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無能だと追放された底辺付与術師、実は世界で唯一の【全自動・神級バフ】持ちでした 〜辺境でスローライフを送るはずが、俺が抜けて壊滅寸前の勇者パーティーが泣きついてきてももう遅い。  作者: 終焉を綴る堕天筆聖セラフィム・夜叉王院常闇寛龍


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第41話 アレン、初めて公式な依頼を断る練習をする

 リーフェル村の外部対応広場には、朝から妙な緊張感が漂っていた。


 広場そのものは、昨日できたばかりだ。


 村の入口から少し内側に入ったところにあり、来訪者を村の奥へ通さず話ができるように作られている。机、椅子、書類台、荷置き場、日除け、そしてぷる太用の見張り桶。


 その桶には、今日も小さな旗が揺れていた。


『井戸守りぷる太 外部対応広場出張所』


 ぷる太は桶の中で、いつもより真剣に揺れている。


 隣にはミナがいて、丸、三角、バツ、四角の木片を並べていた。


 丸は大丈夫。


 三角は薬。


 バツは駄目。


 四角は保留。


 最近のリーフェル村では、スライム用の記号が村の共通語になりつつある。


「さて」


 村長が杖を突きながら言った。


「今日は、外部対応広場の使い方を確認する」


「昨日も試しましたよね?」


 俺が言うと、村長はじろりとこちらを見た。


「昨日は場所の試運転だ。今日は、お前さんの試運転だ」


「俺の?」


「そうだ」


 村長は当然のように頷いた。


「アレン。お前さんは、頼まれるとすぐ『少しなら』と言う」


「そんなことは」


 言いかけて、途中で止まった。


 シルフィ、クラウディア、マルタさん、門番老人、ミナ、ぷる太。


 全員がこちらを見ていた。


 全員、何か言いたそうだった。


「……少しは、あるかもしれません」


「少しではありません」


 シルフィが即座に言った。


「師匠は、外部からの依頼に対して、最初の返答で断る力がまだ弱いです。特に『困っている』『今だけ』『あなたにしかできない』という言葉に弱い傾向があります」


「分析されてる」


「記録係ですので」


 クラウディアも腕を組んで頷く。


「王都側から見ても、その点は大きな危険です。アレン殿が善意で曖昧に頷けば、相手はそれを同意と解釈する可能性があります」


「曖昧に頷く……」


「はい」


 クラウディアは淡々と言う。


「『少しなら』『できる範囲で』『後で相談してから』などの言葉も、使い方を誤ると相手に踏み込まれます」


 マルタさんが腰に手を当てる。


「つまり今日は、アレンに断る稽古をさせる日だよ」


「断る稽古」


 俺はその言葉を繰り返した。


 剣の稽古でも、魔法の稽古でもない。


 断る稽古。


 けれど、今の俺にはたぶん、それが一番必要なのだろう。


 村長が机の村側の席を指した。


「座れ」


「はい」


 俺は席についた。


 右隣にシルフィ。


 左側に村長。


 少し離れてクラウディア。


 正面の来訪者席は空いている。


 そこへ、まずマルタさんが座った。


「えっ、マルタさんが相手役ですか?」


「そうだよ」


 マルタさんは、にっこり笑った。


 その笑顔はいつもの優しいものだったが、なぜか少し怖い。


「じゃあ、始めようかね」


     ◇


 最初の相手役は、マルタさんだった。


 彼女は胸元に布を当て、わざとらしく困り切った顔を作った。


「ああ、アレン先生。実はね、隣村の親戚の知り合いの、そのまた知り合いの家の井戸がちょっと濁ってるらしくてね。あんたの付与で、ちょいと直してくれないかい?」


「井戸ですか。それは大変ですね。少しなら――」


「ぷるっ!」


 俺が言い終える前に、ぷる太がバツの木片へ飛びついた。


 早い。


 かなり早い。


 ミナが得意げに言う。


「ぷる太、正解!」


「まだ最後まで言ってないんだけど」


 俺が言うと、シルフィが静かに記録板を見せた。


『一回目。師匠、即座に「少しなら」と言いかける』


「記録が早い」


「事実です」


 村長も渋い顔で言った。


「今のは駄目だ」


「でも、井戸が濁ってるなら困ってるでしょうし」


「そこだよ」


 マルタさんが素の声に戻った。


「あんたは、相手が困ってると聞いただけで、自分が行く方向へ考え始める。でも本当に濁っているのか、どこの井戸なのか、村の水守りや井戸職人は確認したのか、危険な魔物や毒の可能性はないのか、何も分かってないだろう?」


「確かに」


 クラウディアが補足する。


「井戸の異常は、土地の問題、毒物混入、魔物の巣、呪術など複数の原因が考えられます。付与術師一人が善意で向かう案件ではありません」


「なるほど」


「答えは?」


 村長が促す。


 俺は少し考え、言い直した。


「まず、村長さんとギルドへ相談してください。俺一人では判断できません。この場では引き受けられません」


 ぷる太が、バツから四角の木片へ移動した。


「ぷる」


 保留。


 持ち帰って相談。


 シルフィが頷く。


「今の返答は良いです。完全拒否ではなく、手順へ戻しています」


「手順へ戻す」


「はい。相手の困りごとを否定せず、自分だけで背負わない」


 クラウディアも言った。


「断るというより、適切な窓口へ返す。非常に重要です」


 俺は少しだけ息を吐いた。


 これだけで、すでに疲れる。


 いつもなら、困っているなら何かできるかもと思ってしまう。


 でも、その何かできるかも、が危ないのだ。


     ◇


 二番手は、門番老人だった。


 彼はなぜか背筋を伸ばし、妙に偉そうな口調で来訪者席へ座った。


「我は王都より参った、えらい貴族の代理人である」


「えらい貴族」


 ミナが小声で笑った。


「笑うでない。役作りだ」


 門番老人は咳払いをした。


「アレン殿。貴殿の力は王国全土のために必要である。よって、三日ほど王都へ来ていただきたい。もちろん丁重に扱う。村にも謝礼を出す」


 俺は息を吸った。


 三日だけ。


 謝礼あり。


 丁重に扱う。


 言葉だけなら悪くない。


 でも、今なら分かる。


 三日が本当に三日で終わる保証はない。


「その場ではお返事できません。正式な文書を村長、記録係、王国騎士団またはギルド経由で提出してください。俺個人では判断しません」


 言えた。


 今回は、ぷる太が飛ぶ前に言えた。


「ぷる?」


 ぷる太が少し驚いたように揺れる。


 ミナが丸の木片を掲げる。


「今のは丸?」


 シルフィが考える。


「丸寄りの四角です」


「丸寄りの四角!」


「つまり、手順としては良いですが、内容確認は必要です」


 ぷる太は少し迷ったあと、四角の木片に体を寄せた。


「ぷる」


 門番老人が満足そうに頷く。


「悪くない」


「本当ですか?」


「ああ。ただ、『丁重に扱う』という言葉には気をつけろ。丁重に扱うと言いながら、扉に鍵をかける者もいる」


「怖いですね」


「世の中、そういうものだ」


 クラウディアも頷いた。


「王都では、待遇の良さを理由に移動や滞在を正当化することがあります。部屋が豪華でも、本人が帰れなければ拘束です」


 シルフィの顔が少し硬くなった。


「リーフェン家でも、似た言い方をします。保護、検査、一時帰還、丁重な扱い。言葉が優しいほど、確認が必要です」


 俺は頷いた。


 優しい言葉。


 きれいな言葉。


 その奥を、見なければいけない。


     ◇


 三番手は、クラウディアだった。


 彼女が来訪者席に座ると、空気が少し引き締まった。


 騎士団の軽鎧。


 静かな目。


 わざと威圧しているわけではないのに、相手として座るとかなり迫力がある。


「王国騎士団より依頼です」


 クラウディアは淡々と言った。


「東部街道で魔物被害が出ています。負傷者もいます。アレン殿の付与で、騎士団の装備と治療体制を一時的に補助していただきたい」


 これは、難しかった。


 魔物被害。


 負傷者。


 騎士団。


 王国。


 聞いた瞬間、胸が動いた。


 助けたい。


 何かできるなら。


 そう思う。


「それは……」


 言いかける。


 ぷる太が、バツの木片に半分乗った。


 完全には乗らない。


 迷っている。


 俺も迷っていた。


「負傷者がいるなら、助けたいです。でも、俺が一人で即答することはできません。まず詳しい状況と必要な支援内容を文書でください。村と相談して、できる範囲を決めます」


 クラウディアは表情を変えなかった。


「今すぐ来ていただけないと、被害が増える可能性があります」


 胸に刺さる言葉だった。


 今すぐ。


 被害が増える。


 俺は膝の上で手を握った。


「それでも、俺一人で判断はできません」


「あなたにしかできない可能性があります」


 その言葉で、さらに揺れた。


 あなたにしかできない。


 ずるい言葉だと思った。


 だが、クラウディアは練習で言っている。


 実際に、これから外の誰かが言ってくるかもしれない言葉だ。


 俺は息を整えた。


「俺にしかできないかどうかも、確認が必要です。まずギルドと騎士団で通常の手段を試してください。その上で、本当に必要なら、村を通して正式に相談してください」


 ぷる太が、バツから四角へ移った。


「ぷる」


 クラウディアの表情が少し柔らかくなった。


「良い返答です」


 俺はどっと疲れた。


「きついですね、これ」


「実戦では、もっときついです」


「ですよね」


 シルフィが静かに言った。


「師匠、今の返答は重要です。困っている人を見捨てるのではなく、手順を求めました」


「助けたい気持ちは否定しなくていいんだよね」


「はい。でも、助けたい気持ちを利用されないようにする必要があります」


 マルタさんが頷く。


「そうだよ。あんたが倒れたら、助けられる人も助けられなくなるんだから」


「俺が倒れる前提なんですね」


「前科が多いからね」


 何も言い返せなかった。


     ◇


 四番手は、シルフィだった。


 彼女は少し緊張した顔で来訪者席へ座った。


「私も、やります」


「無理しなくても」


「やります」


 その声が真剣だったので、俺は頷いた。


 シルフィは深く息を吸い、リーフェン家の使者の口調を作った。


「アレン殿。あなたの付与術は、森術の未来を救う可能性があります。多くの魔力回路損傷者、魔力暴走に苦しむ子供たち、古代森術の研究者が、あなたの協力を待っています。どうか、少しだけでも研究に協力していただけませんか」


 広場が静かになった。


 これは、強い。


 脅しではない。


 責めてもいない。


 ただ、善意に訴えてくる。


 多くの人を救える可能性。


 苦しむ子供たち。


 研究者。


 それを聞いて、俺はすぐには答えられなかった。


 本当にいるかもしれない。


 魔力回路を損傷した人。


 シルフィのように苦しんでいる子。


 もし俺が助けられるなら。


「師匠」


 シルフィが使者役のまま、さらに続けた。


「あなたの村での生活が大切なのは理解しています。ですが、あなたが一日協力するだけで、救われる者がいるかもしれません。その可能性を、村の都合だけで閉ざすのですか」


 胸が痛んだ。


 これは、責められているのではない。


 でも、責められているように感じる。


 村の都合。


 俺の生活。


 それが、誰かの苦しみより小さいと言われているような気がした。


 思わず口が動く。


「一日だけなら……」


「ぷるっ!」


 ぷる太が、ものすごい勢いでバツの木片へ飛びついた。


 桶の水が少し跳ねた。


 ミナが叫ぶ。


「バツ! 今のはバツ!」


 マルタさんも腕を組んだ。


「アレン、今のが一番危ない」


 村長が低く言う。


「お前さんの弱いところだな」


 クラウディアも表情を引き締めている。


「善意への訴えは、命令より断りにくい。ですが、ここで即答すれば、相手の場へ引き込まれます」


 シルフィは使者役をやめ、俺を見た。


 その顔には、少し苦しそうな色があった。


「師匠。今の言葉は、リーフェン家が本当に使ってくる可能性があります」


「うん」


「私も、似た言葉を何度も聞きました。『あなたの失敗を研究すれば、次の子供を救える』と」


 俺は息を呑んだ。


 シルフィは、木札を握った。


「その言葉は、完全な嘘ではありません。研究で救われる人もいるかもしれません。だから苦しいのです。でも、そのために一人を壊してよい理由にはなりません」


 静かな言葉だった。


 けれど、広場の誰もが聞いていた。


「師匠が誰かを助けたい気持ちは、私は大切だと思います。でも、師匠自身が壊れる形では、私は嫌です」


「シルフィ」


「だから、練習してください。私のためにも」


 その言葉は、強かった。


 俺はゆっくり頷いた。


 もう一度、やり直す。


 シルフィが再び使者役の表情を作る。


「アレン殿。多くの者を救う可能性のため、少しだけ研究に協力していただけませんか」


 俺は、今度はすぐ答えなかった。


 四角。


 保留。


 持ち帰る。


 その木片を見た。


 ぷる太も、じっとこちらを見ている。


「その場では決めません」


 俺は言った。


「本当に助けが必要な人がいるなら、まず具体的な内容を書面でください。誰を、どのように、どれくらいの期間、どんな方法で助けるのか。俺の身柄を拘束しないこと、村から離れる必要があるかどうか、記録をどう扱うかも確認します」


 シルフィは黙って聞いている。


「それから、村のみんなと相談します。王国騎士団かギルドにも確認してもらいます。俺一人では決めません」


 ぷる太が、バツから四角へ移った。


 そして、少しだけ丸の方へ揺れた。


 ミナが小声で言う。


「丸寄り四角」


 シルフィの表情が和らいだ。


「はい。丸寄り四角です」


 俺は大きく息を吐いた。


 今のは、本当にきつかった。


 断る練習なのに、胸が痛い。


 でも、だからこそ練習してよかった。


     ◇


 休憩時間、マルタさんが薄い薬草茶を出してくれた。


 もちろん、外部対応広場用の普通より少し良い程度の茶である。


 それでも十分おいしい。


 俺は椀を両手で持ち、ぼんやり広場の机を見た。


「断るって、疲れますね」


「慣れてないからだよ」


 マルタさんが隣に座る。


「慣れたら楽になりますか?」


「少しはね。でも、優しい人ほど断るのは疲れる。だから一人でやらない仕組みを作るんだ」


 彼女はぷる太の方を見た。


「ほら、あの子だって一人じゃないだろ」


 ぷる太はミナと一緒に、四角の木片を練習していた。


「保留!」


「ぷる」


「相談!」


「ぷる」


「アレンお兄ちゃんが少しならって言ったら?」


「ぷるっ!」


 バツ。


 即答だった。


「ぷる太、そこは迷わないんだな」


「ぷる」


 ぷる太は自信満々だった。


 シルフィが記録板を抱えてやってくる。


「師匠」


「はい」


「今日の練習で、師匠の弱点がかなり明確になりました」


「そんなに?」


「はい。困っている人、限定期間、あなたにしかできない、多くの人を救える、謝礼を出す、丁重に扱う。このあたりに反応しやすいです」


「並べられると、俺かなり危ないですね」


「危ないです」


 はっきり言われた。


 でも、嫌な感じはしなかった。


 危ないと分かったなら、対策できる。


 村長が茶をすすりながら言った。


「では、アレン用の返答定型文を作るか」


「返答定型文?」


「そうだ。迷ったら、それを読む」


 クラウディアが頷く。


「有効です。騎士団でも、危機時の基本応答は定型化します。迷った時ほど、決めておいた言葉に戻るべきです」


「なるほど」


 シルフィはすぐに羊皮紙を広げた。


「では、作りましょう」


 みんなで考えた結果、アレン用の基本返答はこうなった。


『ご依頼の内容は理解しました。ただし、この場で私個人が判断することはできません。正式な文書を提出してください。村長、記録係、必要に応じて王国騎士団またはギルドと確認した上で、改めて返答します』


 俺はそれを読み上げた。


「……硬いですね」


「硬い方がよい」


 村長が言う。


「柔らかくすると、お前さんは隙間から『少しなら』を入れる」


「信用がない」


「信用しているから、対策するのだ」


 マルタさんが笑った。


「そうそう。アレンが優しいのはみんな知ってる。その優しさを守るための言葉だよ」


 優しさを守る。


 その言い方に、少し胸が温かくなった。


 俺はずっと、優しさは使うものだと思っていた。


 誰かのために差し出すもの。


 でも、この村では違うらしい。


 優しさも、守るものなのだ。


     ◇


 最後の総仕上げは、村長だった。


 彼は来訪者席に座ると、妙に淡々とした声で言った。


「アレン。村長命令だ。お前さんは今から三日三晩、寝ずに畑と井戸と保存庫を全部整えろ」


「村長さんがそんな命令をするわけないじゃないですか」


「練習だ」


「いや、でも」


「村のためだ」


 その一言で、俺は少し詰まった。


 村のため。


 これもまた、弱い。


 村のためなら頑張りたい。


 リーフェル村のためなら、多少無理をしても。


「少しなら――」


「ぷるっ!」


 ぷる太が本日最大級の勢いでバツへ飛びついた。


 ミナが両手を上げる。


「バツ! 超バツ!」


 マルタさんが呆れた顔をする。


「今のはひどいねぇ、アレン」


「村長さん相手だと、つい」


 村長は、わざと厳しい顔をした。


「相手が村長でも、無茶な命令は断れ」


「でも、村のためなら」


「村のためにお前さんを潰すなら、その村はもう守る価値を失っておる」


 広場が静かになった。


 村長の声は重かった。


「よく聞け、アレン。村は人を守るためにある。村のためと言って、人を使い潰すようになったら、それは村ではなくなる」


 俺は何も言えなかった。


 村長は続ける。


「お前さんも村の一人だ。だから、村のためにお前さんを壊す命令など、儂は出さん。もし出したら止めろ。儂が間違っている」


「村長さんが、間違うこともあるんですか」


「ある。人間だからな」


 あまりに当然のように言われて、胸が詰まった。


 勇者パーティーにいた頃、上に立つ者は間違わないのだと思っていた。


 少なくとも、カイルはそう振る舞っていた。


 でも、この村の村長は違う。


 自分も間違うと言う。


 間違ったら止めろと言う。


 それは、すごく強いことだと思った。


 俺はゆっくり頷いた。


「分かりました」


「では、返答してみろ」


 俺は、羊皮紙の定型文を見た。


 それから、村長を見た。


「ご命令の内容は理解しました。ただし、この場で俺一人が判断することはできません。寝ずに三日三晩働くことは、俺の体にも村にも良くありません。村長、記録係、村のみんなと相談して、必要な作業を分けて考えます」


 ぷる太が、バツから四角へ移り、最後に丸の木片へ体を寄せた。


「ぷる」


 丸。


 大丈夫。


 ミナが拍手した。


「アレンお兄ちゃん、丸!」


 村長も深く頷いた。


「よし」


 マルタさんが笑う。


「やっと言えたね」


 シルフィは目元を柔らかくした。


「師匠、成長です」


 クラウディアも静かに言った。


「この返答なら、外でも使えます」


 俺は息を吐いた。


 疲れた。


 でも、不思議と嫌な疲れではなかった。


     ◇


 夕方、外部対応広場には新しい板が追加された。


 門番老人が彫ったものだ。


『アレン用基本返答』


 その下に、少し短くした文。


『この場で一人では決めません。文書を出してください。村で相談して返事をします』


 さらに、ミナが横に四角の印を描いた。


 ぷる太がそれを見て、満足そうに揺れる。


「ぷる」


「これで、アレンお兄ちゃんが少しならって言っても大丈夫!」


 ミナが言う。


「いや、俺も言わないようにするから」


「ぷる太も見てる!」


「心強いな」


 俺は本当にそう思った。


 断る練習は、恥ずかしかった。


 何度も弱いところを突かれた。


 自分がどれだけ「少しなら」と言いかけるのか、嫌になるほど分かった。


 でも、同時に分かったこともある。


 断るのは、相手を見捨てることではない。


 自分を守ることでもある。


 そして、自分を守ることは、村を守ることにもつながる。


 シルフィが隣に立った。


「師匠」


「何?」


「今日は、とても大事な日でした」


「そんなに?」


「はい。師匠が自分を差し出さない練習をした日ですから」


「まだ練習だけど」


「練習から始まります」


 シルフィは少し笑った。


「私も、最初は練習でした。戻りません、と言う練習。怖いと言う練習。助けてほしいと言う練習」


「今は言える?」


「はい。まだ怖いですが、言えます」


「俺も、言えるようになるかな」


「なります」


 シルフィは迷わず言った。


「師匠は、学ぶ方ですから」


 ぷる太が足元で、ぷる、と鳴いた。


 四角の木片に体を寄せてから、丸へ移る。


 保留から、大丈夫へ。


 まるで、そう言ってくれているみたいだった。


 俺は笑って、ぷる太をそっと撫でた。


「ありがとう、ぷる太」


「ぷる」


 外部対応広場の旗が、夕風に揺れている。


 今日、この場所で俺は初めて、本気で断る練習をした。


 たぶん、これから何度も試される。


 王国からも、エルフからも、商人からも、誰かの善意からも。


 でも、もう一人で即答しない。


 この村には、四角の木片がある。


 持ち帰って相談する場所がある。


 俺を止めてくれる人たちがいる。


 それだけで、少しだけ背筋が伸びた。

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