第30話 クラウディア、リーフェル村で常識を壊される
王都を出て東へ進むにつれ、クラウディア・レインは、報告書の文面を何度も頭の中で読み返していた。
リーフェル村。
付与術師アレン。
エルフの少女シルフィ。
井戸守りぷる太。
世界樹らしき若木。
偽薬を見抜いたスライム。
悪意ある契約を可視化した付与術。
正直に言えば、半分ほどは誇張だと思っていた。
辺境の噂は膨らむ。
王都の酒場で語られる頃には、ただの水質改善が「聖水の井戸」になり、少し賢いスライムが「神獣」になる。冒険者の話など、五割引きで聞いてちょうどいい。
クラウディアはそういう現場を何度も見てきた。
だから、今回も冷静に見極めるつもりだった。
そう。
そのつもりだった。
「……あれが、リーフェル村か」
昼過ぎ。
馬を降り、緩やかな丘道を越えた先に、その村は見えた。
規模は小さい。
柵も立派とは言えない。
家々も質素で、王都近郊の裕福な村と比べれば見劣りする。
だが、妙だった。
空気が澄んでいる。
遠目にも分かるほど畑の緑が濃い。
村の周囲だけ、森から流れてくる魔物の気配が薄い。
そして何より、疲れた馬が村の方角を向いた瞬間、耳を立てて元気になった。
クラウディアは馬の首を撫でた。
「お前まで反応するのか」
馬は小さく鼻を鳴らした。
騎士団の馬は訓練されている。
水や草の匂いに多少反応することはあっても、ここまで明確に足取りを変えるのは珍しい。
「報告書、一割増しくらいでは済まないかもしれないな」
そう呟き、クラウディアは村の入口へ向かった。
◇
村の入口には、木の板が立てられていた。
『リーフェル村 付与相談役在村』
その下に、別の板。
『外向き商売の決まり』
一、契約書は必ず村長、シルフィ、アレンが確認する。
二、井戸水、世界樹、霊豆、ぷる太の力は外へ出さない。
三、薬草や作物は、村で決めた量だけ売る。
四、村人やぷる太を勝手に契約に入れない。
五、怪しい薬や保存薬はぷる太に見てもらう。
六、分からない時は、その場で決めず持ち帰る。
七、外へ売る薬草は品質を分ける。
クラウディアは、板の前でしばらく止まった。
「……ぷる太を勝手に契約に入れない」
思わず読み上げてしまった。
騎士団の任務で、これほど真剣に書かれたスライム保護条項を見る日が来るとは思わなかった。
だが、笑う気にはなれない。
この板は、ふざけていない。
村が一度、契約で食い物にされかけたからこそ作った決まりだ。言葉は素朴だが、内容は実用的だった。
「この村、思ったより早く学んでいる」
クラウディアがそう呟いた時、村の入口のそばにいた老人が槍を手に歩いてきた。
門番らしい。
背は少し曲がっているが、目は油断していない。
「旅の方か」
「王国騎士団所属、クラウディア・レインです。リーフェル村の調査任務で参りました。こちらが副団長グラウスの任命書と、王都ギルドからの紹介状です」
クラウディアは馬を降り、丁寧に書類を差し出した。
老人は書類を受け取ったものの、すぐには中身を開かなかった。
「少し待たれよ。村長を呼ぶ」
「確認しないのですか」
「儂一人では決めん。決まりにある」
老人は入口の板を指さした。
「分からない時は、その場で決めず持ち帰る」
クラウディアは一瞬だけ黙り、それから頷いた。
「良い決まりです」
「そうだろう。昨日できた」
「昨日」
「成長中の村なのでな」
老人は少し得意げに言い、近くにいた若者へ声をかけた。
「村長を呼んでこい。王国騎士団の方だ。あと、アレンとシルフィも呼べ」
「はい!」
若者が走っていく。
クラウディアは村の入口で待つことになった。
王都の貴族なら、ここで不快感を示すかもしれない。
王国騎士団を門前で待たせるのか、と。
しかし、クラウディアはむしろ感心していた。
誰が来ても同じ手順を踏む。
肩書きに慌てて開けない。
小さな村が外部の圧力から身を守るには、こういう決まりが必要だ。
少なくとも、この村は怯えているだけではない。
◇
しばらくして、村長が現れた。
杖を突いた老人だが、目に力がある。隣には白銀の髪のエルフの少女。そして、地味な作業着姿の青年がいた。
青年の手には土がついている。
膝にも少し泥がついている。
どう見ても、今まで畑仕事をしていた顔だった。
クラウディアは、報告書の名前を思い出す。
付与術師アレン。
勇者パーティーを支えていた可能性のある人物。
魔力回路を修復し、井戸と畑と保存棚とスライムと世界樹に影響を与えたらしい青年。
その本人が、額の汗を袖で拭いながら困ったように笑っていた。
「すみません、畑にいたもので。お待たせしました」
第一声がそれだった。
クラウディアは、少しだけ返事が遅れた。
「……王国騎士団所属、クラウディア・レインです」
「リーフェル村付与相談役のアレンです」
青年は少しぎこちなく名乗った。
まだ肩書きに慣れていないのだろう。
隣のエルフの少女が、すぐに補足する。
「付与相談役補佐兼記録係のシルフィです。書類を確認してもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
クラウディアは紹介状と任命書を渡した。
シルフィは丁寧に受け取り、村長とともに読み始める。
その様子を見て、クラウディアはさらに評価を改めた。
村長だけではなく、記録係が文面を確認する。
しかも、読み方が早い。
ただ字が読めるだけではない。契約や公文書の構造を分かっている目だ。
「王国騎士団副団長グラウス様の正式な任命書で間違いないと思われます」
シルフィが言う。
「目的は、リーフェル村の状況確認、アレン師匠の意思確認、ガリオン男爵家の干渉調査。強制召集権限は明記されていません」
師匠。
その呼び方に、クラウディアは少しだけ目を向けた。
アレンは恥ずかしそうに目を逸らしている。
「強制召集の任務ではありません」
クラウディアははっきり言った。
「本日は調査官として参りました。村長殿、アレン殿、シルフィ殿、村の皆様からお話を伺いたい。ただし、村の安全を脅かすつもりはありません」
村長はしばらく彼女を見る。
そして頷いた。
「よかろう。まず広場まで案内する」
「感謝します」
「ただし、勝手に村の奥へは入らんでくれ。見せられないものもある」
「承知しました」
クラウディアは素直に頷いた。
その返答に、村長の表情が少しだけ緩む。
「話が早い騎士殿で助かる」
「話が早くない者が来た経験が?」
クラウディアが尋ねると、アレンとシルフィが同時に微妙な顔をした。
村長は短く答えた。
「いろいろ来た」
「なるほど」
聞かなくても分かる気がした。
◇
広場へ向かう途中、クラウディアは村の様子を観察した。
家々は質素。
だが、荒れていない。
道端の木桶には澄んだ水があり、子供たちがその周りで遊んでいる。
畑へ続く水路は、最近整備されたようで、水がきれいに流れていた。水路脇には小さな草花が咲いている。季節を考えると、少し勢いが良すぎる。
そして井戸。
クラウディアは、思わず足を止めた。
井戸の縁に、スライムがいた。
水色の、丸いスライム。
その横には小さな旗。
『井戸守り ぷる太』
噂のぷる太である。
ぷる太はクラウディアを見ると、ぷるんと揺れた。
警戒しているのか、挨拶しているのか分からない。
いや、分からないはずなのに、妙に「誰だろう、この人」と言っているように見えた。
「……このスライムが、ぷる太ですか」
「はい」
アレンが答える。
「村の井戸守りです」
「本当に正式な役職なのですね」
「はい。いつの間にか」
アレンは少し困ったように言った。
シルフィが横から訂正する。
「村長様が正式に任命しました。ぷる太は井戸水の浄化、異常検知、偽薬反応、初級記号識別を担当しています」
「初級記号識別」
クラウディアは繰り返した。
聞き間違いかと思った。
すると、近くにいた少女が元気よく木片を掲げた。
「ぷる太、これ!」
木片には丸が描かれている。
「ぷる」
ぷる太は井戸水の方へ体を向けた。
少女が別の木片を出す。
三角。
ぷる太は薬草の籠へ体を向ける。
最後にバツ。
ぷる太は勢いよく跳ねた。
「ぷる!」
「すごいでしょ!」
少女が胸を張る。
クラウディアは、かなり真面目に困った。
スライムが記号を識別している。
報告書にどう書くべきか、今から悩ましい。
「……見事です」
そう答えるしかなかった。
ぷる太は褒められたと分かったのか、少し光りかけた。
アレンがすぐに言う。
「ぷる太、外の人の前では光るの控えめに」
「ぷるっ」
ぷる太は慌てて光を抑えた。
クラウディアは、今のやり取りを見逃さなかった。
光った。
ほんのわずかだが、普通のスライムの反応ではない。
魔力の質は清浄。
水属性だけではなく、浄化系の神聖力に近い何かも混じっている。
これは、ただの珍しいスライムではない。
「アレン殿」
「はい」
「ぷる太は、いつからこのように?」
「森で弱っていたのを助けてから、少しずつです」
「助けた?」
「水を整えて、魔力の流れを少し落ち着かせただけです」
クラウディアはシルフィを見た。
シルフィは小さく首を横に振る。
「師匠の『少し』は、あまり信用しないでください」
「承知しました」
「えっ」
アレンが少し傷ついた顔をした。
クラウディアは内心で思った。
この二人の距離感は、報告書よりずっと自然だ。
師弟という言葉に、嘘はない。
◇
広場には、村人たちが少しずつ集まっていた。
王国騎士団の調査官が来たと聞き、警戒しながらも気になっているのだろう。
村長は木の机を用意させ、クラウディアを座らせた。
マルタという女性が茶を持ってくる。
「騎士様、まず飲みな。長旅だったろう」
「ありがとうございます」
クラウディアは木杯を受け取った。
口をつける。
その瞬間、目が止まった。
水が、良すぎる。
薬草茶としては素朴だ。
高級茶葉ではない。
だが、体への染み方が異常だった。疲労が軽くほどけ、胃が温まり、思考が少し澄む。
クラウディアは木杯を見た。
「この茶は?」
マルタが答える。
「村の薬草茶だよ。井戸水で淹れるとおいしいんだ」
「井戸水で」
「そう。昔から少し水がいいんだよ。最近は手入れもしたからね」
横でシルフィが小さく頷いた。
たぶん村で決めた説明だ。
クラウディアは追及しなかった。
ただ、心の中の報告欄に一つ書き足す。
井戸水、明らかに通常より高品質。
しかし村側は外部公開を警戒。
保護対象として扱うべき。
「お気に召しませんでしたか?」
マルタが少し心配そうに聞く。
「いえ。非常においしいです」
「ならよかった」
「ただ、王都で出せば騒ぎになります」
クラウディアが正直に言うと、村長が即座に答えた。
「だから出さん」
「賢明です」
その返答に、村長は少しだけ笑った。
「騎士殿は、無理に出せとは言わんのだな」
「言いません。むしろ、出さない理由がよく分かりました」
村人たちの空気が、ほんの少し緩んだ。
◇
調査は、まずガリオン男爵家の件から始まった。
村長、シルフィ、アレン、マルタ、門番老人が順に経緯を説明する。
クラウディアは丁寧に聞いた。
途中で遮らない。
分からない点だけ確認する。
「ドラン商会は、最初から契約書を用意していたのですね」
「はい」
シルフィが答える。
「水、薬草、作物、加工品の二十年独占契約でした。さらに、師匠への協力義務も含まれていました」
「師匠……アレン殿の協力義務ですね」
「はい」
「その時、アレン殿は?」
アレンは少し困った顔をした。
「俺は契約に詳しくなかったので、シルフィに確認してもらいました」
「ご自身で判断しなかった」
「分からないものに署名しない、と村で決めたので」
クラウディアは頷く。
「良い判断です」
「ありがとうございます」
アレンは少し照れたようだった。
次に、偽薬の件。
ぷる太が反応し、瓶の中身の偽装が解けた。
その後、ドランが自分で舐めて中毒症状を起こし、アレンが治療。
そして、その治療を利用して専属協力契約を迫った。
ここでクラウディアの眉が深くなった。
「治療を利用して、ですか」
「はい」
シルフィが証拠の写しを出す。
「師匠が付与を流した結果、契約書の隠れた意図が文字として浮かびました」
「実物はギルドへ?」
「送付済みです。こちらは写しです」
クラウディアは写しを読んだ。
『アレンを脅して協力させる』
『偽薬の責任をスライムになすりつける』
『リーフェル村を薬害で訴えると脅す』
かなり強い文言だ。
だが、複数の証言と命令書が揃っている以上、でっち上げとは考えにくい。
「アレン殿」
「はい」
「この付与は意図して行ったのですか」
「隠れている意味が見えやすくなればいいと思っただけです」
「だけ」
クラウディアは思わずシルフィを見た。
シルフィは真剣な顔で頷いた。
「師匠の『だけ』は危険です」
「理解しました」
「また理解されてしまった」
アレンが小さく言った。
村人たちが笑う。
重い話の途中なのに、空気が柔らかくなる。
クラウディアは、それも記録した。
この村では、アレンの異常性を恐れるだけではなく、笑いに変える余地がある。
これは重要だ。
力ある者を孤立させない空気。
だからこそ、アレンはここに留まれているのかもしれない。
◇
次に、村の設備を一部だけ見せてもらうことになった。
まず保存庫。
半地下の小さな石造りの倉庫だ。
中に入ったクラウディアは、すぐに違和感を覚えた。
空気が良い。
乾きすぎず、湿りすぎず、食材の匂いはあるのに腐敗臭がない。
棚に置かれた干し豆、乾燥野菜、塩漬け肉は、辺境村の保存庫にしては状態が良すぎる。
「この棚は?」
「師匠が作りました」
シルフィが答える。
「防虫、防湿、防腐、保存物の劣化抑制、温度安定、匂い漏れ軽減、微弱な浄化結界を確認しています」
クラウディアは棚を見た。
どう見ても普通の木棚だ。
少し木目が綺麗なだけで、豪華な魔道具には見えない。
「アレン殿」
「はい」
「これを作るのに、特別な素材を?」
「村の古い木材です」
「魔石は?」
「使ってません」
「術式刻印は?」
「してません」
「では、どうやって」
「普通に棚を作りました」
クラウディアは、しばらく黙った。
騎士団の報告書に「普通に棚を作ったら保存結界が発生」と書くことになるのだろうか。
かなり嫌だった。
だが、見たものは書かねばならない。
「……分かりました」
「分かったんですか?」
アレンが不思議そうに聞く。
「いいえ。ですが、分からないことは分かりました」
そう答えると、シルフィが満足そうに頷いた。
「良い理解です」
なぜかエルフの少女に評価された。
嫌な気はしなかった。
◇
保存庫の次は、畑だった。
クラウディアは、畑に入った瞬間に立ち止まった。
作物の勢いがおかしい。
肥沃な村でも、こうはならない。
土が生きている。
根の張りが強い。
水路から流れる水が澄み、畑全体に穏やかな魔力が行き渡っている。
魔法農園でもないのに、魔法農園以上の安定感がある。
「これも、アレン殿が?」
クラウディアが尋ねると、アレンは首を横に振った。
「村のみんなが耕して、水路を整えて、シルフィが少し魔力の流れを見てくれて、ぷる太の水も少し使ってます」
「アレン殿は?」
「俺は時々、土を見るくらいです」
「土を見る」
クラウディアは畑を見る。
土が妙に元気だ。
「見るだけで?」
「最近、俺が見ていると水路が少し良くなることがあるので、見すぎないようにしています」
「見すぎないように」
「はい」
騎士団の常識では、何一つ処理できない説明だった。
クラウディアは深く息を吸った。
「アレン殿」
「はい」
「あなたは、ご自分の能力をどの程度把握していますか」
「正直、あまり」
「でしょうね」
即答してしまった。
アレンは少し肩を落とす。
シルフィが隣で言った。
「師匠は改善中です」
「改善中」
「はい。自己認識改善過程にあります」
「それも記録しているのですか」
「もちろんです」
クラウディアは思った。
この記録係は、想像以上に重要だ。
アレン本人が自分の力を把握していない以上、シルフィの記録がほぼ唯一の体系化資料になる。
そして、だからこそ外部に渡してはいけない。
これが王都やエルフ名家に渡れば、アレンは確実に研究対象にされる。
◇
最後に、遠目だけならという条件で、世界樹の若木を見せてもらった。
村長が念を押す。
「近づきすぎるな。触れるな。場所は外へ漏らすな」
「承知しました」
「報告書にはどう書く」
「存在の可能性は報告します。ただし、位置や詳細は伏せます。副団長には口頭で慎重に伝えます」
村長はクラウディアをじっと見た。
「騎士殿を信用してよいか、まだ決めきれん」
「当然です」
クラウディアは頷いた。
「今日来たばかりの外部者をすぐ信用する村なら、私はむしろ不安になります」
「変わった騎士だな」
「よく言われます」
世界樹の若木は、村の奥にあった。
幻視術で隠されているため、普通に見れば少し元気な若木に見えるだけだ。
しかし、クラウディアは騎士団で魔力感知の訓練も受けている。
見ようとした瞬間、背筋が伸びた。
違う。
これは普通の若木ではない。
周囲の土、水、空気、草花、すべてがこの若木を中心に静かに整えられている。
強い魔力ではない。
むしろ穏やかだ。
だが、深い。
王城の古い礼拝堂に立った時のような、時間の層がある。
「……これを王都に運べと言われても、私は反対します」
クラウディアは思わず言った。
村長が眉を上げる。
「なぜだ」
「この若木は、この場所とすでにつながっています。引き抜けば、おそらく失われるものが多すぎます」
シルフィの表情が少し緩んだ。
「私も、そう思います」
「エルフ名家は、管理権を主張するでしょう」
「はい」
「ですが、管理とは持ち去ることではありません」
クラウディアは静かに言った。
「少なくとも、私の報告ではそう書きます」
村長はまだ完全には信用していない顔だった。
だが、少しだけ頷いた。
「覚えておこう」
◇
調査を終えて広場へ戻った頃には、夕方近くになっていた。
マルタが簡単な食事を用意してくれた。
豆と野菜のスープ、焼いた麦餅、少しの塩漬け肉。
クラウディアは遠慮しようとしたが、マルタに一蹴された。
「騎士様でも腹は減るだろう。食べな」
「任務中ですので」
「任務中ならなおさら食べるんだよ。腹が空いてると判断を誤る」
村の人間は、食事で人を説得するのがうまい。
クラウディアは結局、木椀を受け取った。
一口飲む。
また、体に染みる味がした。
豪華ではない。
しかし、安心する。
隣ではアレンが普通に村の子供たちに囲まれていた。
「アレンお兄ちゃん、騎士様って強い?」
「強いと思うぞ」
「アレンお兄ちゃんより?」
「俺は戦う人じゃないから」
「でもぷる太を助けた!」
「それは戦いじゃない」
「じゃあ騎士様、ぷる太と戦ったらどっちが強い?」
少女の問いに、クラウディアは危うくスープを吹きそうになった。
「ミナ、それは聞く相手が困る」
アレンが止める。
ぷる太はなぜかやる気を出して跳ねている。
「ぷる!」
「ぷる太、戦わなくていい」
「ぷる……」
しょんぼりするスライム。
クラウディアは思った。
王都へ戻ってこの光景をどう説明すればいいのだろう。
だが同時に、よく分かった。
ここにアレンを強制召集してはいけない。
この青年は、確かに大きな力を持っている。
だが、その力はこの村の日常と結びついている。井戸、畑、棚、子供、スライム、エルフの弟子、村長の決まり。
それらを切り離して王都へ連れていけば、アレン自身も、村も、力の在り方も壊れる可能性がある。
クラウディアは木椀を置き、静かに言った。
「アレン殿」
「はい」
「明日、改めてあなたの意思を伺いたい」
アレンは少し緊張した顔になった。
「王国へ協力するか、という話ですか」
「はい。ただし、強制ではありません。あなたが何を望むのか、まず聞きたい」
アレンは少し黙った。
シルフィが隣で彼を見る。
村長も、マルタも、ぷる太も、静かに待っている。
アレンは小さく頷いた。
「分かりました。俺も、ちゃんと考えて答えます」
「急がなくて構いません」
クラウディアは入口の板を思い出した。
「分からない時は、その場で決めず持ち帰る。でしたね」
村人たちが少し笑った。
アレンも、ほっとしたように笑う。
「はい。うちの村の決まりです」
うちの村。
その言葉を、彼は自然に言った。
クラウディアはそれを聞いて、心の中で結論を一つ置いた。
アレンはもう、勇者パーティーの欠けた部品ではない。
この村の人間だ。
その前提を間違えれば、どんな政策も命令も失敗する。
夕暮れのリーフェル村で、クラウディアの常識は半分ほど壊された。
だが、不思議と悪い気分ではなかった。




