世界を誇る料理人だった男の力
アストラルの森への大遠征は一週間にかけて行われる。道中ですでに作られている拠点を使うこともあれば、新しく拠点を作る場合もあった。
そんな環境に王女であるアリアがいていいのかと疑問に思って様子を確認するがうきうきとむしろ前のめりなので大丈夫なのだろう。彼女も学園で圧倒的な魔法の腕をしているので心配しすぎるのもあれかもしれないな。
「よし、いったんここで休憩にする。物資を補給し数十分後に再開だ。ただし周囲への警戒を怠るな!」
「はい!」
今回の大遠征の指揮官の指示により、俺たちは一度休憩を挟むことになった。まぁ大遠征なのだから体力は万全に整えておいた方が良いという考えなのだろう。それがおかしいとも思わない。
今はちょうど中層に入ったあたりだ。すでに学生レベルは通用しなくなっており、騎士団も複数人で相手しないと厳しいレベルだ。……俺なら小指で狩れるというのは彼らの矜持のために言わないが。
「それではアリア様、俺はそこの拠点で食べ物をもらってきますね。ローズさんはここで周囲を警戒しておいてください」
微笑みかけながら告げると、こくりと頷くと思っていたローズはじっともじもじしているアリアのことを見ており首を傾げてしまう。
やがて何かを言い出す勇気が出たのか、アリアはプルプルと震えながら口を開いた。
「きょ、今日の分だけですけど……お弁当を作ってきたんです。その、よかったら……食べてくれませんか?」
「……へ?」
予想の斜め上の提案をされて素っ頓狂な声が漏れてしまう。てっきりローズに取りにいかせろとかそういうのだと思っていたのだが……。
王女という身分のアリアが公爵家の庶子の俺に弁当?一体何の冗談だろうか、いやだがしかし実際目の前にあるのはアリアが俺のために持ってきてくれたお弁当だ。
しかし俺はアリアに避けられているはずではなかったのか。恩着せがましい奴という評価を授かっているのだと思っていたが、もしかしてそんなことはないのだろうか。この前もお茶に誘ってくれたわけで。
とにかく、ここでアリアの誘いを断るのは一番やってはいけないことだ。支給される食糧は味がちゃんとしていないパンだし満足度からもお弁当の方がありがたい。
プルプルと震えた両手で差し出されたお弁当を受け取ると感謝の言葉を口にする。
「ありがとうございます、でもいいんですか?ご自分で用意したのに俺がもらっちゃって……」
恐る恐る、という形で遠慮がちに口を開いたがそれに答えたのは作った本人であるアリアではなくメイドのローズのため息だった。そこで呆れられるのはなんだか腹が立ってしまうが……。
「アリア様はアレク様のためにお作りになられたのです。素直に受け取っておくのが礼儀ですよ」
「……はい」
言葉にならないほどの圧を感じたので素直に受け取ることにした。これ以上何かを言ってしまえば明確な敵意を感じてしまいそうだ。
弁当の中身は野菜を炒めた簡単なものであったが、味付けもちゃんとしており非常に美味であった。王族の用意する弁当と聞くともっと荘厳なイメージがあったが、そうではなかったようだ。
そんな俺の考えを察したのか、ローズはぼそっと呟く。
「アリア様が豪華なお弁当を用意してしまえば騎士の皆様の反感を買ってしまうので自重したんですよ。もっとも……反感は買ってしまっているようですが」
「あー……なるほど」
味気ないパンを支給された騎士たちからすれば、ただの学生が何様のつもりでこの場で一番うまいものを食べているんだといった感じなんだろう。ちょっとした弁当でこれなのだから、もっと豪華な弁当にしていれば実力行使に移るものもいたかもしれない。
結局、この場で俺は王族に引っ付いている誰かといった認識なのだろう。このままでは王位継承権を得たとしても支持を得られずに崩壊する可能性が高い。
「アリア様、とても美味しく頂かせていただきました。これほど繊細で奥行きのあるお料理をいただいたのは初めてです、きっとアリア様の他者を気遣う繊細なお心があってこそでしょう」
「ふぇっ⁉そ、その……ありがとう、ございます」
もにょもにょと口を動かすアリア。誰かに手料理を振舞ったことはなさそうだし、まっすぐ褒められることに慣れていないのかもしれないな。
ローズのジト目は無視した、気にしても仕方なかったからだ。
だが、貰ったばかりというのも気が引ける。お茶会の時の礼もまだなことだし……騎士団たちの支持を得るついでにお返ししてもいいかもしれない。
「ローズさん、少し野暮用でこの場を離れます。その間はアリア様をよろしくお願いします」
「それは構いませんが……アレク様は何を?」
「少し、皆さんに振舞うものを狩ってくるだけですよ」
この人数なら……まぁ数匹狩ってくれば事足りるだろう。数世代前に生まれたとされる神の腕を持つとされた料理人は俺の事だ。転生してきたから正体を明かしても信じる者は誰もいないとは思うが。
屋敷の料理人は俺が直々に手ほどきする事はあるが、誰もそのことを知らない。前世以前の事を持ち込む気はないのでそれで構わないが、磨かれたスキルを一切使わないというのは勿体ないものだ。
料理人だった時は自分で材料を狩っていたのでなんだか懐かしい気持ちになる。普通だったら商人から材料を買うものだが、それよりも自分で狩った方が鮮度が高いし費用も掛からずお得なのである。
口笛を吹きながらオークを狩っていく。ここが中層のもう少し奥ならジャイアントボアやコカトリスがいて非常に珍味なのだが、一人で何体も狩って来ては怪しまれるので流石に自重する。
異空間収納は目立つので避け、狩ったオークを血抜きし拠点に持って帰る。
拠点に帰り、出迎えてくれたローズがぎょっと目を見張る。学生が狩れるレベルを逸脱しているからかオークを二匹ほど引きずっているからか。
「え、えーと……アレク様、一体何を」
「いやなに、こんな味気ないパンをアリア様に提供するのは気が引けるのでね。少しばかり調理して差し上げようかと。あ、もちろんローズさんの分もありますよ」
「いや、そういうことではないのですが……」
困ったように眉を下げているローズを無視し、俺はその場で調理を開始する。風魔法でオークを薄い肉にスライスし炎魔法で焼き上げる。調味料はさきほど森で採ったもので代用できる。
あれよあれよと調理を進めているとこの空間が香ばしい匂いで満たされていく。魔物が寄ってこないように結界を張りつつ、俺は最後の工程に移る。
肉を結界で包み熱をこもらせる。こうすることで肉の柔らかさがアップし食べたときの満足度が増すので欠かせない作業になっている。
調理が終わるときには周囲の者はみんな目を輝かせながらよだれを垂らしていた。
「アリア様、お先にどうぞ」
即席で作った皿にお肉を盛り付けるとアリアに差し出す。恐る恐る肉を見るアリアだったが我慢できなかったのかぱくりと口に放り込む。瞬間、アリアの目は見開かれガバッと俺の両手を掴んできた。
「す、すごいです!すごくおいしいです、アレクさんは料理の腕も確かなんですね!」
「ははっ、少しばかり学んでいただけですよ」
魔法や剣術には劣るし、と胸中で呟くとローズや騎士団員に配って回る。全員が絶賛し俺に感謝していたので俺の事を認めるものは多かった。
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次回の更新は7月24日18時頃を予定しています!




