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無能だと追放された底辺付与術師、実は世界で唯一の【全自動・神級バフ】持ちでした 〜辺境でスローライフを送るはずが、俺が抜けて壊滅寸前の勇者パーティーが泣きついてきてももう遅い。  作者: 終焉を綴る堕天筆聖セラフィム・夜叉王院常闇寛龍


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第21話 リーフェル村に怪しい商人が来る

 細身の商人は、馬車から降りると大げさなくらい丁寧に頭を下げた。


「これはこれは、リーフェル村の皆様。突然の訪問、失礼いたします」


 声は柔らかい。


 笑顔も整っている。


 けれど、俺はその笑顔を見た瞬間、少しだけ背中がむずむずした。


 王都で何度か見たことがある顔だ。


 いや、同じ人物という意味ではない。


 相手を見て、どのくらい安く買えるかを考えている顔。


 親切そうに話しながら、こちらの困りごとを探している顔。


 勇者パーティーで補給品を買う時、こういう商人には何度か出会った。カイルはあまり気にしていなかったが、俺は保存食の質や包帯の本数をごまかされそうになって、何度か交渉したことがある。


 その時の匂いに似ていた。


 村長は杖を突いたまま、商人を見た。


「リーフェル村の村長だ。そちらは?」


「王都にて商いをしております、ドランと申します。こちらは護衛の者。いや、近頃は街道も物騒でしてな」


 ドランと名乗った商人は、ちらりと護衛二人を見た。


 護衛たちは無言で立っている。


 腕は太い。


 腰には剣。


 商人の護衛というより、少しばかり威圧のために連れてきたようにも見えた。


「王都の商人が、このような辺境へ何用だ」


 村長が尋ねる。


 ドランは待っていましたとばかりに笑みを深めた。


「実は、リーフェル村の評判を耳にいたしまして」


「評判?」


「はい。水が良い。薬草の質が高い。近頃、作物も勢いを取り戻しているとか。いやあ、素晴らしいことです。辺境の小村でありながら、そこまでの特産をお持ちとは」


 辺境の小村。


 言葉だけなら事実だ。


 でも、その言い方に少し引っかかった。


 村人たちも同じだったのか、広場の空気が少し固くなる。


 ミナがぷる太を抱えて、村人の後ろに隠れた。


 ぷる太は普通のスライムのふりをしている。


 ただ、旗が立っていた。


『井戸守り ぷる太』


 隠す気があるのかないのか、だんだん分からなくなってきた。


 ドランの目が井戸の方へ動いた。


「ほう。井戸守り……スライムですか」


 俺は一歩だけ前に出た。


「村で飼っているスライムです。水場が好きなので」


「それは珍しい」


「少し賢いだけです」


「なるほど、少し賢い」


 ドランはにこにこしている。


 だが、その目はぷる太から井戸へ、井戸から俺へ、俺から村の入口に掛けられた板へと動いた。


『リーフェル村 付与相談役在村』


 やっぱり目立つ。


 昨日から少しそう思っていた。


 ドランは板の文字を読んで、口元を歪めた。


「付与相談役。これはまた、立派なお役目ですな」


 その言い方に、シルフィの目がわずかに細くなる。


 俺は苦笑しながら答えた。


「村の困りごとの相談に乗るだけです」


「ほう。では、あなたがその相談役で?」


「アレンです」


「アレン様。なるほど、なるほど」


 ドランは頭を下げた。


 けれど、俺を見た目には、値踏みするような光があった。


「お若い。いや、若くして村の役職を担うとは、実にご立派だ」


「役職というほどのものでは」


「ご謙遜を」


 ドランはそう言って、馬車の荷台へ手を向けた。


「本日は、村の皆様に良いお話を持ってまいりました」


 村長は返事をしなかった。


 ただ、黙って続きを待つ。


 ドランは護衛に合図し、荷台から木箱を下ろさせた。


 箱の中には、布、針、塩、油、小さな薬瓶、保存薬らしき包みが並んでいる。


 王都の品物らしい整った包装だ。


 ミナたち子供が少しだけ目を輝かせる。


 マルタさんは、逆に目を細めていた。


「日用品か」


 村長が言う。


「はい。辺境では手に入りづらい品々です。針、糸、塩、油、薬。どれも暮らしには欠かせませんでしょう」


「それはそうだ」


「そこで、私は考えたのです。リーフェル村の水や薬草を王都へ運び、代わりに王都の品をこちらへ安定してお届けする。互いに得をする、実に良い取引ではありませんか」


 言葉だけ聞けば、悪くない。


 村には王都の品が必要だ。


 塩や鉄釘、布、薬などは、行商人が来なければ手に入りにくい。


 でも、ドランの話は少し整いすぎていた。


 村長も同じことを感じているのだろう。


「取引は、いつもの行商人ともしておる」


「ああ、バルド殿ですかな」


 ドランは薄く笑った。


「彼は良い行商人です。しかし、所詮は一人の行商人。王都に広い販路を持っているわけではありません。私なら、リーフェル村の品をもっと大きく売ることができます」


「大きく売る必要があるとは言っておらん」


「今は、そうでしょう」


 ドランは声を少し柔らかくした。


「しかし、村が豊かになる機会を逃すのは惜しい。水も薬草も、村の中だけで使っていては価値が眠ったままです。王都へ出せば、金になります。金があれば、屋根も直せる。道も整えられる。冬の備えも増える。若者が村を出ていく必要も減る」


 村人たちの間に、小さなざわめきが走った。


 言っていることは、分かりやすい。


 村が豊かになる。


 冬の備えが増える。


 若者が残る。


 それは、この村にとって確かに魅力的な言葉だった。


 でも、俺はシルフィを見た。


 彼女は表情を変えずにドランを見ている。


 警戒している時の顔だ。


「具体的な条件は?」


 村長が聞く。


 ドランは待っていましたとばかりに、革筒から羊皮紙を取り出した。


「こちらに契約書を用意しております」


「用意がいいな」


「商人ですので」


 彼は机代わりに木箱を置き、その上に羊皮紙を広げた。


 文字がびっしり並んでいる。


 村長は眉をひそめた。


「細かい字だな」


「正式な契約ですからな。ですが、ご安心を。内容は簡単です」


 ドランは指で羊皮紙を軽く叩いた。


「リーフェル村の水、薬草、加工品、作物の王都販売を、我がドラン商会が一手に引き受ける。代わりに、村へ王都の日用品を定期的に供給する。初年度は特別価格で、品物を多めにお渡ししましょう」


「一手に?」


「はい。販路を統一した方が、村にも利益が出ます」


 村長は黙って羊皮紙を見た。


 だが、文字が細かすぎる。


 村長は読み書きができるが、王都式の契約文はわざと難しく書かれている。普通の村人なら、読むだけで疲れてしまうだろう。


 シルフィが一歩前に出た。


「契約書を確認してもよろしいですか」


 ドランの目が、初めて少し冷えた。


「失礼ですが、お嬢さんは?」


「シルフィ。付与相談役補佐兼記録係です」


「補佐兼……記録係」


 ドランは一瞬だけ笑いをこらえるような顔をした。


「なるほど。ですが、これは王都式の商業契約です。少々難しい内容もありますので」


「読めます」


 シルフィは短く言った。


「エルフ古式契約、王国商業契約、神殿寄進契約、いずれも基礎は学んでいます」


 ドランの笑みが固まった。


 村長が俺の方をちらりと見た。


 俺は小さく頷く。


 シルフィがいてくれてよかった。


 ドランは一瞬迷ったが、すぐに笑顔を戻した。


「では、どうぞ。もちろん、何も後ろ暗いことはございません」


「確認します」


 シルフィは羊皮紙を受け取り、目を通し始めた。


 広場が静かになる。


 ぷる太も、いつもより大人しくしている。


 シルフィは一枚目を読み、二枚目へ進む。


 表情は変わらない。


 だが、読み進めるほどに周囲の空気が冷えていく気がした。


「村長様」


 やがて、シルフィが口を開いた。


「この契約は結ばない方がよいです」


 ドランの眉がぴくりと動いた。


「おや、ずいぶん早い判断ですな」


「早く判断できるほど、分かりやすく不利です」


 シルフィの声は静かだった。


 しかし、容赦はない。


「まず、第一条。販売委託と書かれていますが、実際には水、薬草、作物、加工品の販売権を二十年間ドラン商会へ独占的に譲渡する内容です」


 村人たちがざわついた。


「二十年?」


「そんなに長いのか?」


 ドランは笑顔のまま答える。


「販路開拓には時間がかかりますので」


「第二条」


 シルフィは続けた。


「村側は、ドラン商会の許可なく該当品目を第三者へ販売できない。つまり、いつもの行商人バルド様との取引も制限されます」


 村長の眉が深くなる。


「第三条。価格は市場価格を参照するとありますが、その市場価格はドラン商会側が提出する王都相場表に基づくとあります。村側が確認する権利は明記されていません」


 マルタさんが低く言った。


「つまり、向こうの言い値かい」


「はい」


 シルフィは羊皮紙をめくった。


「第四条。品質維持のため、付与相談役は必要に応じてドラン商会に協力する義務を負う」


 視線が俺に集まる。


 俺は少し息を呑んだ。


 ドランが慌てて口を挟む。


「それは、あくまで村の品の品質を守るためでして」


「第五条では、協力拒否の場合、村側に違約金が発生するとあります」


「違約金?」


 村長の声が低くなる。


「第六条。違約金を支払えない場合、村の生産物を優先的に納入することで補填する」


 シルフィは顔を上げた。


「つまり、この契約を結べば、リーフェル村は水も薬草も作物も自由に売れなくなり、価格も相手の言い値になり、師匠は商会に協力を強制され、拒めば村が負債を背負います」


 広場が静まり返った。


 ドランの笑顔から、少しずつ温度が消えていく。


「お嬢さん。言い方が少々極端ではありませんか」


「極端なのは契約内容です」


「商売には相応の縛りが必要なのです」


「一方的な縛りです」


「村に利益もある」


「初年度の供給品の価値は、契約書に明記された最低納入量と比較して著しく低いです。しかも二年目以降、供給量の保証がありません」


 ドランが黙った。


 シルフィはさらに羊皮紙をめくる。


「また、ここに小さく記載されています。契約解釈に争いがある場合、王都商業裁定所の判断に従う。ですが、辺境村が王都まで出向いて裁定を受けるのは現実的ではありません」


 マルタさんが腕を組んだ。


「最初から逃げ道を塞いでるね」


「はい」


 ドランは少し声を低くした。


「辺境の村が王都と取引するなら、これくらいは当然です。皆様は市場をご存じない。こちらが危険を負って販路を開くのですから」


 村長が静かに言った。


「危険を負うと言うなら、なぜ契約の危険は村ばかりが負う」


 ドランは一瞬、言葉に詰まった。


 だが、すぐに笑みを作る。


「誤解です。契約は互いの信頼で成り立つもの。細かな文面ばかり気にしては、良い商機を逃しますぞ」


「細かな文面で縛ろうとしているのは、そちらではありませんか」


 シルフィが言った。


 その声は淡々としている。


 だから余計に鋭い。


 ドランのこめかみに、わずかに血管が浮いた。


     ◇


 話が不利になったと見たのか、ドランは話題を変えた。


「では、契約の細部は後で調整するとして。まずは私どもの品を見ていただきましょう」


 彼は木箱から小瓶を取り出した。


 薄い緑色の液体が入っている。


「王都製の万能保存薬です。食材や薬草の劣化を防ぐ上等品。辺境ではなかなか手に入りません」


 村人たちの数人が身を乗り出した。


 保存薬は確かに貴重だ。


 冬支度にも使える。


 ドランは自信ありげに瓶を掲げた。


「本来なら銀貨三枚。しかし、契約前のお試しとして、今回は銀貨一枚でお譲りしましょう」


 村長は瓶を見た。


「シルフィ」


「確認します」


 シルフィが受け取ろうとした時、ぷる太が突然跳ねた。


「ぷる!」


「ぷる太?」


 ぷる太はミナの腕から飛び出し、ドランの持つ小瓶の近くへ向かった。


 護衛の一人が反射的に足を出す。


「魔物を近づけるな」


「ぷる太は村の子です!」


 ミナが怒った。


 ぷる太は護衛の足を避け、瓶の前でぷるぷる震えた。


 その体が、わずかに濁る。


 シルフィの表情が変わった。


「師匠」


「何?」


「ぷる太が嫌がっています」


 ドランは笑った。


「スライムが薬の価値を分かるのですか?」


「少なくとも、あなたより水の濁りには敏感です」


 シルフィが即答する。


 少しだけ毒があった。


 俺はぷる太の様子を見た。


 ぷる太は小瓶に近づこうとしている。


 いや、攻撃ではない。


 何かを浄化しようとしている時の動きだ。


「ぷる太、触っても大丈夫か?」


「ぷる」


「シルフィ?」


「少量なら問題ないと思います」


 俺が頷くと、ぷる太は小瓶の口に体を少しだけ伸ばした。


 ドランが慌てる。


「おい、勝手に――」


 その瞬間、小瓶の中の液体が黒く濁った。


 村人たちが息を呑む。


 薄緑だった保存薬が、どろりとした黒い液体へ変わっていく。さらに瓶の表面に貼られていた立派なラベルが、湿った紙のように剥がれ落ちた。


 その下から、別の古いラベルが現れる。


『家畜用防腐液 希釈用』


 広場が凍った。


 ドランの顔から血の気が引く。


「……これは?」


 村長の声が低い。


「い、いや、それは何かの間違いで」


「家畜用防腐液と書いてあるが」


「容器を再利用しただけです。中身は王都製の万能保存薬で」


 シルフィが瓶を取り、匂いを確認した。


 すぐに眉をひそめる。


「これは保存薬ではありません。粗悪な防腐液を薄め、香草で匂いを隠したものです。食材に使えば味を壊しますし、薬草に使えば成分が死にます。量によっては体にも悪い」


 マルタさんの目が細くなった。


「それを銀貨一枚で売ろうとしたのかい」


「違う。私は知らなかった。仕入れ元が」


「商人が自分の品を知らないのですか」


 シルフィが冷たく言う。


 ドランの笑顔は、もう完全に消えていた。


 護衛二人が少し前へ出ようとする。


 その瞬間、ぷる太がぷるんと跳ねた。


 普段のかわいい跳ね方ではない。


 水面に石を落としたように、空気が揺れた。


 護衛たちの足が止まる。


 ぷる太の体が、ほんの少し金色に光った。


「ぷる太、抑えて」


 俺が言うと、ぷる太は光を弱めた。


 でも、ドランたちを見る位置からは動かない。


 ミナが小さく言った。


「ぷる太、怒ってる」


 そうだ。


 たぶん、怒っている。


 村に変な薬を持ち込まれたことに。


 井戸や保存食を汚そうとしたことに。


 ぷる太なりに、村を守ろうとしている。


 村長は杖を地面に突いた。


「ドラン殿」


「……はい」


「契約の話は終わりだ」


「お待ちください。今のは誤解で」


「契約書は村を縛る内容。薬は偽物。これ以上、何を信じろと言う」


 ドランの口元が引きつる。


「リーフェル村は、王都との商機を逃すことになりますぞ」


「逃して結構」


「ガリオン男爵家のお名前をご存じないのですか」


 ついに出た。


 後ろ盾の名。


 村人たちが少しざわつく。


 村長は動じなかった。


「知らん名ではない」


「ならば、お分かりでしょう。男爵家の厚意を無下にすることが、どういう意味を持つか」


「こちらも言っておく」


 村長の声がさらに低くなった。


「リーフェル村は、偽薬を売りつける商人と契約はせん」


 シルフィが続ける。


「必要なら、今の瓶と契約書を証拠として王都ギルドへ送ります。契約詐欺、粗悪薬の販売未遂、貴族名を用いた威圧。どの名目でも十分に問題になります」


 ドランの顔色が変わった。


「エルフのお嬢さん。あまり強い言葉を使うと」


「事実です」


 シルフィは一歩も引かなかった。


「師匠に不利な協力義務を負わせようとしたことも、記録します」


 ドランが俺を見た。


 値踏みの目ではなくなっていた。


 少しだけ、警戒の色がある。


「アレン殿」


 彼は声を柔らかくしようとした。


「あなたはこの村の相談役なのでしょう。分かるはずです。王都の商人を敵に回すより、少し譲った方が村のためになる」


 俺は黙っていた。


 譲る。


 村のために。


 そう言われると、少し前の俺なら迷ったかもしれない。


 自分が我慢すれば済むなら。


 少し協力するくらいなら。


 そう考えてしまったかもしれない。


 でも、木札の重みを思い出す。


 付与相談役。


 村を守るための役目。


 俺自身を担保にしないための肩書き。


「ドランさん」


 俺はゆっくり言った。


「村のために譲ることと、村を縛る契約を受け入れることは違います」


 ドランの目が細くなる。


「ほう」


「この村の水も薬草も作物も、村の人たちが大事にしているものです。誰かの言い値で奪われるためのものじゃありません」


「奪うなどと」


「契約書には、そう読めることが書いてありました」


 俺はシルフィの持つ羊皮紙を見た。


「俺は契約には詳しくありません。でも、詳しい人が読んで危ないと言うなら、署名しません」


 シルフィが隣で静かに頷く。


 村長も腕を組んだ。


 ドランは唇を歪めた。


「辺境の若造が、王都の商売を語るか」


「語れません」


 俺は正直に答えた。


「だから、分からない契約には署名しない。それだけです」


 ドランは一瞬、言葉を失った。


 村人たちの間から小さな笑いが起きる。


 俺は狙って言ったわけではない。


 でも、たぶんそれが一番正しい。


 分からないものには署名しない。


 偽物を売る相手とは契約しない。


 大事なものを、簡単には渡さない。


 それだけだ。


 ドランは木箱を乱暴に閉めた。


「……今日のところは引き下がりましょう」


「そうしてくれ」


 村長が言う。


「ですが、後悔しますよ。王都と取引する機会を失ったことを」


「後悔するかどうかは、こちらで決める」


 ドランは何も言わず、護衛に荷物を積ませた。


 ただ、偽薬の小瓶と契約書だけはシルフィが離さなかった。


「それは返していただきたい」


「証拠として預かります」


「盗む気ですか」


「偽薬を販売しようとした証拠品です」


 シルフィの声は冷たい。


 ドランは舌打ちしそうな顔をしたが、結局何も言わなかった。


 馬車が動き出す。


 去り際、ドランは俺を見た。


 その目には、明らかな敵意があった。


「覚えておきなさい、アレン殿。王都の商売は、村の子供遊びとは違う」


「そうみたいですね」


「次は、もっと正式な形で伺います」


「次も、分からない契約には署名しません」


 ドランは顔を歪め、馬車へ乗り込んだ。


 荷馬車は土埃を上げて、街道の向こうへ去っていく。


     ◇


 馬車が見えなくなった後、村の広場にはしばらく沈黙が残った。


 最初に声を出したのは、ミナだった。


「ぷる太、すごかった!」


「ぷる!」


 ぷる太は胸を張るように跳ねた。


「偽物のお薬を見つけた!」


「ぷる太、井戸守りだけじゃなくて薬守りもできるね!」


「役職を増やさないでくれ」


 俺が言うと、村人たちの間に笑いが戻った。


 村長は深く息を吐いた。


「危なかったな」


「はい」


 シルフィが契約書を丁寧に丸める。


「契約内容も偽薬も悪質です。王都へ送った方がよいでしょう」


「マリナさんに送りますか」


「それがよいと思います」


 俺は頷いた。


 そして、ぷる太の前にしゃがむ。


「ぷる太、ありがとう。助かった」


「ぷるる」


 ぷる太は嬉しそうに俺の手に体を押しつけてきた。


 ひんやりしている。


 でも、少しだけ温かい気もした。


 マルタさんが近づいてきて、俺の肩を軽く叩いた。


「アレンも、ちゃんと言えたじゃないか」


「そうですか?」


「そうだよ。分からない契約には署名しない。いい言葉だった」


「普通のことを言っただけです」


「普通のことを普通に言えるのは、大事だよ」


 村長も頷く。


「付与相談役の初仕事としては、上出来だ」


「俺より、シルフィとぷる太の手柄です」


「それも含めて相談役だ」


「含めるんですか」


「含める」


 シルフィが少し微笑んだ。


「師匠、今回は受け取りましょう」


「……分かった」


 俺は小さく頷いた。


「ありがとうございます」


 村人たちが笑う。


 広場に、いつもの空気が戻っていく。


 でも、俺は去っていった馬車の方角を見た。


 ドランはこれで終わらない。


 そんな気がした。


 王都の商人。


 ガリオン男爵家。


 契約書。


 偽薬。


 今までの魔物とは違う厄介さがある。


 シルフィも同じことを感じているのか、静かに言った。


「師匠」


「うん」


「あの商人は、また来ると思います」


「だろうな」


「次は、もっと強い形で」


「その時も、ちゃんと断ろう」


 俺がそう言うと、シルフィは少し驚いた顔をした。


 それから、柔らかく笑う。


「はい」


 ぷる太が足元で力強く跳ねた。


「ぷる!」


 どうやら、ぷる太も同意らしい。

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