貴族の息子は料理も出来る
ハルトからミーシャを助け出してから三年。ジークは王都の学園に通い始め、ハルトは女神の祝福のために剣術に力をいれている。
「しばらく兄上たちから木刀で切りつけられることもなさそうで安心だよ」
「……アレク様、ご家族の方と会う時に必ず私を離れさせてますよね?アレク様に何かあるんじゃないかと……」
「大丈夫だって。それになんともないのはセレナだって分かってるでしょ?」
「で、ですが……その、服の襟がいつもずれてらっしゃるので」
……マジで?そんなの気づくの?いっつもジークとハルトには首根っこを掴まれてるけども。
だがセレナも確証は持ててないし、僕が表立って言ったところで止められることではない。
それでセレナに危害が加えられるようになっても困るしな。僕なら苦しみなんか感じずにいられるのだから。
「それでセレナ、家庭教師の件ってまだなんとかなるかな」
「幸か不幸か、グレンハルト家の方々はアレク様にお金をかけない主義ですから。本人がいらないと言った以上、これ以上の干渉はないかと」
「ふむ、父上の立場からすればグレンハルト公爵家から出来損ないが出てくるのは何が何でも阻止したいものだと思うんだけど」
「それは……アレク様が課題のテストをいつも所要時間の半分で満点を取るからでは」
「なるほど、戦闘面でははなから何も期待してないわけか。まぁこの知恵も家のために使うつもりは到底ないけど」
セレナたちに酷いことを強制するような家のために頑張るのは馬鹿らしい。強き者が弱きものを救う、そんなの当たり前だというのに。
だが今の発言を聞いて、セレナはじいっとこちらをジト目で見つめてきている。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ、ジト目も可愛いけど。
「……アレク様、それではグレンハルト家での立場が更に弱くなるかと」
「構わないよ。元々立場なんかあったものじゃないしね」
平民の血が流れてる稽古はしない、それだけで立場はないようなものなので素直に従う気にもなれないのだ。
「それより今日も王都に行こうと思うんだけど……」
「……どうせ止めても強行するんですから。そもそも私はアレク様の専属メイドです、ご命令くださればいいのです」
「あんま人に命令したくないんだよ。僕は相手の意思を尊重するタイプだからさ」
(本当に……なぜこのグレンハルト家で産まれ育ってここまで素敵な方にご成長なさるんでしょうか……。それに、知識量だっていくら本を読んでいるからと言って……)
「セレナ?どうかした?」
「いえ、なんでもありません。今馬車をご用意しますので少々お待ちください」
いくら厄介者として扱われているとはいえ、貴族の一員である以上周りから舐められてはいけない。
公爵家の人間が歩いて王都に行くというのは問題になるのだろう。といっても、女神の祝福で評価などひっくり返るものだが。
「アレク様。馬車の準備ができましたのでこちらへ」
「ありがとう、毎日ごめんね。馬車の中で寝ても良いんだよ?」
「い、いえ……私はアレク様に仕えるのが仕事ですから、アレク様が謝罪することも感謝する必要もありません」
「いやいや、僕の為に行動してくれている人に感謝しないなんてありえない事だからね」
にこりと微笑みながら告げると、セレナは嬉しそうに口角をあげて先導してくれた。
セレナの後をついていこうと足を踏み出した瞬間、横から木刀が回転しながら吹っ飛んできた。
「きゃっ!?」
いそいでセレナと木刀の間に入り、障壁の魔法で防御する。幸いにも僕の実力は見られていない。
使用人には回復魔法しか見せてきていないので、セレナにはバレてしまったかもしれないけど。
「大丈夫?セレナ」
背後で目をきゅっと瞑っているセレナに問いかけ、彼女がこくりと頷いたのを確認すると奥から体を鍛えた筋骨隆々な男が現れた。
「すまない!怪我はないか!?!?」
「はい、なんとか無事でしたが……あなたは?」
ここでしばらく生活していたが、こんな男は見たことがない。グレンハルト家が新しく雇った人間だろうか。
「俺はドリントって言うんだ。Bランク冒険者で……今はハルト様の剣術を教えてる」
なるほど。剣術の稽古を拒絶するあまりその情報がおろそかになっていた。
(にしてもBランク冒険者か……。僕が剣聖として活躍してた時はSランクの称号をもらっていたが、Bランクはどれほど強いんだったか)
このドリントという男を見ても当時のBランク冒険者のような強さはないと思ってしまう。
剣術も魔法も数千年前と比べて弱くなっているので当時の強さと比べてしまえば精々Dランクの上位層といったところだ。
それでも、子供に剣術を教えるのならその程度でなんの問題もないんだろうが。
「と、僕はアレク・グレンハルトと言います。ドリントさんのような冒険者に出会えたこと、光栄に存じます」
「アレク……グレンハルト?じゃ、じゃああんた、いやあなたが!!」
「はい。グレンハルト公爵家の末息子です。先の事故でアレク様がお怪我をされていた場合……」
「良いんだよセレナ。この通り僕に傷はついてないんだしドリントさんだって悪気があった訳じゃない」
それに、仮に僕に怪我があったとしてもなんの問題にもならないだろう。あの父上が気に留めるとも思えない。母上なんか、むしろよくやったと褒めそうなものだ。
「どうやら……一部のあの噂は本当みたいだ」
「噂?それってどんなの?」
王都で何か変なことをしたつもりはないのだが、そこまで噂されるような出来事があっただろうか。
ドリントは妙に嬉しそうに、僕の瞳をまっすぐ見ながら告げた。
「あぁ、グレンハルト公爵家にもかかわらず、俺たち平民にも優しく気さくに話しかけてくれるってな」
「……えっと、それのどこに噂になるような要素が?」
「どこってそりゃ、あのグレンハルト公爵家なんだぞ?」
「……ドリント様。仮にもここはグレンハルト公爵家の所有地。あまりそういった会話をするのは避けていただけますか?」
「そうだね。会話を聞かれちゃったらドリントさんの立場が危うくなっちゃうし」
僕としては周囲の声を聞いて侮辱されたと判断して刑に処すのは狭量だと思う他ないのだが、仕方ないことなのだろう。
ドリントさんたちが貴族を疎く思うのは当然の事だ。その貴族の家からも疎ましく思われている僕はどうすればいいのか。
そんな事を考える時間が勿体ないのでドリントさんに別れの挨拶をしてセレナと共に馬車に乗り込む。
馬車を走らせて数十分。王都につき馬車で少し走っているだけで様々な声が聞こえる。
「ぐ、グレンハルト公爵家の馬車だ……」
「こら、ちゃんとお家の中で待ってないと駄目でしょ!!」
「ほら、しっかり跪いていないとまた何されるか……!!」
平民の声を聞くだけでグレンハルト公爵家の印象が分かってくる。
王都に来るのは4回目だが、毎回こういった会話がされている。馬車から僕が出ていったら少しホッとしてるようだけど。
ホッとするのはまだ僕が子供だからなのだろう。ジークやハルトを見ていたら子供だろうがフロストのようになっていると感じると思うが。
「アレク様、お手を」
「うん、ありがとう」
先に馬車を降りたセレナの手を借りながら、僕は馬車から降りて御者に感謝を述べる。
王都に来ているのは前世の自分がどのような噂をされているか聞くためなのだが、セレナにそれを言う訳にはいかない。
「それじゃ、今日はあっちの方に行こうか」
「はい!それにしても、この年でもう王都の視察だなんて……アレク様は将来大きな人物になるのでしょうね」
「ははは……まだ何をやるかは決まってないよ。僕はグレンハルト家を継ぐわけじゃないんだからね」
セレナには王都の視察と言ってやり過ごしているが、実際の用事は私欲にまみれている。
それでも、今世に何をするかを決めるために王都に来ているのもあるのだけど。
「それにしても、やっぱり王都って広いんだね。その中でもやっぱり目につくよね、学園は」
視界の先、武術の才や魔法の才を伸ばすための教育機関、エレンガル学園。
ジークもここに在籍しておりハルトも女神の祝福を受けた後に在籍することになるだろう。
僕も一応在籍する予定だが、母上の立場からすれば面白くない話だ。
因みに僕が剣聖の時代に建てた学園であり、初代学園長として名が広がってもいる。レベルが昔と比べて劣ってきているのが残念な点だが。
「そうですね……。アレク様がここに通われるようになったら、私はお役御免ですかね」
「??何を言っているんだ、セレナにはついてきてもらうからね」
「いや、私ごときでは学園に入ることはできませんから……」
「学園の生徒としてではないんだけど、まぁその時が来たら話すから良いかな」
僕の言っていることが理解できないセレナは首を傾げることしか出来ないようだが、6歳の子供から切り出せるような話ではないので黙っておく。
全ては女神の祝福で決まる事なのであと4年は僕は何もできない。
「それじゃ、そろそろ何か食べようか。それと、食べ終わったら行きたい場所があるから」
「かしこまりました。それでは今からお店を探すので……」
「あー大丈夫大丈夫。そこら辺のお店で良いからさ」
「で、ですがそれではグレンハルト公爵家のご子息として……!」
「僕はそういうの気にしない質なのはセレナが一番分かるでしょ?」
セレナはうぐぐと唸りながらも納得して近くのお店に入ることを許可してくれた。
僕たちが店に入ると先ほどまで騒がしかった店内が静かになった。どうも、グレンハルト家の息子と認識されてしまったらしい。
僕としては気にしないでいてくれると嬉しかったのだが、今更気にすることもない。
「むぅ……こうなることが分かっていたのでお店を選ぼうと思っていましたのに」
「僕は気にしないよ。それに、こういうお店の方が僕は好きだしね」
前前前世で料理人だった僕は気づけば身分の高い者に料理を振舞う事が大半になっていた。だから羨ましくもあったのだ、料理人と客の距離が近い店というのが。
懐かしい光景を思い出しながら、僕とセレナは料理を口に運ぶ。
グレンハルト公爵家の日ごろの行いを知っている客は薄目でこちらを伺っているし店主に至っては目をきゅっと瞑って祈っている。
僕は料理を粗末にしないしそんな風に思われているのが癪だが、それはフロストたちの所為なのでここで何を言っても仕方ない。
料理をしっかりと堪能して食べ終わった僕は立ち上がり、料理の作り手……店主の元に向かった。
「さっきの料理は、君が作ったのかな?」
「は、はい……!そうですが……お口に合わなかったですか……?」
「いや、そんなことはないよ。美味しかったよ、ありがとうね」
僕の言動にセレナ以外のこの場の全員が驚いていたが、さっそく本題に移ることにした。
「申し訳ないんだけど、もう一度作ってくれないかな?ちょっと気になることがあって。お金は払うからさ」
「そ、それはもちろん構わないんですが……」
僕が何を考えているかが分からないといった様子だが、貴族に逆らうことが許されていないのかすぐに調理に移った。
数十分をかけて完成したわけだが……やはり考え通りだった。
「ふむ、まず下準備の段階で軽く水分を含ませた方が良いね。それと煮込む時にこの実を入れると良い。そこの森で簡単に採れる物だし仕入れる場合も安く済むだろう」
前前前世の時の知識を活かしてアドバイスをしているが、店主はぽかんとしている。
これでは僕のアドバイスを聞き入れてくれるわけもない。さて、どうしたものかな。
「アレク様。説明するより実践した方がよろしいかと。お屋敷の料理人も最初こそ信じていませんでしたが、アレク様が調理したらすぐに納得していましたし」
「そうだね。店主さん、ちょっと調理場を借りても良いかな?」
「は、はい……大丈夫です」
周囲の視線は貴族の横暴にげんなりしているものだが、気にせずに調理を進める。
前前前世の時は魔法で少し工夫を入れていたが、誰でもできるものではないので今回は省くことにする。
6歳とは思えない手際の良さに周囲が驚いていたが、調理に集中しているその瞳には映らない。
「さて、出来たよ。店主さん、食べてみて」
ニコっと笑い、僕はお皿に盛りつけた料理を店主の前に差し出した。
店主は少し緊張した様子だったが、覚悟を決めたように料理を一口掬って口に運んだ。そんなに警戒しなくとも安全だと言うのに……。
咀嚼して飲み込んで、固まった様子を見て周囲の客がわなわなと震え始めた瞬間……。
「う、うめぇ!!こんな美味いものがちょっと方法を変えただけで……」
「どうやら、成功だったようですね。アレク様」
チラチラとこちらの手元を見てくるセレナ。こいつ、さては食べたくなってきているな……?
「セレナはさっき食べたばっかりでしょうに。まぁあと三人分はあるから今お店にいる人で分け合ってよ」
しっかり使った材料費はお渡しし、店主さんに頭を下げられた。
「あ、ありがとうございますっ!こんな店のメニューを美味しくしてくれて……!」
「良いんですよ。それに元々美味しかったですしね。僕がしたのは最後の一工夫で、この美味しさを作ったのはあなたなので誇ってください」
「……そう言っていただけて、俺は幸せですっ」
「それじゃあ、ありがとうございました。これからも客の方々を料理で楽しませてあげてください」
店主が元気よく返事をしたところで僕は料理を細々と食べているセレナを連れてお店を出た。
お店を出る時、店内の人たち全員に感謝されたが、やはり自分の料理で誰かを幸せにするのは良いものだ。
だがその道は既に前前前世で達成済みなのでその道に進むことはない。
「それで……セレナはどうしてそんなに僕をじっと見てるの?」
「い、いえ……アレク様の手料理を食べるのが久々だったもので、つい……」
「あんまり、料理をする気はないんだよ。そもそも、6歳の子供が一人で料理するのは変だしね」
『それ以前の話ではあるのでは……』とセレナは思ったが黙っておいた。それも察せられているのではないかと思ってしまうのは凄いところだ。
「本当にアレク様は……大きくなられるのでしょうね」
「……どうだろうね」
既に大きな人間なんだよと伝えたらどのような反応をするのだろうか。少し気になったが、今この状態で知られるわけにもいかないので黙っておいた。
「それでアレク様。この後向かいたい場所とはどこなのでしょうか?」
「あぁ、それはね……冒険者ギルドだよ」




