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無能だと追放された底辺付与術師、実は世界で唯一の【全自動・神級バフ】持ちでした 〜辺境でスローライフを送るはずが、俺が抜けて壊滅寸前の勇者パーティーが泣きついてきてももう遅い。  作者: 終焉を綴る堕天筆聖セラフィム・夜叉王院常闇寛龍


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第20話 王都の貴族、リーフェル村の噂を嗅ぎつける

 王都の朝は、噂でできている。


 パン屋の窯から焼きたての匂いが流れる頃には、もう昨日の失敗談が角を曲がっている。市場に魚が並ぶ頃には、誰かの恋話が倍に膨らんでいる。昼前に酒場が開けば、そこへ冒険者の武勇伝と商人の勘定が混ざり、夕方には立派な「確かな話」として街中を歩き回る。


 だから、リーフェル村の噂が王都に届くまで、そう時間はかからなかった。


「東の辺境に、急に水の良くなった村があるらしい」


「水だけじゃない。薬草もだ。普通の止血草が、神殿薬草みたいになっていたとか」


「勇者パーティーを追放された付与術師がいる村だろ?」


「そいつが畑を耕したら、作物が異常に育ったって話もある」


「おいおい、さすがに盛りすぎだ」


「でも、行商人のバルドがその方角から戻ってきて、妙に元気だったぞ」


「バルドはいつも元気だろ」


「いや、膝の悪かった馬まで元気になってた」


「馬までかよ」


 冒険者ギルド近くの酒場では、そんな会話が飛び交っていた。


 最初は冗談半分だった。


 だが、噂というものは、冗談と金の匂いが混ざると急に足が速くなる。


 特に王都には、そういう匂いを嗅ぎ分ける者がいる。


     ◇


 王都西区にある小さな屋敷で、バルバロ・フォン・ガリオン男爵は、朝から機嫌が悪かった。


 理由は単純である。


 金がない。


 いや、正確に言えば、完全にないわけではない。屋敷はある。使用人も数人いる。貴族として最低限の体面を保つだけの収入もある。


 だが、バルバロが望むほどの金はなかった。


 新しい馬車。


 社交界で見栄を張るための衣装。


 上位貴族へ贈る高級酒。


 そして、何より自分の名前を王都で大きく見せるための事業資金。


 どれも足りない。


「まったく、世の中は分かっておらん」


 バルバロは朝食の卵をつつきながら、苛立たしげに言った。


 皿の上の卵は半熟で、白い陶器の皿には金の縁取りがある。だが、部屋の隅の壁紙は少し剥がれていた。


 見栄と実情が、妙な具合に同居している屋敷だった。


「私はガリオン男爵家の当主だぞ。もっと大きな商機が回ってきてもよいはずだ」


 向かいに立つ執事は、何も言わなかった。


 言えば長くなると知っているからだ。


 そこへ、一人の商人が通された。


 細身で、目の動きが早い男である。名はドラン。王都の商人組合には属しているが、表通りの大商人ではない。安く買い、高く売り、時には契約書の端に小さな毒を混ぜることで生きてきた男だった。


「男爵様。お耳に入れたい話がございます」


「また投資話か。前回の香油事業はどうなった」


「……あれは、少々時期が悪うございました」


「時期が悪い、か。便利な言葉だな」


 バルバロは鼻を鳴らした。


 ドランは笑みを崩さない。


「今回は違います。東の辺境に、非常に面白い村がございます」


「村?」


「リーフェル村という小さな村です」


 バルバロはつまらなさそうに椅子へ背を預けた。


「辺境の村など、税を取る以外に何の価値がある」


「水と薬草です」


「水?」


「はい。噂では、井戸水の質が急に上がったとか。飲めば体調が整い、保存食の品質まで良くなると」


 バルバロは眉を動かした。


「聖水か?」


「そこまでは確認できておりません。しかし、もし聖水に近い品質であれば、神殿、貴族、商人、いずれにも売れます」


「ふむ」


「さらに薬草もあります。普通の村で採れる薬草が、高位薬草並みの品質に変わっているとの話です」


「本当なら、大きいな」


 バルバロの声が少し変わった。


 興味を持った声だ。


「薬草は常に需要がございます。冒険者、騎士団、神殿、貴族の家庭薬。しかも、辺境村なら買い叩けます」


「買い叩く、か」


 バルバロは口元を歪めた。


「いや、正当な取引だな」


「もちろんでございます。辺境の民は市場価格を知りません。こちらが販路を提供してやるのです。むしろ感謝されるべきでしょう」


「そうだな。まったくその通りだ」


 バルバロは機嫌を直し始めた。


 自分に都合のいい理屈は、彼の大好物だった。


「その村は誰の領地だ」


「王領に近い辺境管理地です。直接大貴族の支配下ではありません。村長が実務を取り仕切っている小村かと」


「ならば、なおさら扱いやすい」


 バルバロは指で机を叩いた。


「領主貴族が背後にいない村なら、契約書一枚で縛れる」


「はい。そこで、まずは私が商人として訪問し、薬草と水の取引契約を持ちかけます」


「安く買え」


「もちろんです」


「できれば独占契約にしろ。井戸水、薬草、作物、保存食。村で価値あるものはすべて、ガリオン家を通さねば売れない形にする」


 ドランは深く頭を下げた。


「すでに契約書の雛形を用意しております」


「早いな」


「機会は逃さぬ主義ですので」


「気に入った」


 バルバロは笑った。


「ただし、村人が渋った場合は?」


「そこは、男爵様のお名前をお借りできれば」


「ふむ」


「王都貴族との取引を断るなど、普通の村人には難しいでしょう。少し強めに出れば、村長も折れるかと」


「そうだな。辺境の村長など、王都の貴族の名を聞けば震える」


 バルバロは自分で言って、自分で満足した。


「だが、噂には付与術師の話もあったな。勇者パーティーを追放された男だとか」


「はい。アレンという名だそうです」


「勇者パーティーを追放されたなら、たいした者ではあるまい」


 バルバロは即座に言った。


 ドランも頷く。


「私もそう考えます。仮に多少の付与が使えたとしても、所詮は辺境村に流れ着いた若造です。商取引や貴族の名には不慣れでしょう」


「ふん。勇者に捨てられた男が、村で少し薬草を育てて調子に乗っているだけか」


「その可能性が高いかと」


「ならば、その男も使えるな」


 バルバロの目が細くなった。


「契約に組み込め。薬草や水だけではない。その付与術師自身にも、ガリオン家への協力義務を負わせる」


「本人が拒んだ場合は?」


「村との契約を材料にする。村を守りたいなら協力しろ、と言えばよい」


 ドランはにやりと笑った。


「人の良い若者ほど、その手は効きます」


「そうだろう」


 バルバロは卵を一口で食べ、満足げにナプキンで口元を拭いた。


「よし。ドラン、お前に先遣を命じる。リーフェル村へ行き、取引契約をまとめてこい。必要なら、私の名を出してよい」


「ありがたき幸せ」


「ただし、成功した場合の取り分は分かっているな」


「もちろんでございます。ガリオン家に七、私に三」


「八と二だ」


「……承知しました」


 ドランは一瞬だけ頬を引きつらせたが、すぐに笑顔を戻した。


 バルバロは気づかないふりをした。


 互いに信用していない。


 だが、金の匂いがする間だけは協力する。


 王都では、そういう関係は珍しくなかった。


     ◇


 ドランが屋敷を出たあと、バルバロは一人、窓の外を見ていた。


 王都の屋根が並んでいる。


 遠くには王城の尖塔も見えた。


「辺境の村か」


 彼は小さく呟いた。


「水と薬草が本物なら、上位貴族へ売り込める。いや、神殿とも交渉できる。うまくいけば、ガリオン家の名を大きくできるぞ」


 彼の頭の中では、もうリーフェル村は地図上の利益になっていた。


 そこに暮らす人々の顔など、想像もしない。


 畑を耕す手。


 井戸で水を汲む子供。


 冬を越すために保存食を数える老人。


 そんなものは、契約書の数字の外にある。


「辺境の者には、王都の商売を教えてやらねばな」


 バルバロは満足そうに笑った。


     ◇


 その頃、冒険者ギルドでは、マリナが新しい報告を受け取っていた。


「ガリオン男爵家の商人が、リーフェル方面へ?」


「はい」


 若い職員が頷く。


「市場の荷馬車登録に、ドラン商会の名がありました。行き先は東部街道方面。積み荷は日用品、契約用羊皮紙、薬瓶、保存薬、雑貨となっています」


「ドラン商会……」


 マリナは眉をひそめた。


 その名には覚えがある。


 違法とまでは言わない。


 だが、評判はよくない。


 辺境の村や新米冒険者相手に、不利な契約を結ばせることで知られている商人だ。


「なぜ、その情報がこちらに?」


「昨日、マリナさんがリーフェル村関連の商人移動を確認するよう指示されていたので」


「そうでしたね。ありがとうございます」


 職員が去ると、マリナは机に指を置いた。


 ガリオン男爵家。


 ドラン商会。


 リーフェル方面。


 タイミングが悪い。


 いや、悪すぎる。


「噂を嗅ぎつけましたか」


 マリナはすぐに手紙を書き始めた。


 宛先は、リーフェル村の村長。


 そしてもう一通、アレン宛て。


『王都の商人ドランが、貴族家の後ろ盾を得てリーフェル方面へ向かった可能性があります。薬草、水、作物等の取引契約には十分ご注意ください。特に独占契約、長期拘束契約、付与術師本人への協力条項が含まれる場合は、署名しないでください』


 そこまで書いて、マリナは少し迷った。


 アレンは人が良い。


 リーフェル村を守りたいと思えば、不利な条件でも飲もうとするかもしれない。


 彼自身が自分の価値を低く見積もりすぎるのは、すでに見ている。


 マリナは一文を加えた。


『アレン様。村を守るためにも、ご自身を契約の担保にしないでください』


 書いてから、少しだけ息を吐く。


「届くとよいのですが」


 早馬を手配する。


 だが、ドラン商会の馬車はすでに出発している。


 手紙が先に届くかは分からない。


 マリナは窓の外の東空を見た。


「どうか、また面倒なことになりませんように」


 残念ながら、面倒なことはたいてい、願っただけでは避けられない。


     ◇


 リーフェル村では、その日も普通に昼食の準備が進んでいた。


 普通に、という言葉の範囲が最近かなり広がっているのは置いておく。


 井戸のそばでは、ぷる太が小さな旗の下で井戸番をしている。


『井戸守り ぷる太』


 門番老人が書いた旗だ。


 字は妙に力強い。


 ぷる太はそれを気に入っているらしく、旗の下からあまり動かない。時々、誇らしげに揺れている。


 ミナたちは井戸の周りで遊びながらも、「ぷる太は仕事中だから邪魔しちゃだめ」と言っていた。


 本人は一緒に遊びたそうだが、仕事中らしい。


 俺は保存庫の前で、村長と一緒に棚の様子を見ていた。


「干し豆は?」


「状態は良いです」


 シルフィが確認する。


「昨日より乾きすぎず、湿りすぎず、ちょうどよい状態を保っています」


「塩漬け肉は?」


「劣化が抑えられています。ただ、師匠が近づくと旨味が増える可能性があります」


「旨味が増える?」


 村長がこちらを見る。


「アレン」


「俺は何もしてません」


「まだ何も言っておらん」


「顔が言ってました」


「顔に出たか」


 村長は真面目に塩漬け肉を見つめた。


「旨くなるのは困らんが、外に出す分は普通でよい」


「また俺が触らない方がいいやつですね」


「そうだ」


 最近、俺が触らない方がいい物が増えてきた。


 高品質化しすぎるから、という理由で。


 地味に寂しい。


「師匠、落ち込まないでください」


 シルフィが言った。


「落ち込んで見えた?」


「はい」


「干し肉に触れないだけで?」


「師匠は、役に立てる場面で止められると少し寂しそうにします」


「そうかな」


「そうです」


 シルフィはきっぱり言った。


 村長も頷く。


「お前さんは、できることがあると何でもやろうとする。できないようにするのも村の仕事だ」


「村の仕事にしなくても」


「もうした」


 村長は短く言った。


 そこへ、門番老人が駆け込んできた。


「兄者」


「何だ」


「街道に馬車が一台見える。バルドの馬車ではない」


 村長の顔が引き締まった。


「商人か」


「おそらく。荷馬車だ。護衛が二人ついておる」


 俺とシルフィは顔を見合わせた。


 まだ、マリナさんの手紙は届いていない。


 だから、その馬車がどこのものかは分からない。


 ただ、タイミングがいいとは言えなかった。


「どうしますか」


 俺が聞くと、村長は杖を握り直した。


「いつも通り迎える。ただし、村の重要なものは見せん。アレン、シルフィ、お前さんたちは同席しろ」


「はい」


 シルフィが静かに頷く。


「契約書が出た場合は、必ず私が確認します」


「助かる」


 村長は井戸の方を見た。


「ぷる太」


「ぷる?」


「今日はあまり光るな」


「ぷる」


 ぷる太は真面目に返事をした。


 ミナがぷる太のそばで小声で言う。


「ぷる太、普通のスライムのふりだよ」


「ぷる」


「できる?」


「ぷるる」


「たぶんできるって!」


 その通訳が正しいのかは分からない。


 だが、ぷる太は少しだけ体の透明度を下げ、普通の水色スライムに近い姿になった。


「……器用になってるな」


「守護獣ですので」


 シルフィが言う。


「本人の努力もあります」


「ぷる太も努力してるのか」


「はい」


 ぷる太は誇らしげに揺れた。


 村長は広場に向かって声を張った。


「皆、普段通りにしろ。余計なことは喋るな。井戸水は普通の水、畑は普通の畑、ぷる太は少し賢いスライムだ」


「村長、少し賢いってどのくらい?」


 ミナが手を上げる。


「普通のスライムより少しだ」


「ぷる太、かなり賢いよ?」


「今日は少しだ」


「はーい」


 子供たちが真剣に頷く。


 俺は思わず苦笑した。


 この村は、隠し事に向いているようで向いていない。


 でも、皆が一生懸命なのは分かる。


 やがて、馬車が村の入口へ近づいてきた。


 荷台には樽や木箱が積まれている。


 馬車の横には、護衛らしき男が二人。


 御者台に座る細身の男が、村を見ながら口元を歪めた。


 いかにも商人らしい笑顔。


 しかし、目は笑っていない。


「ここがリーフェル村か」


 彼は小さく呟いた。


「噂通りなら、金の山だな」


 その声は村の入口までは届かなかった。


 だが、シルフィは何かを感じたのか、静かに目を細めた。


「師匠」


「うん」


「あの商人、少し嫌な魔力をまとっています」


「嫌な魔力?」


「契約術式に使う墨の匂いです。普通の商人なら持ち歩かない量です」


「契約書をたくさん持ってるってことか」


「はい。しかも、たぶん最初から縛る気です」


 俺は馬車を見る。


 胸の奥に、少しだけ重いものが生まれた。


 カイルとは違う。


 エルフの追っ手とも違う。


 今度は、商売と契約で村を縛ろうとする相手かもしれない。


 村長が俺の横に立った。


「アレン」


「はい」


「怒るなよ」


「俺、そんなに怒りませんよ」


「普段怒らん者が怒ると、何が起きるか分からん」


 シルフィが真面目に頷いた。


「師匠が静かに怒った場合、付与がどう作用するか未知数です」


「二人して何を心配してるんですか」


 村長は短く言った。


「村を守る相談役の初仕事だ」


 俺は木札に手を触れた。


 リーフェル村付与相談役。


 まだ慣れない肩書き。


 でも、今は少しだけ背筋が伸びた。


「分かりました」


 俺は頷いた。


「まずは、話を聞きます」


 馬車が止まる。


 細身の商人が降りてきた。


 笑顔は丁寧。


 でも、目の奥にあるものは、村の井戸水よりずっと濁っていた。

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