表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能だと追放された底辺付与術師、実は世界で唯一の【全自動・神級バフ】持ちでした 〜辺境でスローライフを送るはずが、俺が抜けて壊滅寸前の勇者パーティーが泣きついてきてももう遅い。  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/13

第12話 ギルド職員、真実に気づく

 冒険者ギルドの記録室は、いつも少しだけ埃っぽい。


 王都の中心街にある本部は、表から見れば立派な建物だ。広い受付、依頼板、併設された酒場、討伐証明品を運び込む裏口、負傷者を運ぶ治療室。朝から晩まで人の出入りが絶えない。


 けれど、その奥にある記録室だけは別だった。


 厚い扉の向こうに、依頼報告書、討伐記録、報酬明細、冒険者別の活動履歴、魔物の出現傾向をまとめた資料がぎっしり並んでいる。


 派手さはない。


 剣も魔法もない。


 だが、この部屋にはギルドの記憶が眠っている。


 受付嬢マリナは、その棚の前で一人、古い報告書を広げていた。


「……やはり、おかしい」


 小さく呟く。


 机の上には、勇者パーティーの過去の依頼記録が積まれていた。


 勇者カイル。


 重戦士ガレス。


 魔法使いミラ。


 僧侶リーナ。


 そして、付与術師アレン。


 五人編成だった頃の記録。


 さらに、アレンが外れた後の記録。


 並べてみると、差はあまりにも明白だった。


「カイル様が勇者として登録された直後は、討伐成功率は高い。ですが、負傷率も高い。移動遅延も多い。魔力切れによる撤退が二回。装備破損も頻発……」


 マリナは羽ペンで記録の端に印をつける。


「アレン様加入後、負傷率が急減。移動遅延なし。装備破損は記録上ほぼゼロ。魔力切れによる撤退もなし。野営中の体調不良も減少」


 紙をめくる。


「高難度依頼の成功率上昇。連戦回数増加。帰還後の休養期間短縮……」


 さらに別の紙を見る。


「そして、アレン様追放後」


 マリナの指が止まった。


 ゴブリン五体との戦闘で負傷。


 ゴブリン巣穴掃討失敗。


 オーク小集団から撤退。


 中級ダンジョン《灰の小砦》にて敗走。


 装備破損多数。


 魔力消耗異常。


 治癒遅延。


 連携不全。


 勇者パーティーとしては、明らかに異常な落ち込みだった。


 たった数日で、ここまで変わることは普通ない。


 疲労なら休めば戻る。


 装備不良なら直せばいい。


 魔物の強化なら、他の冒険者も同じ被害を受けるはずだ。


 だが、灰の小砦を追跡調査した銀級冒険者隊からの報告では、出現した魔物は通常範囲内だった。


 ホブオーク一体は厄介だが、勇者パーティーが敗走するほどではない。


 少なくとも、これまでの彼らなら。


「つまり、変わったのはダンジョンではなく、勇者パーティー側」


 マリナは別の束を引き寄せた。


 アレンに関する記録は少ない。


 彼は目立つ冒険者ではなかった。


 報告書の主役はいつもカイルだ。


 討伐数はカイル。


 最大火力はミラ。


 防御貢献はガレス。


 治癒実績はリーナ。


 アレンの欄には、たいていこう書かれている。


『支援担当』


『補給管理』


『野営設営』


『装備点検』


『軽度付与』


『撤収補助』


 どれも地味な項目だ。


 だが、マリナは受付嬢だった。


 現場から戻る冒険者たちを、ずっと見てきた。


 派手な戦果だけが、冒険者を生かしているのではないことを知っている。


 むしろ、生きて帰る者ほど、地味な準備を大切にする。


 水。


 食料。


 靴。


 睡眠。


 装備の傷。


 魔力の残量。


 誰が疲れていて、誰が無理をしているか。


 そういう細かなものを見落とすパーティーは、強くてもいつか崩れる。


「アレン様は……その全部を見ていた?」


 マリナは、過去の記憶を掘り起こした。


 ギルドの受付に来るアレンは、いつも少し疲れた顔をしていた。


 だが、態度は丁寧だった。


 依頼書の写しを求める時も、補給物資の受け取りをする時も、報告書の不備を直す時も、決して偉そうにしない。


 カイルが華やかに依頼を受けている横で、アレンはいつも一歩下がった場所にいた。


 けれど、彼は質問が細かかった。


『この地域の水場で、最近濁りが出た場所はありますか』


『前回この依頼を受けた冒険者の負傷箇所は分かりますか』


『この魔物は夜間と早朝で動きが変わりますか』


『補給地点までの道で、馬車が通れない箇所はありますか』


『報酬の一部を現物支給にできますか。保存食と包帯が欲しいので』


 当時のマリナは、彼を几帳面な人だと思っていた。


 勇者パーティーの雑務担当。


 そういう認識だった。


 でも、違ったのかもしれない。


 彼の細かな確認が、勇者パーティーの生存率を支えていたのだとしたら。


 彼の軽度付与が、実は軽度ではなかったのだとしたら。


 勇者カイルたちが自分の実力だと思っていたものが、アレンの常時支援の上に成り立っていたのだとしたら。


 マリナは羽ペンを置いた。


「……これは、ただの追放騒動ではない」


 そのとき、記録室の扉が叩かれた。


「マリナさん、いらっしゃいますか」


「どうぞ」


 入ってきたのは、若い男性職員だった。


 手には新しい報告書を抱えている。


「リーフェル方面から、妙な報告が来ています」


「リーフェル方面?」


 マリナは顔を上げた。


 その名に覚えがあった。


 王都から離れた辺境の小村。


 依頼の数も少なく、普段ならギルド本部に報告が上がることはほとんどない。


「はい。リーフェル村近くの街道で、井戸水の質が急に良くなったとか、薬草が異常成長しているとか」


 マリナの指が止まる。


「薬草?」


「旅商人からの雑談扱いですが、枯れかけていた止血草が一晩で高位薬草並みになったそうです。あと、同じ方面を通った荷馬車の馬が、ひどく疲れていたのに水を飲んだら元気になったとか」


 若い職員は苦笑した。


「まあ、旅人の誇張でしょうけど」


「他には?」


 マリナの声が思ったより鋭かったのか、職員が少し姿勢を正した。


「ええと……リーフェル村の付近で魔物の動きが一部鎮静化しているらしいです。逆に森の奥では少し荒れているようですが、村周辺だけ妙に被害がないと」


「村周辺だけ」


「はい。それから、これは本当に噂ですが、村に若い付与術師が入ったとか」


 記録室が静かになった。


 マリナはゆっくり立ち上がる。


「その報告書を見せてください」


「あ、はい」


 職員が差し出した紙を受け取る。


 走り書きに近い報告だった。


 行商人や旅人から集めた噂をまとめたもので、正式な依頼報告ではない。普段なら、資料棚の隅に置かれる程度のものだ。


 だが、マリナには十分だった。


 リーフェル方面。


 薬草の異常成長。


 水質改善。


 魔物の鎮静化。


 若い付与術師。


 勇者パーティーから追放されたアレンの足取りは、王都を出て東へ向かったところまでは確認されている。


 その先にある村の一つが、リーフェル村。


「……繋がった」


「え?」


「いえ」


 マリナは報告書を机に置き、勇者パーティーの記録と並べた。


 アレン加入後の異常な安定。


 アレン追放後の急激な崩壊。


 アレンが向かった可能性のある辺境で起き始めた異常な好転。


 偶然にしては、あまりにも線が綺麗すぎる。


「勇者パーティーの本当の要は、勇者カイル様ではなく……」


 マリナは言葉を飲み込む。


 職員が不思議そうに見ている。


 ここで軽々しく口にしていい話ではない。


 勇者パーティーは王国と神殿の看板でもある。


 その実力が、追放した付与術師に依存していたなどと広まれば、ただの噂では済まない。


 だが、隠したままにしておくのも危険だった。


 カイルたちは、今のままではまた無謀な依頼を受ける。


 そして今度こそ、誰かが死ぬかもしれない。


「マリナさん?」


「この報告、私が預かります。関連記録も整理しますので、他にはまだ回さないでください」


「分かりました。何か問題でも?」


「問題になる前に、確認したいことがあります」


 マリナはそう答え、机の上の資料をまとめ始めた。


     ◇


 治療室は、薬草の匂いが濃かった。


 白い布で仕切られた部屋の奥で、ガレスは寝台に腰かけていた。肩と太腿に包帯を巻かれ、片手には苦い薬湯の入った杯を持っている。


 隣の椅子にはミラが座っていた。


 杖は膝の上にある。


 魔石部分は取り外され、職人に見せるため布で包まれていた。


 リーナは窓際に立っている。


 顔色はまだ悪い。


 魔力の使いすぎだ。


 そしてカイルは、部屋の中央で腕を組んで立っていた。


 座るよう言われても拒否したらしい。


 だが、その立ち姿にも以前のような余裕はなかった。


 マリナが入ると、最初にリーナが気づいた。


「マリナさん」


「お休みのところ失礼します」


「休んでなどいない」


 カイルが不機嫌そうに言った。


 マリナは静かに頭を下げる。


「では、状況確認として伺います」


「何をだ」


「アレン様についてです」


 空気が変わった。


 ガレスが目を伏せる。


 ミラが苦い顔をする。


 リーナは唇を結んだ。


 カイルだけが、露骨に眉を吊り上げた。


「なぜ、ここであいつの名が出る」


「勇者パーティーの活動記録を確認しました。アレン様の加入前、加入中、離脱後で、成功率、負傷率、装備破損率、移動効率、魔力消耗に明確な差が出ています」


「記録の偶然だ」


 カイルは即座に切り捨てる。


 マリナは表情を変えない。


「偶然とは考えにくい差です」


「受付嬢が勇者の力を分析するのか」


 その言い方に、リーナの表情が曇る。


 ミラが冷たく言った。


「カイル。今そういう言い方はやめなさい」


「事実だ」


「事実を見ているのはマリナさんの方よ」


 カイルがミラを睨む。


 だが、ミラは引かなかった。


 マリナは続けた。


「皆様がアレン様を追放された後、連続して依頼に支障が出ています。灰の小砦の魔物強度も通常範囲内でした。外的要因ではなく、パーティー内部の支援能力喪失が主因である可能性が高いです」


「支援能力喪失……」


 リーナが小さく繰り返した。


 その声には、納得と痛みが混じっていた。


 ガレスが重い口を開く。


「つまり、俺たちはアレンの支援を失って弱くなったってことか」


「断定はできません」


 マリナは言った。


「ですが、記録上はその可能性が最も高いです」


 ミラが乾いた笑みを浮かべる。


「記録って残酷ね。言い訳を聞いてくれない」


「ミラ様」


「責めてるんじゃないわ。むしろ助かる。私たち、自分の感覚だけだと認められなかったから」


 ミラは杖の包みを見下ろした。


「アレンがいないと、私の魔法はこんなに乱れる。情けないけど、それが事実」


 ガレスも頷く。


「俺もだ。盾を持てば分かる。前は衝撃の逃げ方が違った。たぶん、あいつが何かしてた」


 リーナは胸元の聖印に触れた。


「私も……アレンさんがそばにいると、治癒の流れが整っていました。気休めではありませんでした」


 三人が認める。


 それでも、カイルだけは沈黙していた。


 マリナは彼へ視線を向ける。


「カイル様」


「黙れ」


「このままでは危険です」


「黙れと言った」


「アレン様を探すべきです」


 その言葉に、カイルの目が鋭くなる。


「俺もそう思っていたところだ」


 リーナの顔に一瞬、希望が灯る。


 だが、カイルの次の言葉で消えた。


「あいつを連れ戻す。勇者パーティーには、あいつの力が必要だ」


「……カイル様」


 マリナの声が少しだけ硬くなった。


「連れ戻す、という表現は適切ではないかと」


「何?」


「アレン様は追放されたのですよね」


「そうだ」


「では、現在アレン様は勇者パーティーの所属ではありません。戻るかどうかは、アレン様ご本人の意思によります」


 カイルの頬が引きつった。


「俺が戻れと言えば戻る」


「それは、なぜですか」


 マリナは静かに尋ねた。


 怒鳴らない。


 責めない。


 ただ、逃げ道のない問いを置く。


「アレン様は、なぜ戻らなければならないのでしょう」


「それは……」


 カイルが言葉に詰まる。


 ミラが目を閉じた。


 ガレスは苦い顔で天井を見る。


 リーナは祈るように手を握った。


「勇者パーティーだからだ」


 ようやくカイルが絞り出した答えは、あまりにも弱かった。


 マリナは静かに言う。


「アレン様は、その勇者パーティーから不要だと言われたのではありませんか」


 治療室が凍りついた。


 カイルの顔が赤くなる。


「受付嬢の分際で」


「カイル!」


 リーナが鋭く叫んだ。


 カイルが驚いたように彼女を見る。


 リーナは震えていた。


 しかし、目を逸らさなかった。


「マリナさんは正しいことを言っています。私たちは、アレンさんに戻ってもらう前に、謝らなければいけません」


「謝る、謝ると何度も……!」


「何度でも言います!」


 リーナの声が治療室に響いた。


「私たちはアレンさんを傷つけました。支えてくれていたことに気づかず、無能だと思い込み、追い出しました。そのまま『必要だから戻れ』なんて言えるわけがありません!」


 ミラが静かに頷いた。


「私も謝るわ。許してもらえるとは思ってないけど」


 ガレスも続ける。


「俺もだ。あいつが鎧を見ようとしてくれたのに、聞かなかった。あの時点で、俺は最低だった」


 三人の声を聞きながら、カイルは歯を食いしばった。


 自分だけが、取り残されている。


 その感覚が、彼の怒りをさらに煽る。


「お前たちは、あいつの味方をするのか」


 リーナは静かに首を横に振った。


「味方とか敵とかではありません」


「なら何だ」


「間違えたことを、間違えたと認める話です」


 カイルは何も言えなかった。


 マリナは机の上に一枚の紙を置いた。


「リーフェル方面で、アレン様と思われる付与術師の目撃情報があります」


 三人が顔を上げる。


 カイルも反応した。


「どこだ」


「まだ確定ではありません。ですが、リーフェル村周辺で不自然な水質改善、薬草の成長、魔物の鎮静化が確認されています」


「……アレンさん」


 リーナが呟く。


 ミラは小さく笑った。


「辺境で何してるのよ、あいつ」


 ガレスも肩の痛みに顔をしかめながら言う。


「畑でも耕してるんじゃねぇか」


 冗談のような言葉だった。


 けれど、なぜか三人の間に、少しだけ柔らかい空気が流れた。


 アレンなら、本当に畑を耕していそうだった。


 追放されても、誰かの畑を手伝っていそうだった。


 困っている人がいれば、放っておけず、いつの間にか村に馴染んでいそうだった。


「リーフェル村か」


 カイルは低く言った。


「行くぞ」


「今すぐは無理です」


 マリナが即座に止めた。


「皆様は負傷しています。最低でも一日は治療と休養を取ってください」


「命令するな」


「ギルド職員としての判断です。これ以上の無理な出立は認められません」


 カイルが睨む。


 だが、マリナは引かない。


 リーナも言った。


「私も賛成です。今のまま行っても、アレンさんに余計な心配をかけるだけです」


「心配?」


 カイルが鼻で笑おうとした。


 しかし、途中で止まる。


 アレンは心配するだろう。


 自分を追放した相手でも。


 ガレスの肩を見て、ミラの杖を見て、リーナの顔色を見て、きっと放っておけなくなる。


 それが分かってしまった。


 分かってしまうほど、自分たちはアレンに世話をされてきた。


「……明日出る」


 カイルはそう言った。


「明日の朝、リーフェル村へ向かう」


 ミラは息を吐く。


「分かった。ただし、謝る気がないなら、私はあなたを止めるわよ」


「俺に命令するな」


「命令じゃない。忠告よ」


 ガレスも低く言う。


「俺も同じだ。今度こそ、あいつを道具扱いしたら許さん」


 リーナは静かに頷いた。


「私もです」


 三人の視線を受け、カイルは顔を背けた。


 彼はまだ認められない。


 アレンに謝ることを。


 自分が間違っていたことを。


 だが、もう無視もできない。


 勇者パーティーは、アレンなしでは以前のように戦えない。


 その事実が、ようやく彼らの目の前に置かれていた。


     ◇


 その日の夜、マリナはギルドの書斎で一人、手紙を書いていた。


 宛先は、リーフェル村の村長。


 正式な公文書ではない。


 ギルド職員としての確認状でもあるが、同時に個人的な警告でもあった。


『リーフェル村に滞在している若い付与術師について、王都側で確認したい事案があります。近日中に勇者パーティーがそちらへ向かう可能性があります。無用な混乱を避けるため、村長殿に事前にお知らせします』


 そこまで書いて、マリナは羽ペンを止めた。


 少し迷ったあと、一文を加える。


『その付与術師がアレン様であるならば、どうか彼の意思を第一に扱ってください』


 マリナは乾くのを待ち、丁寧に封をした。


 受付嬢という立場でできることは限られている。


 だが、何もしないわけにはいかなかった。


 勇者パーティーの崩壊は、もう個人の問題ではない。


 そしてアレンという付与術師の価値は、おそらく王都が思っているよりずっと大きい。


 ただし。


 マリナは窓の外を見た。


 夜の王都は、魔導灯に照らされている。


 華やかで、騒がしく、権力と噂が渦巻く街。


 そんな場所から追い出された青年が、もし辺境で静かな居場所を見つけているのなら。


 彼を再び無理やり王都の都合に巻き込む権利が、誰にあるのだろう。


「……アレン様。どうか、無事でいてください」


 マリナは小さく呟いた。


     ◇


 一方その頃、リーフェル村では、アレンが自分の家の竈の前で首を傾げていた。


「……火の加減が良すぎる」


 薪に火をつけたら、一度で安定した。


 煙は少なく、炎は強すぎず弱すぎず、鍋の底をちょうどよく温めている。


 シルフィが机で記録を書きながら答えた。


「昨日、師匠が竈に付与をかけた影響です」


「便利だけど、これも記録する?」


「もちろんです。『竈が半自動で最適火力を維持』と」


「半自動って何だか大げさだな」


「現象はもっと大げさです」


 ぷる太が窓辺で、ぷるんと揺れた。


 鍋の中では、霊豆と野菜のスープが静かに煮えている。


 外では村人たちが夕食の支度をし、世界樹の葉が夜風に鳴っていた。


 アレンはまだ知らない。


 王都のギルド職員が、自分の価値に気づいたことを。


 勇者パーティーがリーフェル村へ向かおうとしていることを。


 そして、自分がようやく見つけたこの穏やかな居場所に、過去が近づいていることを。


「師匠、焦げます」


「あ、悪い」


「火加減は竈が見ていますが、具材を混ぜるのは師匠の役目です」


「竈に負けないよう頑張るよ」


「競う相手が竈なのですか」


 シルフィが小さく笑う。


 アレンも笑った。


 その夜のスープは、やはり優しい味がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ