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無能だと追放された底辺付与術師、実は世界で唯一の【全自動・神級バフ】持ちでした 〜辺境でスローライフを送るはずが、俺が抜けて壊滅寸前の勇者パーティーが泣きついてきてももう遅い。  作者: 終焉を綴る堕天筆聖セラフィム・夜叉王院常闇寛龍


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第43話 カイルの謝罪文、リーフェル村へ届く

 その手紙が届いたのは、森術学術会議への招待状について村で話し合った翌日の昼過ぎだった。


 リーフェル村の外部対応広場には、まだ招待状の余韻が残っている。


 机の上には、シルフィが写した条件案の下書き。隣にはクラウディアが王都へ送るためにまとめた報告書。ぷる太の見張り桶のそばには、丸、三角、バツ、四角の木片がきちんと並べられていた。


 四角。


 保留。


 すぐに決めない。


 昨日から、その印は村の中で少し特別な意味を持つようになっていた。


「アレンお兄ちゃん、四角持ってる?」


 ミナが朝から何度も聞いてくる。


「持ってるよ」


 俺は懐から小さな木片を出して見せた。


 裏には、シルフィの字で『一人で決めない』と書かれている。


 ミナは満足げに頷いた。


「よし!」


「検査みたいになってるな」


「だって大事だもん。アレンお兄ちゃん、すぐ『少しなら』って言うから」


「最近は言わないようにしてる」


「ぷる太、見張ってるよ!」


「ぷる」


 見張り桶の中で、ぷる太が真面目に揺れた。


 俺は苦笑した。


 俺の信用は、どうやらぷる太のバツ木片に支えられているらしい。


 そんな昼過ぎ、門番老人が外部対応広場へやってきた。


 手には小さな革袋。


 王都ギルド便の封がついている。


「アレン」


「はい」


「お前さん宛てだ」


「俺に?」


 俺は少し驚いて、革袋を受け取った。


 ギルド便なら、たいてい村長かシルフィ宛ての報告書だ。俺個人宛てのものは珍しい。


 革袋を開けると、中には封筒が四通入っていた。


 ひとつは白い厚手の封筒。


 封蝋には、勇者パーティーで使われていた印。


 いや、よく見ると違う。


 勇者パーティーの共通印ではなく、個人の印だった。


 カイルの印。


 他の三通は、それぞれ別の封。


 ミラ。


 ガレス。


 リーナ。


 名前を見た瞬間、指先が少し冷えた。


「師匠?」


 シルフィが隣から声をかける。


 俺が黙ってしまったからだろう。


「……カイルたちから」


 そう言うだけで、喉が少し詰まった。


 村長の顔が引き締まる。


 クラウディアも、すぐにこちらへ視線を向けた。


「勇者パーティーからですか」


「はい。たぶん、手紙です」


 ミナは首を傾げた。


「カイルって、前にアレンお兄ちゃんを戻せって言った人?」


「うん」


「嫌な手紙?」


「まだ分からない」


 俺は封筒を見下ろした。


 開けなければ中身は分からない。


 でも、開けるのが少し怖かった。


 また戻れと書かれているかもしれない。


 お前の力が必要だと。


 勇者パーティーに戻るべきだと。


 王国のために。


 世界のために。


 そう書かれていたら、俺はどう思うのだろう。


 怒るのか。


 悲しむのか。


 迷うのか。


 自分でも分からなかった。


 ぷる太が、桶の中でそっと四角の木片に体を寄せた。


「ぷる」


 すぐ決めない。


 その姿を見て、少しだけ息ができた。


 シルフィが静かに言う。


「師匠。ここで読むかどうかも、師匠が決めていいです」


「読まない選択も?」


「あります」


 クラウディアが頷いた。


「手紙は、受け取った瞬間に読む義務があるものではありません。特に心の負担が大きい相手なら、準備してからで構いません」


 村長も言った。


「一人で読む必要もない。読みたいなら読む。今日は無理なら、しまっておく。それでよい」


 俺は封筒を見た。


 手が震えている。


 たぶん、怖い。


 でも、読まないまま置いておくのも怖かった。


 中に何があるか分からないものを持ち続けるのは、それはそれで苦しい。


「……読みます」


 俺は言った。


「でも、一人じゃなくていいですか」


 シルフィはすぐに頷いた。


「はい」


 マルタさんが、いつの間にか後ろに来ていた。


「じゃあ、お茶を淹れるよ。こういう時は、まず喉を温める」


「マルタさん、いつも食べ物かお茶ですね」


「そうだよ。人間、冷えた喉で大事な手紙を読んじゃいけない」


 その言い方に、少しだけ笑えた。


     ◇


 村長の家で読むことになった。


 外部対応広場ではなく、村内会議の部屋。


 俺、シルフィ、村長、マルタさん、クラウディア。


 ぷる太も小さな水鉢に入って机の端にいる。


 ミナは最初来たがったが、マルタさんに「これは大人の話だよ」と止められた。ただし、ぷる太の木片だけは置いていった。


 丸、バツ、四角。


 三角は薬の時だけだから、今回はいらないらしい。


 俺はカイルの封筒を手に取った。


 深く息を吸う。


 封を切った。


 中の紙を開く。


 字は、硬かった。


 剣の稽古のような字だと思った。


 綺麗ではある。


 けれど、何度も止まりながら書いたような跡がある。


 俺は、ゆっくり読み始めた。


「アレン。


 俺は、お前を追放した時、お前が何をしてくれていたのか分かっていなかった。


 お前が装備を整え、食事を用意し、俺たちの体調や魔力の流れを見ていたことを、俺は当然だと思っていた。


 礼を言うべきだった。だが、俺は言わなかった。


 それどころか、俺はお前を役に立たないと決めつけ、必要ないと言った。


 あの言葉で、お前を傷つけた。


 今さら気づいたと言うのは、あまりに遅いと思う。


 この手紙で許されるとは思っていない。


 ただ、俺がしたことを、なかったことにはしない。


 追放したこと、見ていなかったこと、支えを当然だと思っていたことを謝る。


 すまなかった。


 カイル」


 読み終えたあと、部屋の中は静かだった。


 紙を持つ手が震えている。


 怒りなのか、悲しみなのか、安心なのか、よく分からない。


 ただ、胸の奥のどこかが、ぎゅっと痛かった。


 戻ってこい、とは書かれていなかった。


 王国のために必要だ、とも書かれていなかった。


 謝罪だった。


 不器用で、硬くて、短い。


 でも、謝罪だった。


「師匠」


 シルフィの声が聞こえた。


 俺は返事をしようとして、声が出なかった。


 代わりに、息だけが漏れた。


「……なんだろうな」


 ようやく出た声は、自分でも驚くほど小さかった。


「謝ってほしくなかったわけじゃないんだ。でも、謝られたら楽になると思ってたわけでもない」


 手紙の文字が滲む。


 泣いているのだと気づくまで、少し時間がかかった。


「俺、あの時、平気なふりしてたんだと思う。追放されて、荷物をまとめて、何も言わずに出ていった。大丈夫ですって顔をしてた。でも、たぶん、すごく傷ついてた」


 シルフィは何も言わず、隣に座ってくれている。


 マルタさんも、村長も、クラウディアも、急かさない。


「役に立たないって言われたのが、ずっと残ってたんだな。ここに来て、村のみんなに受け入れてもらって、もう大丈夫だと思ってた。でも、手紙を読んだら、あの時の声が戻ってきた」


 カイルの声。


 必要ない。


 足手まといだ。


 戻る場所はない。


 あの時の広間の空気。


 ミラの視線。


 ガレスの沈黙。


 リーナの困った顔。


 全部、急に近くなった。


 俺は手紙を机に置いた。


「謝ってくれたのは、嬉しい……のかもしれない。でも、すぐに許せるかって言われたら、分からない」


「それでいい」


 村長が低く言った。


「許すかどうかは、お前さんが決めることだ。急ぐ必要はない」


 クラウディアも頷く。


「カイル殿も、この手紙で許されるとは思っていないと書いています。なら、あなたがすぐ答えを出さなくても、手紙の趣旨に反しません」


 マルタさんが茶を差し出してくれた。


「泣いたら飲みな。喉が痛くなる」


「ありがとうございます」


 茶は温かかった。


 少し苦くて、少し甘い。


 それを飲むと、胸の奥のざわつきが少しだけ落ち着いた。


 ぷる太が、机の端で四角の木片に体を寄せていた。


「ぷる」


「そうだな」


 俺は小さく笑った。


「これは四角だ」


     ◇


 次に、ミラの手紙を開いた。


 少し迷ったが、カイルの手紙を読んだあとなら、他の三人の言葉も聞いておきたいと思った。


 ミラの字は、カイルよりずっと流れるようだった。


 けれど、ところどころ強く筆圧が残っている。


「アレン。


 何を書いても今さらだと思うけど、書きます。


 杖の調整、魔力の流れ、詠唱の癖。あなたはずっと見てくれていたのに、私はそれをうるさいと何度も言った。


 実際、今になって分かりました。あなたがいないと、私の魔法は思ったより荒いです。認めるのは腹が立つけど、事実です。


 あなたに腹を立てていたんじゃなくて、たぶん私は、自分の雑さを見られるのが嫌だったんだと思います。


 その嫌さを、あなたへの言葉にしてぶつけました。


 ごめんなさい。


 戻ってきてほしいとか、そういうことを言うための手紙ではありません。今のあなたの場所を、私がどうこう言う権利はないと思っています。


 ただ、あの時の私の言葉が、あなたを傷つけたなら謝りたい。


 ミラ」


 ミラらしいと思った。


 正直で、少し棘があって、でも逃げていない。


 俺は、杖を調整していた頃を思い出した。


「ミラさん、本当に文句多かったな」


 思わず呟くと、マルタさんが少し笑った。


「そういう人だったのかい」


「はい。でも、魔法はすごかったんです。だから、少し荒い流れを見ると、もったいないなって思って」


「それを言ったら怒られた?」


「怒られました」


「目に浮かぶねぇ」


 俺は少し笑った。


 カイルの手紙を読んだ時より、胸の痛みが少し違う。


 ミラへの感情は、怒りだけではない。


 呆れや懐かしさも混じっていた。


 でも、やっぱり簡単に「もういいですよ」とは言えなかった。


 次はガレスの手紙。


 字は大きく、ところどころ行が斜めになっていた。


「アレン。


 俺は文章が下手だ。だから短く書く。


 鎧、盾、革紐、肩の痛み、野営の時の荷物の置き方まで、お前はよく見てくれていた。


 俺はそれを、仲間なら当たり前だと思っていた。


 今、盾を持つと左肩が痛む。訓練官に、支援に頼っていた部分だと言われた。


 その通りだった。


 お前は俺の盾を直してくれていたんじゃない。俺が壊れないように見てくれていたんだと思う。


 礼を言わなくて悪かった。


 追放の時、止めなかったことも悪かった。


 すまなかった。


 ガレス」


 短い。


 でも、ガレスらしかった。


 あの大きな背中を思い出す。


 何度も盾を修理した。


 何度も革紐を緩めた。


 そのたびに「これくらいきつい方がずれねぇ」と言われた。


 俺は、そのたびに「明日痛みますよ」と言った。


 結局、翌日ガレスは肩を回しながら文句を言いに来た。


 そのやり取りを思い出して、少しだけ鼻の奥が痛くなった。


 最後はリーナの手紙だった。


 リーナの字は、祈りの文のように丁寧だった。


「アレンさん。


 あなたに手紙を書く資格が、私にあるのか迷いました。


 追放の時、私は止められませんでした。違うと思っていたのに、声を出せませんでした。


 あなたは私の治癒魔法を支えてくれていました。患者さんの体力が落ちすぎないように、私の魔力が乱れないように、いつもそっと補ってくれていました。


 私は、それを神の加護や自分の祈りの力だと思っていました。


 でも違いました。


 あなたが支えてくれていたのです。


 そのことに気づかず、あなたが傷つけられる場で黙っていたことを、私は後悔しています。


 ごめんなさい。


 許してくださいとは言えません。


 でも、あなたが今いる場所で、ちゃんと休めていることを祈っています。


 リーナ」


 読み終わった時、俺はしばらく何も言えなかった。


 リーナは、あの時、泣きそうな顔をしていた。


 でも止めなかった。


 それがずっと、少しだけ引っかかっていた。


 カイルの言葉より小さい傷かもしれない。


 でも、確かにあった。


 黙って見ていたこと。


 その沈黙も、俺には痛かったのだ。


「……みんな、謝ってるんですね」


 俺は机の上に四通の手紙を並べた。


「うん。ちゃんと、謝ってる」


 シルフィが静かに言った。


「はい」


「でも、どうしたらいいか分からない」


「分からなくていいと思います」


「いいのかな」


「はい。今は、分かったふりをしない方がいいです」


 クラウディアも言った。


「返事を急ぐ必要はありません。手紙を受け取ったことへの短い受領だけでもよいですし、何も返さず時間を置いてもよい」


 村長が頷く。


「今日は返事を書かんでよい」


「でも、向こうは待ってるんじゃ」


「待たせてよい」


 村長はきっぱり言った。


「傷つけられた側が、傷つけた側の都合に合わせて急ぐ必要はない」


 その言葉は、胸に深く入ってきた。


 俺は、まだ相手の都合を考えていた。


 手紙を書いてくれたのだから、返さなければ。


 謝ってくれたのだから、何か言わなければ。


 でも、そうではないのだろう。


 俺にも、時間が必要だった。


 ぷる太が、四角の木片に体を寄せたまま、ぷる、と小さく鳴いた。


 四角。


 保留。


 まだ答えを出さない。


「ぷる太は、すごいな」


 俺が言うと、ぷる太は少し誇らしげに揺れた。


 マルタさんが笑う。


「今日の一番正しい答えだね」


     ◇


 夕方、俺は一人で井戸のそばに座っていた。


 一人といっても、隣にはぷる太がいる。


 シルフィも少し離れた場所で、今日の記録を整理している。


 完全に一人にしない。


 でも、考える時間はくれる。


 その距離が、ありがたかった。


 俺は懐の四角い木片を取り出した。


『一人で決めない』


 裏の文字を指でなぞる。


 カイルたちの手紙は、木箱に入れて家に置いた。


 捨てる気にはならなかった。


 かといって、何度も読み返す気にもなれなかった。


 しばらくは、そこに置いておくだけでいい。


「俺、怒ってるのかな」


 誰にともなく呟く。


 ぷる太が、ぷる? と揺れた。


「怒ってる気もするし、もう怒ってない気もする。謝ってくれてよかったと思う。でも、じゃあ許しますって言うのは違う気がする」


「師匠」


 シルフィが近づいてきた。


 俺の隣に、少し距離を空けて座る。


「それは、全部同時にあってよいのだと思います」


「同時に?」


「はい。嬉しい、痛い、怒っている、懐かしい、怖い、ほっとした。どれか一つだけにしなくていいです」


 俺は、シルフィを見た。


 彼女は井戸の水面を見つめている。


「私も、リーフェン家から招待状が来た時、そうでした。懐かしい香りに安心した部分もありました。怖かったです。腹も立ちました。少しだけ、帰れば何か変わるのかもしれないと思った自分もいました」


「そうだったんだ」


「はい。でも、それを一つに決めなくてよいと、この村で学びました」


 シルフィは木札に触れる。


「だから師匠も、今すぐ決めなくていいです」


「うん」


「返事を書くとしても、今の師匠のままで書けばよいと思います。許すか許さないかではなく、受け取った、まだ考えている、と」


「それだけでもいい?」


「はい」


 俺は少し考えた。


 受け取った。


 まだ考えている。


 それなら書けるかもしれない。


 でも、今日はまだいい。


 今日はただ、胸の中に戻ってきた痛みを、無理に押し込めずに置いておきたかった。


「シルフィ」


「はい」


「俺、今ここにいてよかった」


 彼女は少し驚いた顔をした。


「どうしたのですか、急に」


「もし、この手紙を勇者パーティーにいた頃の俺が読んでたら、たぶんすぐ『大丈夫です』って返してたと思う。何も大丈夫じゃなくても」


「……師匠らしいです」


「今は、大丈夫じゃないって言える」


「はい」


「それは、この村にいるからだと思う」


 シルフィは、静かに微笑んだ。


「では、リーフェル村の成果ですね」


「そうだな」


 ぷる太が丸の木片へ少し揺れかけて、途中で四角に戻った。


 まだ丸ではない。


 でも、完全なバツでもない。


 四角。


 今の俺の気持ちに、いちばん近い。


     ◇


 その夜、村長の家で短い結論だけ決めた。


 カイルたちへの返事は、今日は書かない。


 明日以降、俺が書けると思った時に書く。


 内容は、謝罪を受け取ったこと、まだ気持ちの整理がつかないこと、返事を急がないでほしいこと。


 それ以上は、無理に書かない。


 村長が言った。


「よい結論だ」


 マルタさんも頷く。


「急いで許すふりなんて、しなくていいんだよ」


 クラウディアは、王都へ簡単な連絡だけ入れると言った。


「勇者パーティーからの手紙は届き、アレン殿は受領した。ただし返答には時間を要する。そう伝えます」


「お願いします」


 俺は頭を下げた。


 シルフィは、記録板に今日のことを書いていた。


 その最後に、こう記した。


『師匠、謝罪文を受け取る。返答は保留。四角』


 俺はそれを見て、少し笑った。


「四角で終わる記録、初めてじゃない?」


「これから増えるかもしれません」


「そうだな」


 ぷる太が、机の上で四角の木片に体を寄せる。


「ぷる」


 その声は、今日の答えとして十分だった。


 カイルの謝罪文は届いた。


 俺の胸の古い傷も、少しだけ顔を出した。


 でも、それを一人で抱える必要はなかった。


 怒っていてもいい。


 泣いてもいい。


 すぐ許せなくてもいい。


 返事を保留してもいい。


 そう言ってくれる場所が、今の俺にはある。


 だから俺は、その夜、手紙を木箱にしまい、懐の四角い木片を枕元に置いて眠った。


 答えはまだ出ていない。


 でも、出ていないまま眠れることも、たぶん大事なことだった。

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