11回目の転生先は貴族の息子だった
俺は、自分が死んだらみんながどんな反応をするのかが気になった。転生のきっかけなんてそれだけで充分だ。
賢者と呼ばれていた俺にとって転生など簡単なもので、さっそく試してみると先ほどまでの老いぼれの身体は赤子の身体になっていた。
自分が死んだことに悲しみ、自分の存在に感謝している者を見て俺は再び考える。
これ、また功績をあげて死んだらどんな反応するんだろうな、と。そこからはそれの繰り返しだった。
一時は大賢者、一時は剣聖。この世を掌握する大商人や料理を100年間極め続けたりもした。魔物の生態も研究した。
どの人生でも様々な分野で名を残している。民衆の反応も変わらず確認しているが、気持ちのいいものだ。
だからいつものように転生しようとしたその時、ふと考えが頭をよぎる。
「次の人生……なにしよっかな」
出来ることはほとんどやった気がする。ともなると選択肢が限られてくる。
「ま、そんなの転生したあとに決めればいいか」
楽観的に呟いて、魔法を起動した。研究者としての人生を終えて、新たな人生を歩み始めるのだ。
次の瞬間、目を開けると荘厳な天井が目に映る。もちろん知らない天井だし、俺の身体は赤子のものだ。
転生が成功したのはいいが、父親らしき人物も母親らしき人物もいない。
(しかも、ちらちら見えるがメイドもいるな。これは……貴族に生まれたってことか)
最悪である。もし家を継ぐのが自分であった場合好きに動くことができなくなる。
仮に家を継がずとも、余計な事をすれば面倒なことになるのは火を見るよりも明らかである。
(まだ何をするかも決めてないのに……幸先が危ういな)
「……あ!アレク様、起きられたんですね!」
メイド服を着た彼女はひょいっと俺を持ち上げて微笑んでくる。まだ成人してあまり時間が経っていなさそうなのに使用人として働くなど凄いものだ。
というよりも、さっきの発言を思い返すと俺の名前はアレクか。中々いい名前ではないか。
貴族ということは家名があるのだろうが、普通赤子に家名まで教える大人はいない。
そこはここで過ごしてるうちに魔法でも何でも使って情報を集めればいい。
「それにしても、アレク様は大人しいですね……。こちらとしても助かりますが」
さっきまで老いぼれだった身としては急に赤子の真似をするのは精神的にきついものがあるだけなのだが……。
それに、赤子として怪しまれないようにおもらしまでしなければいけない始末。
(ほんと……この赤子の時が一番大変なんだよな)
疲れきったような表情にメイドが反応して、即座にベッドに戻してくれた。
瞬間、部屋の扉がバンと大きな音を立てながら豪快に開かれた。そこには二人の男子の姿が見え、偉そうにこちらに向かってくる。恐らく長男と次男ということなのだろうが……。
「……ジーク様、ハルト様。アレク様はまだ幼いのでそのような大きな音を立てるのは」
「うるさい!僕に指図するな!父上に言いつけるぞ!」
「で、ですが……!」
「兄さまがうるさいと言っている!とっとと下がれ!」
ちっこい方がメイドの顔をはたいてずかずかとこちらに近づいてくる。貴族というのはいつもこうなのだろうか。
だが、こいつらが俺の兄であることは理解した。あとはどっちがジークでどっちがハルトということだが。
「やぁアレク。君はたっぷりと僕の役に立ってもらうからね。成長が楽しみだよ」
(……自分が成り上がるために俺を利用する気なんだろうが、あいにくさっきメイドをないがしろにした時点で俺はお前に従う気はない)
仮に幼いころの過ちだったとしても、こうして育っているという事はよくある貴族の家庭なのだろう。
甘やかされて育ち、使用人を自分のモノとして扱う。そのような子は大抵育ての親から学ぶものだ。
本当に、最悪な家に転生してきたかもしれないな。
二人が退室したことを確認して、メイドの顔をちらりと確認する。
ぶたれた箇所が少し腫れており、このままではせっかくの可愛らしい顔が台無しだ。
早速変な事にはなってしまうが、掌に魔力を集中させて回復魔法を発動した。
緑色の光が彼女の顔を包み、先ほどまで腫れていた箇所はなんとびっくり綺麗に整えられていた。
彼女は自信の顔に触れてしばらく放心状態にあったが、すぐにこちらをじっと観察していた。
しかしこんな赤子が回復魔法を発動できるなんて考えられなかったのか、すぐにぶんぶんと顔を横に振って俺の頭を撫でてくれた。
きっと、彼女は心優しい人なのだろう。だというのにこの家の者は彼女たちをないがしろにする。
どうして、貴族という生き物はそのような生き方しかできないのだろうか。
そこから3年の月日が経ち、ようやく喋ってもおかしくないと思われる年齢になった。しかし喋れはしても大変なところはある。
「アレクよ、お前には今日から家庭教師をつけ勉学に励んでもらう。良いな?」
「父上、僕に家庭教師は必要ありません。そのような人物がいなくとも、一人でできる事ですから」
貴族の息子になったことで、口調を直さなくてはいけなくなったのだ。今まではずっと同じ口調でやれていたというのに。
しかし、先ほどの受け答えは父上……フロスト・グレンハルトの癪に障っただろうか。
「そうよフロスト。アレクなんかにまともな教育を受けさせる必要などありません」
「そうですね、なんせアレクは僕たちと違って平民の血が流れているんですから」
そう、僕はフロストの正妻であるナティアではなくフロストと平民の女との子らしい。だからナティアは俺に愛情など持っていない。
ジークやハルトも僕のことは気に入らないらしいので、完全に孤立状態である。別に仲良くする気もないので構わないが。
「……それもそうだな。ジーク、ハルト、剣術の稽古はどうだ?」
「はい、俺もジーク兄様もこのまま行けば騎士団に入れるというお墨付きをもらっています」
「素晴らしいですよ二人とも!公爵家の息子として恥の内容精進するように。それに比べて……」
ナティアがじっとこちらを見てくるが、僕から言わせれば二人の剣術などただのお遊びだ。
こちとら三回もの人生を全て剣術に注いだことがあるのだ。騎士団なんかに負けることもない。
しかし剣術を習う機会をもらったら必ず面倒なことになる。なんとしてもそれは阻止しなければ。
「ジーク、もうすぐお前も女神の祝福を受ける。公爵家の跡継ぎとして恥を見せることは許さん」
「……はい、父上」
……女神の祝福か。齢十歳の時に教会で受けられる祝福の事であり、特別な力を授かることが出来る。
まぁ、まだ当分先の話なので僕が気にすることでもない。
「では父上、僕は先に失礼します。自室にて歴史の勉強をしなければいけませんから」
これ以上この人たちの顔を見たくないし、向こうも同じことを思っているだろう。
平民の血が混ざっている僕の事を引き留める者などいるはずがなく、僕はそのまま食堂を退室した。
「ごちそうさま、今日も美味しかったよ」
と、食堂の出口付近に立っていた料理長に言葉を残して。
「やぁセレナ、ただいま」
「お、おかえりなさいアレク様!!」
今心配して駆け寄ってくれたのは僕の専属メイドのセレナ。幼いころから僕の世話をしてくれている。
セレナ含め使用人は全員僕がこの家で散々な目に遭っていると思っているので食事の後や家族の誰かと出会った後は必ず心配してくれるのだ。
「あ、アレク様……その、大丈夫でしたか?」
「あぁ、この通りなんともない。逆にセレナは大丈夫?僕の専属メイドだからって嫌がらせとかされてない?」
「そんなわけないじゃないですか!むしろアレク様の専属メイドを羨ましがれるんですから!」
「……それはなんで?」
平民の血が混ざっている僕を見下すのが普通だと思うのだが、逆に楽そうだからという理由かもしれない。
「だって、アレク様は私たち使用人にも優しくしてくださいますし……才能があることも分かっていますから」
「……僕には才能なんかないよ」
「私は知ってますよ。アレク様が私たちに回復魔法を使ってくださっていると」
「気のせいじゃない?僕は回復魔法なんか学ぶ機会がなかったんだし」
「アレク様は天才ですからね。本でも読んで学習したのでしょう」
本当は古の大賢者なんだよとか言ったらセレナはどのような反応を示すのだろうか。
僕の専属メイドが羨ましがれる……か。まぁセレナなりの気遣いなのだろう。
「ねぇセレナ。僕がこのまま剣術の稽古をしなかったらどうなると思う?」
「そうですね……今以上に立場が危うくなるかと」
「そうだよね。ってことで兄上たちの所に行ってくるよ。セレナは部屋にある本を書庫に戻しておいてくれないかな?」
いきなりの展開についていけていけずに困惑しているセレナを置いて、僕はジークたちの稽古に顔を出すことにした。
稽古といってもジークは九歳、ハルトは六歳である。本格的な物には程遠いし二人の剣の師匠にはちっとも届かないだろう。
といっても、その剣の師匠が今回の目的ではないのだが。
「ミーシャ、そのまま動くなよ。今から俺がどれだけ強くなったかその身をもって味わわせてやる!」
「……かしこまりました、ハルト様」
ハルトは剣を一振りして、使用人であるミーシャの身体を切りつけた。訓練用の木刀で刃は潰してあるが、それでも十分痛い筈だ。
ミーシャの喘ぎ声が聞こえてきたので僕は急いで二人に割って入る。
「兄上、僕にも剣の稽古をつけてくれませんか?」
「……アレク、良いだろう。俺の剣術を見せてやる!!」
僕を早く切りつけたいハルトはすぐに僕の提案に乗ってくれた。
僕はミーシャに軽く回復魔法をかけてあげて驚いているミーシャに軽く微笑みかけた。
ミーシャはぺこりと一礼してこの場を去っていった。後でもう一度回復魔法をかけてあげよう。
そのあと、僕はひたすらハルトの攻撃を受けた。数千年前は竜と何回も戦ったのだからこんな攻撃今更である。
この体は大して鍛えていないので、こうも長く受けていると痛みが襲ってくるわけだが。
「ど、どうだ……!これが俺の剣術だ……!」
「……素晴らしいですね、兄上。僕もそうなれるように精進します」
「ハッ!お前には一生無理な話だよ!」
背中にそんな言葉を投げかけられたが、ああはなりたくないものである。さて、ミーシャの様子を見に行くとしよう。
あんな攻撃でも無抵抗で鍛えてもいない人間が何発もくらえば大きな傷になる。
さきほど応急処置はしたので痛みはかなり引いているはずだが、傷跡を残してしまってはせっかくの肌が台無しである。
「あ、アレク様!ご無事ですか!?」
「ミーシャ、僕は大丈夫だよ」
「で、ですが……私はアレク様を守るべき立場なのに」
「仕方ないよ。痛みに慣れていない限りあの場は苦しいものだからね。それよりじっとしてて、今回復魔法をかけるから」
ハルトにやられた傷を完全に癒すために、僕は回復魔法をかけた。かなり重傷で、並の回復魔法では治せなかったので少し強くしたのは内緒である。
「こんな凄い回復魔法、アレク様は一体……。いえ、私が考えるものではありませんね。助けてくれてありがとうございました、アレク様」
「あのくらい当然だよ。使用人を守るのも貴族の務めだから。なんていったら、父上たちに怒られちゃうかな」
「ふふ、かもしれません。ですが、私たちはアレク様の味方ですので」
「……兄上の専属メイドでもかい?」
ミーシャはハルトの専属メイドだ。まるでハルトではなく僕の味方と言っているようだが、それは主人に歯向かうと捉えられないのだろうか。
「たとえ専属メイドでも、アレク様はもうとっくに私の家族のようなものですから。家族を優先するのは当たり前でしょう?」
「……そうだね。なら僕も、家族を守るために行動するのは普通でしょ?」
「アレク様を見ていると、本当に三歳なのか分からなくなってしまいます……」
「僕は三歳だよ。セレナに聞いてくれればはっきりするだろうけど」
実は数千年の歴史を見てきているなんて言ったらどんな顔されるか。
僕はまだ、転生の事をこの世の人間に伝えたことはない。転生の事を喋ったら民衆の反応を楽しめないからだ。
ただ、幼少期にここまで魔法を使ったのは大賢者の人生くらいだ。あの時と同じような人生は歩みたくないのだが。
これ以上時間を使っていてはセレナが不信がってハルトの元へ行ってしまいそうなので急いでミーシャの元を離れた。




