷるっ!」


「バツ!」


 もはや条件書の確認というより、村全体の安全教育になっている。


 でも、それでいいのかもしれない。


 この村の強さは、難しいことを生活に落とし込むところにある。


 王国文書は長い。


 リーフェン家の招待状は美しい。


 でも、村では最後にこうなる。


 丸か。


 バツか。


 四角か。


 分かりやすいことは、強い。


     ◇


 最後に、俺の付与で確認することになった。


 条件書に悪意があるわけではない。


 作ったのはシルフィと俺たちだ。


 でも、言葉が曖昧すぎないか、解釈の隙がないかを見るためだ。


「師匠、お願いします」


「うん」


 俺は条件書に手を置いた。


 隠れた意味が見えやすくなるように。


 曖昧な言葉が、誰かを縛らないように。


 今回は、相手を暴くためではない。


 自分たちの言葉を整えるための付与だ。


 条件書が淡く光った。


 文字の周りに、いくつか補足が浮かび上がる。


『本人同意の定義を明確化する必要あり』


『簡易検査の範囲を限定する文言を追加推奨』


『会議終了後の帰還時刻または日程を明記推奨』


『その場署名禁止条項は有効』


 ぷる太が、署名禁止の補足を見てバツの木片に乗った。


「ぷるっ」


「ぷる太、そこだけ反応が強いな」


「重要です」


 シルフィが真面目に言う。


 俺は補足を見て、少し感心した。


「自分たちの文書にも使えるんだな」


「はい」


 クラウディアが言った。


「非常に有用です。ただし、やはり外部に知られると危険ですね」


「ですよね」


「リーフェン家に行くなら、なおさら実演は慎重に」


「分かりました」


 シルフィは補足をもとに、条件書を修正した。


 文面はさらに整っていく。


 その姿は、とても頼もしかった。


 俺はふと思った。


 シルフィは、リーフェン家で失敗作と呼ばれていた。


 でも今、彼女はリーフェン家に出す条件書を書いている。


 自分の身を守るための言葉を、自分で作っている。


 それは、すごいことだ。


「シルフィ」


「はい?」


「かっこいいな」


 言ってから、少し照れた。


 シルフィは一瞬固まった。


 それから耳の先を赤くした。


「師匠は、急にそういうことを言います」


「本音だから」


「……困ります」


「ごめん」


「謝らなくていいです」


 いつものやり取り。


 それを見て、マルタさんがにやにやしていた。


 クラウディアは少しだけ視線を逸らした。


 村長は咳払いをした。


「条件書に戻るぞ」


「はい」


     ◇


 夕方、条件書は完成した。


 題はこうなった。


『森術学術会議参加検討にあたっての事前確認条件』


 堅い。


 でも、はっきりしている。


 内容は、村長、シルフィ、俺、クラウディアの連名で確認した。


 正式な返答ではない。


 あくまで、参加を検討するための条件書。


 その最後には、村長の言葉でこう書かれた。


『上記条件についてリーフェン家側の明確な文書回答を受け取るまで、参加可否は判断しない』


 つまり、四角のままだ。


 俺はその一文を見て、少し安心した。


 答えを出す前に、条件を出す。


 これは、逃げではない。


 考えるための手順だ。


 完成した条件書を前に、ぷる太が丸の木片へ体を寄せた。


「ぷる」


 村長が頷く。


「ぷる太も丸なら、よし」


「本当に最終確認みたいになってますね」


 俺が言うと、クラウディアが真顔で言った。


「実際、村の空気を確認する役として機能しています」


「クラウディアさんまで」


「事実です」


 ミナが胸を張る。


「ぷる太はすごいんだよ!」


「ぷるる」


 ぷる太は誇らしげに揺れた。


     ◇


 その日の夜、条件書は写しを取られた。


 一通はリーフェン家へ。


 一通は王国騎士団へ。


 一通は王都ギルドへ。


 一通は村の保管用。


 シルフィは最後まで丁寧に確認していた。


 俺はその横で、封筒に入れるための木札を用意した。


 木札には、小さな四角の印を彫った。


「それ、入れるのですか?」


 シルフィが聞く。


「いや、正式な書類には入れない方がいいか」


「……いえ」


 彼女は少し考えた。


「村の控え用に挟みましょう。これは、この条件書の意味です」


「四角」


「はい。まだ決めない。確認する。相談する」


 俺は頷いて、村の保管用の写しにだけ四角の木札を挟んだ。


 ぷる太がそれを見て、嬉しそうに揺れた。


「ぷる」


 外はもう暗い。


 井戸の水面に月が映っている。


 世界樹の若木は、村の奥で静かに葉を揺らしている気がした。


 リーフェン家は、この条件書を読んでどう思うだろう。


 怒るかもしれない。


 受け入れるふりをするかもしれない。


 別の罠を考えるかもしれない。


 でも、少なくともこちらは何も考えずに招待へ乗るわけではない。


 条件を作った。


 言葉にした。


 一人で決めない仕組みを作った。


「師匠」


 シルフィが静かに言った。


「今日、私は少しだけ、昔の家に言い返せた気がします」


「うん」


「戻りません、だけではなく。もし話し合うなら、こちらの条件があります、と」


「それ、すごく大事だと思う」


「はい」


 彼女は、少しだけ誇らしげに笑った。


「私もそう思います」


 その笑顔を見て、俺は思った。


 たぶん、これも一つの勝利なのだ。


 剣を抜いたわけでも、魔法を放ったわけでもない。


 ただ、条件書を作っただけ。


 けれど、自分を守るための言葉を持つことは、とても大きなことだった。


 リーフェル村はその夜、四角の印を添えて、森へ向けた返答を用意した。


 答えはまだ出ていない。


 でも、ただ待つだけの村ではもうなかった。

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