7-03 西の戦
日に日に、窓から見える荒れ地の雪が融けていくのが分かる。
すで泥濘が消えた荒れ地に、草の芽が伸びているのが窓越しにも分かるぐらいだ。
そんなことだから、ミーナさんはゴブリンの少年達を連れて森の南に草刈りに出掛けて行った。
今年最初の薬草も、一緒に摘んでくるに違いない。
尾根の東でも、荒れ地にゴブリン達が灰を撒いて耕作の準備を始めている。砦の食料を全て奪ったみたいだから、何とか今年の秋までは食い繋いで行けるんじゃないかな。それを考えて、今年は開墾を大規模に行うんだろう。上手くいくことを祈るばかりだ。
「子羊さん達は、春になったらゴブリンさん達に渡すんだよね?」
「そうなるね。せっかく仲良くなったんだろうけど、今年も秋になったら買い込んでくるよ」
「きっとだよ」
情が沸いたんだろうけど、こればっかりは仕方がない。近くなら遊びにも行けるんだろうけど、クリスはこのダンジョンの管理者だからねぇ。あまり遠くには出掛けられないみたいだ。
ダンジョンの前の荒れ地が緑になり、草花が咲き始めたならアビスと一緒に花を摘むぐらいはできるだろう。
長い冬がもう直ぐ終わる。
「それで、ダンジョンの拡張は?」
「地下1階の3区画を使える。1区画は地下2階部分の足掛かりとお婆ちゃん達がいっていた。ホムンクルスさん達の作業空間ができるまでは、ローリングストーンで足止めだって」
「3区画が使えるなら、ダンジョンはレベル5というところかな?」
「行き止まりの回廊を外側に作ったから、レベルは6になってる」
そうなると、ゴブリン兵士も夢じゃないな。スケルトンだって安く呼べるし、レベルが上がったということで交替させることも無くなるはずだ。
本格的に、階層の魔族を考える必要がありそうだ。ミーナさんが戻ってきたら皆で考えた方が良いかもしれない。
現状の案としては、1階がゴブリンで地下1階がスケルトンなんだけどね。
暖炉傍のソファーに腰を下ろして、魔族のレベルごとの分類を調べることにした。
クリス達は俺に留守番を頼んで出掛けて行ったから、お婆さん達と相談をするのかな?
棚からワインのボトルを取り出して、カップに注ぐ。
パイプに火を点けたいところだが、ここは我慢せねばなるまい。
次々と仮想スクリーンに魔族のプロフィールが映しだされるのだが、やって来るのが初級冒険者達ばかりだからねぇ。何となく魔族の方が強そうに思える。
魔族軍の構成をアビスに聞いても良いのかもしれない。アビスが俺達と暮らしているのなら、いずれ俺達の耳には入ってくるはずだ。早い遅いの違いが、西の戦争に大きな影響を与えることは無いだろう。
現に、後方にある食料集積用の砦を魔族が襲っても、それによって人間族の軍が押し返されたような話は伝わって来ないのだから。
東西に延びた長い戦線が蛇がうねるように南北に移動を繰り返しているだけに思えるんだよな。
そんな俺の小さな疑問は、数日後にやってきたクネリさんから詳細を聞くことが出来た。
ゴブリンを無事に尾根の東に逃がしてくれたお礼だと言っているんだが、何となく職場のストレスを解消しにやってきた感じがしないでもない。
それでも、お土産だと言って持って来てくれたワインを早速開けて皆で飲んでいるんだけど、さっぱりした甘口は極上のワインに違いない。
「1箱でありんすが、お気にいりんしたかぇ? ゴブリン兵士を本日これまでと同じように徴兵できんすから、これぐらいはしんせんと」
「24本もありますからしばらくは楽しめます。ところで、本来なら魔族の機密なんでしょうが、魔族軍の構成を教えて頂けたらありがたいのですが?」
俺の言葉に、ミーナさん達が一斉に厳しい表情で俺を睨んできたけど、クネリさんは笑みを浮かべたままだった。
やはり機密ということなんだろうな。魔族軍の構成を上手くダンジョンの階層に当てはめようとしたんだけどねぇ。
「魔族軍は4つの方面軍で構成されていんす。そのトップには竜王がおりんすよ。最下兵はスライムでありんすが、これを軍に含めるかどうかは悩むところもありんす。一般にはゴブリン兵が底辺ということでありんしょうね」
「編成は10を単位に?」
「そうでありんすぇ。分隊、小隊、中隊は10でありんすが、大隊以上は5が基本でありんすぇ。大隊、師団、方面軍の師団構成は3個師団以上になっているようでありんす。遊撃隊もありんした。これは2個大隊規模でありんす」
4つの方面軍と言っていたから、30万近い兵士を前線に送っているということか。人間族も同じような数なんだろうから、世界大戦と言っても良いんじゃないかな。
「小隊が同じ種族の編成になるんでしょう。となれば、中隊のうち6個小隊はゴブリンということですか?」
「5個小隊でありんす。3個小隊がスケルトン。残り2個小隊が他の種族でありんすぇ」
人数の少ない種族が遊撃隊を作っているのだろう。遊撃隊の構成は先ほどの構成とは異なるのだろうが、さすがにそれは明かせないか……。
「ダンジョンのレベルが6に上がっていましたので、スケルトンを越える所属を召喚しようと考えてたんです。魔族軍の構成を元にしようかと思っていたんですが、ゴブリンとスケルトンが主力だとは思いませんでした」
「他のダンジョンであれば、ホブゴブリンやオークというところでありんしょう。迷うところでありんすが、強ければ良いということではありんせんよ」
「承知しております」
ホブゴブリンの魔法、オークの腕力というところなんだろうな。
3人のホブゴブリンのお婆さんにはだいぶ助けて貰ってるから、気心が知れたところでホブゴブリンということになるんだろうか?
クネリさんが帰ったら皆で相談してみよう。
「ところで、西の戦はいつまで続けるのでしょうか? 魔族の南下政策で、人間族の王国間の通商を分断されることを嫌って両者が戦っているように思えるのですが、それなら、別の解決の糸口があるようにも思えます」
「それはクロード殿のお考えでありんすね。実際の戦の原因はどなたにも分りんせんところでありんすぇ。クロード殿の言われるとおりであるなら、戦はすでに終わっていんす」
なるほどねぇ。もう一つの原因ってことか。
互いに譲らぬ戦が及ぼす影響は、その陣営内の結束の強化ということになる。泥沼化した戦場に兵士を誇らしく送り出すに違いない。
それによって得られるものは唯1つ。この世界の人口の抑制だ。
貧しいながらも数十年の月日を寿命として暮らすための唯一つの解決策ではある。余分な人口を互いに戦場に送り続けているのだから。
とはいえ、必要悪と言って良いのだろうか? そこで命を落とす若者には何の罪も無いはずだ。だが、そうでないなら……、王国内の人口爆発が起きて、飢餓が起きてしまいそうだ。
魔族にとっても同じことなんだろう。魔族内での食料争奪戦が起きたなら、一気に魔族の人口が減ってしまい、人間族との戦で絶滅することもあり得る話だ。
だが、魔族を絶滅した後は、人間族の王国間で戦が起こるだろう。互いに相手を滅ぼして自分達の王国内に住む領民の腹を満たさねばなるまい。
「悲しい話ですね……」
「私も同じでありんすぇ。それを忘れさせるための仕掛けがダンジョンでありんす。ダンジョン内の攻防は、互いに勇者を生むでありんしょう。その存在に一喜一憂する楽しみを奪ってはなりんせん」
とはいっても、あんな勇者なら願い下げだ。
だけど、次々とダンジョンを攻略する勇者達は、一般領民からすればやはり英雄と映るんだろう。
前にやって来た勇者達は、民衆にさえ疎まれていたようだ。
ギルドの前で魔法使いが毒を受けて倒れていても誰も助けなかったらしいからね。
民衆にそれなりの見返りを与えようなんて考えもしなかったんだろうな。
とはいえ、クネリさんの考えはかなり現実に近いんじゃないか?
戦とダンジョンはこの世界の必要悪ということだ。
俺をここに送った天使が言っていた、調和ということにも繋がってくる。
あまり世界の成り立ち等を考えずに、魔族と人間族がこのダンジョンで自分達の技量を上げられるように努力すれば良いんじゃないかな。
世界の成り立ちを俺一人で変えようなどと大それたことは考えないことにしよう。それは神の考えでもあるのだろうから。
「お婆ちゃん達を迎えるの?」
「お婆さん達と同じ種族ってことだ。ゴブリンを越える種族だからね。強すぎることにならないかが心配だね」
「新兵達で十分にゃ。2個分隊を派遣して貰うにゃ」
「2個分隊なら300マナで派遣しんす。兵種はどうしんすか?」
「歩兵と弓兵を1個分隊ということで」
俺の返答に、クネリさんが笑みを浮かべて頷いてくれた。
「その値段であれば、1年の契約でござるな。新兵の教練をこのダンジョンで行えるでござる」
「ちゃんと考えていんす。それより、兵站のおもしろさが分かってきんしたかぇ?」
アビスがクネリさんの問いに、俯いて首を振っている。まだまだクネリさんがアビスをここに残した意図が分からないということなのかな?
兵站とは、軍内部の物流だ。後衛の事務所で数字を眺めるよりも、小さなダンジョンで物流を学ばせたかったんだろう。
クリスと一緒になって子羊をモフモフしている状況では、かなり先が長いようにも思えるな。
「戦の状況は理解しました。そうなると、クネリさんから頂いたお土産が役に立ちそうです」
「上手く使えば、ダンジョンに冒険者がやってきんすよ。ドワーフ族の里を落とした効果がだんだんと表に現れてきたようでありんす」
その言葉を聞いてクネリさんと笑みを浮かべて互いに頷いてしまった。
ミーナさんに思い切りお尻をつねられたから、最後は笑みが固まってしまったんだけど、クネリさんは気にもしないでころころと声を出して笑っている。




