エピローグ -2-
「人形落下があった時、アンタがすぐに現場に駆けつけたでしょ。それで怪しいと思ったの」
リアルの説明に、彩音が首を捻る。
「屋上から誰かが落下したって聞いたら、まず救急に連絡。それをせずに現場に向かったってことは救急の必要がない、つまり、落ちたのが人形だって知ってたってことよね。あの時点でそれを知っているのは、人形を落とした実行犯か」
「それを企てた主犯ってことか。凄いね。お見事としか言えないよ」
「でも動機が見えなかったし、それに犯人全員を明らかにする必要があったからね。結果的に面白い事件になったわけだし、アタシは大満足よ」
「リアルちゃんってさ、ほんとに性格悪いね」
「ありがと。でも、その評価はもう少し後に取っておくわ」
そう言うと、ちらりと腕時計に目をやった。
「さて、そろそろね」
「そろそろって……」
言い終わらない内に、屋上のドアが錆びた音を立てて開いた。
「会長、こんなところで何をしているんです!」
同時にきつい叱責が飛んで来た。
「沙耶、どうしてここに?」
「アタシが呼んでおいたの」
「リアルちゃんが? 何の為に?」
「ほら、会長室に戻りますよ。色々と仕事が溜まっているんですから、覚悟してくださいね」
腰に手を当てて、言い放った。
その口調は、宿題をしない子供を叱る親に近い。
「解ったよ。解りました」
「常々申し上げていますが、いい加減会長としての自覚を持ってくれないと困ります」
彩音にいつもの小言を投げると、リアルに視線を移した。
「リアルさん、この度はありがとうございました。その、色々と助かりました」
含んだ物言いになったのは、来訪者事件の真相について、会長である彩音に報告するというだけに留めたという事があるのだろう。
「礼は要らないわ。アタシは依頼通りに仕事をこなしただけよ。それよりも約束は守ってね」
「はい。もちろんです」
「約束ってなに?」
彩音が割り込んで尋ねる。
「会長様が来期の会長選に立候補しなかった場合、代わりに立候補してもらう約束をしたの」
「な!」
「落選しても、副会長として生徒会に協力させて頂けるようお願いするつもりです」
「副会長は優秀だからね。きっと生徒会を良い方向に導いてくれるわよ」
ちらりと目配せする二人に、彩音は全てリアルの計画である事を悟った。
「どこまで捻くれてるのよ! アンタは!」
「ありがと。そんな褒め言葉が聞けるなんて、生きてて良かったって実感しちゃうわ」
思わず声を荒げる彩音に、リアルは心底嬉しそうな笑みを見せる。
「じゃあ、アタシはこれで」
くるりと踵を返し、昇降口に向かう。
ドアに手を掛けたところで足を止めた。
「これは独り言なんだけどさ」
顔を前に向けたまま、誰に言うわけでもなく続ける。
「六人目の来訪者は、どうしてアカデミーを去ったのかな? 彼女自身がアカデミーを去ることで、何かを護りたかったんじゃないかな? もし、恨んでるなら、憎んでるなら、大事な娘を入れたりするかな? ま、アタシの瞳にも過去は見えないから、正解を知る術はないんだけどね」
それだけ残して階下に消えて行った。
※ ※ ※
「では会長、私達も戻りましょうか」
リアルの姿が消えてから、しばらくして沙耶が声を掛けた。
「あ、うん」
と答えた彩音だったが、動こうとしない。
「会長?」
「あのね、沙耶。もしもだよ。私が、ずっと嘘を、その、嘘をね、ついていたとしたら……」
ごにょごにょと言葉を揺らした。
特に後半部分は聞き取れないほどに弱々しかった。
「何を仰っているのか聞き取れませんでしたが」
「ううん、やっぱいいや」
「でも、これだけは断言できます」
眼鏡の端を、左の人差し指と中指でくいっと上げた。
「私は、いつでも、いつまでも彩音の味方です。どんな時でも、何があっても、それだけは変わりません。永遠に」
「沙耶」
思わずこぼれそうになる涙をぐっと堪える。
「ね、沙耶」
「はい」
「今のはプロポーズと解釈していいのかな?」
「ち、違います! 同性なのに結婚なんてできるわけないじゃないですか!」
耳まで真っ赤にして反論する様は、普段の沙耶から想像できないくらい滑稽だ。
「こ、これは言うなれば友情というか、親愛の情というか。そんな感情です。つまり、私自身がそういう倒錯した趣味を持っているわけではなく、至極普通のですね。って、何がそんなにおかしいんですか!」
「ごめんごめん。ひひひ」
「まったく、もう!」
「ま、冗談はさておき、来年は大変なことになりそうね。これだけの集客は見込めないもの」
「確かに厳しい一年になりそうです。でも、私達ならなんとかできると思います」
「私達なら、か」
「何か問題でも?」
「ううん、当てにしてるわよ、沙耶」
彩音らしい澄んだ笑顔で微笑んだ。
※ ※ ※
リアルは模擬店でクレープを二つと、タコ焼きを二皿買った。
それから自室に向かおうとしたところで、人込みの中に大柄な背中を見つけた。
「あら、風紀委員長」
「ん?」
振り返った真樹が途端に不快な顔になる。
「なんだ、お前か」
「なんだとは失礼ね。わざわざ声を掛けてあげたのに」
「お前に声を掛けられても気分が悪くなるだけだ」
「それはお互い様でしょ。ったく」
尖った言葉の応酬になる関係は今も健在だ。
「ところで指は大丈夫なのか?」
「まあね。ちょっと不便だけど、概ね好調よ」
「で、何の用だ?」
「別に用事ってほどでもないんだけどね」
ふうっと小さく息を吐くと、ぺこりと頭を下げた。




