7-04 今年の春は忙しくなりそうだ
2個分隊のホブゴブリン兵士はバンパイアのグレイさんが率いてくれることになった。1階は今まで通りにスケルトンとゴブリンの少年達になる。ゴブリンの少年達は全員弓兵として戦線に向かったらしく、新たな子供達を率いてミーナさんが狩りを行っている。少しでも弓の技量が上がるなら、長い戦役で生き残れる可能性があると言っていた。
ミーナさんは優しいからなぁ。少年達にいつも慕われているようだ。
子供達が入れ替わると同時期に子羊達も尾根の東に連れていったようだ。
ちょっとクリス達が沈んだ表情をしてるのはそのせいなんだろう。村に出掛けた時に、子猫を貰ってきてあげようかな。
「雪が消えたけど、誰もやって来ないね?」
「宝箱の中身が問題かもしれないな。今度村に出掛けたら、その辺りを探ってみるよ。だけど、一気に中身を多くすることは出来ないだろうね。銀貨2枚を3枚にあげるぐらいだろうな」
地下1階に向かわないなら、宝箱2つ以上は開けられるだろう。銀貨6枚もしくは、武具が手に入るんだから、狩りをするよりは見返りが大きいと思うんだけどねぇ。
「冒険者がやってこないとマナが増えないでござる。食料を購入するときに、もっと声を大きくして自慢して欲しいでござるよ」
「それなりに大きい声で話してるんだけどねぇ。次に行った時は、もっと頑張ってみるよ」
アビスにも心配されてしまった。
資金はあるんだけど、マナが少ない。地下1階の迷宮は回廊だらけなんだけど、回廊を照らす灯りは寂しいんだよなあ。
「それで、残りの区画は?」
「夏前には全て終了するでござるが、地下2階の入り口付近は工事用に使うでござるよ」
地下2階は大きな空洞になるからなぁ。その底面に下りるまでは、何度か土砂搬出用の転移石を移動しなければなるまい。
「もう1つ頼んだんだけど?」
「石積みでござるな。それも作業を継続してるでござるよ。高さは私の腰ほどになるので目立たぬでござる。工事の進み具合にもよるでござろうが、2段では足りぬと思うでござるよ」
さらに下にも石垣を作るということなんだろうか?
仮想スクリーンを広げると、石積みをしているのはゴブリン達のようだ。ダンジョンで暮らすゴブリンの少年達よりも体形が良いから、成人しているのだろう。
「毎日100人以上が作業をしているでござる。ここで監視をして冒険者達が近づいたら、すぐに隠れる手筈は出来ているでござる」
「すでに地下2階の工事は始まってるからね。早めに土留め用の石垣は作ておかないといけないだろうな」
「今のところは進捗に問題はないでござるよ」
アビスの腰の高さというなら1m程度じゃないかな? もう少し高さが欲しいところだ。
尾根の東も、ゴブリン達が開墾に励んでいるようだ。去年開墾した場所には畝が作られていたから、種まきが終わったんだろう。豊作だと良いんだけどね。
夕暮れになってミーナさんが帰って来たから、テーブルに移っての夕食が始まる。
ミーナさんの機嫌が良いところをみると、今日は鹿でもし止めたんだろうか?
「大きなイノシシをし止めたにゃ。たくさんウサギの毛皮があるから明日は村に行くにゃ」
「村なら、ギルドに行っていいかな? 少しスライムの核が残ってるよね?」
「餌を撒くのかにゃ? なら武具を鍛冶屋に持って行くにゃ」
翌日の朝早くに村へと出掛ける。
村の門番とも顔なじみになってきたな。互いに挨拶を交わしたところで、先ずは鍛冶屋に向かい武具を引き取ってもらう。今回の武具は人間族の品らしく、農具にしかならんと言っていたが、それでも130バイトで引き取って貰えた。
ミーナさんに肉屋を任せて、ギルドへと足を運ぶ。
バタンと扉を開くと同時に冒険者達の視線が俺に向かってくるのはいつものことだ。カウンターのお姉さんにスライムの核を手渡して報酬を貰った。
今回は32バイトだからそれほどでもないんだよな。
「まったく猟師の方が俺達より実入りが良さそうだな?」
後ろからの声に俺は振り向いた。
俺をジッと見ているのが、先ほどの声の持ち主なんだろう。直ぐに返事をせずに、暖炉に向かっていくと、パイプに火を点けて軽く吸い始めた。
「兵士の武具とスライムの核、それにイノシシとウサギの毛皮ですから俺達の方が実入りが良いですね。ですが俺達は厳しい冬を山麓で過ごすのですから、それぐらいの実入りが無いとやってられませんよ」
「まあ、猪と毛皮はどうでも良いことだが、武具をどこで手に入れたんだ? それと、それは銀無垢じゃねえのか。盗んだなら問題だぞ!」
例の男が席を立つと俺の傍までやってきて、俺が手に持つパイプに目を付けたようだ。
「形見ですから、盗品ではありませんよ。何カ所か魔方陣が彫られてます。俺の家の宝みたいなものです」
「ご先祖の戦功ってことか! これで似た話を2回も聞いたぞ。戦に志願するんだったかな。それで武具の方だが」
パイプを取り出して、暖炉傍に椅子に座ると、俺に隣の席を指差した。座ってもっと話を聞かせろということなんだろう。
「東のダンジョンですよ。たまに小部屋に木箱が転がってるんです。箱から全て取り去っても、何日か過ぎると、今度は銀貨が入っていることもありますね。そんなことで、この冬何度か通いましたからそれなりの収入を得ることが出来たというところです」
「ほう……。誰かが、その箱に入れてるってことだな。だが、それを入れた連中が黙っちゃおるまい」
いつの間にか俺達の周りを何人かの冒険者が取り囲んでいる。やはり春先の収入は余り無いんだろうな。
「そうなんでしょうが、俺達が目にしたのはスライムとゴブリン、それにスケルトンですよ。ゴブリンは矢を放って逃げるだけですし、スケルトンは俺達が逃げるなら追ってくることがありませんでした。スライムは……、どこにでもいましたね」
「それは俺達も経験している。だが、あのダンジョンで勇者が亡くなったことは確かなようだ。俺達と同じくお前さん達も深くは潜らなかったということなんだろうな」
周囲がざわざわと騒ぎだした。
出掛けてみようという相談を始めたんだろう?
「あんなとこで温まってるにゃ。クロード君! 終わったにゃ。今度は雑貨屋にゃ」
「ちょっと待ってくれ! それじゃあ、この辺で。西から仲間がやって来たんで食料が尽き掛けてるんです」
「あぁ、時間を取らせたな。そっちは北に向かうのかい?」
「半分が西に向かって、俺達は山麓に向かいます。たっぷりと買い込まないと、しばらくは村に来れませんからねぇ」
彼らに軽く頭を下げて、雑貨屋へと向かった。
カウンターにはおばさんが立っていた。ミーナさんに商談を任せて、店の外でパイプを楽しみながら通りを眺める。
昼近くだからか、人通りがほとんどない。農家の人達が畑を耕していたからなんだろうな村は静かなものだ。
「クロード君。魔法の袋に詰め込んでほしいにゃ」
「もう、買い物が終わったの! なら後は俺の番だな」
買い込んだ代物が店の板の間に山積みになっている。それを魔法の袋に詰め込むのは一苦労だ。入れてしまえば重さが無くなるのが不思議なんだけどねぇ。あまり考えないでおこう。
「さて、早く戻るにゃ。クリスにお土産ができたにゃ」
「おもちゃでも売ってたのかな? 気が付かなかったけど……。そうだ! ちゃんと買ってくれたかな?」
「タバコのにゃ? 婆さん達に2つとクロード君に1つ、ちゃんと買ってあるにゃ」
ミーナさんの言葉に思わず笑みを浮かべてしまった。
一端始めると、病みつきになるのがタバコなんだよな。あまり楽しむ時間も無いんだけどね。
村を出ると、畑には農家の人達が出ているのが分かる。急に消えるわけにはいかないから、村の北に広がる林に向かった。林の中に入れば誰にも見つからないだろう。
どうにか林に入ったところで、俺達はバングルで【転移魔方陣】出現させた。
倉庫に【転移】を終えたところで、魔法の袋から買い込んだ荷物を他に並べていく。
ライムギの袋はそのままだ。俺達には必要ないから、このままミーナさんがお婆さん達のところに持って行くはずだ。
「ただいま!」
扉を開けながら待っている2人の少女に言葉を掛ける。暖炉傍で仮想スクリーンを広げて見入っていた2人が嬉しそうな表情で俺達を迎えてくれた。
アビスが直ぐに席を立ったのは、お茶を入れてくれるのかな?
「どうしたんだい? 熱心に見ていたようだけど」
「これなの。冒険者だよね」
クリスが指さした仮想スクリーンは周辺の地図だ。その中の一角に入れた地のダンジョンに向かってくる赤い輝点があった。
「こっちにもあるんだよ」
もう1つは、最初に教えてくれたパーティよりも南に下がった位置だ。森を抜けるタイミングが一緒になるんじゃないか?
「今年は賑わうかもしれないね。餌も撒いてきたから、数日後には別のパーティがやってきそうだ」
「忙しくなるのかな? それなら、皆が一緒だから寂しくないよ」
「仲間も増えるにゃ。クリス、お土産にゃ。ちゃんと世話ができないとゴブリンにあげてしまうにゃ」
ミーナさんが俺の隣に座ったかと思ったら、急に胸元を開いたから思わず覗き込んでしまう自分が情けなくなってしまう。
ちらりとミーナさんが俺を見たから、たぶん顔が赤くなってるに違いない。
そんな俺を表情が変わるのをおもしろそうな表情で見ていたけど、自分の胸元に手を入れて、取り出したものは……。
「ミャ~」と小さな声をあげている子猫だった。
目を輝かせたクリスが両手を差し出したから、そっとその手にミーナさんが子猫を乗せてあげた。
「本当に、私にくれるの?」
「ちゃんと世話をするにゃ。倉庫に洞窟ネズミが来ないように、その子に守って貰うにゃ」
一応、名目はあるだな。だけど俺にはミーナさんがクリスを喜ばせようと村でもらってきたのが本当のことだと思う。
敵には厳しくとも、身内にはいつも優しい目を向けているからね。
クリスがそっと抱いている子猫の背中をアビスが撫でている。
2人の会話は、なんて名を付けようかということらしい。それは2人に任せておこう。俺としては、子猫の性別が気になるところだ。
「ミーナさん。2つもやってきましたよ」
「忙しくなるにゃ。この位置なら、早くて明日の夕方にゃ。夜にダンジョンに入らないから……。明日はいろいろと準備が出来そうにゃ」
いつものミーナさんに戻ったみたいだ。
今度のゴブリンの少年達はちゃんと役目をこなせるだろうか?
ある意味、初陣だからね。あまり無茶な方法を取らないでほしいな。




