5.不穏
「うーん?」
少女は、崩れかけのボロボロな石細工の椅子に座り、極寒の中何かを凝視していた。手で双眼鏡の形を作り、それを目に当てる。特に意味は無い。
「バレちゃってるのかな? 気付くの早かったし、多分……ね」
口をとんがらせ、様々な視点から彼らを観察していく。彼女の視点は山中の魔獣そのものだった。死亡してしまった魔獣から、今も生きている魔獣、多種多様であった。
少女、またの名をスペルヴァの専用能力の一つである血族の眼は、自分と血の繋がっている生物の視点を共有できるというもの。この山に放った魔獣は全てスペルヴァから生み出されたので視界共有を常にして位置把握などを行っている。
基本的に隠密・奇襲に特化させており、隙があれば殺せるようにしているのだが、今回の登山者は半端な敵では無いようだ。今のところ傷一つ付けられず登られている。標高が高くなればなるほど正面戦闘に特化させているが、恐らくこれも使い物にならないのだろう。
過去に来た登山者は、国からの使者だったり、自信過剰な馬鹿だったりが多かった。どいつもこいつも、麓付近で殺される程度の雑魚だったが。
「だけど……今回は違うみたいだねぇ……」
スペルヴァは知らぬ間に口角が上がっていた。魔王に駆り出されてから早八年。最初こそ面白そうでテンションアゲアゲだったのだが、誰も自分の所に来てくれない現実に、その気持ちはどんどん摩耗していっていた。だが、今回こそは来てくれそうだ。もし本当に山頂まで来たらなんと言ってやろうか。スペルヴァは、ただただその時に備えて投げかける言葉を考えていた。
◇◇◇
「っだぁ! チックショウ! どんどん強くなっていやがる!」
ボウたちはまたもや正体不明の魔獣との戦闘を繰り広げていた。少し前までは大体が奇襲してくるタイプの魔獣であった。身体能力もそこそこだったので簡単に対処できるのだが、この辺りからはそうもいかないらしい。正面衝突してくる魔獣ばかりになってきて、フィジカルがかなり高い。
「どんだけ斬っても全然倒れねぇぞコイツ!」
レオンも流石に不満を垂れていた。どれだけ剣を叩き込もうが、刃毀れが加速するだけで、この魔獣には効きもしない。
目の前の魔獣は、熊のような巨体を揺るがし、天に向かって雄たけびを上げた。
「な、なんだ.……?」
さすれば、周囲からぞろぞろと殺気がし始めた。
「仲間を呼んだというのか.……? なるほど.……」
クロノはその行動、そして実際に起きた事象をまたもやメモに取っていた。
「一体でもしんどいのにまだ増えんのか.……」
「大丈夫、私が他の魔獣を相手にするわ。あなた達は気にせずその魔獣に集中しなさい」
「だ、大丈夫なのか……?」
「ええ。私よ?」
アルトはそれだけ言い、前に足を踏み出した。周囲の殺気は、とうに百は超えているだろう。
「母なる大地よ。愛しの大地よ。永き時に愛を育んだ偉大なる大地よ。我が魔力に応え、顕現せよ」
辺りの魔力をどんどん吸っていき、魔力濃度を底上げしていた。その結果──
今すぐに殺してやると言わんばかりの咆哮が多方向から飛び交い、魔獣たちが譲りもせずアルトにとびかかった。
「大いなる地の恵み」
アルトが宣言した瞬間、大地が揺らいだ。
一瞬の出来事だった。大地は形を変え大きな槍の形となり、アルトへ襲いかかる全ての魔獣の心臓を穿った。それは、ボウ達の前に立ちはだかっていた巨大魔獣も例外ではなかった。
グ……オォ……というなんとも情けない声を出して魔獣は前方に倒れた。最後の魔獣が倒れたのを皮切りに、大地が蠢き始めた。
「な、なんだ!?」
「そんな怯える必要はないわ。敵の攻撃ではないもの」
アルトがそう告げた直後だった。地面が石を投げ入れた水面のように揺れ、ゆっくりと、それでいて確実に魔獣の体を底なし沼に引きずり込むかのように取り込んでいった。
「おいおい、消しちまったらクロノが記録できないんじゃないか?」
「? もう記録は終わっているでしょう?」
アルトは雅な流し目をクロノに向ける。
「私は彼の実力を見誤ったりはしないわ」
「アルト……やっぱり君は僕のことをよく理解しているね」
いい感じの雰囲気になっている。なんかイラつく。
「なぁ、アルトって土属性なのか?」
そこにレオンが水を差してくれた。凄くナイスだ。
「いいえ? 私は土属性ではないわ」
「え? そうなのか?」
「ええ。一応闇属性よ」
「そうだったの!?」
思わずボウも驚愕の声を漏らしてしまう。
闇属性は、基本的に魔界に住む者のイメージが強いので人間で闇属性というのはかなり珍しい。
「彼女は一応闇属性というだけで、基本的に全属性使うんだけどね」
「そ、そうなのか……だから土属性の技も……」
「ええ。詠唱こそ必要なものの、あれくらいは朝飯前よ」
「すっげぇな……」
セレシアは水属性を極めているのだが、恐らく今のを見る感じだとアルトが使う水技の方が威力全体が高そうだった。
「とっとと上行かねーか? また魔獣来ても面倒だろ」
レオンが気だるそうに提案する。
「ああ、そうだな。早く行こうぜ」
ボウもそれに賛成し、大きく深呼吸する。
「いや、待ちな」
「あん? なんだよ。上登ろうぜ?」
「流石に今日一日で登りすぎだ。これ以上の登山は疲労でパフォーマンスの低下になりかねないよ」
最もな事を言われた。ただ、野宿はなんか嫌だ。出来れば今日中に登りたい。
「まぁ、野宿が妥当かしらね? 誰か一人は起きていて、交代交代で魔獣が来ていないか監視する。それでどうかしら?」
「うむ。悪くないね」
「「えー……」」
「返事は?」
「はい」
よし、野宿しよう。わーいみんな楽しみ野宿だー!
◇◇◇
「うん……いいね……すごくいいね……」
スペルヴァは紫色のローブを着こなしている魔術師に強い興味を示していた。コイツなら楽しませてくれる。摩耗している自分をまた尖らせてくれる。そうに違いない。もう一つのチームにも、かなり手応えがありそうな剣士が居た。あの二人さえいれば他はどうでもいいまである。
「いや……あの変なヤツも良いな……」
誰でも描こうと思えば一分もせずに描けそうな形をしたあの人間。あれも斬新で面白い。
「いい報告が出来そう♪」
スペルヴァは、必ず来るであろう戦いの時に心弾ませていた。
◇◇◇
ボウは、満天の星空の下、気を張り詰め辺りを監視していた。
(監視っていってもな……)
「なんも来ねぇ〜……」
本当に何も来なかった。というか、気配すらしなかった。先程までの勢いはどうしたのか、もはや心配だった。
ただただ寒さに耐えるだけの時間になっていた。風で葉が揺れるだけの音がボウの耳に入る。
◇◇◇
そして朝が来た。待ちに待った朝だ。本当に昨日は寒かった。ここは山で、標高が高い。そりゃあ寒いさ。
「なぁクロノ。今の標高ってどれくらいだ……?」
「そうだね……結構蛇行しながら進んでいったから……千六百メートルくらいじゃないかな?」
「げっ……まだその程度なのか……」
「ただ、もう魔獣はこの感じ居なさそうだから、これからは真っ直ぐ進むよ」
「お、了解」
朝になっても、魔獣は出てこなかった。あの鳥も、虎のようなヤツも、熊みたいな巨体の魔獣も、全てがいなかった。
「嵐の前の静けさ……ってね」
ボウは誰にも聞かれないように小さく呟いた。




