7-05 なるべく長くダンジョンにいて欲しい
開業して5年目だから、お婆さん達のゴブリン達への指示も慣れたものなんだろうな。
レイスのお婆さんがゴブリンを率いて冒険者を適当にあしらっている。
何度か冒険者がつまずいたように見えたのは、落とし穴を復活させたんだろう。
地下1階に待機したホブゴブリンの弓兵と軽装歩兵は1個分隊ずつだけど、果たして冒険者は応戦することができるだろうか?
俺が冒険者時代には散々やり合った相手なんだが、素早いし、力もあるからなぁ。このダンジョンでは少し過剰な戦力になってしまうかもしれない。レベルが10以下の冒険者ならさっさと逃げ出すべきだろう。
グレイさんには、一当たりして直ぐに離れてくれとお願いしているんだが、笑ってたからねぇ。ちゃんと守ってほしいところなんだけど……。
「今のところは、順調でござるな。2つのパーティが合流してダンジョンに入って来た時にはどうなるかと思っていたでござるよ」
暖炉傍のソファーに座って仮想スクリーンを広げていた俺達に、アビスがお茶を用意してくれた。
冒険者達をどうにか大広間に誘導できたから、一息入れるには丁度良いところだな。
「ありがとう。アビス達の連絡が的確だったんだと思うよ。本来なら、こんなことをせずに暮らせるんだろうけど、済まないね」
「クネリ殿のお世話をするより遥かに楽しいでござる。それに、退屈することがないでござるよ」
あのクネリさんだからなぁ。部下にも迷惑を掛けてるってことなんだろうか?
人の扱い方には問題もあるんだろうけど、魔族軍の兵站を支える部署の偉い人なんだよね。魔族は能力主義ってことなのかな?
今度やってきたら、その辺りを聞いてみよう。案外、人間族の王国よりも進んだ政治体制を作っているのかもしれないぞ。
「洞窟サボテンを知らないのかにゃ? 1人が巻きつかれてるにゃ」
「何とかなりそうかな?」
「【火炎弾】を使ったにゃ。そこで根を斬ったから問題ないにゃ。初心者と中堅が合流したにゃ」
クリスがお婆さんにミーナさんの見解を伝えている。
次の誘導は、それを加味して行うんだろう。1階に展開したゴブリンの少年達は、1班10人編成で3つの班を作っている。全員が短弓を持っているけど、狩りで練習しているからそれなりに使えるはずだ。
「ゴブリンの少年達の動きが今一にゃ。レイスの婆さんが苦労してるにゃ」
「全員が入れ替わってるからねぇ。慣れるまでは仕方がないよ。それに後ろには10体のスケルトンが2カ所にいるんだ。逃げ遅れて全滅はないんじゃないかな」
難しい表情をしながら仮想スクリーンを眺めている。
眺めながらもお茶を飲んでいるんだから、一応一息入れているってことなんだろうか?
ミーナさんは元魔族の下士官だからねぇ。どうしても兵士としての動きでものを見る癖があるようだ。
ゴブリンの少年達も、このダンジョンで何年か過ごしたところで兵役に就くならば、ミーナさんの目に適うように育てるのが一番なのかもしれないな。
「それに、これが最初だからね。下手を打って危ない事態の対応は考えてるんだろう?」
「だいじょうぶにゃ。攻撃するときにはスケルトンが必ずバックアップできてるにゃ」
スケルトンの移動が面倒なのかもしれないな。残った十数体のスケルトンは地下1階に移動しているようだ。
「お茶を作ってるのかな? 大広間の出口付近に集まってる」
「小さなコンロを持っているでござるな。焚き火をしないのは感心でござるよ」
どうやら冒険者達も一息入れるみたいだ。
今回の冒険者には期待ができそうだな。小さなコンロを使用するなら、焚き木を持ち込まないからダンジョン内の探索を長く行える。もっとも水筒にどれだけ水を入れてきたかも重要にはなるんだが、大型水筒をいくつか持って来てるんじゃないかな?
「長引きそうにゃ」
「マナが増えるよ」
俺達が笑みを浮かべたのを、クリスが不思議に思ったのか首をかしげている。
まだ、毒されていないな。俺達のような考えを持たずに天使になってほしいところだ。
「そうだ! クリス達は、その子猫に何て名前をつけたの?」
俺の問いに、満面の笑みを浮かべた。
部屋に戻ってからも、アビスと一緒に考えていたんだろう。アビスも良く聞いてくれたといった表情で俺を見ている。
「リオンと名付けたの。私達の妹よ」
一瞬、オスかと思ったけどメスだったみたいだ。
メスの方がネズミを捕るらしいから、倉庫の防衛はリオンに任せられるだろう。
「リオン……、良い名前にゃ。きっとたくさんネズミを捕るにゃ」
ミーナさんも似たことを考えてるんだろうけど、そんなことはさせないよとクリス達は表情に出してるんだよね。
まあ、今は小さな子猫だからねぇ。クリス達のマスコットでいてくれれば良いのかもしれないな。
総勢7人の冒険者達は、ゴブリンの少年達を追い掛けて大広間から西の回廊へと進んでいった。
一矢浴びせて逃げ出すんだから、あまり脅威とはならないだろうけどそれなりに負傷を負っているようだ。
冒険者達には、ゴブリンの少年達が同一に見えているんだろうか? 結構、交代しながら矢を浴びせているんだけど、おもしろいように上手く誘導されているんだよね。
「自分達に矢を射かけるゴブリン達が、複数いるって気が付かないんだろうか?」
「ゴブリンと一括して考えているのでござる。まだまだ未熟でござるな」
「見分けが出来ないにゃ。私も苦労したにゃ。でも耳飾りで区別できるにゃ」
耳飾りねぇ……。そういえば、貝殻や骨何かを革の服に括りつけてるんだよね。それも目印になるんだろうな。
「ドワーフ族はもっと難しいでござるよ。赤毛で男女ともに髭が長いのでござる。髭のどの位置を三つ編みにしているか、三つ編みは何本か、その先にリボンがあるかなどで見分けなければならないでござる。家柄と上下関係が髭を見れば分かると聞いてのでござるが、いまだに悩んでしまうでござる」
顔を見れば全て分かるってことなんだろうな。職人集団だから同じような服装をしているんだろう。ドワーフ族の連中も識別に悩んだ結果なんじゃないか?
だけど、人間族に加わったドワーフ達は少数だからそんなことを気にすることは無かったなぁ。
「2つ目の宝箱を開けたにゃ。このまま左回りに進めば大回廊に戻ってしまうにゃ」
「喜んでるんじゃないかな? 今回は武具と銀貨を一緒に入れてるんだからね。もっとも銀貨は1枚だけだけど……」
「スケルトンが1体やられたにゃ。スケルトンの武具もそれなりの値段で売れたにゃ」
人間族の武具よりもスケルトンの武具の方が錆びていても売値が高い。ドワーフ族の鍛えた鉄は、人間族が頑張ってもその水準には届かないと村の鍛冶屋が言ってたな。
人間族の側に着いたドワーフ族は鉄を使って武具や農具を作っているけど、不思議なことに製鉄を行わないようだ。
ドワーフ族の製鉄に必要な材料が人間族側には無いらしく、遥か西の王国で砂鉄から作られた鉄をつかっているらしい。
砂鉄から作られる鉄なら、日本刀だってできるはずなんだけどこの世界ではそこまで鉄を鍛えることはないらしい。
「ゴブリンの少年達に戦場でたくさん剣を拾ってくるように頼んでおいたにゃ。来年は剣をたくさん入れられるにゃ」
「でも、それはクネリさん達の下に送られるんでしょう?」
「アビスに横流しをしてもらうにゃ」
びっくりしたアビスがミーナさんを見てるけど、そこまではしないだろう。軽い冗談に違いない。
「やはり大回廊に向かってるな。お婆さん達はゴブリンの少年達を引き上げさせたみたいだ。となると、冒険者達の次の行動は……」
「大広間に移動するにゃ。この部屋からも東の区域に移動できるけど、途中の部屋を確認できないにゃ」
「このダンジョンを経験したものなら大広間ってことか……」
回廊をゆっくりと進んでいた冒険者達が、大回廊の西側から出てくると、迷わずに左に向かって歩き出した。
「大広間で一夜を明かすみたいにゃ」
「明かりがあるし、近づくのはスライムぐらいだからねぇ。他の部屋よりも安心できるということかな」
俺の腕より太い胴体を持つ大蛇のバイパーや、洞窟ネズミは余り大広間に近づかないようだ。洞窟サボテンが怖いんだろうか? あの根に巻きつかれたら小動物なら逃げることはできないんだろう。
冒険者達が、大広間の階段を下りたところで腰を下ろした。
かなり歩いているから疲れてるんだろう。今日の探索はここまでのようだ。
俺達も仮想スクリーンを1つだけ残して、テーブルに移動する。
クリス達が運んでくれた夕食を頂きながら、俺達の対応に問題が無かったかを話し合うのはいつものことだ。
「だいぶ落とし穴が増えてるでござるな。私達も少し復活させたでござるが、ゴブリンさん達が更に増やしてるでござるよ」
「初陣だったからじゃないか? 今回の誘導作戦で少しは要領が分かっただろうから、不要な落とし穴は元に戻すと思うよ。自分達だって引っ掛かることもあるからね」
「硬貨は今まで通りでいいにゃ。でも武具はたっぷりあるんだからもう少し宝箱を増やしてもいいにゃ」
確かに、奥の部屋2つが武具で埋まってるんだよな。長く使おうかと思ってたけど、大盤振る舞いをして冒険者にアピールすることも大事なのかもしれない。
何度かやってみて様子を見ながら考えることになるんだろうが、そうなるとまた宝箱を作らなければならないんだよね。
「誰も寄付を入れなかったでござるよ? あの募金箱は本当に必要なのでござるか?」
「クロード君の国の風習みたいにゃ。聞いたことも無い風習だから誰も入れないにゃ」
ミーナさんがアビスの問いに同意しながら説明してくれた。
賽銭箱をいらないなんて、いったいどんな世界なんだろう?
神殿や教会もあるんだから、神に対する敬い方をきちんと教育して欲しいな。




