表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能だと追放された底辺付与術師、実は世界で唯一の【全自動・神級バフ】持ちでした 〜辺境でスローライフを送るはずが、俺が抜けて壊滅寸前の勇者パーティーが泣きついてきてももう遅い。  作者: 終焉を綴る堕天筆聖セラフィム・夜叉王院常闇寛龍


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/90

第23話 勇者カイル、王国騎士団に泣きつく

 王都騎士団本部は、冒険者ギルドとは空気が違う。


 ギルドは騒がしい。


 依頼を選ぶ冒険者、報酬を巡って文句を言う者、酒場で朝から肉を食う者、受付に泣きつく新人。良くも悪くも、人の熱と汗と欲が混じっている。


 それに比べて騎士団本部は、石造りの建物からして硬かった。


 白い石壁。


 磨かれた廊下。


 等間隔に立つ衛兵。


 壁に掛けられた王国旗。


 床を踏む靴音まで、どこか規則正しい。


 カイルは、その空気が嫌いではなかった。


 むしろ、落ち着く。


 ここではまだ、勇者という肩書きが通じる。


 冒険者ギルドでは、最近やけに視線が痛かった。


 灰の小砦から敗走したこと。アレンを追放してから弱体化したという噂。ギルドからの活動制限。


 どれも、カイルの神経を逆なでするものばかりだった。


 だが、騎士団は違う。


 王国を守る者たち。


 規律を重んじる者たち。


 勇者の価値を理解する者たち。


 そうでなければならない。


「カイル様、お待たせいたしました」


 若い騎士ダリオが、足早に廊下をやってきた。


 以前、合同討伐で一緒になった騎士だ。まだ二十代前半で、真面目で、勇者に対する憧れを隠そうともしない。


 カイルにとっては扱いやすい相手だった。


「話は通ったか」


「はい。副団長がお時間を取ってくださいます。ただ……」


「ただ?」


 ダリオは少し言いにくそうに声を落とした。


「ギルドからも、関連する報告が届いているようです」


 カイルの眉が動いた。


「ギルドが?」


「はい。付与術師アレン殿の件について、追放経緯と本人意思確認に関する文書が」


「余計なことを」


 カイルは小さく吐き捨てた。


 マリナだ。


 あの受付嬢は、本気で自分の邪魔をするつもりらしい。


 リーフェル村でもそうだった。ギルド職員という立場を使い、こちらの言葉を遮り、アレンの意思がどうのと繰り返していた。


 だが、騎士団なら違う。


 王国全体の利益を考えるなら、アレンの個人的な感情など二の次だ。


「ご安心ください」


 ダリオは慌てて言った。


「私は、カイル様のお考えも理解しております。勇者パーティーに必要な支援能力なら、王国として保護するべきです」


「そうだ」


 カイルは頷いた。


「分かっている者がいて助かる」


 その一言に、ダリオは少し嬉しそうな顔をした。


 カイルは内心で息を吐く。


 やはり、話の分かる者はいる。


 ギルドの職員や、最近やけに反抗的な仲間たちとは違う。


 カイルは案内され、副団長室へ向かった。


     ◇


 王国騎士団副団長、グラウス・バルテインは、想像よりも年配の男だった。


 五十代前後。


 短く刈った灰色の髪に、深い皺。派手な鎧ではなく、執務用の黒い上着を着ている。剣を抜かなくても戦場を知っていると分かる目をしていた。


 カイルが部屋に入ると、グラウスは立ち上がり、礼をした。


「勇者カイル殿。よくお越しくださいました」


「急な訪問を許していただき、感謝する」


 カイルは椅子に座る。


 ダリオは壁際に控えた。


 グラウスは机の上に数枚の書類を置いていた。


 その端に、ギルドの印が見える。


 カイルはそれに気づき、不快感を抑えた。


「話は聞いております」


 グラウスが言った。


「付与術師アレン殿の件ですね」


「ああ」


 カイルはすぐ本題に入った。


「アレンは、もともと勇者パーティーに所属していた付与術師だ。現在は東部辺境のリーフェル村に滞在している」


「そのようですね」


「奴の付与能力は、当初考えていたより重要だった可能性がある。勇者パーティーの戦力維持、ひいては王国の魔王軍対策に関わる力だ」


 グラウスは黙って聞いている。


 カイルは続けた。


「よって、王国として正式にアレンへ協力要請を出してほしい。必要なら、王命に近い形でも構わない。あいつの力を辺境村で眠らせておくのは損失だ」


「なるほど」


 グラウスは指を組んだ。


 その表情は読みにくい。


「確認します。アレン殿は、勇者パーティーから追放されたと聞いております」


「一時的な判断だ」


「一時的?」


「当時は、奴の力を正しく把握できていなかった。支援能力が不明瞭だったため、戦力外と判断した」


「つまり、不要と判断して離脱させた」


「言い方の問題だ」


 カイルは少し声を硬くした。


「問題はそこではない。重要なのは、今その力が必要だということだ」


「必要になったから戻ってこい、と」


「そうだ」


 グラウスは少しだけ目を細めた。


「本人は拒否しているのですね」


「あいつは感情的になっている。辺境村の者たちに囲われ、正しい判断ができていない」


「囲われている、ですか」


「ああ。村人も、エルフの少女も、アレンを手放したくないようだった。だが、村の都合で王国の戦力を抱え込まれては困る」


 グラウスは机の上の書類を一枚取った。


「ギルドの報告では、アレン殿は自らの意思で勇者パーティーへの復帰を拒否したとあります。また、リーフェル村では正式に村の付与相談役に任じられている、とも」


「付与相談役など、辺境村が勝手につけた肩書きだ」


「肩書きであることに変わりはありません」


「騎士団は、村の木札遊びを王国の戦略より重んじるのか」


 カイルの声に苛立ちが混じった。


 壁際のダリオが少し緊張する。


 グラウスは動じなかった。


「勇者殿。王国の戦略を語るなら、なおさら手順が必要です」


「手順?」


「はい。まず、アレン殿の能力が実際にどの程度のものか。王国が介入すべき戦略的価値があるのか。本人の意思を超えて協力を求める正当性があるのか。そして、追放した側である勇者パーティーが、その要請の主体として適切なのか」


「……何が言いたい」


「現時点で、騎士団がアレン殿を強制的に召集することはできません」


 カイルの表情が固まった。


「できない?」


「少なくとも、あなたの要望だけでは」


「俺は勇者だ」


「存じています」


「魔王軍と戦う王国の中心だぞ」


「だからこそ、軽率な命令は出せません」


 グラウスの声は低く、落ち着いていた。


「勇者の名を使って、本人が拒否した付与術師を無理に連れ戻す。しかも、その付与術師は一度、勇者パーティーから不要とされ追放されている。これを王国が命じれば、後で大きな問題になります」


「問題?」


「冒険者の権利、ギルドとの関係、辺境村との信頼、そして勇者パーティーの評判です」


 評判。


 その言葉に、カイルの顔が歪む。


「評判など、戦果で取り戻せばいい」


「戦果を出すために、本人が拒否する者を無理に引き戻すのですか」


「必要ならそうだ」


 言い切った瞬間、グラウスの目が少しだけ冷えた。


「それは、王国騎士団としては支持できません」


 部屋が静かになった。


 ダリオが驚いたようにグラウスを見る。


「副団長、しかし、アレン殿の力が本当に重要なら」


「重要だからこそ、乱暴に扱うべきではない」


 グラウスはダリオを見た。


「ダリオ。人は剣ではない。必要だからと鞘から抜き、不要になったから放り捨て、また必要になったから拾う。そんな扱いをすれば、いずれ誰も王国を信じなくなる」


 ダリオは言葉を失った。


 カイルは拳を握る。


「俺がアレンを物のように扱っていると言うのか」


「そう聞こえています」


 グラウスははっきり言った。


 カイルの顔が赤くなる。


 だが、グラウスは続けた。


「勇者殿。あなたが本当にアレン殿の力を必要とするなら、まずすべきことは王国命令ではない」


「何だ」


「謝罪です」


 その一言は、剣より鋭かった。


 カイルは椅子から立ち上がりかけた。


「またそれか!」


「また、ということは、他の方にも言われているのですね」


「俺は勇者だぞ!」


「勇者であっても、謝罪が不要になるわけではありません」


 グラウスは静かに言った。


「戦場では、部下に謝れない指揮官ほど危うい。間違いを認められない者は、次の判断も誤ります」


「俺が間違っていると?」


「少なくとも、現状の認識には危うさがあります」


 カイルは歯を食いしばった。


 この男も同じだ。


 ギルドも、ミラも、ガレスも、リーナも、村人たちも。


 皆が、自分に謝れと言う。


 なぜだ。


 なぜ自分ばかりが責められる。


 アレンが戻れば済む話ではないか。


 力が必要だから戻す。


 それの何が間違っている。


 カイルは、そこから先へ進めなかった。


     ◇


 副団長室の外では、ミラ、ガレス、リーナの三人が待っていた。


 ギルドから直接来たのだ。


 マリナから、カイルが騎士団へ向かったと聞かされ、慌てて追ってきたのである。


「間に合ったと思う?」


 ミラが腕を組んで言った。


「分からん」


 ガレスは肩を押さえながら、苦い顔をする。


「だが、あいつ一人で話させたらろくなことにならねぇのは分かる」


 リーナは不安そうに扉を見つめていた。


「カイルは、まだアレンさんを戻せると思っています」


「思ってるわね」


「どうすれば、分かってくれるのでしょう」


 ミラは少し黙った。


 それから、疲れたように笑う。


「たぶん、今の私たちが言っても無理」


「ミラさん」


「だって、もう何度も言ったもの。謝れ、現実を見ろ、アレンは戻らないって。それでもあの調子よ」


 ガレスが低く唸る。


「カイルは、勇者って肩書きにしがみついてる」


「昔からそうだったのでしょうか」


 リーナの言葉に、二人はすぐには答えられなかった。


 昔のカイルは、確かに傲慢なところはあった。


 だが、ここまでではなかった気もする。


 強さがあった。


 結果があった。


 周囲も彼を勇者として扱った。


 そして、その強さの一部がアレンによる支えだったと分かった今、カイルは自分を守るためにますます勇者という言葉に閉じこもっている。


「……俺たちも悪かったな」


 ガレスがぽつりと言った。


「何が?」


 ミラが聞く。


「カイルを止めなかった。アレンのこともそうだが、カイルの傲慢さも、ずっと見て見ぬふりしてきた」


 リーナは俯いた。


「私もです」


「私もよ」


 ミラは肩をすくめた。


「面倒だったのよ。カイルに逆らうのが。勇者だし、実際強かったし、結果も出てた。アレンが黙って支えてくれるから、私たちもそれに乗っかってた」


「今さらだが、最悪だな」


「ええ。今さらだけどね」


 三人の沈黙に、扉の向こうからカイルの怒声が微かに聞こえた。


 リーナが目を閉じる。


「どうか、これ以上アレンさんを傷つけることになりませんように」


 その祈りは、部屋の外の石壁に静かに落ちた。


     ◇


 副団長室の中では、話し合いがさらにこじれていた。


「つまり、騎士団は何もしないということか」


 カイルが言った。


「そうは言っていません」


 グラウスは書類を机に置く。


「アレン殿の能力については、王国として確認する価値があります。リーフェル村周辺での異常な水質改善、薬草品質の向上、魔物被害の減少。これらが事実なら、調査は必要です」


「ならば」


「ただし、調査の目的はアレン殿の強制召集ではありません」


 カイルは黙った。


「まずは、リーフェル村の状況確認。アレン殿本人への任意聴取。村への不当な圧力がないかの確認。そして、最近動いている商人や貴族家の動向調査」


「商人?」


「ギルドから別件の報告が来ています。ガリオン男爵家の名を使った商人が、リーフェル村へ向かった可能性があると」


 カイルは眉をひそめた。


 ガリオン男爵家。


 聞いたことはある。


 大した家ではない。


 だが、王都の下級貴族にはありがちな、権威だけを振りかざす家だ。


「そんなことは後でいい。今はアレンの話だ」


「つながっている可能性があります」


「どういう意味だ」


「アレン殿の力や村の特産に目をつける者が現れ始めている、ということです。あなたが王国命令で強引に動けば、その流れをさらに悪化させる恐れがあります」


「俺と悪徳商人を同列にするな」


「同列にはしていません」


 グラウスは落ち着いていた。


「ただし、本人の意思を軽視するという点では、似た危うさがあります」


 カイルは言葉を失った。


 それは、今までで一番屈辱的な言葉だった。


「……俺は、王国のために」


「王国のためという言葉は、便利です」


 グラウスは遮った。


「ですが、その言葉で人を潰すこともあります」


「俺がアレンを潰すと?」


「すでに一度、追放という形で傷つけたのではありませんか」


 沈黙。


 カイルは、初めて視線を逸らした。


 そのわずかな反応を、グラウスは見逃さなかった。


「勇者殿。私はあなたを敵視しているわけではありません。王国は勇者パーティーを必要としています。ですが、今のままではあなた自身が危うい」


「俺が?」


「はい。あなたは、アレン殿の力を欲している。しかし、それ以上に、自分が間違っていなかったと証明したがっているように見えます」


 カイルの喉が動いた。


「違う」


「そうであることを願います」


 グラウスはそう言い、書類を整えた。


「騎士団としては、調査官を一名、リーフェル村へ派遣する方向で検討します。ギルドとも連携します。ただし、勇者パーティーによる直接交渉は、当面控えていただきたい」


「なぜだ」


「これ以上、話をこじらせないためです」


 カイルは立ち上がった。


「俺を遠ざけるつもりか」


「今のあなたには、冷却期間が必要です」


「ふざけるな」


 カイルは扉へ向かった。


 ダリオが慌てて一歩動く。


「カイル様」


「黙れ」


 カイルは短く言い捨て、扉を開けた。


 外にいたミラたちと目が合う。


 ミラは腕を組み、リーナは心配そうに、ガレスは険しい顔で彼を見ていた。


「……お前たちまで来ていたのか」


「ええ」


 ミラが答える。


「暴走しないか心配でね」


「俺を監視するな」


「監視されるようなことをしてる自覚はあるの?」


 カイルは答えなかった。


 そのまま廊下を歩き出す。


 リーナが追いかける。


「カイル、待ってください」


「何だ」


「お願いです。もう一度、考え直してください。アレンさんを王国命令で動かそうとするのは」


「騎士団も同じことを言った」


「なら」


「だからといって、諦める理由にはならない」


 リーナの顔が曇った。


 カイルは廊下の途中で振り返る。


「お前たちは、俺にどうしろと言う。アレンなしで弱くなった。ギルドから制限された。騎士団にも説教された。このまま地道に訓練しろと? 勇者パーティーが、ただの冒険者のように?」


「そうよ」


 ミラが言った。


「必要なら、ただの冒険者みたいに地道にやるのよ」


「そんなもの」


「そんなものを、アレンはずっとやってた」


 カイルが黙る。


「装備を直して、食事を作って、体調を見て、地図を確認して、罠を調べて、誰にも褒められなくても毎日やってた。私たちはそれを軽く見てた。だから今、できなくて困ってる」


 ガレスも言う。


「カイル。立て直すしかねぇんだ。アレンを無理に引っ張るんじゃなくて、俺たちが一からやるしかねぇ」


「……俺は勇者だ」


 カイルは低く言った。


「なら、なおさら間違いを認める勇気を持ってください」


 リーナの声が響く。


 カイルは彼女を見た。


 リーナは怯えていた。


 それでも、目を逸らさなかった。


 カイルは何かを言おうとした。


 だが、言葉は出なかった。


 代わりに、彼は踵を返し、廊下の奥へ歩いていく。


 その背中は、以前より少し小さく見えた。


     ◇


 騎士団本部を出たあと、カイルは一人で王都の大通りを歩いていた。


 人々は彼に気づく。


 だが、反応が以前と違う。


「勇者様だ」


「あれが噂の」


「付与術師を追放したって」


「本当なのかな」


「でも、最近失敗続きらしいぞ」


 囁きが聞こえる。


 以前なら、歓声だった。


 今は、好奇と疑念が混ざっている。


 カイルは足を速めた。


 違う。


 こんなはずではない。


 自分は勇者だ。


 皆に期待され、称えられ、魔王軍を討つために選ばれた者だ。


 なのに、なぜ。


 なぜ皆、アレンの名を口にする。


 なぜ、あの地味な付与術師が、今さら自分の前に立ちはだかる。


 カイルは立ち止まり、拳を握った。


「……証明してやる」


 小さく呟く。


「俺が正しいと。勇者パーティーに必要だから、アレンを戻すのだと」


 だが、その声には以前ほどの確信がなかった。


 自分でも気づかないほど、小さな揺れが混じっていた。


     ◇


 同じ頃、冒険者ギルドでは、リーフェル村からの証拠品が届いていた。


 偽薬の小瓶。


 悪質な契約書。


 ガリオン男爵家の命令書。


 それらを見たマリナは、珍しく表情を険しくした。


「……もう動いたのですね」


 横にいた若い職員が青ざめる。


「これは、かなりまずいのでは」


「まずいです」


 マリナは命令書を読み直す。


『村への情を利用すること』


 その一文で、彼女の目が冷えた。


「アレン様が一番狙われやすいところを、正確に狙っています」


「どうしますか」


「すぐに写しを作成し、ギルド本部長へ。騎士団にも共有します。ガリオン男爵家には、正式な照会を出します」


「男爵家相手に?」


「証拠があります」


 マリナは偽薬の瓶を見た。


「それに、これを放置すれば、リーフェル村だけでなく他の辺境村も被害に遭います」


 彼女は羽ペンを取り、素早く文書を書き始めた。


「アレン様は、やはり自分の身を差し出しそうになったのでしょうか」


 小さく呟く。


 だが、同封されたシルフィの記録には、こうあった。


『師匠は治療後、商人の悪意ある契約意図を可視化。村を守るため、署名を拒否。自分を担保にしないことを選んだ』


 マリナは、その一文を読んで少しだけ表情を和らげた。


「成長されていますね、アレン様」


 それは受付嬢としてではなく、一人の人間としての声だった。


     ◇


 その夜、リーフェル村では、アレンが自分の家の前で薪を積んでいた。


 昼間に一騒動あったせいで、村全体が少し疲れている。


 それでも夕食は温かく、ぷる太は井戸守りの旗の下で得意げに揺れ、ミナたちは「悪い紙をやっつけた話」を何度も聞きたがった。


 シルフィは机で記録を書いている。


「師匠」


「何?」


「今日の記録に、こう書きました」


 彼女は羊皮紙を読み上げた。


「『師匠は村を守るため、静かに怒った。怒りは破壊ではなく、隠された悪意を明らかにする方向へ働いた』」


「……恥ずかしいな」


「大切なことです」


「怒ってたの、分かった?」


「はい」


 シルフィは顔を上げる。


「でも、怖くはありませんでした」


「そうか」


「むしろ、安心しました。師匠は誰かを傷つけるためではなく、守るために怒れる方なのだと分かりましたから」


 俺は薪を置き、少し空を見た。


 星が出始めている。


「俺、自分が怒るのは苦手なんだ」


「なぜですか」


「怒ったら、相手を傷つける気がして」


「今日は傷つけていません」


「そうかな」


「はい。悪い契約と偽薬は傷ついたかもしれませんが」


「それはいいのか?」


「いいと思います」


 シルフィは少し笑った。


 その笑顔につられて、俺も笑う。


 ぷる太が窓辺からぷるんと鳴いた。


 たぶん、同意している。


 王都で何が起きているか、カイルがまだ何を考えているか、騎士団がどう動くか。


 俺はまだ知らない。


 ただ、この夜だけは、村を守れたことを少しだけ受け取ろうと思った。


 リーフェル村付与相談役として。


 そして、この村で暮らす一人として。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ