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無能だと追放された底辺付与術師、実は世界で唯一の【全自動・神級バフ】持ちでした 〜辺境でスローライフを送るはずが、俺が抜けて壊滅寸前の勇者パーティーが泣きついてきてももう遅い。  作者: 終焉を綴る堕天筆聖セラフィム・夜叉王院常闇寛龍


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第39話 リーフェン家、王国文書に苛立つ

 リーフェン家の館に届いた封書は、厚かった。


 ただの手紙ではない。


 封蝋には王国騎士団の紋章。


 その隣には、王都冒険者ギルドの印。


 さらに商業裁定所の確認印まで添えられている。


 使者がその封書を執務室へ運んできた時、部屋にいた文官たちは互いに視線を交わした。


 誰も声には出さない。


 だが、誰もが理解していた。


 これは、ただの返答ではない。


 王国側が、リーフェル村の件を正式に把握しているという意思表示だった。


「当主代理」


 文官セインが、封書を両手で差し出す。


「王国騎士団、冒険者ギルド、商業裁定所の共同確認書です」


 エルドラン・リーフェンは、机の向こうでゆっくり顔を上げた。


 その表情には、まだ大きな変化はない。


 ただ、部屋の魔力がわずかに冷えた。


「共同確認書」


 低い声だった。


「人間どもは、ずいぶん仰々しいものを送ってくる」


「確認いたしますか」


「当然だ」


 セインは封を切り、文書を開いた。


 上質な羊皮紙に、整った文字が並んでいる。


 エルドランは受け取ると、無言で読み始めた。


 リュシアは部屋の端に立っていた。


 先日の使者団に同行した者として、呼ばれている。


 彼女は、文書を読むエルドランの表情を見ていた。


 最初は静かだった。


 だが、読み進めるにつれ、彼の指先が机を叩き始めた。


 一定の間隔。


 苛立ちを抑えている時の癖だ。


「……王国領内リーフェル村における住民意思尊重および生活基盤保全に関する共同確認書」


 エルドランは題名を読み上げ、薄く笑った。


「長い。人間の文官は、長い題名を書けば賢く見えると思っているのか」


 誰も答えない。


 エルドランは続きを読んだ。


「外部勢力による強制連行、強制移転、脅迫的契約、本人意思を無視した協力要請を認めない……」


 そこで、彼の声が止まった。


 目元が冷える。


「これは、我々に向けた文言だな」


 セインが慎重に答える。


「おそらくは」


「おそらく、ではない。明確にそうだ」


 エルドランは文書を机に置いた。


 その音は小さい。


 けれど、部屋の空気は一段重くなった。


「人間の王国騎士団が、リーフェン家に対して、シルフィの帰還要求を強制連行と呼ぶつもりか」


 森術師の一人が、小さく口を開いた。


「当主代理。文面上は、特定の家名を挙げているわけではありません」


「だからこそ腹立たしい」


 エルドランは冷たく言った。


「名指しを避けながら、こちらの動きを縛る。自分たちは中立のふりをしてな」


 彼は文書をさらに読み進めた。


「王国は同村の特定個人、特定資源を独占的に管理する意図はない……」


 エルドランは鼻で笑った。


「当然だ。管理する資格もない」


 だが、次の一文で表情がさらに険しくなる。


「現地に根付いた自然物および村の管理下にある生活基盤について、当事者合意なき移動・採取・占有を認めない」


 部屋の隅で、リュシアは静かに息を吐いた。


 よかった。


 ほんの少しだけ、そう思ってしまった。


 世界樹を名指ししていない。


 けれど、勝手に移すなと釘を刺している。


 シルフィを名指ししていない。


 けれど、本人の意思を無視するなと書いている。


 アレンを所有すると言っていない。


 けれど、外部からの拘束を認めないと示している。


 リーフェル村を守る文書としては、よく考えられていた。


 同時に、エルドランを怒らせるには十分だった。


「リュシア」


「はい」


 呼ばれ、リュシアは一歩前に出た。


「お前は、この文書を見てどう思う」


 試されている。


 すぐ分かった。


 ここで「王国側の文書は妥当です」と言えば、エルドランは自分を疑うだろう。


 しかし、完全に否定することもできない。


 リュシアは言葉を選んだ。


「王国側は、リーフェル村を囲い込む意図はないと明記しています」


「それを信じるのか」


「信じるというより、表向きはそう書いてあります。少なくとも、こちらが『王国がアレン殿や世界樹を独占しようとしている』と主張するには弱くなりました」


 エルドランの目が細くなる。


「つまり、我々の動きが難しくなったと」


「はい」


「ずいぶん素直に認めるのだな」


「事実です」


 リュシアは静かに答えた。


「この文書がある以上、リーフェル村で強制的な身柄確保や資源移転を試みれば、王国側は介入理由を得ます」


 部屋の空気がさらに冷えた。


 セラド法務官も同席していた。


 彼は長い指で顎に触れながら、文書を見ている。


「当主代理。リュシア殿の見立ては正しいかと」


「セラドまで同じことを言うか」


「悔しいですが、文面はよくできています。こちらの名誉を直接傷つけず、しかし行動を制限する。特に『生活基盤』という表現が厄介です。世界樹と明記していないため、こちらが世界樹の話に引き込めません」


 エルドランは不機嫌そうに沈黙した。


 セラドは続ける。


「さらに添付事項をご覧ください」


 エルドランが別紙を取る。


 読み始め、途中で眉をひそめた。


「……井戸守りとして扱われる知性化スライム個体についても、村の生活基盤の一部として、無断捕獲・譲渡・契約対象化を認めない」


 しばし、部屋が静まり返った。


 エルドランは、ひどくゆっくり顔を上げた。


「人間どもは、スライムの保護まで文書にしたのか」


 誰も笑わなかった。


 笑える空気ではなかった。


 セラドが真面目に答える。


「一見滑稽ですが、実際には意味があります。あのスライムは井戸水の浄化と異常検知に関わっている可能性が高い。村にとっては生活基盤です。王国側は、その点を把握した上で書いています」


「ぷる太、だったか」


 エルドランは不愉快そうに名を口にした。


「スライムに名を与え、役職を与え、王国がそれを認める。人間の村とは、つくづく理解しがたい」


 リュシアは黙っていた。


 理解しがたい。


 確かにそうだ。


 けれど、その理解しがたさの中に、シルフィが息をできる場所があった。


 役に立つから守るのではなく、村の一員だから守る。


 それを、エルドランはまだ理解しようとしない。


     ◇


 エルドランは文書を机に放った。


「王国側は、こちらを牽制している」


「はい」


 セラドが頷く。


「ただし、こちらを完全に敵に回したいわけではありません。外交問題に発展させないよう、言葉を慎重に選んでいます」


「ならば、こちらも慎重に動けということか」


「少なくとも、次に強硬な使者団を送るのは得策ではありません」


「お前がそれを言うか」


 エルドランの声に皮肉が混じった。


 セラドは涼しい顔で答える。


「先日は正式な申し立てでした。しかし、王国側がここまで早く文書を整えた以上、同じ形で押せばこちらが不利になります」


「では、引けと?」


「いいえ」


 セラドは薄く笑った。


「形を変えるべきです」


 エルドランは、その言葉で少しだけ機嫌を戻した。


「形を変える」


「はい。強制ではなく、招待。要求ではなく、学術的意見交換。管理権の主張ではなく、森術研究の場への参加要請。表向きは穏やかに、礼を尽くし、相手が拒みにくい形を取ります」


 リュシアの胸が冷えた。


 嫌な流れだ。


 強引に連れていくことが難しくなったから、今度は丁寧な言葉で誘い出す。


 それは、リーフェル村が最も警戒しているものだ。


 分からない時は持ち帰る。


 あの村なら、すぐには頷かないだろう。


 それでも、罠は罠だ。


「森術学術会議」


 エルドランが呟いた。


「以前から準備していたな」


「はい」


 セラドが頷く。


「古代森術、樹精研究、魔力回路再生、森霊樹の保全。これらを扱う小規模な会議です。本来はリーフェン家内と一部の分家向けですが、外部の特別参加者を招く形にできます」


「アレンとシルフィを招く」


「はい。世界樹の若木については直接名指ししません。あくまで、シルフィの古代森術基礎紋発現と、アレン殿の付与術に関する意見交換という名目です」


 エルドランは指で机を叩いた。


 先ほどより、音が落ち着いている。


 怒りから計算へ切り替わっているのが分かった。


「王国騎士団はどうする」


「招待状に、必要であれば王国側の立会人を一名認めると書いてもよいでしょう」


 セラドが言う。


「それで警戒を下げる」


「立会人が邪魔になる可能性は」


「あります。しかし、完全に拒むと強制目的を疑われます。むしろ、立会人がいても揺さぶれる形にすべきです」


「揺さぶる?」


「はい」


 セラドはリュシアへ視線を向けた。


「シルフィには家の記憶がある。リーフェン家の魔術師たちの前に立てば、村での強さがどこまで保つか分かりません」


 リュシアは思わず言い返しそうになった。


 だが、唇を結ぶ。


 セラドは続ける。


「アレン殿についても同じです。人が良く、自分の価値を低く見積もる傾向があるなら、学術的意義や多くの者を救える可能性を語れば、協力を拒みにくくなる」


「つまり、善意を利用する」


 リュシアの声が、気づけば漏れていた。


 部屋の視線が彼女へ集まる。


 セラドは薄く笑った。


「言い方の問題です。本人の善意に訴える、と言えば聞こえはよいでしょう」


「聞こえをよくしただけで、本質は変わりません」


 言ってしまった。


 リュシアは、自分の声が思ったより冷静だったことに驚いた。


 エルドランは彼女を見た。


「リュシア。お前は、やはりあの村に情を移しているな」


「情を移したかどうかは分かりません」


「では何だ」


「私は、見たものを見なかったことにはできないだけです」


 部屋が静かになる。


 リュシアは続けた。


「シルフィは、もう昔のように命令に従うだけの子ではありません。アレン殿も、ただ善意で自分を差し出すだけの人ではなくなりつつあります。あの村には、彼らを止め、支え、相談させる仕組みがあります」


「仕組み?」


 エルドランが鼻で笑った。


「木の板に『持ち帰る』と書いた程度のものか」


「その程度のものが、ドラン商会とガリオン男爵家を退けました」


 エルドランの顔から笑みが消えた。


 リュシアは息を吸う。


 もう止まれなかった。


「侮れば、また失敗します。あの村は小さいですが、学んでいます。昨日の弱点を、翌日には板にして入口に立てる村です」


 セインがわずかに目を見開いた。


 セラドは黙っている。


 エルドランは、しばらくリュシアを見つめた。


 そして言った。


「だからこそ、早く切り崩す必要がある」


 リュシアの胸が沈む。


 届いていない。


 いや、届いていても、違う結論に使われている。


「学ぶ村なら、学びきる前に動く。支え合う村なら、支えの外へ誘い出す。王国文書があるなら、文書に反しない形で呼び出す」


 エルドランは立ち上がった。


「森術学術会議を利用する。招待状を作れ」


 セラドが頭を下げる。


「承知しました」


「文面は丁寧にしろ。王国騎士団の立会人も一名まで認める。会議の目的は学術交流。強制ではない。拘束ではない。協力は任意。そう書け」


「はい」


「ただし、会議の場では、シルフィの魔力回路と古代森術基礎紋を公開検証する。アレンの付与術も、可能な限り実演させる」


「実演を拒む場合は?」


「問いを重ねる。多くの者を救う可能性を語る。研究を拒む責任を意識させる。彼の善意に訴えろ」


 リュシアは手を握りしめた。


「当主代理」


「何だ」


「それは、王国文書の趣旨に反するのではありませんか」


「反しない」


 エルドランは即答した。


「我々は招待するだけだ。来るか来ないかは、彼らが決める。会議で発言するかどうかも彼らが決める。実に穏当だ」


「ですが、場の圧力は」


「リュシア」


 エルドランの声が低くなった。


「お前は、いつからリーフェル村の代弁者になった」


 その一言に、リュシアは沈黙した。


 ここでさらに言えば、外される。


 同行も、情報を得る機会も失う。


 だから、彼女は頭を下げた。


「失礼いたしました」


「お前には、招待状の使者として同行してもらう」


 リュシアは顔を上げた。


「私が、ですか」


「シルフィは、お前の言葉ならまだ聞く。前回も、完全には拒絶していなかった」


「……承知しました」


「ただし、余計な情は挟むな。リーフェン家の使者として行け」


「はい」


 リュシアは答えた。


 けれど、胸の奥では別の言葉が生まれていた。


 使者として行く。


 でも、見たものは歪めない。


 できるなら、シルフィに伝えたい。


 これは、また別の形をした罠かもしれない、と。


     ◇


 会議が終わると、文官たちは慌ただしく動き始めた。


 森術学術会議の案内状。


 参加名簿。


 会議場所。


 議題。


 王国側立会人を認める文言。


 すべてが、驚くほど早く整えられていく。


 リーフェン家は、こういう時だけは本当に有能だった。


 有能であることが、必ずしも優しさにつながらないのだと、リュシアは思った。


 廊下に出ると、セインがそっと近づいてきた。


「リュシア様」


「何ですか」


「大丈夫ですか」


 リュシアは苦笑した。


「その質問に、はいと答えるべきか迷います」


「では、いいえですか」


「それも違います」


 彼女は窓の外を見た。


 森は相変わらず美しい。


 静かで、整っていて、息苦しい。


「セイン。リーフェル村は、今日も鍋を囲んでいるでしょうか」


「はい?」


「いえ。何でもありません」


 リュシアは首を振った。


 だが、頭の中には、あの村の広場が浮かんでいた。


 木の机。


 ぷる太の見張り桶。


 外部対応広場の小さな旗。


 シルフィが木札を握り、アレンが少し困った顔で笑う姿。


 あの村なら、招待状を受け取っても、すぐには決めないだろう。


 きっと村長が言う。


 持ち帰って相談する、と。


 そうであってほしい。


「リュシア様」


 セインが小声で言う。


「招待状の写しを、先にどこかへ……」


「それ以上は言わない方がよいです」


 リュシアは静かに止めた。


 廊下には耳がある。


 リーフェン家では、壁の木目さえ時に報告者になる。


「ですが」


「私は使者として行きます」


 リュシアは言った。


「その場で、私の言葉として言えることを言います」


「それで足りますか」


「分かりません」


 正直な答えだった。


「でも、何もしないよりはましです」


 セインは深く頭を下げた。


「お気をつけください」


「ええ」


     ◇


 その夜、エルドランの執務室では、招待状の文案が完成していた。


 文面は美しい。


 礼儀正しく、柔らかく、どこにも強制の文字はない。


『古代森術に関する学術的意見交換』


『シルフィ殿の基礎紋発現についての確認』


『アレン殿の付与術に関する知見共有』


『王国側立会人の同席を妨げない』


『参加は任意』


 どこまでも穏やかだ。


 だからこそ、リュシアには怖かった。


 エルドランは文案を読み、満足そうに頷いた。


「よい。これなら王国側も正面から拒みにくい」


 セラドも頷く。


「リーフェル村側が拒否すれば、学術的対話の機会を自ら閉じた形になります。参加すれば、こちらの場に立たせることができる」


「どちらでも、こちらに利がある」


 エルドランは羽ペンを取り、最後に一文を書き足した。


『なお、森術の安全確認のため、発現者本人による簡易検査への協力をお願い申し上げます』


 リュシアの胸がまた冷える。


 簡易検査。


 お願い。


 柔らかい言葉。


 でも、その先に何があるかは分からない。


「これを明朝、リーフェル村へ届ける」


 エルドランは封蝋の準備を命じた。


「リュシア。お前が持っていけ」


「承知しました」


「忘れるな。これは招待だ。脅しではない」


「はい」


「だからこそ、相手の良識に訴えろ。村の狭い都合だけで森術の未来を閉ざすのか、と」


 リュシアは静かに頭を下げた。


「……承知しました」


 顔を上げた時、窓の外には月が出ていた。


 森の葉が銀色に光っている。


 その光の向こうに、リーフェル村の小さな灯りがあるような気がした。


 リュシアは心の中で呟く。


 シルフィ。


 どうか、すぐに頷かないで。


 アレン殿。


 どうか、一人で背負わないで。


 リーフェル村。


 どうか、いつものように持ち帰って相談して。


 美しい招待状は、翌朝、森を出ることになる。


 強硬策が王国文書で止められたリーフェン家は、今度は柔らかな言葉で扉を叩こうとしていた。

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