第33話 リーフェル村、正式に王都ギルドと安全な取引を始める
王都ギルドから正式な使者が来ると聞いた日の朝、リーフェル村は少しだけそわそわしていた。
そわそわしていた、という言い方は少し違うかもしれない。
畑へ出る若者たちは、いつもより服の泥を払っていた。井戸端の女たちは、井戸の周りを余分に掃いていた。門番老人は、入口の板の文字を何度も確認している。
そしてぷる太は、井戸守りの旗の下で妙に背筋を伸ばしていた。
いや、スライムに背筋はない。
けれど、伸ばしているように見えるから不思議だ。
「ぷる太、今日はギルドの人が来るだけだからな。そんなに緊張しなくていいぞ」
「ぷる」
「マリナさんの紹介で来る人だし、たぶん大丈夫だ」
「ぷる……」
ぷる太は、まだ少し緊張しているようだった。
その隣でミナが、木片を手に真剣な顔をしている。
「ぷる太、復習するよ」
「ぷる」
「丸は?」
「ぷる」
ぷる太は井戸の水へ体を向ける。
「三角は?」
「ぷる」
薬草の籠へ向く。
「バツは?」
「ぷるっ!」
力強く跳ねる。
「よし! 今日も完璧!」
「ぷるる」
ぷる太が誇らしげに揺れる。
俺はその様子を見て、少し笑ってしまった。
王都ギルドとの正式取引の日に、まずスライムの記号確認から始まる村。
改めて考えると、かなり変わっている。
でも、この変わった日常が、俺にはもう馴染んでいた。
「師匠」
背後からシルフィが声をかけてきた。
振り返ると、彼女はいつもの記録用羊皮紙ではなく、少し厚手の書類束を抱えていた。髪も整え、村でもらった淡い緑の肩掛けをつけている。
「今日は気合い入ってるな」
「正式契約の日ですので」
「やっぱり緊張する?」
「少し。ですが、ドラン商会の時ほど嫌な緊張ではありません」
シルフィはそう言って、書類束を抱え直した。
「今日は、きちんと読める契約書が来るはずです。マリナさんが事前に写しを送ってくださいましたし、クラウディアさんの報告も反映されています」
「ありがたいな」
「はい。ですが、油断はしません」
シルフィの目が少し鋭くなる。
「良い人が作った契約書でも、確認は必要です。相手に悪意がなくても、解釈違いや不備が残ることはあります」
「なるほど」
「そして、師匠が『マリナさんの紹介だから大丈夫だろう』と思って、すぐ頷く可能性があります」
「……あるかもしれない」
「だから私がいます」
「頼りにしてる」
そう言うと、シルフィは少しだけ耳を赤くした。
「はい。頼られます」
最近のシルフィは、照れながらも逃げなくなった。
その変化が、少し嬉しい。
村長が杖を突きながら近づいてきた。
「アレン、シルフィ。準備はどうだ」
「こちらは大丈夫です」
シルフィが答える。
「契約確認用の写し、村の商売ルール、品質区分表、販売予定の薬草一覧を用意しました」
「品質区分表?」
俺が聞くと、シルフィは書類の一枚を見せてくれた。
一番上にこう書かれている。
『リーフェル村薬草品質区分』
一、村内用――特別な処理をした薬草。外へ出さない。
二、信頼取引用――王都ギルドなど信頼できる相手へ少量のみ。
三、一般販売用――バルドさん経由など、普通に販売可能なもの。
「ちゃんとしてる……」
「ちゃんとしました」
シルフィは少し誇らしげだった。
村長も満足そうに頷く。
「よい。外へ売るのは、今日は二番の信頼取引用を少量だけだ」
「はい。止血草、腹痛用の苦葉、疲労回復用の香草を、それぞれ籠一つ分だけ」
「井戸水は?」
「出しません」
「霊豆は?」
「出しません」
「世界樹関連は?」
「存在も詳細も伏せます」
「ぷる太は?」
「村の井戸守りであり、売買・貸出・契約対象外です」
シルフィが即答した。
ぷる太が、井戸の縁でぷるんと誇らしげに揺れる。
村長はうむ、と頷いた。
「完璧だ」
「なんだか、ぷる太の扱いがすごく正式になってきましたね」
俺が言うと、門番老人が近づいてきて言った。
「当然だ。井戸守りは村の要職だからな」
「いつの間にそこまで」
「偽薬を見抜く者は尊い」
「それはそうですが」
ぷる太は完全にその気になっていた。
そのうち本当に役職札でも作られそうだ。
◇
昼前、王都ギルドの馬車が村へ到着した。
馬車は二台。
一台目には、ギルドの紋章。
二台目には、薬草を運ぶための空箱と簡易検査用具が積まれている。
降りてきたのは、マリナさん本人だった。
「マリナさん!」
俺が思わず声を上げると、彼女は柔らかく微笑んだ。
「アレン様。お元気そうで何よりです」
「来てくれたんですね」
「はい。今回は正式な取引開始ですので、私も立ち会わせていただきます」
マリナさんは旅装姿だった。
受付で見る時よりも少し雰囲気が違う。王都からここまで来るのは大変だったはずだが、疲れを表に出していない。
その隣に、年配の男性が降りてきた。
「王都冒険者ギルド薬草取引担当、ヘルマンと申します」
白髪交じりの髪を短く整えた、穏やかな顔の人だった。丸い眼鏡をかけ、手には帳簿を持っている。
商人というより、薬師か書記官のような雰囲気がある。
さらに、若いギルド職員が二人。
護衛の冒険者が二人。
その一人は、村に入る前からぷる太を見て目を丸くしていた。
「あれが噂の……」
小声だったが、聞こえた。
ぷる太が井戸の縁で、少し緊張して揺れる。
ミナが慌ててぷる太の前に立った。
「ぷる太は売り物じゃないです!」
冒険者は慌てて両手を振った。
「いや、買わない買わない! 見るだけ! すごいなって思っただけ!」
「見るだけならいいです」
「ありがとう」
なぜか子供に許可を取る冒険者。
マリナさんが少しだけ口元を押さえた。
ヘルマンさんは真面目に頷く。
「事前に伺っております。井戸守りぷる太殿については、取引対象外。村の守護存在として尊重すること、と」
「殿」
俺は思わず繰り返した。
ぷる太が、ぷる? と揺れる。
村長も少しだけ眉を上げた。
「ぷる太殿か」
「はい。ギルド内の書類では、そう記載されております」
「そうなのか……」
ぷる太が、ものすごく誇らしげに光りかけた。
「ぷる太、今は控えめに」
「ぷるっ」
慌てて光を抑える。
マリナさんが微笑んだ。
「本当に、言葉を理解しているのですね」
「最近、記号も少し分かるようになりました」
俺が言うと、ヘルマンさんが帳簿を開きかけた。
「記号識別の記録はありますか?」
シルフィがすぐに一枚の羊皮紙を差し出した。
「こちらに」
「あるんですね」
俺が言うと、シルフィは当然のように答えた。
「記録係ですので」
ヘルマンさんはそれを読み、真剣に頷いた。
「興味深い。ですが、本日の主題は薬草取引ですので、ぷる太殿の詳細観察は控えます」
「控えてください」
ミナがきっぱり言った。
ヘルマンさんは大真面目に頭を下げた。
「承知しました」
ギルドの人たちは、思った以上に礼儀正しかった。
それだけで、村の空気が少し柔らかくなった。
◇
まずは広場で挨拶が行われた。
村長が立ち、マリナさんが丁寧に頭を下げる。
「リーフェル村の皆様。このたびは王都冒険者ギルドとの正式取引をご検討いただき、ありがとうございます」
村人たちは少し緊張している。
王都ギルド。
それは村にとって大きな相手だ。
だが、マリナさんの声は威圧的ではなかった。
「本日の取引は、薬草の少量買い取りから始めます。井戸水、霊豆、その他村の非公開資源については、村側の方針を尊重し、取引対象には含めません」
村人たちの間に、ほっとした空気が広がる。
ヘルマンさんが続けた。
「価格は王都ギルドの標準薬草相場を基準に、品質を見て上乗せします。契約期間はまず三か月。村側はいつでも更新拒否可能。独占契約ではありません」
シルフィがすでに写しと照らし合わせている。
彼女は俺に小さく頷いた。
内容は事前のものと一致しているらしい。
村長が言った。
「契約書を確認する」
「もちろんです」
マリナさんは、用意していた契約書を机に広げた。
文字は大きく、行間も広い。
ドランの契約書とはまったく違う。
しかも、通常の王都式契約文の下に、平易な説明文までついていた。
たとえば。
『この契約は、リーフェル村が売ると決めた薬草だけを、王都ギルドが買い取るものです。井戸水や村人の労働、付与相談役本人の協力義務は含まれません』
俺は思わず声を漏らした。
「分かりやすい」
「クラウディア様から、村の皆様に誤解がない形で作るよう助言がありました」
マリナさんが言う。
「また、シルフィ様の確認がしやすいよう、項目ごとに分けています」
「助かります」
シルフィは真剣に読み始めた。
村長、俺、マルタさん、門番老人も一緒に見る。
ぷる太も、机の下から見上げている。
読めているかは分からない。
しかし、本人は参加しているつもりらしい。
「第一条、取引品目」
シルフィが読み上げる。
「リーフェル村が指定した薬草のみ。井戸水、霊豆、世界樹関連、ぷる太、村人個人の労務、付与術師本人の能力提供は含まない」
「ぷる太が条文に入ってる……」
俺が呟くと、マリナさんは真面目に言った。
「重要な保護対象と判断しました」
「ぷる」
ぷる太が満足げに鳴いた。
ミナが小声で「ぷる太、契約で守られてる」と嬉しそうに言っている。
シルフィは続ける。
「第二条、数量。月に一度、村側が用意できる量のみ。納入義務はない。天候や村内事情で出せない月があっても違約金なし」
村長が頷く。
「よい」
「第三条、価格。王都ギルド標準相場を基準に、品質検査結果に応じて上乗せ。価格表は毎回提示。村側は不服があれば持ち帰って検討可能」
「持ち帰れるのは大事だね」
マルタさんが言う。
シルフィも頷く。
「第四条、契約期間。三か月。更新は双方合意による。自動更新なし」
「短くてよいな」
村長が言った。
「第五条、秘密保持。王都ギルドは、リーフェル村の非公開資源について、村側の許可なく第三者へ詳細を開示しない」
シルフィの声が少し柔らかくなった。
「これは重要です」
マリナさんが頷く。
「クラウディア様の報告と、ギルド本部長の判断です。リーフェル村が不必要に狙われることは、ギルドとしても望みません」
「ありがとうございます」
俺は素直に頭を下げた。
マリナさんは少し微笑む。
「当然のことです」
その言葉が、少し嬉しかった。
最近、俺たちは何度も「当然」をもらっている気がする。
人を道具にしない。
分からない契約には署名しない。
居場所を守る。
外から見ると当たり前かもしれない。
でも、その当たり前がありがたい。
◇
契約書の確認が終わると、シルフィが俺を見た。
「師匠」
「うん」
「悪意可視化付与をお願いできますか」
「やってみる」
俺は契約書に手を置いた。
ドランの時のような嫌な感じはない。
紙の魔力も穏やかだ。
ただ、それでも確認は必要だ。
隠れた意味が見えやすくなるように。
曖昧な言葉が、曖昧なまま誰かを縛らないように。
そう思いながら、軽く付与を流した。
契約書が淡く光る。
文字が少しだけ浮かび上がった。
だが、ドランの時のように黒い意図は出ない。
代わりに、いくつかの補足が柔らかく現れた。
『村側に不利な隠れ条項なし』
『数量未達による罰則なし』
『付与相談役本人への拘束なし』
『非公開資源保護条項あり』
広場に小さなどよめきが起きる。
ヘルマンさんが眼鏡を押さえた。
「これは……非常に興味深い」
「記録は控えめにお願いします」
シルフィがすぐに言った。
「もちろんです」
ヘルマンさんは真面目に頷いた。
「この付与そのものを取引対象にしないことも、契約に含まれていますので」
「そこまで?」
俺が驚くと、マリナさんが言った。
「アレン様が契約書を確認する能力を持つと広まれば、別の問題が起きます。だから、今回の確認はあくまで村内とギルド立ち会いの限定記録とします」
やっぱり、マリナさんは細かいところまで考えてくれている。
俺は少し安心した。
「問題はなさそうです」
シルフィが言う。
村長も頷いた。
「では、署名しよう」
「はい」
村長が村を代表して署名する。
シルフィが記録係として確認署名。
俺は付与相談役として立ち会い署名。
マリナさんがギルド側の署名。
ヘルマンさんが検査担当として署名。
その瞬間、契約書が淡く光った。
穏やかな光。
誰かを縛る光ではなく、互いの約束を記録する光だった。
「成立です」
マリナさんが言った。
「リーフェル村と王都冒険者ギルドの、正式な少量薬草取引契約をここに確認します」
村人たちから拍手が起きた。
派手な歓声ではない。
でも、温かい拍手だった。
ぷる太も跳ねる。
「ぷる!」
「ぷる太、これはバツじゃなくて丸だな」
俺が言うと、ミナが丸の木片を掲げる。
「丸!」
「ぷる!」
ぷる太が井戸水の方へ向いてしまった。
「いや、そうじゃなくて」
広場に笑いが起きた。
◇
次は薬草の品質検査だった。
村の保存庫から、あらかじめ用意しておいた薬草の籠が運ばれてくる。
止血草。
苦葉。
疲労回復用の香草。
それぞれ、外へ出してよい信頼取引用の品質に調整してある。
つまり、村内用ほど強くない。
それでも、ヘルマンさんが検査した瞬間、眉を上げた。
「これは……良いですね」
「良すぎませんか?」
俺が不安になって聞くと、シルフィが即座に言った。
「師匠が直接触れていない畑のものです。収穫後も、師匠は三歩以上離れていました」
「俺の距離まで管理されてる」
「必要です」
ヘルマンさんは葉を一枚取り、香りを確かめる。
「確かに高品質ですが、異常と呼ぶほどではありません。王都では上級薬草として扱えます。ただし、安定供給されればかなり需要があります」
「安定供給はできません」
村長が言う。
「村の分が第一だ。余った時だけ出す」
「契約通りですね」
ヘルマンさんは頷いた。
「この品質で少量なら、ギルドとしては十分価値があります。むしろ希少薬草として扱えば、村へ無理な納入圧力がかからないようにできます」
「希少品として少量」
シルフィが記録する。
「良い売り方です」
価格も提示された。
村人たちが目を丸くする。
ドランが提示した条件とは比べものにならない。
もちろん王都の大商売ほどではないが、リーフェル村にとっては十分な収入だった。
マルタさんが小声で言う。
「これだけあれば、冬用の塩と布がだいぶ買えるね」
村長も頷く。
「屋根の修繕分も少し回せる」
若者の一人が言った。
「水路の石材も買えますか?」
「全部は無理だが、一部は買える」
「なら十分です」
その会話を聞いて、俺は胸が温かくなった。
村が少し豊かになる。
でも、無理はしない。
秘密を売らない。
誰かを縛らない。
その形で、外とつながれる。
これは、とても大きな一歩だった。
◇
取引が終わると、マリナさんたちは広場で昼食を取ることになった。
マルタさんが当然のように鍋を出したからだ。
「契約が済んだなら飯だよ」
「お気遣いなく」
マリナさんが言うが、マルタさんは聞かない。
「王都から来たんだ。腹が減ってるだろ」
「それは、まあ」
「なら食べる」
「……いただきます」
王都ギルドの職員たちは、少し戸惑いながら木椀を受け取った。
ヘルマンさんはスープを一口飲み、静かに目を閉じた。
「これは……」
「普通の豆スープです」
俺が先に言う。
「普通?」
ヘルマンさんがこちらを見る。
「普通です。たぶん」
シルフィが横から言った。
「村内用の食材ですので、外へは出しません」
「なるほど」
ヘルマンさんは何かを察したように頷いた。
「大変おいしい普通のスープです」
「その言い方、助かります」
マリナさんもスープを飲み、ふっと表情を和らげた。
「王都の食堂では出せない味ですね」
「田舎料理ですから」
マルタさんが笑う。
「そういう意味ではありません。安心する味です」
「あら、嬉しいこと言ってくれるね」
広場の空気がさらに柔らかくなる。
ミナはぷる太を抱えながら、マリナさんに聞いた。
「マリナさんは、ぷる太のこと王都で守ってくれる?」
「もちろんです。ぷる太殿は契約対象外ですから」
「との!」
「正式書類上は、ぷる太殿です」
ぷる太が誇らしげに光った。
「ぷる太、控えめ」
「ぷるっ」
マリナさんはその様子を見て、楽しそうに笑った。
「本当に、この村は不思議ですね」
「よく言われます」
俺が答えると、マリナさんは俺を見た。
「でも、よい不思議です」
「そうですか?」
「はい。王都には、力を得ると奪い合いになる場所が多いです。この村は、力を日常に馴染ませようとしている。それは簡単なことではありません」
俺は少し考えた。
力を日常に馴染ませる。
そう言われると、何か大げさに聞こえる。
でも、確かにこの村ではそうだ。
井戸水はお茶になる。
保存棚は冬支度になる。
ぷる太の浄化は偽薬確認になる。
シルフィの森術は子供たちの授業になる。
俺の付与も、畑や棚や契約確認に使われる。
戦場のためだけではない。
誰かを従わせるためでもない。
暮らすための力。
その形が、俺には合っているのかもしれない。
◇
出発前、マリナさんは俺に一通の封書を渡した。
「クラウディア様からの追伸です」
「クラウディアさんから?」
「はい。王国騎士団としての正式文書は後日届きますが、先に個人的な伝言を預かりました」
封を開ける。
そこには、短い文が書かれていた。
『アレン殿。王国側でも、リーフェル村を拠点とした協力の形を検討しています。あなたの「ここで暮らしたい」という答えは、報告書に明記しました。すぐに結論を急がず、村の皆と相談してください』
俺は何度か読み返した。
ここで暮らしたい。
その言葉が、ちゃんと王都へ届いている。
それが分かって、少し肩の力が抜けた。
「ありがとうございます」
「クラウディア様にも伝えておきます」
マリナさんは微笑んだ。
「それから、アレン様」
「はい」
「今日の契約は、村にとって良い一歩です。ですが、良い取引でも、続けるうちに無理が出ることがあります。何か違和感があれば、すぐに相談してください」
「はい」
「自分だけで抱えないでくださいね」
俺は苦笑した。
「みんなに同じことを言われます」
「必要なことなので」
マリナさんは、少しだけ真面目な顔になった。
「あなたが自分を軽く扱うと、あなたを大切に思う人たちも傷つきます」
その言葉は、胸にすっと入ってきた。
俺は村の方を見た。
シルフィがヘルマンさんと薬草の話をしている。
ぷる太がミナに丸とバツの復習をさせられている。
村長がバルドさんと今後の運搬について相談している。
マルタさんが鍋を片づけながら、若者たちに余ったスープを配っている。
俺を大切に思う人たち。
その言葉を、否定しなくてもいい気がした。
「気をつけます」
俺はそう言った。
「村を守るためにも、自分を雑に扱わないようにします」
マリナさんは、満足そうに頷いた。
「はい。それが一番です」
◇
ギルドの馬車が村を出ていく頃、夕日は畑の向こうへ傾いていた。
薬草の箱は二台目の馬車に積まれている。
少量だ。
でも、正式な取引だ。
村人たちは、手を振って見送った。
ぷる太も井戸の縁で跳ねている。
「ぷる太、契約成功だな」
「ぷる!」
金色に光る。
今日は誰も止めなかった。
村長が俺の隣に立った。
「アレン」
「はい」
「今日は、大きな一歩だった」
「そうですね」
「外とつながるのは怖い。だが、つながらずにはいられん。今日のような形なら、悪くない」
「はい」
シルフィも隣に来る。
「師匠、契約書に問題はありませんでした。薬草の品質も、外へ出せる範囲に収まりました。ぷる太も光りすぎませんでした」
「最後も評価対象なんだ」
「はい。総合的に成功です」
「よかった」
俺は素直に笑った。
リーフェル村は、少しずつ変わっている。
ただ閉じこもるのではなく、外と安全につながる方法を覚え始めている。
それは、俺にとっても同じだった。
誰かに使われるのではなく。
誰かを拒絶するだけでもなく。
自分の居場所を守りながら、できる範囲で外と関わる。
その道があるのだと、今日初めて少し見えた。
村の入口の板が、夕風に揺れる。
『分からない時は、その場で決めず持ち帰る』
その下に、今日から新しい小さな板が加わった。
『王都ギルド少量薬草取引 村長・記録係確認済』
文字は門番老人が彫った。
少し曲がっている。
でも、誇らしげだった。
ぷる太がその板を見上げ、ぷるんと鳴いた。
「ぷる太も契約確認済って入れたかった?」
「ぷる」
「次から考えよう」
「師匠、役職を増やさないでください」
「まだ増やしてない」
「増やしそうでした」
シルフィに先回りされ、俺は何も言えなかった。
村人たちが笑う。
その笑い声の中で、リーフェル村の初めての正式取引の日は、無事に終わった。




