剣術の差
いよいよ本格的に授業が始まる日、俺は自分のクラスの自席にて頬杖をついていると聖女であるイリスが近づいてきた。
「……なんでこっちに来る。聖女様なんだから特定の奴に構ってちゃダメなんじゃないのか?」
「いえ、私はアテナ様に『アレクと仲良くしてあげて』という神託を実行しているだけですので!」
「……あの過保護やろうめ」
今世ばかりは誰かと関われと本人に言われてはいたが、まさかここまで世話を焼かれるだなんて思ってもいなかった。
そこまでアテナに構われるような存在ではないよなと思ってはみたが、そりゃ何回も転生している存在で何年も会話している顔見知りなら世話を焼くのも分からなくはない。
そこまで構ってほしくはないんだけど……とブツブツ呟いているとイリスは困ったように俺の事を見ていた。
「はぁ……いくらアテナ様に言われているからって、俺の事が怖いとかは思わないのかよ」
「確かにグレンハルト公爵家って聞いた時は怖かったですけど……アレクさんの噂なら聞いていますから」
「噂ってなんだよ……そんな噂になるような事をした記憶はないんだが」
グレンハルト公爵家の庶子ということで噂になる事はあるかもしれないが、そんな噂が流れたところで聖女であるイリスが関わりに来ることもないはずだ。
そういえば、かなり前に冒険者のドリントって男も噂がどうのこうの言っていた気がする。その時は何が何だか分からなかったが、今言われても何も察することが出来ない。
「平民にも優しく接してくれる貴族様って噂ですよ。アテナ様のお告げとは言え思う所はあったのですが、それで話しかけてみて判断したんですよ。それで噂は間違いじゃないんだなって」
「ちょっと話しただけで何が判断できるんだか」
「グレンハルト公爵家なんですから、判断するのは簡単ですよ」
確かに、ジークやハルトであれば他の生徒に対する態度がまるで違うだろうし、一目見れば俺があいつらとは違うと分かるだろう。
イリスも俺の様子を見ればすぐに分かったのだろう。だからこうしてアテナのお告げを聞いて問題がないと判断して俺に関わりに来た。
アテナがどういうつもりなのかは先日聞いたが、今の俺の実年齢は十三だが転生を繰り返し数千歳といって差し支えない。
だから人と関わっていてもどこか俯瞰して物事を見てしまうというか、あまり現実感が湧いてこないという問題がある。
「……アテナ様にも困ったものだな」
教会が聞けば断罪されそうなものだが、俺はアテナにそんな信仰心は持っていないので勘弁願いたいものだが。
というか今更アテナが王国で最も信仰されている女神様だと言われても実は寂しがりやだなんて言っても誰も信じちゃくれないだろう。だからこそ俺の信仰心はなくなっているのだが。
俺のアテナに対する信仰心が初期のころに戻ることはない事を改めて自覚すると、教室に担任がやってきてグラウンドに出るように促される。
エレンガル学園には剣術が得意な者、魔法が得意な者に二分される。しかし万能なものを育てるため初めの3年間はどちらも学ぶのだ。
その後は2つに分かれどちらかを集中して学ぶことになる。俺の場合は別にどちらでも構わないのだが、王女に取り入るのが間に合わなければ魔法のクラスに入ることになるだろう。
ラグナロク王国史上最強の魔法使いは大賢者と呼ばれたかつての俺であり、史上最強の剣士は剣聖と呼ばれたかつての俺である。
だからこそどちらの分野においても俺は首席になることが可能だ、何かを気にする必要もない。
「それじゃあこれより剣術の授業を始める。まずは皆さんの剣術試験に基づいてペアを分けるので指示に従って分かれろ」
このクラスの人数は奇数、どうしても一人余ってしまうが……試験の結果、一番駄目だった奴が一人になるのが道理だろう。ともなれば俺が相手をするのはこのクラスの2番目ということになる。俺はある意味反則的な存在なので実質的なトップだろうか。
そう思っていたのだが……ペア分けの時に俺の名前は呼ばれなかった。疑問に思いながら待機していると、教授が俺に声をかける。
「君の成績はあまりにかけ離れているのでな。君の相手は私がしよう」
「ほう……?それはそれは楽しみですね」
剣を抜きながら告げる教授に口角を上げながら、木剣を拾う。どうやら打ち合いをするらしいが……さて、流石に勝利するのはやりすぎな気がするな。
とはいえ俺が現剣聖といい勝負をしたのは周囲に知られている。だというのにこの男に敗れると問題が生じてしまう。
しかし一瞬で勝負をつけてしまうのも問題だろう。それならいい勝負を演じることが吉かもしれないが……それはそれで大変なのだ。
身体強化の魔法は使ってはいけないしなんだったらデバフの魔法を自分にかけても良いかもしれない。
「それでは、これより剣術の訓練を始める。初めの運動として十分間、ペアと打ち合ってみてくれ」
教授に指示され、クラスメイトは一斉に打ち合い始める。剣術は見ていて実力が顕著に表れており、試験の結果を上から順に判断するのは簡単だった。
「さて、では我々も始めよう。君の実力を見せてくれ……!」
すっと構える教授を横目に、俺はとある生徒に注目していた。恐らくは剣術試験で次席だった生徒だ。騎士団の男に一撃入れていたのを覚えている。
教授の攻撃をいなしながら、その生徒の剣術を見極める。相手も試験では好成績だったのだろうが、流石に学年次席には後手に回るしかなかったのだろう。
「ふむ……鍛えれば現剣聖レベルには伸びそうだな」
まぁ現剣聖も鍛えればもっと強くなりそうというのは置いておくとしよう。どちらも強くなれる可能性を秘めているという事で話は終いだ。
「それに比べ……こっちは期待できないか」
教授の剣を見ていても、不格好だとしか思えない。かろうじて剣劇が出来ているレベルで、恐らく体がついてきていないのだろう。もっと体を鍛えていなければ身体強化の魔法を使ったところで少しだけ強くなれるだけだ。
「くっ、これほどとは……!」
剣をどんどんいなしてそろそろ十分が経つというとき。周囲の生徒が休憩がてら俺たちに視線を向け始めている。
時間切れで勝敗どっちつかずを狙っていたのだが、教授はどうやらムキになってしまっているようだ。
「ならもう終わらせてやることにするか……」
ボソッと呟き、教授の持っている木剣をはじき上げて剣を首筋に持って行った。
「これで終わりですね。では授業を再開しましょうか」
「ッ……!参った、ここまで強いとはな」
高笑いして天を見上げた教授は落ち着くためにふうっと息をついて授業を再開した。
その後も俺は教授相手に剣術の稽古をしていたが、教える立場が逆になってしまっていたような気がするのはご愛敬だ。
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