使用人たちの愛
アストラルの森での異変が終わった後、生徒たちは安全性という観点から家に帰ることになった。イリスが俺から何か聞きたそうにしていたが、それはまた会ったときのお預けとなった。
アリアとも仲を深めたかったところだが、あの調子なら翌日でも十分に仲を深められると判断し大人しく屋敷へと帰宅することに決めた。
屋敷に戻るとセレナとアイリスが出迎えて普段よりも数段階早い帰宅に困惑した様子を見せる。一から説明すれば理解したのかそうでないのか分からないが俺を労いつつも中に入れてくれた。
「アレク様……アストラルの森というのは、それほど強力な魔物がいるのですか?」
「ん?まぁ、そうだな。奥に行けば行くほど強くなっていって最奥地はまだ誰も攻略したことがないとまで言われているな。そんなところでイレギュラーが発生したとしてもそれをイレギュラーとして処理するのは難しいかもしれない」
「でもアストラルの森って確か……ご先祖様が大賢者様と暮らしてたはずで」
アイリスの言う通り、俺はかつてアストラルの森の深層で暮らしていた。アイリスと同じ狐人に懐かれ彼女が侍女のまねごとをしていたので放っておいたらよくわからん魔法で作った自分の子供を俺との子供として狐人族の信仰の対象となってしまった。
大賢者である俺にも分からないような魔法を行使するのだ、いくら大賢者とともに暮らしていたと言えど容易なことではなかったはずだ。彼女の才を失うようなことは勿体なかったかもしれないな。
「確かに、かつて大賢者はアストラルの森の深層にいたとされるが、それを確認することは今の人類にはできん」
「それなら……」
アイリスがじっと俺の瞳を純真無垢に見つめてくるのだからなんだか嫌な予感がする。
もともと狐人は人間よりもはるかに優れており好戦的だ。アイリスは俺に恩を感じてこうして屋敷で働いているが、彼女もすべてから解き放たれたように体を動かしたいはずだ。
「アレク様となら、私はたどり着けると思います!」
「……馬鹿を言うな、俺は行かないし許可だって降りない。なにしろ俺の冒険者ランクはまだEランクで奥地に進める程高くないんだ」
あれから冒険者稼業をいろいろこなしてFランクからEランクから上がったものの、いきなりアストラルの森の奥地に行きたいと言ってもガキが何か言っていると一蹴されて終わる。
オーガの素材を出せば上がったかもしれないが、あれは原形が保てないほどに燃やし尽くしてしまったので提出できない。アリアの危機を前に少々焦っていたかもしれない。
俺の交渉術を使えば何とかなる可能性はあるが、こんな時期から目立つ必要もない。アテナから授かったこの力は然るべき時然るべき相手に対して発揮する予定なのでアストラルの森の立ち入りなんぞに使うつもりはない。
「それなら、すぐに昇進しましょう!アレク様と私であれば簡単なはずです」
えっへんと胸を張っているアイリスだが、あいにくと俺にその気がないので不可能だ。いきなり進級しても目の敵になるのが見え見えだし変に目立つことになる。
学園での地位が確立してからが最も好ましいタイミングだ。今はただ入試首席というだけで少しだけ敬遠されている。いずれ王位をめぐって争うのだから評判はいいに越したことはない。
「お前とって……お前はまだ冒険者登録もしていないだろうが」
「別に冒険者登録をしなくともアレク様のお傍にいることはできますよね?それに時がくれば登録するのも別に構いませんし」
「……狐人族といっても何でも人間を下に見るわけじゃないんだな」
今まで狐人の冒険者を見たことがなかったが、それは冒険者などという軟弱な集団になりたくないという心理が働いているからだと思ったのだがどうやらそんなことはないらしく、どうやらアイリスは冒険者登録をしてもいいと言った。
「そりゃあ私たちの方が強いとは思ってますけど……あっ、大賢者様とアレク様は別ですよ⁉」
「わかってるよ。ってか下に見られてたらここから追い出してるさ」
「あぅ……ここから追い出されたら泣いてしまうかもしれません。話を戻しますが、私たちはたまに高ランク冒険者を見る機会があったのですが、彼らの実力は認めてます。人間であっても私たちに迫る存在はいる、というか侮っていたせいで一族が攫われてしまったので認めるしかありません」
しゅん、と肩を落とすアイリスを見てもやはりあの時の事は未だに堪えるようだ。自分が危険な目にあったので当たり前のことではあるが気にしすぎな気もする。やはり人間相手に後れを取ったという事実が尾を引いているのだろうか。
「……それに、ここにいる人たちもすごいです」
「お、それは意外だったな。お前はもっとセレナたちを認めるのに時間を要すると思っていた」
人間嫌いだったアイリスを最初に屋敷に入れたときはセレナたちともあまり話さず一人で屋敷の仕事をこなしていたが、もう認める程になったらしい。
セレナたちの働きを見ている俺ですらその卓越した凄さを理解しきれないのだからアイリスが認めるのも無理はない。
「はい、セレナたちはとにかくアレク様への愛が強いんですっ!」
「は……?」
「ちょ……⁉」
がばっと立ち上がり目を輝かせながらアイリスが叫ぶと、紅茶を淹れてきてくれたセレナが動揺してこけそうになってしまった。
「おっと、大丈夫か?」
「だ、だだだだだ大丈夫ですからぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ぴゅ~んと顔を真っ赤にさせてまるで脱兎のように走り去っていってしまった。
「な、なんだ一体……?」
セレナに何かしてしまっただろうか。十数年一緒にいるセレナだが、たまに俺にも分からないレベルでこちらが戸惑う行動をするんだよな。今回のもその一種だろう、こういう時は数日すれば元に戻っていることが多い。
閑話休題。
「そういえば、狐人族も女神アテナを信仰してんのか?ラグナロク王国外じゃ別の女神を信仰してるって話だったが」
「私たちは王国民と同じようにアテナ様を信仰してますよ。でもそれと同等に大賢者様も信仰していますね。あ、でも王国外に私たちみたいな種族もいると思うんですが、そういう人たちは違う女神を信仰していると思います」
「なるほど。使える策が早速一個なくなった可能性があるな……」
イリスのように女神の声を聴ける存在は貴重だ。それも俺の場合はその姿を拝むことだってできる。
神の使徒のようなポジションで攻められないかと考えたが王国外で通じないというのならやはり王位に就くのが先決だろう。
「?何かお考えですか?」
「いんや、ただ近いうちに王国の情勢が変わるだろうから楽しみにしててくれってだけだ」
「……?」
いまだ理解できていないアイリスを横目に屋敷を出て教会に向かうとアテナに出会うために祈りをささげた。
——さて、そろそろ本腰を入れて動くときか。
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