表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能だと追放された底辺付与術師、実は世界で唯一の【全自動・神級バフ】持ちでした 〜辺境でスローライフを送るはずが、俺が抜けて壊滅寸前の勇者パーティーが泣きついてきてももう遅い。  作者: 終焉を綴る堕天筆聖セラフィム・夜叉王院常闇寛龍


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/90

第35話 森から来た第二の使者団

 その日のリーフェル村は、朝から妙に静かだった。


 静か、といっても人がいないわけではない。畑へ向かう若者たちはいつも通り鍬を担いでいたし、井戸端では女たちが水を汲んでいた。ミナたち子供も、ぷる太の前で丸と三角とバツの木片を並べている。


 けれど、笑い声が少し小さい。


 森の方角を見る回数が、いつもより多い。


 風が枝を揺らすだけで、誰かが顔を上げる。


 そういう静けさだった。


「来ますね」


 シルフィが、井戸のそばでぽつりと言った。


 俺は薬草の籠を抱えたまま、彼女の横に立った。


「リーフェン家?」


「はい。昨日から森の魔力がざわついています。前回のリュシア姉様だけの使者団とは違います。もっと硬い、整えられた気配です」


「硬い気配」


「命令を通すための気配です」


 シルフィの声は落ち着いていた。


 ただ、指先は胸元の木札に触れている。


『付与相談役補佐兼記録係 シルフィ』


 村長から渡された木札。


 リーフェン家の名より重い、と彼女が言い切った木札だ。


 あの日から、シルフィは確かに変わった。


 怖がらなくなったわけではない。


 でも、怖がっても立てるようになった。


 俺は籠を置き、シルフィを見た。


「今日は、一人で答えなくていいからな」


「はい」


「でも、自分で言いたい時は止めない」


「……師匠」


「前に学んだから」


 シルフィは少しだけ笑った。


「はい。師匠は、学ぶ方です」


「それ、最近よく言われる」


「よいことです」


 井戸の縁でぷる太が、ぷるんと揺れた。


 今日はいつもより光を抑えている。努力しているのが分かる。けれど、表面がわずかに波立っていて、緊張しているらしい。


 ミナがぷる太を撫でた。


「ぷる太、大丈夫。今日はバツの出番かもしれないよ」


「ぷる」


「変な人が来たら、バツ!」


「ぷるっ!」


 ぷる太が力強く跳ねた。


「いや、いきなりバツで威嚇はしないように」


 俺が言うと、ミナは真剣な顔で頷いた。


「じゃあ、最初は丸?」


「丸でもないかな」


「三角?」


「様子見、かな」


「様子見の木片作ってない」


 ミナが困った顔をする。


 この緊張した朝に、ぷる太用の新しい記号が必要になるとは思わなかった。


 シルフィが小さく笑う。


「では、あとで四角を作りましょう。意味は保留です」


「四角は保留!」


 ミナが嬉しそうに言った。


 ぷる太も、ぷる、と鳴いた。


 その何気ないやり取りに、俺の肩の力も少し抜けた。


 村は怖がっている。


 でも、怖がりながらも日常を手放していない。


 それが、リーフェル村の強さなのだと思った。


     ◇


 昼前。


 森へ続く道の向こうから、馬車の音が聞こえた。


 前回より多い。


 白木の馬車が二台。


 その前後に、馬ではなく白鹿のような獣に乗ったエルフの護衛が四人。


 馬車の横には、銀葉の紋章。


 そして、馬車の扉が開くと、まず降りてきたのは前回のリュシアだった。


 彼女の顔を見て、シルフィの手が少しだけ動いた。


 リュシアはシルフィを見つけると、ほんのわずかに目を伏せた。


 その表情は複雑だった。


 任務を背負う使者の顔。


 けれど、その奥に、前回とは違う迷いがある。


 続いて降りてきたのは、銀灰色の長衣を着た細身のエルフの男だった。


 年齢は分かりづらい。


 だが、顔の線は鋭く、目元には冷たい知性があった。手には巻物を収めた筒。腰には短い儀礼剣。


「法務官です」


 シルフィが小声で言った。


「おそらく、セラド・リーフェン。家の権利や契約を扱う方です」


 さらに、森術師らしき男女が二人。


 護衛が四人。


 そして馬車の陰に、気配を消した別の者たち。


 シルフィの横顔が硬くなる。


「黒枝もいます」


「見える?」


「見えません。でも、います」


 黒枝。


 シルフィを追った影。


 呪矢で魔力回路を焼いた者たち。


 俺の胸の奥が冷えた。


 同時に、静かな熱も生まれた。


 ただし、怒りに任せて前へ出てはいけない。


 村長が昨日言った。


 相手は剣ではなく、言葉と権利で来る。


 なら、こちらも焦っては駄目だ。


 村の入口には、村長、門番老人、俺、シルフィ、そしてクラウディアが立っていた。


 クラウディアは王都へ戻った後、正式文書の写しを持って再び村へ来ていた。強硬なエルフ使者団が来る可能性を見越して、数日だけ滞在してくれていたのだ。


 王国騎士団の軽鎧。


 腰の剣。


 そして副団長グラウスの署名入り文書。


 それだけで、村の入口の空気が少し違う。


 リュシアはクラウディアの姿を見て、わずかに目を細めた。


 法務官セラドは、村の入口に立つ板を一瞥した。


『リーフェル村 付与相談役在村』


『外向き商売の決まり』


『分からない時は、その場で決めず持ち帰る』


 その文字を見て、セラドは薄く笑った。


「人間の村にしては、ずいぶんと注意深い」


 村長は動じず答えた。


「最近、注意深くならざるを得ない客が増えてな」


「それはお気の毒に」


「まったくだ」


 最初の一言から、空気が張りつめた。


 セラドは一歩前へ出て、胸に手を当てた。


「私はセラド・リーフェン。古き森の家、リーフェン家の法務官として参りました。本日は、正式な申し立てを行います」


 村長は短く言う。


「用件を聞こう」


「こちらが用意した書面です」


 セラドは筒から巻物を出した。


 だが、すぐには渡さない。


 彼は俺、シルフィ、クラウディアを順に見た。


「まず、この場に王国騎士団の方がいる理由を伺っても?」


 クラウディアが前へ出た。


「王国騎士団所属、クラウディア・レインです。リーフェル村への外部干渉に関する調査および連絡役として滞在しています」


「外部干渉」


 セラドの笑みが深くなる。


「リーフェン家の血族と、森術資産に関する正式な確認を、干渉と呼ばれるのですか」


「人間領内の村で、村人本人の意思を無視した身柄要求があれば、干渉と判断します」


 クラウディアの声は淡々としていた。


 セラドの目が少し鋭くなる。


「なるほど。王国騎士団は、エルフ名家の内部問題にも口を出すと」


「シルフィ殿は現在、リーフェル村の記録係です。村に正式な役目を持つ滞在者であり、本人は帰還を拒否しています。少なくとも、この場で一方的に連れていくことは認められません」


 リュシアが、わずかに目を伏せた。


 セラドは逆に、興味深そうにシルフィを見る。


「シルフィ。あなたは、ずいぶんと守られているようですね」


 シルフィの肩が少し動いた。


 それでも、彼女は前を向いた。


「私は、この村の一員として扱われています」


「一員」


 セラドはその言葉を口の中で転がした。


「では、あなたはリーフェン家の者ではなくなったと?」


「血は変わりません。ですが、私は家の所有物ではありません」


 シルフィははっきり言った。


 前回より、声が強い。


 俺は隣で、その声を聞くだけにした。


 今は、彼女自身の言葉だ。


 セラドは少しだけ眉を上げた。


「所有物、とは穏やかでない。リーフェン家は、あなたの保護を求めているのです」


「保護という言葉で、私を研究材料に戻すつもりなら、受け入れません」


 森術師の一人が顔色を変えた。


「無礼な」


 シルフィは怯まなかった。


「私は、リーフェン家で失敗作と呼ばれていました。今は、世界樹が反応したから、古代森術の基礎紋が出たから、価値があると言われています。私は、その変化を保護とは呼べません」


 セラドの笑みが消えた。


 リュシアは、苦しそうに目を伏せている。


 その様子を見て、シルフィの言葉がただの反抗ではないのだと分かる。


 彼女は傷を見せている。


 逃げずに。


     ◇


 セラドは巻物を広げた。


「では、正式に申し立てます」


 彼の声は冷静だった。


 冷静すぎて、逆に冷たい。


「第一に、シルフィ・リーフェンはリーフェン家の血族であり、古代森術の基礎紋を発現した以上、家の継承研究に関わる存在です。よって、リーフェン家は彼女の一時帰還および検査を要求します」


「拒否します」


 シルフィが即答した。


 セラドの目がわずかに細くなる。


「最後まで聞きなさい」


「聞きます。ですが、その要求は拒否します」


 村人たちの間で、息を呑む気配がした。


 シルフィは続けた。


「一時帰還という名で連れていかれれば、戻れなくなる可能性があります。私は、それを信じることができません」


 セラドは沈黙した。


 リュシアの唇がわずかに動いた。


 何か言いたそうだった。


 けれど、まだ言えない。


 セラドは巻物へ視線を戻す。


「第二に、リーフェル村内に確認された世界樹の若木について。世界樹は古代森術の根幹であり、人間の村が独自に管理できるものではありません。リーフェン家は、適切な保護と管理のため、その所在確認および管理権の移譲を求めます」


「拒否する」


 今度は村長が答えた。


「世界樹という呼び名をそちらが使うかは知らん。だが、あの若木はこの村の土に根を下ろしている。勝手に渡すものではない」


「村長殿。あなた方は、自分たちが何を抱えているのか理解していない」


「理解しきれていないからこそ、渡せんと言っている」


「専門家に委ねるのが賢明です」


「専門家を名乗る者が、信用できるとは限らん」


 村長の声は低かった。


「この村は、偽薬を持ってきた商人にも、丁寧な書面で縛ろうとした貴族にも出会った。綺麗な言葉は、もうそのまま信じん」


 セラドは不快そうに目を細めた。


「リーフェン家を悪徳商人と同列に扱うのですか」


「少なくとも、本人の意思を軽んじるところは似ている」


 クラウディアが静かに言った。


 空気がさらに硬くなる。


 セラドはクラウディアを見た。


「騎士殿。これはエルフの森術に関わる問題です。王国側が口を出せば、森との関係にも影響します」


「人間領内の村で、村の資源と滞在者の身柄を要求している以上、王国側は口を出します」


「その言葉、王国騎士団の正式見解として受け取ってよろしいか」


 クラウディアは副団長の文書を取り出した。


「こちらに、王国騎士団副団長グラウス・バルテイン名義の文書があります。リーフェル村への不当な強制連行、資源の強制移転、契約によらない身柄拘束は認めない。外交問題へ発展させないため、対話による解決を求める、と」


 セラドは文書を受け取り、目を通した。


 読んでいる間、表情はほとんど変わらない。


 だが、指先が少しだけ強張った。


「なるほど。王国側も、思ったより早く動いたようですね」


「リーフェル村は王国の村です」


 クラウディアは言った。


「辺境であっても」


 その一言に、村人たちが静かに反応した。


 辺境であっても。


 小さな村であっても。


 見捨てられていない。


 それが伝わった。


     ◇


 セラドは巻物を畳まず、さらに続けた。


「第三に、人間の付与術師アレン殿について。彼の付与術は、シルフィの魔力回路修復、世界樹の若木の成長、魔物の変質、村全体の魔力環境変化に関与している可能性があります。リーフェン家は、古代森術保全の観点から、彼への研究協力を求めます」


 今度は、全員の視線が俺に集まった。


 来ると思っていた。


 それでも、こうして正面から言われると、胸が少し重くなる。


 研究協力。


 丁寧な言葉だ。


 でも、その奥にあるものは分かる。


 俺の力を調べたい。


 できれば管理したい。


 必要なら利用したい。


「俺は、リーフェン家へ行くつもりはありません」


 俺は言った。


「研究のために連れていかれるつもりもありません」


「連れていく、とは言っておりません。協力です」


「俺が断ったら?」


「それは、非常に残念な判断になります」


「残念で済みますか」


 セラドは少しだけ笑った。


「あなたの力は、森術の歴史を変える可能性があります。個人の生活を理由に拒むには、あまりに大きな価値がある」


 まただ。


 大きな価値。


 王国のため。


 森術の歴史のため。


 勇者パーティーのため。


 みんな、大きな言葉を使う。


 その言葉の中で、俺自身の生活は小さく扱われる。


 けれど、今はもう、その小さな生活を小さいままで差し出すつもりはなかった。


「俺にとっては、この村での生活も大きいです」


 セラドの表情が止まった。


「畑を見ることも、井戸を手伝うことも、シルフィと記録をつけることも、ぷる太に変な薬を見てもらうことも、ミナたちと話すことも、村長さんに止められることも、俺には大事です」


 言っていて、少し照れた。


 でも、止めなかった。


「俺は、困っている人を助けたくないわけじゃありません。けれど、自分の居場所を捨てて、誰かの道具になるつもりはありません」


 シルフィが隣で静かに頷いた。


 クラウディアも、何も言わずに立っている。


 村長は杖を握ったまま、俺の言葉を待ってくれていた。


「だから、リーフェン家の研究協力は断ります」


 はっきり言った。


 セラドの目が冷える。


「あなたは、自分の力の価値を理解していない」


「はい。まだ理解できていないことは多いです」


「ならば、理解している者に委ねるべきでは?」


「それを決めるのは、俺です」


 自分で言って、少し驚いた。


 以前の俺なら、こんなふうに言えなかったかもしれない。


 でも、今は言えた。


 この村で、何度も言われたからだ。


 自分を契約の担保にするな。


 一人で抱えるな。


 分からない時は持ち帰れ。


 自分の居場所を守ることは、わがままではない。


 それらの言葉が、俺の中で支えになっていた。


     ◇


 セラドが何かを言う前に、森術師の女性が前へ出た。


「法務官殿。少し確認を」


 セラドは不快そうにしたが、止めなかった。


 森術師は、村の奥へ視線を向ける。


「世界樹の若木の魔力が、先ほどからこちらを見ています」


「見ている?」


 クラウディアが眉を動かす。


 シルフィも驚いた顔をした。


 森術師は緊張した声で言う。


「比喩ではありません。森術師として、そう感じます。こちらが強く踏み込めば、反応する可能性があります」


 その瞬間、村の奥から風が吹いた。


 さわり、と。


 世界樹の葉が揺れる音がした。


 幻視術で隠されているはずなのに、空気だけが変わる。


 ぷる太が井戸の縁で、ぷるっと震えた。


 ミナが慌てて抱きしめる。


「ぷる太、大丈夫」


「ぷる……」


 シルフィの胸元の木札が、ほんのり光った。


 それを見たリュシアが息を呑む。


「また……」


 セラドは目を細めた。


「なるほど。世界樹はシルフィに反応している」


「違います」


 シルフィが言った。


「世界樹は、たぶん村に反応しています」


「村?」


「はい。私だけではありません。師匠も、ぷる太も、井戸も、畑も、皆も。ここは、誰か一人のものではありません」


「感傷的な解釈ですね」


「そうかもしれません」


 シルフィはまっすぐセラドを見た。


「でも、あなた方の『管理権』よりは、この村の暮らしの方が、あの若木に近いと思います」


 セラドの頬がわずかに動いた。


「シルフィ。あなたは、完全に人間の村に染まったようだ」


「はい」


 シルフィは、ためらわず頷いた。


「この村に染まれたことを、私は誇りに思います」


 その一言で、リュシアが顔を上げた。


 苦しそうな、けれど少し眩しそうな顔だった。


 セラドは黙った。


 その沈黙の間に、村長が言った。


「今日の申し立ては聞いた。だが、この場で受け入れるものは一つもない」


「拒否する、と」


「そうだ」


「後悔されますよ」


「それは、こちらで決める」


 村長の言葉に、村人たちが静かに頷いた。


 マルタさんも、門番老人も、若者たちも。


 ミナはぷる太を抱えたまま、小さく「バツ」と呟いていた。


 ぷる太も、ぷる、と小さく鳴いた。


     ◇


 セラドは巻物を畳んだ。


「では、本日の拒否を当主代理へ報告します」


「そうしてくれ」


 村長が答える。


「ただし、次はより正式な場になるでしょう。リーフェン家は、世界樹と古代森術の問題を放置しません」


 クラウディアが言った。


「王国側も、本件を正式に把握しています。次に来る時も、人間領内の村であることを忘れないでいただきたい」


「忘れませんよ、騎士殿」


 セラドは薄く笑った。


「人間領内だからこそ、面倒なのです」


 その言い方に、門番老人が槍を握り直した。


 だが、クラウディアが小さく手で制した。


 ここで剣や槍を動かしてはいけない。


 相手はそれを待っているかもしれない。


 リュシアが一歩前に出た。


「シルフィ」


 シルフィは彼女を見る。


「……次も、私は来ると思います」


「はい」


「その時、私は今日のことを歪めずに伝えます」


 セラドがリュシアを横目で見た。


 だが、リュシアは続けた。


「あなたが自分の言葉で答えたことも。村があなたを守っていることも。アレン殿が、研究対象ではなく、この村の人として立っていることも」


 シルフィの目が少し揺れた。


「リュシア姉様」


「それしか、今の私にはできません」


 リュシアの声は小さかった。


 でも、確かだった。


 セラドは冷たく言った。


「リュシア殿。使者団としての発言は慎重に」


「慎重に言っています」


 リュシアは静かに返した。


 その短いやり取りだけで、リュシアの中にも何かが変わり始めているのが分かった。


 エルフ使者団は馬車へ戻っていく。


 黒枝の気配も、森の影へ溶けるように遠ざかった。


 ただ、完全に消えたわけではない。


 まだ見られている。


 そんな感覚が残った。


     ◇


 使者団が森へ消えた後、村の入口にはしばらく誰も動かない時間が流れた。


 最初に息を吐いたのは、村長だった。


「……今回は、前より面倒だったな」


「はい」


 クラウディアが頷く。


「次はさらに面倒になる可能性があります」


「聞きたくないが、聞かねばならん言葉だ」


 マルタさんが近づいてきて、シルフィの肩に手を置いた。


「よく言ったね」


 シルフィは、そこで初めて少し力が抜けたようだった。


「……怖かったです」


「怖くても言えた。十分だよ」


「はい」


 ミナがぷる太を抱えて駆けてきた。


「シルフィ先生、今日も勝った?」


 シルフィは少し困ったように笑う。


「勝ったというより、断りました」


「じゃあ、バツできた?」


「はい。バツできました」


「ぷる太、バツ!」


「ぷるっ!」


 ぷる太が力強く跳ねた。


 その様子に、村人たちの間から少しずつ笑いが戻る。


 俺はクラウディアを見た。


「助かりました」


「私は王国騎士団として立っただけです」


「それでも、助かりました」


 クラウディアは少しだけ目を伏せた。


「今回の件は、すぐに副団長へ報告します。リーフェン家は引きません。王国側も、より明確な立場を用意する必要があります」


「また、大きな話になりますね」


「はい」


 俺は村の奥を見た。


 世界樹の若木は、もう静かになっている。


 でも、さっき確かに反応していた。


 まるで、この村を守ろうとする意思に応えるように。


「アレン」


 村長が呼んだ。


「はい」


「今日はよく言った」


「俺ですか?」


「そうだ。自分で決める、と言った」


「あれは……みんなに言われ続けたからです」


「なら、言い続けた甲斐があったな」


 村長は少し笑った。


 シルフィも隣で頷いた。


「師匠、今日の言葉は記録します」


「また恥ずかしいやつ?」


「はい」


「はいって言い切られた」


「大切なので」


 俺は苦笑した。


 でも、止めなかった。


 恥ずかしくても、残しておくべき言葉はある。


 この村は今日、エルフ名家の強硬な要求を拒んだ。


 シルフィは戻らないと言い、俺は研究協力を断り、村長は世界樹を渡さないと言った。


 それは、小さな村にとって大きな一歩だった。


 そしてたぶん、次はもっと大きな波が来る。


 けれど、今はまだ、井戸のそばでぷる太がバツの木片に向かって得意げに跳ねている。


 その光景を見て、俺は思った。


 守りたいのは、こういうものだ。


 大きな力でも、歴史でも、権利でもなく。


 怖い相手が帰ったあとに、みんなで息を吐いて、少し笑えるこの場所。


 それを守るためなら、俺はまた自分の言葉で断ろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ