第40話 リーフェル印の薬草、王都で静かに評判になる
王都冒険者ギルドの薬草鑑定室は、朝から妙に静かだった。
静か、といっても人がいないわけではない。
鑑定官が三人、補助職員が二人、薬師組合から来た立会人が一人。さらに、薬草取引担当のヘルマンと、受付業務の合間を縫ってマリナも立ち会っている。
人数だけなら、むしろ普段より多い。
だが、誰も無駄口を叩かなかった。
理由は、机の上に並べられた三つの籠だった。
リーフェル村から届いた初回納入分の薬草。
止血草。
苦葉。
疲労回復用の香草。
どれも量は多くない。
むしろ王都ギルドの規模から見れば、試験納入と言うにも控えめすぎる量だった。
けれど、鑑定官たちの目は真剣だった。
「……香りが立ちすぎていない」
年配の鑑定官が、疲労回復用の香草を指先で摘まみながら言った。
「強い薬草は、乾燥後に香りが暴れやすい。だがこれは、落ち着いている。成分が抜けているわけではない。むしろ、芯に残っている」
若い鑑定官が止血草を見て、眉を上げる。
「葉脈も整っていますね。変色も少ない。輸送中の劣化がほとんど見られません」
「保存状態がよいのでしょう」
ヘルマンが帳簿に書き込みながら答える。
「ただし、リーフェル村側からは、これはあくまで外部販売用の品質区分であり、村内用とは別であると説明されています」
鑑定室に、微妙な沈黙が落ちた。
薬師組合の立会人が、眼鏡を押し上げる。
「これで、外部販売用?」
「はい」
「村内用は、これより上と?」
「その可能性があります。ただし、契約上、村内用の詳細は非公開です」
マリナが静かに補足した。
「井戸水、村内用薬草、その他非公開資源については、今回の取引対象外です」
「分かっております」
薬師組合の立会人は少し残念そうに言った。
「分かってはおりますが、薬師として気になるのも事実です」
「お気持ちは分かります」
マリナは微笑んだ。
「ですが、気になるからこそ守る必要があります。あの村は、すでに一度、偽薬商人と貴族家に狙われました」
「それは……そうですね」
立会人は表情を引き締めた。
ドラン商会の偽薬事件は、薬師組合にも衝撃を与えていた。
粗悪な防腐液を万能保存薬として売ろうとした。
しかも辺境村に。
薬を扱う者として、それは看過できない行為だった。
「リーフェル村の薬草は、丁寧に扱うべきです」
ヘルマンが言った。
「品質だけでなく、流通の仕方も」
年配の鑑定官が頷く。
「では評価は?」
ヘルマンは帳簿を見た。
「止血草は上級。苦葉は上級に近い中上級。香草は上級。ただし、いずれも希少品扱い。大量流通不可。王都ギルド管理下で、信頼できる薬師と冒険者への限定販売」
「価格は通常上級薬草の一・五倍程度か」
「最初はそれでよいでしょう。人気が出すぎると困ります」
若い鑑定官が苦笑した。
「人気が出る薬草を、人気が出すぎないように扱う。妙な話ですね」
マリナは静かに答えた。
「リーフェル村には、続けられる範囲で続けてもらう必要があります。こちらが欲張れば、取引そのものが壊れます」
「欲張らない商売ですか」
ヘルマンが少し笑った。
「王都では、なかなか珍しい」
「だからこそ、ギルドが窓口になる意味があります」
マリナは籠の薬草を見つめた。
控えめな量。
しかし、丁寧に束ねられ、品質区分の札まで添えられている。
札の字はシルフィのものだろう。
その横に、小さな丸印がある。
おそらく、ぷる太の確認済みという意味なのだろう。
正式な検査印ではない。
ただの丸。
けれど、マリナはそれを見て少し笑ってしまった。
「どうしました?」
ヘルマンが尋ねる。
「いえ。リーフェル村らしい確認印だと思いまして」
ヘルマンも札を見て、眼鏡の奥の目を細めた。
「なるほど。ぷる太殿の丸ですか」
「おそらく」
「では、こちらも丁寧に扱わねばなりませんね」
真面目にそう言うものだから、鑑定室の空気が少し和らいだ。
◇
その日の昼過ぎ、王都ギルドの一階販売窓口に、小さな札が出された。
『リーフェル村産薬草 少量入荷』
札は控えめだった。
大きく宣伝するつもりはない。
派手な売り文句もない。
ただ、ギルドの薬草をよく買う冒険者なら気づく位置に、そっと置かれている。
それでも、目ざとい冒険者はいる。
「リーフェル村?」
最初に気づいたのは、片腕に包帯を巻いた中堅冒険者だった。
名はジム。
魔物討伐よりも護衛や探索を得意とする、堅実な冒険者である。
「最近、噂の村か。スライムが偽薬を見抜いたっていう」
販売窓口の職員が苦笑した。
「そちらの噂の広がり方は、少々困っておりますが」
「いや、悪い意味じゃないさ。むしろ助かったやつも多いぞ。ドラン商会の薬を買いかけてた新人が、噂を聞いてやめたって話もある」
「それなら幸いです」
「で、その村の薬草ってことは、質がいいのか」
「少量ですが、ギルド鑑定済みの上級品です。ただし、お一人につき購入数を制限しています」
「制限?」
「はい。買い占め防止です」
ジムは笑った。
「いいじゃないか。じゃあ止血草を一束」
「用途は?」
「明日から北街道の護衛だ。念のため」
「承知しました。使用方法の説明書もお付けします」
職員が包みを渡す。
ジムはその場で香りを確かめ、目を丸くした。
「おい、これ……」
「はい?」
「いや、強すぎないのに、いいな。傷薬に混ぜやすそうだ」
「鑑定官も同じような評価でした」
「なるほどな。リーフェル村、やるじゃないか」
彼は代金を払い、薬草を懐にしまった。
その背中を見ていた別の冒険者が近づいてくる。
「俺も見せてくれ」
「購入制限があります」
「買い占めない。見るだけだ」
「見るだけで済む方が少ないので、先に言っておきます」
「信用ないな」
「薬草相手の冒険者は、だいたいそうです」
販売窓口の前に、小さな列ができ始めた。
大騒ぎではない。
だが、静かな注目。
これが、マリナとヘルマンの狙いだった。
大人気にしすぎない。
しかし、価値を知る者には届かせる。
リーフェル村を守りながら、村に正当な利益を返す。
そのための、静かな売り出しだった。
◇
夕方になる頃には、止血草は半分以上売れていた。
苦葉は薬師が数人買い、香草は長距離護衛を請け負う冒険者が買っていった。
販売窓口の職員が、在庫表を見ながら呟く。
「思ったより早いですね」
ヘルマンが横から答える。
「明日は出さなくてよい。今日の分はここまでです」
「まだ残っていますが」
「全部出すと、明日また来た者が期待します。希少品として扱うなら、常に少し足りないくらいがよい」
「商売ですね」
「守るための商売です」
ヘルマンは静かに言った。
「売れるから出す、ではドラン商会と同じ発想になります。続く形にしなければ」
職員は頷いた。
「リーフェル村側には、今日の販売報告を?」
「すぐに出します。価格、数量、購入者の分類、評判。全部まとめて」
「細かいですね」
「シルフィ殿が読むでしょうから」
「なるほど」
それだけで職員は納得した。
リーフェル村の記録係は、王都ギルド内でも少しずつ知られ始めていた。
契約書を読み、品質区分を作り、ぷる太の記号識別まで記録するエルフの少女。
何とも奇妙な評判だが、少なくともギルド職員の間では好意的だった。
マリナが販売窓口に顔を出した。
「状況は?」
「順調です。買い占めもなく、制限内で売れています」
「問い合わせは?」
「かなりあります。ただ、井戸水や村内用薬草については、契約上非公開と説明しています」
「しつこい方は?」
「二名ほど」
「名前を控えてください」
「もう控えています」
「ありがとうございます」
マリナは在庫を確認し、少し安心した。
初回としては上々。
良すぎるくらいだ。
だからこそ、慎重さが必要だった。
その時、奥の事務室から若い職員が慌てて出てきた。
「マリナさん」
「どうしました」
「ドラン商会の偽薬被害について、追加の申し出が三件ありました」
販売窓口の空気が変わる。
ヘルマンも顔を上げた。
「三件」
「はい。二件は冒険者、一件は王都近郊の村からです。保存薬として使った食料が腐敗。もう一件は腹痛。幸い重症者はいません」
「薬師組合へ連絡を」
「すでに」
「商業裁定所にも追加資料として送ってください」
「はい」
マリナは静かに息を吐いた。
予想していたことではある。
だが、実際に被害者が出ていると分かると、怒りが胸に沈んだ。
リーフェル村で止められなければ、被害はもっと広がっていたかもしれない。
ぷる太が見抜いたあの小瓶は、ただの村の騒動では終わらなかった。
王都の冒険者や、別の村の生活にも関わっていたのだ。
「ドラン商会への処分は、さらに重くなりますね」
ヘルマンが言う。
「ガリオン男爵家も、逃げにくくなります」
マリナは答えた。
「偽薬の流通を放置し、その上で辺境村との独占契約を進めようとした。商業裁定所は、かなり厳しく見るでしょう」
「リーフェル村へも伝えますか」
「はい。ただし、安心と注意の両方を」
「追い詰められた者は何をするか分からない」
「その通りです」
マリナは窓の外を見た。
王都の夕方は、人の流れが多い。
その中に、噂も混じっている。
リーフェル村の薬草は良い。
ドラン商会の偽薬は危ない。
ガリオン男爵家が関わっているらしい。
井戸守りぷる太というスライムがいる。
噂は止められない。
だから、せめて流れ方を整える必要がある。
リーフェル村が狙われすぎないように。
価値だけが一人歩きしないように。
◇
その頃、ドラン商会の看板は半分降ろされていた。
薬品販売停止。
倉庫調査。
商業裁定所の聴取継続。
それらの措置により、店の前を通る者たちの視線は冷たかった。
ドランは店の奥の部屋で、帳簿を叩きつけた。
「くそっ!」
インク壺が揺れ、黒い染みが机に広がる。
部下の商人が怯えた顔で立っている。
「旦那様、落ち着いてください」
「落ち着けるか! 薬品販売が止まれば、うちの利益の三割が飛ぶ! しかも追加被害だと? 今さら名乗り出るな、連中め!」
「ですが、実際に偽薬が」
「黙れ!」
ドランは立ち上がり、部下を睨んだ。
「元はと言えば、あの村だ。リーフェル村。あのスライムさえ余計な反応をしなければ」
「旦那様、それを外で言ってはいけません。今はギルドも裁定所も目を光らせています」
「分かっている!」
ドランは歯ぎしりした。
分かっている。
だからこそ腹立たしい。
以前なら、辺境村の一つくらいどうにでもなった。
少し脅し、少し甘い条件を見せ、細かい文字の契約書に署名させる。後から文句を言われても、王都の裁定所まで来られる村など少ない。
だが、リーフェル村は違った。
エルフの記録係が契約書を読み、付与術師が悪意を可視化し、スライムが偽薬を見抜き、村長が証拠をギルドへ送った。
おかしい。
辺境村とは、そんなに面倒な場所ではなかったはずだ。
「旦那様」
部下が遠慮がちに言う。
「ガリオン男爵家からは?」
「何もない」
「見捨てられたのでしょうか」
「向こうも泥舟だ。助ける余裕などないだろう」
ドランは吐き捨てた。
ガリオン男爵家も取引監視を受けている。
互いに相手へ責任を押しつけようとして、さらに疑いを深めた。
今ではもう、手を組むどころではない。
「何か手を打たなければ」
部下が言った。
「信用を取り戻すために、正規品を安く売るとか」
「馬鹿を言うな。今は薬品販売停止中だ」
「では、別の商品で」
「信用が落ちた商会の商品を誰が買う」
ドランは椅子に座り込んだ。
頭の中で、リーフェル村の光景が蘇る。
アレン。
あの温厚そうな青年。
自分を治療したくせに、その後で契約書の悪意を暴いた。
悪意の可視化。
あれがなければ、まだ言い逃れはできた。
「……アレン」
ドランは低く呟いた。
「あの付与術師さえいなければ」
だが、もう直接手を出せない。
王国騎士団の文書も出たと聞いている。
リーフェル村は、ギルドとも正式に取引を始めた。
今や、下手に動けばさらに自分の首を絞める。
ドランは机を握りしめた。
悔しい。
だが、今は動けない。
それが何より屈辱だった。
◇
一方、ガリオン男爵家の屋敷でも、空気は最悪だった。
バルバロ・フォン・ガリオン男爵は、届いた追加報告を読んで顔を赤くしていた。
「また偽薬被害だと!」
執事は静かに頭を下げる。
「はい。商業裁定所から追加聴取の可能性があると」
「なぜ私のところへ来る! 偽薬はドランの商会の問題だ!」
「しかし、リーフェル村への商談について、男爵家の命令書が」
「何度も言うな!」
バルバロはグラスを投げつけた。
床に当たり、割れる。
執事は表情を変えなかった。
「それと、王都内での噂ですが」
「まだあるのか」
「リーフェル村の薬草がギルドで高評価を受けているそうです」
「……何?」
「少量販売ながら、冒険者の間で評判が良いとのことです」
バルバロの表情が歪んだ。
リーフェル村。
あの小村。
自分が独占しようとした村。
それが、自分を通さず、王都ギルドと正式に取引を始め、評価されている。
「ふざけるな」
低い声だった。
「あの村の薬草は、本来なら我が家の利益になっていたはずだ」
執事は何も言わない。
言えば、火に油を注ぐだけだ。
「ギルドめ。あの受付嬢め。王国騎士団まで出てきおって」
バルバロは椅子に倒れ込む。
「辺境村一つに、なぜこれほど邪魔が入る」
「それだけ、価値があると見られているのでは」
「そんなことは分かっている!」
価値がある。
だから欲しかった。
だが、欲しがり方を間違えた。
その自覚は、バルバロにはなかった。
彼にあるのは、自分の利益を横取りされたという怒りだけだった。
「リーフェン家はどう動いている」
ふと思い出したように尋ねる。
「エルフの名家ですか」
「そうだ。あちらもあの村に関心を持っていると聞いた」
「詳しい情報は入っておりません。ただ、王国騎士団からリーフェル村に関する文書が出されたため、各方面が慎重になっているようです」
「慎重、か」
バルバロは唇を歪めた。
自分は動けない。
だが、他の者が動けば。
リーフェル村がまた揉めれば。
そこに隙が生まれるかもしれない。
「監視を続けろ」
「誰をでしょう」
「リーフェル村だ。直接手は出すな。だが、動きは拾え」
「承知しました」
執事は頭を下げた。
バルバロは割れたグラスを見つめながら、低く呟く。
「まだ終わっていない」
◇
王都ギルドの販売が終わる頃、マリナはリーフェル村への報告書を書いていた。
机の上には、販売記録。
購入者層。
薬師組合の評価。
追加偽薬被害の報告。
ドラン商会とガリオン男爵家の処分見込み。
そして、リーフェル村への注意事項。
書くことは多い。
だが、彼女は一つずつ丁寧にまとめた。
『初回納入分について、王都ギルド鑑定では高品質と評価されました。販売は少量・購入制限つきで行い、買い占めは発生していません』
『冒険者・薬師からの評判は良好です。ただし、評判が広がりすぎないよう、ギルド側で希少品扱いとして管理します』
『ドラン商会の偽薬被害について、追加申し出がありました。リーフェル村での発見がなければ、被害がさらに広がった可能性があります。ぷる太殿の反応は、結果として多くの被害を防いだことになります』
そこまで書いて、マリナは少し手を止めた。
ぷる太殿。
正式文書でこの表記を使うことにも、もう慣れてきている自分がいた。
彼女は小さく笑い、続きを書く。
『一方で、ドラン商会およびガリオン男爵家は追い詰められています。現時点で直接的な再接触の兆候はありませんが、引き続き注意してください』
最後に、個人的な一文を添えた。
『アレン様、シルフィ様、村長様。取引は順調です。ただし、順調な時ほど無理をしないでください。売れるから増やす、ではなく、村で続けられる量を守ってください』
封をする前に、少し考え、もう一文。
『ぷる太殿にも、初回確認のおかげで無事に販売できたとお伝えください』
マリナは封を閉じ、ギルド便へ渡した。
王都の夜風が窓から入る。
リーフェル村へ届く頃、あの村ではまた井戸端でぷる太が丸やバツの練習をしているのだろうか。
そう思うと、少しだけ心が和らいだ。
◇
翌日の夕方、リーフェル村にギルド便が届いた。
外部対応広場ができてから、初めての正式な報告便だった。
門番老人が入口で受け取り、村長へ渡す。
外部対応広場の机に、村長、シルフィ、俺、クラウディアが並んだ。
ぷる太は見張り桶に入っている。
ミナは補助係として、丸と四角の木片を持っている。
「では、読むぞ」
村長が封を開けた。
シルフィが文面を確認しながら、要点を読み上げていく。
「初回納入分、高品質評価。販売は少量・購入制限つき。買い占めなし。冒険者・薬師からの評判良好。ただし希少品扱いとして管理」
村人たちから、小さなどよめきが起きた。
「売れたのか」
「王都で評価されたって」
「うちの薬草が」
マルタさんが嬉しそうに笑う。
「よかったじゃないか」
俺もほっとした。
「ちゃんと売れたんですね」
「はい」
シルフィの声にも、少し誇らしさが混じっていた。
「ただし、マリナさんは無理に増やさないよう注意しています」
村長が頷く。
「当然だ。村の分が第一だ」
マルタさんも言う。
「冬支度の薬草まで売っちゃ意味ないからね」
「ぷる」
ぷる太も同意するように揺れた。
シルフィは続きを読んだ。
「ドラン商会の偽薬被害、追加申し出あり。リーフェル村での発見がなければ、被害拡大の可能性。ぷる太殿の反応は、多くの被害を防いだことになる、と」
その瞬間、ミナが目を輝かせた。
「ぷる太! ぷる太、王都の人も助けたんだって!」
「ぷる?」
ぷる太は一瞬分からなかったように揺れた。
シルフィが優しく言い換える。
「ぷる太が偽薬を見つけたから、ほかの人たちも危ない薬に気づけたのです」
「ぷる……」
ぷる太は、ゆっくり体を膨らませた。
誇らしさと驚きが混じっているようだった。
ミナが丸の木片を掲げる。
「ぷる太、丸!」
「ぷる!」
ぷる太は勢いよく光った。
今日は誰も止めなかった。
クラウディアも、少し微笑んでいる。
「王国文書に記す価値がありましたね」
「本当に」
俺は笑った。
ぷる太は村の井戸を守っただけではない。
知らない誰かの食料や体も守った。
それは小さなスライムにとって、大きすぎる功績かもしれない。
でも、ぷる太はただ嬉しそうに揺れていた。
その素直さが、なんだか眩しかった。
◇
報告の最後に、注意事項が読まれた。
ドラン商会とガリオン男爵家は追い詰められている。
直接的な再接触の兆候はないが、注意が必要。
順調な時ほど無理をしない。
売れるから増やすのではなく、続けられる量を守る。
村長は手紙を畳み、広場に集まった村人たちを見た。
「聞いた通りだ。王都で評価された。これは喜ばしい。だが、増やさん」
若者の一人が尋ねる。
「もう少し売れば、冬支度がもっと楽になるのでは?」
「なる」
村長は認めた。
「だが、畑も薬草も急に増えるものではない。アレンに無理をさせるつもりもない。シルフィに記録を抱えさせすぎるつもりもない。ぷる太にも、何でも見せるつもりはない」
「ぷる」
ぷる太が真面目に返事をした。
「売れるから増やす。それを始めれば、また外に振り回される」
村長の声は落ち着いていた。
「この村は、続けられる量だけ売る。それ以上はしない」
村人たちは頷いた。
すぐに大きく儲ける道ではない。
でも、安心して続けられる道だ。
俺はその決定に、心からほっとした。
「アレン」
村長が俺を見る。
「はい」
「お前さんもだ。薬草の量を増やそうとして、土や水に余計なことをするな」
「はい」
「返事が早いな」
「最近、先に言われそうなことが分かってきました」
「よい成長だ」
シルフィが記録する。
「師匠、余計な付与をしない成長を確認」
「それ記録するんだ」
「重要です」
ぷる太が四角の木片に体を寄せた。
保留。
考える。
すぐ決めない。
俺はその様子を見て笑った。
この村は、今日もちゃんと学んでいる。
◇
その夜、リーフェル村では、小さな祝いの鍋が出た。
豪華なものではない。
いつもの豆と野菜の鍋に、少しだけ塩漬け肉が多い。
マルタさんが「初回取引成功祝いだよ」と言って、村のみんなへよそっていく。
ぷる太の見張り桶も、今日は広場から井戸のそばへ戻っていた。
ミナがぷる太の前に、小さな木札を置く。
『王都も守ったぷる太』
「ミナ、それは少し大げさじゃないか?」
俺が言うと、ミナは真剣に反論した。
「大げさじゃないよ! マリナさんが書いてたもん!」
「まあ、確かに」
ぷる太は木札を見て、少し照れたように揺れた。
スライムが照れるのかは分からない。
でも、そう見えた。
シルフィは鍋を食べながら、静かに言った。
「師匠」
「何?」
「今日の報告で、リーフェル村は外とつながる力を持ったのだと思います」
「外とつながる力」
「はい。ただ売るだけではなく、量を決め、秘密を守り、評価を受け止め、無理をしない。これは、とても大事な力です」
「俺たち、少しずつ強くなってるのかな」
「はい」
シルフィははっきり頷いた。
「剣や魔法とは違う強さです」
俺は鍋の湯気を見た。
王都では、リーフェル村の薬草が売れた。
ドラン商会とガリオン男爵家は、さらに追い詰められた。
ぷる太の発見は、知らない誰かを助けた。
大きな流れが、村の外で動いている。
それでも、ここには鍋がある。
井戸がある。
笑い声がある。
そして、無理をしないと決める村がある。
俺はそれが、とてもいいと思った。
「明日も、いつも通り畑を見よう」
俺が言うと、シルフィがすぐに言った。
「見すぎないように」
「はい」
村人たちが笑う。
ぷる太も、ぷるんと揺れた。
王都で静かに評判になったリーフェル印の薬草。
その始まりの日は、派手な勝利ではなく、いつもより少し肉の多い鍋と、ぷる太の小さな木札で締めくくられた。




