アリア王女の王子様
私はただ茫然とその場を眺めていた。魔法であればいずれはトップに立てると思っていた。彼の魔法を盗んでさらに上に昇っていけると王族の血が流れている私には才能があり誰にも負けないと確信していた。
それでも、今目の前で放たれた魔法にはどうやっても勝てないと本能で理解してしまう。まるで御伽噺のレベルでありこの世に生きているものでここまで力を持つことを許されるのだろうかと。
これが夢でないというのなら私はきっとどうかしてしまったのだろう。オーガを葬り去った彼はまるで——
「大賢者様……」
彼が大賢者の生まれ変わりでもなければ、この年でそこまで魔法を極めている説明ができない。まだ子供だというのにその背中は私の騎士よりも大きくて……ドキリと心臓が跳ねる。
彼はくるりと身を翻すと私に近づいてきて、片膝をつく。そのまま私のだらんと垂れた右腕をそっと持ち上げるとそこに小さく口づけをした。
「えっ……⁉」
彼に口づけをされたことに硬直する暇もなく、私の体が急速に癒されていったことにより瞠目してしまう。
「お助けに参りました、お姫様」
二コりと微笑む彼の表情に私の胸はドキリと跳ねる。彼にかけられた回復魔法は身体だけでなく心までも癒してしまったというのだろうか。彼の顔を見るだけで心も体も休まっていく気がして自分がどうかしてしまったんじゃないかと思わずにはいられない。
体が癒えて立ち上がることは容易だが、無性に彼に甘えたくなった私はぽすっと彼の体に身を預けた。
「あ、アリア王女?」
「まだ落ち着かなくて。しばらくこうしてても良いですか?」
「……はい」
仕方がないといった具合に眉を下げて苦笑する彼の優しさに甘えて、緊急事態など忘れてしまったかのように時間をつぶした。
彼は一体何者なのだろうか、と答えの出ない疑問を抱えながら。
※
アリアを助け出して回復魔法をかけてやると安心しきったのか俺に身を預けながら眠ってしまった。王女がここまで殿方に弱みを見せるべきではないと思いつつも、本人からすれば窮地を脱したちう安心感が大きすぎるから気が抜けてしまったのだろう。
「これなら……結構スムーズに事を進められるかもな」
決して恩を売るために問題を起こすようなマッチポンプをするつもりはなかったが、素知らぬ集団が起こした問題から王女を助け出すことで恩を売るのは問題ないだろう。
アリアには少し強力な魔法を見せてしまったが、そこから俺が転生を繰り返しているとバレることは流石にないだろう。大賢者のようだと思ってもイコールで結ぶような真似は普通しない。
「そういえば……もう一体狂暴化した魔物がいたはずだが、うん。誰かは知らないがちゃんと討伐できてるようだな、この模擬戦を監視していたやつらか生徒か」
しかし、何故急にこんな問題が生じたのだろう。アストラルの森は多くの者が行き来する場所ではあるが、オーガなどの魔物を浅層の浅い場所に出現させるには誘導役がいなければ不可能だ。
そもそもとして人間の魔力が与えられているので誰かが計画して発生させたというのは間違いないのだが。
今は学園の者が出入りを規制しているため学園の生徒しかおらず冒険者もいない絶好の機会だ。俺にはどうも、学園の生徒を狙ったような動きに見える。それに、アストラルの森に王女がいて狙いやすいタイミングでもあったのだ。
そのことを知っているのは学園の関係者と騎士たちのみであり、その中に狐人族をさらった組織の関係者がいるのは火を見るより明らかである。
ずいぶんときな臭い集団に巻き込まれてしまったとため息をつきたくなるが、彼らのおかげで王女との接点ができたので感謝しなければいけないのかもしれない。
アリアの頭を膝にのっけて楽な体制を取ると瞳を閉じる。そのままアストラルの森で眠るなんて野暮なことはしないが、少しでも回復に努めるのは当たり前だ。
回復魔法は万能ではなく、怪我は直せるが体力までは回復できない。聖女が極めればもしかするかもしれないが、ただの人間である俺には傷を癒すことしかできない。
アリアを助けるためにアストラルの森を駆けたのだから多少の疲れは出てくる。オーガ相手に遊ばずにとっとと終わらせれば疲労のひの字もなかったのだろうが。
「う、ん……」
「お、起きたか」
瞼を閉じてしばらくするとアリアのうなり声が聞こえたため目を開けると、同じ様に目を開けたアリアと目が合う。先ほど助けたことだしかなり好印象だと確信していた。
しかしアリアはすぐに、ぷいっと横を向いてしまいツーンとしている。その体は少しばかり震えているので、これはもしや怒っているということだろうか。
「王女殿下、お体の方は大丈夫ですか?」
「は、はい……問題ありません。それよりも、何故私はあなたの膝の上で眠っているのですか……?」
「それは、王女殿下が俺に身を預けて眠ってしまったので。失礼かもしれませんが、楽な態勢になるために膝の上で寝かせるのが最善かと思いまして。気に障ったようならすみません」
「わ、わたっ、私がアレクさんに身を預けて……⁉いやでも、確かにそんな気もしてきましたし……」
「王女殿下?」
ぶつぶつと言葉をつぶやいているアリアを疑問に思い、その名を呼ぶ。
「はいっ、なんでしょうか?」
スッ、と俺の膝から頭を離し立ち上がると、ぴんと背筋を伸ばして反応する。その反応が思った以上に勢いが強かった気もするがアリアからしてみればまだ俺のことを信用しきれないかもしれないし当然のことでもあった。
「いえ、なんでもありません。また何か異変が起こっては大変ですし、できるだけ早めに帰りましょうか」
すっと手を差し伸べると、アリアはおずおずとしながらも俺の手を取り、出口に向けて歩き出した。
アリアの班員は既に回復魔法をかけて離脱済みだ。アリアが寝ている間にちゃっちゃと終わらせたが、どうやら正解だったようだ。
このまま王女と仲を深め、いずれは王位を手に入れて見せよう——。
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