本物の魔法
私の魔法の腕は確かだった。王家に仕えている宮廷魔術師も私の魔法の腕をほめてくれ、入試試験でも素晴らしい結果を残した。
魔法試験で私を超えた公爵家の庶子は完全にノーマークだったが、彼の使っていた魔法も使えるようになった。先ほどの的あてでさらに距離を離された気もしたが、彼を見ていれば私はさらに魔法を扱えるだろうと確信していた。
だけどいざ模擬戦が始まると王女である私の好感度稼ぎする者ばかり。私たちと相対した班も王女である私に傷を負わせてはいけないと考えたのか誰も攻撃を仕掛けてこなかった。
アストラルの森の浅層の魔物は私たち学生でも狩れるほどの強さであり、彼の魔法を見た時のような高揚感を感じることはできなかった。
そう、そのはずだったのに……。
「うっ、うぅ……」
突如として現れた強大な魔物に私たちは蹴散らされて、ぐたりと横になってしまっていた。王女である私を守ろうと身を挺してかばってくれたおかげでまだ意識はあるが、もろに攻撃を食らった彼らはすでに意識を失っている。
「ど、どうしてこんな異常事態なのに誰もいないの……騎士たちが見張っているんじゃ」
愚痴を漏らしている最中も、目の前の魔物はこちらに向かって歩いてくる。アストラルの森の奥にいる魔物は一流の冒険者であれ手こずるらしい。現在の剣聖でさえ中層の奥には辿り着けないという。
そんな魔物が浅層に現れてしまったらどうなるだろうか。浅層にいた魔物は慌てて逃げ出し、誰の手にも負えなくなる。それこそ国家レベルで対策しなければいけない事態だ。
早く知らせないといけないのに、私の体は鉛のように動いてはくれない。国の危機よりも、今は自分の身の危険を案じなければいけない時だった。
学園に通ってさらに魔法の道を研究するつもりだった。かつてここアストラルの森深層に住んでいたとされる大賢者のようにその道を突き進むものだと信じて疑わなかった。
私には王位継承権がなく、政略結婚として他国に嫁ぐことになるだろうが魔法さえあれば何でもよかった。
「それなのに……どうしてこんなことに。いやだ、まだ……死にたくない」
口から願望があふれ出る。だけど魔物が人間の言葉を理解するわけがなく、私の目の前まで移動してくるとその巨大で雄々しい腕を振り上げた。
助けてほしい、救ってほしい。そんな願いを最後まで口にしたかったが、最後の最後で察してしまった。
「——あぁ、ごめんなさい、お父様」
「謝らなくていい、あとは俺が終わらせてやる」
てっきり痛みが襲ってくると思ったが、一向にやってこなかったため瞳を開けてみると魔物の腕を片手で受け止めている男の背中が映るのだった。
※
探知してみるとアリアが大ピンチだったので急いできたが、どうやらぎりぎり間に合ったようだ。魔物、もといオーガの腕を片手で受け止めるとこの場を見回す。
意識を失っている生徒が数名いたが、おそらくはアリアの班の者たちだ。アリアをかばってオーガの一撃を受けたようだ、おかげでアリアは助かったので感謝しておかなければならない。
「あ、アレク……グレンハルトさん」
「これでも俺は魔物討伐のスペシャリストなんだ。そう心配しなくてもすぐに終わる」
「ですが!オーガは出現すれば複数人の騎士や一流の冒険者で対処しないといけないレベルで凶暴なんですよっ⁉」
「まぁ見ててください、アリア王女殿下には指一本触れさせませんから」
「あ……」
心配するアリアを横目に、改めてオーガをとらえる。やはり人間の魔力を与えて狂暴化させている。狙って行動させたと考えるべきだ。
それに王女にけしかけるだなんて、国家転覆を狙っていると思われても仕方ない。ゼノンは大賢者がどうのこうのと言っていたが、何かしらの関係があるとでもいうのだろうか。
「まぁ……この国に住んでいれば嫌でも関わってきそうだな」
個人的にはあまり関わりたくない集団ではありそうだが、撃退した手柄をもらうのはいい手かもしれない。
考え事をしている最中、オーガは俺の拘束を無理やり振りほどくとそのままの態勢で右足で蹴りを放ってきた。それを右に躱すと躱した先に拳が振り下ろされる。
「危ないっ!」
アリアが焦って叫ぶが、対して俺は嘆息をついていた。
「はぁ……所詮はオーガ、か」
竜さえも屠れる俺からすれば、オーガなど取るに足らない魔物だ。攻撃の威力、速度ともに物足りない。竜と比べるのはあまりにかわいそうな話だが、俺の相手になるのならそのラインに立てなければ論外だ。
もっとも、剣術も身につけている今になっては竜でさえイマイチなのだが、肉体が成熟していない今であればそう簡単には倒せないのではなかろうか。
竜で善戦だというのなら、オーガだとどうなるか。
「ほぅら、もっと頑張れ」
オーガの腕にしゃがみこんで座り激励の言葉を吐き出すと、ぶんと腕を振って俺を腕の上から振り落とす。そのまま距離を取り何をするかと思えば、手のひらを突き出し魔力を込め始めた。
知性のある魔物は魔法を行使することができる。例えば竜は人間よりも数段階上のランクの魔法を使うことができる。魔物特有の魔力を使っているので、人間である俺が扱うことはできなかった。
例にもれずオーガも魔法を扱うことができ多くの人間を屠ってきたが、人間の魔力が与えられて上手く魔法を制御することができていない様子だ。
「ウ、ヴァァ……!」
暴走というべきか、オーガが制御できなかった魔法は多くの魔力を含み威力が数段階強化されて俺に向かってくる。
「いい機会だ。貴様に本当の魔法とやつを見せてやろう」
今まで行使してきた魔法はこの時代の上澄みレベルの魔法だ。その魔法でもオーガを倒すことくらいはできるかもしれないが、確実な手段としてもっと強力な魔法を使った方が良いだろう。
突き出した腕を魔力が包み込む、否。腕だけでなくこの場を魔力の奔流が支配する。常人が見たら卒倒するような魔力の渦を前に、オーガはたじろぎアリアは理解不能と言わんばかりに何度も瞬きを繰り返していた。
「さて、醜い小鬼よ。とっとと灰塵と化せ——インフェルノ」
炎の渦が勢いよくオーガに絡みつくと、その体を燃やし尽くす。いくら渦の中で暴れようが、その炎は止まることを知らず確実に命を奪っていく。
やがてうなり声が聞こえなくなったかと思えば炎の渦がぱっと消え焼けただれた地面が現れる。オーガの体だったものはもはや残ってはおらず、その灰すらも消し去ってしまったということだ。
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