聖女様と神託
入学式を終えた翌日、俺は自分のクラスの指定された席に着席していた。
周囲の視線が一定数向いていたが、恐怖でおののいている感じではなかったので特に気にしないでいる。それより、俺以上に視線を集めているものがいるのだ。
「あれが例の……!」
「美しい……さすがは聖女様」
……聖女。女神アテナの声を聞ける唯一の存在であり、神聖魔法を得意とする者だ。神聖魔法のみを見れば俺を超える才能を見せる。
神聖魔法を極めていない聖女なら俺のほうが扱いがうまいが。それでも聖女のポテンシャルは認めている。
にしても、アテナから話を聞く限りは聖女を決める最大の要点は純粋さだそうだ。確かに、彼女を見たところ平民だろうと分け隔てなく接しているしアテナの言うことがなんとなく理解できる。
俺が剣聖だった頃、聖女と関わることはあったが今世では関わるつもりはない。世界平和を掲げる以上、聖女の力を使えればことを進めるのに楽なのかもしれないが、純粋な少女を利用するのは少しだけ申し訳ない。
王女を利用するのはあくまで王女という立場だ。殿下本人が嫌がるようなことをするつもりはない。
授業が始まるまで暇つぶしにこの教室を魔力で隙間なく埋めようと遊びの一興を始めようとした瞬間のことだった。
「あの、あなたが……アレン・グレンハルト様ですか?」
突如として目の前に現れたのは、先ほどまで周囲の視線をくぎ付けにしていた長い黒髪の少女だった。その黄金の瞳はまっすぐに俺のことを見据えていた。
「おい、聖女様があのグレンハルト様に声をかけたぞ……!」
「どうせ罵倒されるだけよ、関わらなければいいのに……」
「はぁ、かわいそう……聖女様には優しくしろよな」
ひそひそと会話をする周囲の生徒に呆れつつ、俺は目の前の聖女を見つめ返す。今の俺はグレンハルト公爵家の一員として知られており、いくら純粋な彼女でも俺と関わるような選択は選ぶはずがないだろう。
むしろ純粋だからこそ、周囲の話に同調し俺のことを軽蔑しそうなものだ。つまり、彼女が俺に接触してきたのは何か目的があってのことなのだろうか。
「あぁ、俺がアレクだが……あの聖女様が俺に何の用で?」
「えと……アテナ様があなたの名前を出していたので」
「……む?」
一体どういうつもりだあの女神は。今までの生でも聖女が存在しているときはあったが、無理に接触させてくることはなかった。
剣聖の時、聖女に俺のことをちょっぴり伝えたくらいで他に聖女と関わらせようという魂胆は見えなかった。
しかしアテナが伝えていなければ聖女が俺に接触するはずもないし、聖女が言っていることは本当なのだろう。
「その、アテナ様は……一体なんと?」
「その、これからアレク様が為すことは非常に雄大なもので人類の救いとなるので聖女として隣で支えてやってほしいと」
「……何言ってんだよあいつは」
聖女に聞こえないようにぼそりと呟き、放課後にアテナのもとを訪れることを決意した俺は、何故か頬を赤く染めている聖女を見つめる。
転生を繰り返している俺は、あまり人との関りというのを作りたくない。転生後に愛する者がいないのも気落ちしてしまうだろうしな。
「あの、私の顔になにか……?」
「いや、なんでもない。ただ、アテナ様が本当に俺のことをお告げなさったのかなと」
「はい!それはもちろん、私はしっかり聞きましたよ!すごい実力者とも聞いていましたが……入学試験を見るところ間違いないですっ!」
すごい実力者か……なら転生を繰り返していることは喋ってなさそうだな。『実は大賢者で剣聖で他にも色々すごい人だったんだよ』なんてお告げがなくて助かった。
できれば、過去の己の名声を使わずに成し遂げたいことだからだ。アレク・グレンハルトは今世を生きているのだから前世を持ち出す気はない。
まぁ前世以前に得た物は使える時に使うけど、別に俺が勝手に定めているルールのようなものなのだから気にしすぎることもない。
「それで、アテナ様はほかに何か言っていたか?それと、その話をほかに知っている者は?」
「ほかに、ですか?う~ん……特になかったと思いますが。それと、アテナ様がほかの者には言わないようにと仰っていましたので私以外は知りませんよ」
「そうか。じゃあ改めて、俺はアレク・グレンハルトだ。まぁ……よろしく頼む」
「はい!私はイリスです!よろしくお願いしますね、アレク様!」
こうして授業開始前に俺は今世の目標を達成するための仲間を手にしたのだった。聖女の彼女を利用するようで悪いが、アテナの申し出を断るような人間は王都に誰一人いないので素直に受け入れるしかないのだ。
※
「それで……一体なんのつもりなんだ?俺は聖女を利用して世界平和を叶えるつもりなんて微塵もなかったんだが」
本日はクラスメイトの紹介と各授業の内容を確認するだけで早く解放されたのでもともとする予定だった王女との接触をやめてアテナに会いに来ていた。
俺の質問に、アテナはけろっとした様子で答えた。
「君は優しいからね~、こうでもしないと誰も君と関わることなく生を終えてしまう。そんなのは悲しいじゃん?」
「いや……だから関わってると転生後に悲しくなるから嫌なんだよ」
俺が人と関わる気がない旨をアテナに伝えると、アテナはきれいにため息をついて俺のことを呆れた目で見つめた。
「あんま私のこと舐めないでほしいんだけど……もう転生する気がないんだろう?」
「それは……」
俺はもうやれることはほとんどやったつもりだ。世界を平和にすれば未練がなくなるといっても過言ではない。やりたいこともなくなるので転生する意味がなくなるんだ。
世界平和を叶えた男として死後どのような反応をされるか、どのように語り継がれるか非常に気になるが、そのために数十年また生きるのは面倒くさい。
だから今世で俺の魂は本当の意味で輪廻に帰るのだと考えていたわけだ。
「最後の人生まで一人では寂しいだろう。なら私が選んだ純粋そうな娘を託そうと思って」
「別にそんなことしなくともお前と話せるから寂しさなんてなかったんだが」
「っ⁉またそんな事を言って……まったくもう」
どこか嬉しそうなアテナに困惑しながら、ポリポリと頭をかく。
確かに今後転生するつもりがないのなら誰と関わろうが関係ない筈だ。それでも関わろうと思えないのはやはり前世以前の記憶を保持しているからなのだろうか。
「それでも……ま、努力はしてみるか」
そっちの方が王女様と接しやすいかもしれないし。案外いい点も存在しているのかもしれない。
そんな事を考えながらアテナに別れの言葉を告げて、俺は神域を離れた。
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