vsホットナム戦 その6
ファン君が右サイドを攻め上がって来れば、お返しとばかりに俺がカウンターで攻め返す。
後半の15分過ぎからはゲームの大半がほぼリバプールの右サイドで繰り広げられるようになった。
もっとも、他の選手達も黙って指をくわえて見てるだけではなく、お互いがお互いを激しくマンマーク。
右サイドの攻防のバランスがちょっとでも崩れればすぐさま嵩に懸かって攻め込む気満々の両軍。
いいねー、こういうの。勝負の分かれ目。分水嶺っていうんだっけ。
酸欠で頭の回転がどんどんと落ちて来るが、それと反比例するかのように体の動きがどんどんと加速する。まるでデビュー戦で掛かった若駒のようだ。
なあ、ファン君。確かJビレッジでの最初の対決の時もこんな感じだったよな。
懐かしいな。結局あの頃とやってる事は変わりない。でも、これこそがフットボールの醍醐味って奴だよな。
俺達はいつまで経っても結局心根は、野っぱらでボールを追っかけていたサッカー小僧のままなのかも知れない。
体が悲鳴を上げる。
心臓が悲鳴を上げる。
肺が、筋肉が、「もっと血液を」と、「もっと酸素を」と悲鳴を上げる。
楽しいな、ファン君。
血反吐を吐くほど楽しいな。
俺達は今、間違いなく、世界中の誰よりもフットボールを楽しんでる。
そして同じくらい、フットボールで苦しんでる。
通算何度目の往復か分からなくなった後半の24分、リバプールの右サイドで俺とファン君のランデブーが始まった。
ここに来て、俺達の認識は、ゴールを決めた者が勝者なのではなく、足を止め無かった者が勝者であるかのような錯覚に陥っていた。
フットボールの大前提が狂ってしまった俺とファン君。でも、ある意味、それこそが人間の本能としての勝ち負けといってもいいのかもしれない。
そして俺達に遂にその瞬間が訪れた。
リバプールの右サイドを駆け上がるファン君の足が止まったのだ。
思わず、勝利の快感が脳内にほとばしる。
遂にあのコリアンエキスプレスを、ファン・ソンミンを俺が止めたのだ……と。
だが、常軌を逸していたのは俺だけだったのかもしれない。
俺が勝利を確信したその直後、韓国の英雄は足裏を使ってボールを引き戻すと、そのままクルリとターンをした。
マルセイユルーレットだった。
俺とファン君の間に間合いが生まれた。
そして、ファン君の背後から追い越してきたのは、三度得点王に輝いたホットナムの英雄ハリルケイン。
完璧に裏をかかれた俺。
だが、脳が状況を認識するよりも先に体がハリルのオーバーラップに反応する。
幸いだったことはハリルのオーバーラップが完璧に決まった事だった。
もしハリルが俺の手の届く範囲にいたのなら、間違いなく手を使って引きずり倒していたに違いない。
直後、考えるよりも先に体がハリルを追う事を決める。
そして次に脳がこの状況を認識した。
もう、追いかけても間に合わないという事を……
次に脳裏に浮かんだことは、ならば、最低でもニアのコースだけは切ろうと……
幸いなことに拓郎のカバーもなんとか間に合いそうだ。
後はアリソンさんの反応に掛ける。
リバプールゴール前、右45度。ここは通称『デルピエーロゾーン』と言われる場所で……
ここからニアにもファーにも完璧に打ち分けられるのがハリル・ケインの真骨頂なのだ。
シュートモーションに入るハリル・ケイン。
俺は体を寄せどうにかニアのコースを消そうと試みる。
後はアリソンさん、そして拓郎、頼んだ。
だが、それすらも、ハリル・ケインの計算の内だった。
ホットナムの英雄の完璧なシュートモーションからの完璧なまでのキックフェイント。
俺、拓郎、アリソンさん。
その場にいた誰もを完璧に欺く必殺のフェイント。
だが、その中でただ一人、ハリル・ケインのシュートフェイントを予想していた選手がいた。
それはThe Duoと呼ばれたもう一人の片割れ。
韓国の英雄、ファン・ソンミン。
ファン君は『デルピエーロゾーン』よりもさらにキツイ角度から、ハリル・ケインのラストパスを右足のインフロントで完璧に捉える。
ハリルのキックフェイントで体勢を崩したアリソンさんが必死に手を伸ばすも僅かに及ばず。
ボールは美しい弧を描きながらリバプールゴールのサイドネットに深々と突き刺ささった。
EPL 第36節 リバプールSC vs ホットナム・トットスターズFCの試合は後半25分、ファン・ソンミンのゴールにより0対1となる。




